万物流転 | ナノ
5.花を抱くその手で剣を握る4
「こうしてお互い面を外してお会いするのは初めてですね」




「…こんな姿でお恥ずかしいのですが……あの、先輩?カカシ先輩?」

名前を呼ばれてハッとした俺は、今自分が思考の海に溺れていたことを知った。幾度となく、この後輩とは暗部として任務をこなしてきたが、まさかこんなに若いとは…。戦闘における力強い太刀捌きや、しなやかな身のこなしは、ベテラン勢を凌ぐものがあったから尚更驚きが隠せない。もう一度彼女の方へと目を向けると、猿猴王に支えられて布団を被ったままの彼女はゆっくりと起き上がったところだった。

「お変わりありませんね」
「お前は、どうなのよ?」
「ふふ。あの時から変わりませんよ…あの時から、なにも…」

布団の陰の奥の瞳がきらりと光って俺を見た。「顔は見せてくれないの?」と俺が尋ねれば、彼女はくぐもり声を出して「何せあれからずっと、この暗い部屋で閉じこもっていたので…」と呟く。そっと彼女の背中から手を離した猿猴王は、じっと俺に視線を投げ掛けた。後輩は「だから、外から来た先輩が眩しくて、眩しくて」と空気を揺らして笑う。猿猴王は、少しだけ俺たちから離れて、背中を部屋の壁に預ける。

「…サスケは元気でしょうか?」
「どうしてお前がそれを知ってるの?」
「…内緒です。それに、質問をしつもんで返すのはルール違反ですよ」

ぽつり。彼女は呟くように言った。どうして彼女は、サスケが生きていることを知っているのだろうか。それを皮切りに、俺の中の疑問が膨れ上がった。けれども、この後輩は、なかなか口の堅い奴であったと記憶しており、今俺が様々な質問をぶつけても、簡単には口を割らないだろう。

「サスケねぇ…ま、元気だよ」
「…それは、よかったです」
「ちょっと特殊な蛇に唾つけられちゃったけどね」

俺の言葉を聞き終わるやいなや、急に鋭い雰囲気を纏った彼女は「その蛇とはもしや…大蛇丸ですか」と低く囁き、布団の陰から覗く瞳が赤く光ったのを見て背中に鳥肌が立った。

「…! ――流石だね、カラスは」

彼女の洞察眼と思考力は、俺と同等か、もしくは俺の上を行く。彼女に睨まれた者に待つのは、死のみであった。再び暗部時代に味わった戦慄をこの身で体感しようとは。

二日前も大きな戦いがあったのに、俺は随分と生温い戦いをしたものだと思った。こいつの――彼女の眼は、また別のあいつの眼に匹敵するほどの瞳力を秘めているのだろう。

「それにしても…カカシさんが上忍師なんて、部下の子たちは大変でしょうね」と俺の遅刻癖のことを言っているのだろう後輩に、痛いところを突かれて「それは、大きなお世話だよ」と、それ以上なにも言えなくなった。

「話はさておき…カカシさん、私を一族の屋敷へ連れて行ってくれますか?」
「…どうして、今更?」

「猿猴王様から、本日三代目様の葬儀が行われると聞きました」淡々と語る彼女の声を聞きながら、俺が壁に寄り掛かる猿猴王に視線を向けると、老猿は深く頷いた。

「生憎この服装では式へは出られません。なので、あなたに屋敷まで連れて行って頂きたいのです」そう言って、寝台の上で頭を下げた彼女をじっと見詰めて、しばらくしてから俺は返事をした。その後、最後まで見届けたと言うように、軽い破裂音と白煙を残して猿猴王は帰っていった。

手を伸ばして彼女が被っていた布団を引くと、ずるりと布団が落ちて彼女が中から現れた。目の前にいる後輩は、記憶の中の彼女よりもずいぶんと髪は伸び、この暗い部屋の中で長い間過ごしてきたからであろう…雪のような肌は、病的なまでに色をなくしていた。

長襦袢のように薄い着物を着ている彼女の肩に触れると、その薄さにドキリとした。さらに、彼女の膝裏に腕を伸ばし、もう片方の手で背中を支えて持ち上げると、驚くほど軽かった。

横抱きにして暗い部屋から出ると、眩しそうに目を細めた彼女は「ありがとうございます、カカシさん」と囁いたので、俺は軽く頷いてから、もう二度と来ることはないだろうと、瞬身でその場を後にした。

20140104
title by 207β
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