あの日から毎日、お嬢様は僕がいる庭の奥まで足をお運びになってくださいました。
最初の最初は、今日の出来事から。
「今日はお兄さまのお机の上を、とってもきれいにしたのよ!」
「あと、ねねさまのお洋服を持って行って差し上げたりも!」
「それと、ばあやの前掛けが汚れていたの。だからたらいで手が痛くなるぐらい、たっくさん洗ったのよ!」
それでね、あのね、えと、あとね...
こうなるとお嬢様のおくちは、いつしか九官鳥のようにお喋りになってしまって、それは喉がお渇きになるまで続きます。
喉が掠れ掠れになる頃、あっ!っとお口を塞ぎになられて、「ごめんなさい」とお謝りになる。
それが可笑しくて、二人で声を上げて笑ったあと、またお嬢様のお話語りのはじまり、はじまり。
部屋の中にいたちょうちょを、外へと逃してあげた武勇伝。
飼い猫黒助が、鼠捕りに失敗した笑い話。
お兄様に見せてもらった、異国の仕掛けのある絵本の話。
どれも僕は聞いたことも、経験したこともないお話ばかり。
お嬢様は僕の知らない世界を知っていて、僕が見たことのないものを見たことがあって。
僕もお嬢様のように、とは思ったことはございません。
僕は、お嬢様が楽しく日々をお過ごしになっていれば、それだけでいいのです。
でも、あるときに「いつかここから出て、一緒に海を見に行きましょう!」と言ってくださった、あの嬉しさと言ったら。
これはどのようなお言葉にすればいいか、と分からなくて黙っていたら、お嬢様を怒らせてしまったこともありましたね。
今となっては、ただの思い出話でございますが。
いつだって、お嬢様はお茶目で、お転婆で、我が儘な女の子で。
でも、それもこれも可愛らしくて、愛おしいのです。
僕の有るようでない心の臓をこう、きゅう、と締め付けるような方でございました。
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