お嬢様が『ねね』と呼ぶのは、ご長女の彩芽様。歳は今年で十と六つを数えのだと。
『兄さま』とは、ご長男の菖蒲様。つまりお嬢様のお家の跡取りであらせられる。歳は十と八を数え、普通なら婚姻をなさっているお歳だそうで。
「明日、ねねさまと兄さま、と婚約者の方がお目見えになるのよ」
(それはようございました。おめでたい、よき日にございますね。)
「ねえ、もし。もしの話しよ。本当にもしの話!」
(…ふふ。もしもし亀さんのお話でもしてくださるのですか?)
「もう!違うわよ、意地悪ねえ。もしかしてってことよ」
(はいはい、それでなんです?兎が負けてしまったお話でしょうか?それとも…)
「私にも、婚約者様が、素敵な方がいらっしゃったら、どうかなって思ったの!」
(え…)
お嬢様の小さな手が小刻みに震えだしました。
お嬢様にお似合いの素敵なお着物が、その小さな握られた手によって皺ができていきます。
薄い淡紫色の、あまり派手でないお着物。
以前、この着物は母様からの頂きものだと伺ったことがありました。
大層なお気に入りなのに、それなのにどんどんその皺は深くなるばかりで…
「どうかなって、本当にほんのちょっぴり思っただけなの…私の、このお目を気にしない、そんな方がいらっしゃるなんて考えたことなんでないけど。」
(あ、え…と…)
「…っ、お、思っただけなのよ、ほんとうに、お米の粒よりちょっと、だ、っけ」
涙が、溢れるか否かの瀬戸際でした。
(ぼっぼぼぼくが!いっいいまっ…す!!!)
「!」
(僕、僕だけは、お嬢様といつまでも、どんなときでもご一緒です。離れませんっ…!)
噛んでしまったしゅうちしんと、でも本心をお伝えできた安堵感でその時はどうにかなってしまいそうでした。
はにかみながら、頬をあの日のように唐紅に染めた、そして大粒の涙を流すお嬢様を見るまでは。
「……じゃあ…ずっと一緒よ。いつまでも、どんなときでも、離れないでね…っ」
(っ………は、い。)
あの時、お嬢様の美しい二つの、透き通った瞳から溢れた涙を、あんなに嬉しそうに泣きながら笑うお顔を。
僕はずっと覚えていよう、そしてその時がきたら。
きたら、僕がお嬢様をお守りするんだ、と目の前で大泣きするお嬢様に誓いました。
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