万物流転 | ナノ
4.花を抱くその手で剣を握る3
この話は、三代目火影猿飛ヒルゼンと、先の戦いで命を落とした忍達の葬儀が始まる数時間前に遡る。




朝目覚めた俺は、いつものように寝間着の上を脱ぎ、掛けてある忍服を手に取ったが、そこで今日の葬儀のことを思い出して、箪笥からしばらく仕舞い込んでいた黒色の喪服を引っ張り出した。それに着替えてからは、朝食をとる気にもなれず、額当てを付けて髪を整えたら、ある場所を目指して家を出た。

その日は早朝から冷たい雨が降っていた。いつもの道のりを進んでいると、ややあって、目の前に荘厳なる老猿が音もなく現れた。それに驚いた俺は足を止めると、その老いた猿が、三代目様の口寄せ動物の猿猴王猿魔だということに気が付いて、そのまま膝を折って頭を下げた。

「カカシ、よい。頭を上げろ。…もはやワシはやつの口寄せではない。――猿飛はおらん。」

その言葉を言わせてしまい、気まずくなりながらおずおずと顔を上げると、不敵に笑う老猿と目が合った。しかし、どうして猿猴王が俺のところへ来るのだろうか。今は亡き三代目様の遺言でも届けにきたのだろうか。そんな風に考えていると、俺の思考などお見通しの猿猴王が、ゆっくりと話し始めた。

「今日はお主に頼みがあって参った。これは、お前が推察しているような猿飛の遺言ではないが…」

じろりと琥珀の目を俺に注ぐ猿猴王は「お前ほどの適任者は居らんだろうて」と言ってにやりと笑った。一体何に対する適任者なのだろうか。喪主のことなら息子のアスマで十分に担えるだろうし、木ノ葉の復興についてなら、上役やご意見番の水戸門様にうたたね様で事足りるだろう。

「ご用件は?」

俺がそう尋ねると「うちはのことだ。着いて参れ!」と言って瞬身でその場から飛び去った。俺は動揺しながらも、同じく瞬身を使った。今、猿猴王はなんと言った?どうして――何故今、その名が出て来るんだ。冷たい雨が身体を打ち付ける。俺はもう、目の前を駆け抜けていく老猿の背中以外何も目に見えなかった。マスクの下で唇を噛みながら、雨の中を走った。

着いた場所は、俺も初めて入る部屋だった。ここは、火影低のずっと奥にある三代目自らが立ち入りを禁じられた禁忌の間であった。猿猴王がある扉の前で立ち止まる。様子を伺っていると、チャクラを手の平に練った猿猴王は、正面に聳える大きな白い扉に向かい、その手をぶつけた。

すると、どうだろうか。木製のその白い扉は、まるで波のようにうねり低い音を立てて独りでに開いたではないか。俺は、このような術を今まで見たことがなかったので、瞠目しながら、その一部始終を見詰めていた。猿猴王は、置いてけぼりの俺を気にかける訳でもなく、ずんずんとその暗い部屋の中へと足を進める。

いつの間にか呼吸を奪われていた俺は、猿猴王の足がすっぽりとその部屋の闇の中へと飲み込まれていく様を見届けた後、やっと一つ息を吸った。そして、暗い部屋の中から老猿の声で名前を呼ばれると、金縛りに遭っていたかのようにその場から動けなかった足が一歩二歩進んで、自らその闇の中に入室した。

灯り一つない暗い部屋に目が慣れてくると、そこには一つの寝台があることを確認できた。猿猴王は、物怖じせずその寝台の脇にある椅子のところまで歩いて行き、枕元へと口を寄せる。

そこでやっと、この暗い部屋が無人ではなかったことに気付いた俺は、またぴたりと足を止めた。その場所は、寝台の正面でありその上で横たわる人物から俺の姿がよく見える位置であり、俺からも横たわる人物がよく見える場所であった。

しかし、寝台の上の人物は、俺には聞こえなかったが、猿猴王に何やらを囁くとすっぽりと薄い布団を頭まで被ってしまった。この闇の中で、その布団を引っ張る白くてか細い指先が、妙に浮き出て見える。この部屋の主を、もっとよく見えるように、俺はゆっくりと近付き猿猴王とは反対の寝台の側まで歩いた。すると、猿猴王以外の、掠れた声が聞こえた。その声は、その昔に聞き覚えがあった。

「…カカシ――先輩ですか?」

俺はその瞬間、体内を巡る血液に電流が走ったかと思うほど衝撃を受けた。その声の主は、俺がまだ暗部現役時代に、異例の入隊を果たした少女だったからだ。尚かつ、彼女は四年前の一族虐殺事件で死んだ者となっていたのだ。まさか、このような再会をするとは、夢にも思わなかった。

「お久し振りです先輩。あの…お分かりになりますか?」
「…お前、……」

「――わたしです。カラスです」
「……!」

20140104
title by 207β
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