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Panta rhei 通信

≫万物流転nrt-戦場

リハビリとして、万物流転nrtを鬼鮫視点で書いてみました。本編へ投入するかは、未定ですが。気になる方は、下記よりどうぞ。

注意!
話の展開を順を追って読んで知って行きたい方へは、ネタバレとなってしまうかもしれません。それでも、構わないよ!という方のみ、スクロールして下さい。また、この先、どのような結末があっても、許せる方のみお読み下さい。※死ねたではありませんので、そこはご安心を!最後に、読んでからの苦情は受け付けられません。



第一部。
自来也との戦闘から離脱した後の話。

『鬼鮫と亡霊』

夜。
久し振りの強者(つわもの)との戦闘であったためか、昂る気持ちがおさまらなかったのかもしれない。
私は、自分がなかなか寝付けないでいるのを、珍しく魘されている、隣人の所為にはしたくはなかった。

どれくらいの間、私は布団の中でぼんやりとしていただろうか。正確な時間は、分からなかった。

けれど、襖を隔てた隣りの部屋が、静かになっているのに気付いた。
耳を澄まし、神経を集中させると、ほんの少し違和感を感じた。

(気配が、ひとつ、ふたつ…ある?)

そんなはずはなかった。
隣りの部屋には、コンビのうちはイタチが眠っているだけだ。

布団に横になっていた私は、もうしばらく目を閉じて気配を探ってみた。
空気の澱みも重たさも感じられず、そこには、清らかな静寂だけが読み取れた。

(…敵か?)

もし仮に、ふたり目の気配が敵だとするなら、たとえ瞳術の使い過ぎで床に伏せっているイタチさんだとしても、敵襲に気付かない訳がなかった。
私は気になって、布団から立ち上がる。

名前を呼んでも、部屋の中からは反応がない。
襖一つで仕切られた部屋。この奥に、誰かがいる!
変に心拍数が上がる。未知に恐怖しているのだ。この私が。

私は、襖に手をかけて、そっと静かに横に引いた。

そこには、布団に横になるイタチさんと、もう一人いた。
長い黒髪の人間。

「シ――」

予想外の存在に、冷たい汗が背中を滑っていくのがわかる。
闇の中で、白い顔と手だけが妙に浮きだって見える。

(誰だ…!)

黒髪の少女…女は、イタチさんの枕元に座っていた。
薄らと色付いているくちびるは、艶かしく、病的なまでに色のない貌の中でやけに目を惹いた。

「やっと眠ったんです。起こしてはだめですよ…」

女の声は、小さな声であったが、私の耳にもしっかりと聞き取れた。
それはまるで透き通る水のような声だった。

私は、喉が張り付いてしまい、絞り出すようにやっと言葉を零した。

「…ぁ、アナタ…は?」
「私――ですか?」

私は、動揺を隠せているだろうか。
声の震えが、相手に伝わっていないだろうか。
不安になった。

しかし、それ以上に、その女の存在が、私は怖かった。
恐ろしかった。

「私は――」

曰く、イタチさんに取り憑く亡霊なのだと。
妖しく頬笑む彼女は、この世のものに思えないほど美しかった。

「…敵ではありませんよ、むしろその逆」

この暗い部屋の中、月明かりさえも届いていないのに、彼女のいる辺りは、ぼぉっと白く見える。
瞬きをしたその瞬間の後には、彼女の存在が消えてしまいそうに思えた。

「…けれど、味方…と言うには、覚束無い…」

漠然とした疑問が頭の中に浮かんだ。
本当に彼女は…今、私が会話をしている彼女は、亡霊なのだろうか。
気味の悪さはあるが、生身の人間の気配と、亡霊を名乗る女の気配は少しも違(たが)わなかった。

「あなたは、干柿鬼鮫さん…ですよね?」

自らを亡霊と名乗る女が、私のことを知っていた。
自分の知らない誰かに、自分のことが知られているという気持ち悪さを覚えた。

目を細めていた女の顔から、笑みが消えた。
ゾクゾクと足元から背中を這い上がり、首筋まで来た悪寒に、吐きそうになる。

「私は、朝になれば消えてしまう存在です」

そこでやっと、私は女が闇のような瞳を持っていることに気付いた。
その瞳の中に、光はなかった。

「鬼鮫さん」

名前を呼ばれると、私の身体は金縛りに遭ったように固まってしまう。
酷く息が苦しい。呼吸さえもままならない。

「イタチに…あまり眼を使わせないでください」

真っ黒な、底なしの沼のような瞳は、イタチさんを捉えて離さない。
女は母親が我が子を慈しむような手付きで、眠るイタチさんの額を撫でている。

「朝になれば、私は…」

やけに切なそうな、辛そうな言い方だった。

闇のような瞳が、一瞬だけ紅く目叩く。
その時不意に、金縛りが解かれて、身体は自由を取り戻した。

と、思えば私は何かに、身体を揺す振られているのに気付いた。
目を開けば、怪訝そうな目をした、いくらか顔色の良くなったイタチさんが私を覗き込んでいた。

「イタチさん…!」

水面に浮上し、初めて新しい空気を吸い込んだ時のように、ガバリッと起き上がれば、イタチさんは驚いたように目をしばたたいて私を見た。

「…やっと、起きたみたいだな」

部屋の中は明るくなっており、開け放たれた襖の奥。つまり、イタチさんの部屋も光に満ちていた。
朝が、来ていた。

(朝が…)

もうそこには、暗い闇のような瞳を持った白い肌の亡霊はいなかった。
昨晩のあの出会いは、現実であったのだろうか。それとも、私の見た夢であったのだろうか。

首裏を撫ぜながら、あのことを考えた。
夢と現実の、そのどちらであっても、あるいはその両方だとしても…あの恐怖と息苦しさは本物だと思った。

イタチの布団は、もう既に畳まれて部屋の隅に置かれている。
暁のマントをまとっていない、比較的ラフな格好をしているイタチは、既に朝食を終えている様だった。

「…いつも早起きのお前が、朝食の時間になっても来ないから起こしに来た」

それだけを言って、立ち上がったイタチさんは、私の部屋を出ようとする。
その後ろ姿が、昨晩の亡霊の姿に重なって、私は思わず、反射的に声を掛けてしまった。

「イタチさん!」

「…なんだ」
「その…」

次の言葉は用意していなかった。
しかし、このまま何も言わないでいるのも変な気がしたので、不自然にならない程度に言葉をつないだ。

「起こして下さって、ありがとうございます」

その言葉は、いつもの私のように言えただろうか。

「…まだ万全ではない。オレは、ここで身体を休めなくてはならない」

イタチの言葉は、裏を返せば、私に、先にアジトへ帰っていても良いというものだった。
しかし私は、暁からの命令でイタチさんとはコンビである。

瞳術使用の疲労が抜けない彼を、ここにひとりで置いて行く訳にはいかない。
それに――彼女が、それを、許さないだろう。

「私も久し振りの休暇と思って、ここで羽を休めますよ」

暗く、静かな、死を背負った亡霊が。

20150726