万物流転 | ナノ
37.みなぞこ
歌う卵が課する難題について、セドリックと私は役割分担をして解決に向けての取り組みを開始した。今まで通り、月曜から木曜は図書館で調べ物をすることにし、監督生の風呂場で篭っていた土日と金曜の夜は、薬の調合のためにスネイプ教授から研究室の一部スペースを借りて魔法薬を作製する時間に充てるようになった。

「魚になる魔法はどうかな?」

私たちにとっては、水中で一時間活動するための方法を探すことが一番重要だった。セドリックと、放課後の時間を使って図書館に篭って何か策はないか調べる日々が続いているが、なかなかこれ!と言った良策が見つけられず難航している。分厚くて古びてページが取れてしまいそうな本から顔を上げたセドリックは、疲れた声でぽつりと言った。

「アニメーガスでもない限り、難しい魔法になりそうね」
「…そうだね。ごめん、ふざけて言ったわけじゃないんだ」

私の渋い声色を聞いたセドリックは、苦笑いをしてそう言った。彼の発言が、自分たちに課せられた難題について真面目に考えてから、絞り出された一滴であることを私は重々承知していた。私は、マーピープルの体の構造とヒトの体の構造の違いについて書かれた本から顔を上げて返事をする。

「もちろん分かってるわ。魚になる魔法ねぇ…。手足を水掻きに変身させる呪文なら、以前マクゴナガル先生からお借りした本で読んだことがあるけど…」

めぼしい情報が得られなかった本を閉じて机の左側の読み終わった本の山に、今閉じたばかりの本を積み上げた。『ボディプルーフ』なんて銘打ってあるから少しは良いことが書いてあると思ったのに、この本も期待外れだった。

「カエルとかミズドリのような水掻きに、僕らの体の一部を変身させるのかい?」
「ええ、そうよ。でも、それだと水中で杖が使えなくなってしまうわね。あと、息が保たないし…」

二人で溜息を吐いて、私は次の本を手に取った。次は、マーピープルの言語であるマーミッシュ語について書かれてある本だった。水中人は、ユニコーンやケンタウルスと同様に、相手にするときは、こちらの言動に敬意を払って接するべき存在である。彼らは音楽を好み、水中では歌うように話す。

卵の歌は、水の外で聴くと大変耳障りな騒音でしかなかったが、水中では美しい歌声に変わったことから、あの声が彼らの声に違いないだろう。よって、第二の試験は、水中に潜り彼らマーピープルの歌声を頼りに、彼らに捕らえられた私たち選手の『大切なもの』を制限時間の一時間以内に取り返すという内容で確定している。

水中では、私たち魔法使いの耳にも彼らが何を言いたいのかがちゃんと伝わる。よって、リスニングについてはまず問題がないだろう。しかし、もし彼らと対話しなくてはならない場合には、やはりマーミッシュ語を知って、スピーキングの力を付けておく必要があると考えた。

本を読み進めて行くと、先程の『ボディプルーフ』で得た知識が早速役立ったことに驚いた。どうやら、私たちが水中人の言葉をマスターするには、発声から訓練しなくてはならないという事実だった。魔法界でも、マーミッシュ語を流暢に操れる者はそうそう居ない。私が知っているのは、アルバス・ダンブルドア校長ただ一人だ。

二月二十四日まで、あまり時間に余裕のない私たちには、マーミッシュ語のマスターは絶望に近い。むしろ、発声すらコツを掴めるか否かに違いないだろう。そこで私はふと自分の特殊な眼について思い至った。写輪眼の能力を使って、水中人の口の動きをコピーすれば良いのではないかということだった。

「セドリック」
「なんだい?」

水中での活動であれば、ゴーグルで目を隠していてもなんら不自然なことではないし、セドリックにもばれまい。そこまで考えたところで、かなり無理やりかつ無謀な計画であることに気付き、自分の馬鹿な案にかぶりを振った。

「マーミッシュ語のマスターは諦めるわ」
「…そうだね。僕も自信なかったんだ」

あの眼は無闇やたらに人様の前で使う訳にはいかない。ついうっかり、第一の課題の時に、セドリックをドラゴンが吹き出した火焔から守ろうとして水遁を使い、それだけではなく感情的に眼を発動させてしまったのだ。いくら咄嗟の出来事だったとしても、あれは不注意だった。今は反省している。

20160313
title by MH+
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