万物流転 | ナノ
3.花を抱くその手で剣を握る2
「うちはの血族でないアナタが、写輪眼をここまで使いこなすとは…」

イタチが鋭い視線をカカシに向ける。先ほどの分身大爆破により、河の水はまるで雨のように五人へと降り注いだ。鬼鮫は河に沿って続く道の端で、淑やかに、だが、確実に燃えつつある炎の揺らめきを肌で感じていた。

「だが――アナタの体はその眼に合う血族の身体では無い」

図星を指されたカカシはぐうの音も出ず、焦りを滲ませる。「うちは一族が、なぜ最強と謳われ恐れられたか…」イタチは尚も余裕そうに言葉を続け、静かに眼を閉じた。

「写輪眼の、本当の血族の力を見せてあげましょう!」

カカシはイタチの異変にいち早く気付き「二人とも奴の目を見るな!」と仲間に叫んだ。その指示を素直に聞いたアスマと紅は、バッと硬く目を閉じる。カカシの左目の写輪眼だけが、イタチの両目と対峙していた。大凡のことに合点のついた鬼鮫は、ふいにイタチから視線を逸らすも、意識だけは彼に向けられていた。

「いいか二人とも、絶対に目を開けるな…。今の奴と目が合ったら終わりだ! アレとやり合えるのは、おそらく写輪眼を持つ者だけだ!」

「確かに、写輪眼を持っていれば…この万華鏡写輪眼≠ノ多少の抵抗は出来る。しかし、この特別な写輪眼の瞳術幻術月詠≠ヘ破れない…」

その時、鬼鮫以外の三人に足元から戦慄が走った。「オレを倒せるのは、同じ血≠もつ写輪眼使いだけだ」というイタチの言葉に、カカシは教え子のことを脳裏に浮かべるも、次の瞬間にはそのような思考は一切合切奪い取られてしまう。

イタチが話し終わると辺りは急に静かになった。かたわらで、カカシらしき人物が崩れる水音が聴こえ「どうしたのカカシ?…まだ目を閉じてろっていうの!」と紅が叫んだ。続いてアスマも「一体何があった!? 奴がしゃべり終わった途端、急に倒れやがって!」と言う。

カカシは、肩で息をしながら仲間に目を閉じるのを続けさせた。彼は、片膝を付きながら、イタチの万華鏡写輪眼の瞳術である幻術月詠を喰らわされたことに対して考察していた。彼はたった今、イタチの瞳術の世界に取り込まれ、きっかり三日間、刀で身体中を刺され続けたのである。

しかし、その精神世界での三日間は、現実世界でのほんの一瞬にも満たない。離れた場所で様子を伺っていたもう一人の敵、鬼鮫がイタチの側へと飛んでくる気配を感じながらも、息を整えようとする。カカシは、イタチの実力を、それはもう痛いほどに知っている。それだからこそ、彼が今ここで自分を仕留めないことを疑問に思った。

「ほう…。あの術を喰らって精神崩壊を起こさぬとは…」感心したように、けれど傲慢にものを言う鬼鮫に、アスマと紅の二人は、手足に力を入れた。そして彼は、少し声を落として気遣うように「しかしイタチさん…その眼≠使い過ぎるのは、アナタにとっても危険」と続ける。

カカシは、霞む視界の先にイタチを見据え「探しもの…とは、サスケのことか?」と問う。血のように赤い双眸で対峙するイタチは、その言葉にゆっくりと顔を上げた。その目はもう、普通の写輪眼に戻っていた。鬼鮫が、カカシの質問には答えずに言う。

「それは、アナタ方には関係ないのではないですかねぇ?」

挑発するような鬼鮫に、息を切らしているカカシは、額宛てを押さえてもう一度深く息を吸った。アスマは少しだけ、カカシが何か良からぬことを言い出すのではないかと気が気でなかった。そして、アスマの直感はその数秒後に当たった。

「サスケじゃないなら、―――彼女か?」たっぷりと溜めて、含みのある言い方をする彼の言葉に、イタチの形の良い眉がピクリと反応した。アスマは目を瞑りながらも、悪い予感が的中したことに銜えていた煙草をぎりりと噛んだ。「カカシ!それは…!!」と紅が制するも、相手の鬼鮫が興味を持ち始めたようで話に乗ってきた。

「彼女?――さて、アナタ方は一体どなたのことをおっしゃっているんです?」
「よせ、鬼鮫…やめろ」

隣人の挑戦的な語調に、イタチのチャクラが空間に膨れ上がった。側に立つ鬼鮫は、彼を怒らせてはならないことを知っているので、出しゃばったことを素直に詫びて、その場で静かになった。彼らの関係性を垣間見た木ノ葉の上忍師達は、改めて目の前のうちはイタチという名の人間を警戒した。

「…どこから、情報が漏れたかは分らない。 だが、お前らのタイミングは的確過ぎる…」
「カカシさん、オレにはアナタの言っている意味が全く理解出来ない」

「お前らは、大蛇丸と繋がっているんだろう?」
「…どうしてここで、大蛇丸の名が出てくる?」

イタチは、その話の続きをまるで聞きたくないとでも言うように冷たく突き放した声色で言う。けれどもカカシは、ようやく元の状態に近付いてきた息遣いで「お前が、どうしてのこのこ木ノ葉に戻ってきたのか、当ててやろう」と、赤と黒の瞳で目の前の人物を睨んだ。

「彼女を、また殺しに戻ってきたんだろう?」

するりとカカシの口から零れ落ちた言葉は、やけによく通り、嫌でもイタチの耳に届いた。イタチは一瞬だけ眼を大きく開くと、側に立つ鬼鮫が気付く程度に動揺した。

鬼鮫は、常に冷静沈着な相方が動揺の色を見せるのを異常に感じ、何が起こっているのか分からず、相手方と隣りのイタチを交互に見遣った。けれど、誰も口を開かぬまま、生温い風が彼らの間を吹き抜けた。

「妄言を…」イタチの低い声が響く。一層膨れ上がったチャクラに、敵の三人はもちろん仲間の鬼鮫でさえ、息が詰まった。

「アナタはもう少し考えて話すべきだ。 第一にオレがわざわざ自ら捨てた里に戻って来る理由が、得体の知れない『彼女』とやらを殺す為だと、本気でそう思っているのか?…戯れ言で、揺さぶりを掛けようとしても、オレには無駄ですよ…」

このままではイタチの空気に飲み込まれそうだと思った時、カカシは気付いた。イタチの両目の写輪眼が、怒りと、ほんの少しの困惑とに揺らいでいることを。

「イタチ…お前、やっぱり――「オレたちの目的は、」―!」

イタチはカカシの言葉に被せるようにして彼らに告げる。「四代目火影の遺産ですよ…」その言葉に衝撃を受ける上忍師の三人。ただひとり、カカシの驚きだけは少し様子が違うようだが。丁度その時、カカシの脳裏には、陽の下で輝く金髪と恩師に良く似た笑顔が印象的な教え子の姿が描かれていた。

「こいつら一体…!?」

悲壮の色を溶かし込んだ紅い瞳は、もう何ものも映してはいなかった。カカシはあの時一瞬だけ読み取れたイタチの感情に、彼によって遮られた言葉を喉の奥に引っ込めてしまった。

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『イタチ…お前、やっぱり――今でもあの子のことを、』

 想っているのか――?

20131226
title by 207β
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