『溶けて溺れて』 ベランダに小さな明かりが見える。 「ん、起きたのか」 そんな言葉と共に灰色い煙が彼の口から吐き出された。彼の背中に肯定の言葉を向ける。 「うん」 消されたままの電気。街のネオンの光だけが薄暗く部屋に差し込んで来る。真っ白なシーツを手繰り寄せてから姿勢を起こすと肩に触れた空気は冷たく、一気に身体が冷えたような気がした。 「いつから起きてたの」 「ずっと」 「起こしてくれれば良かったのに」 「気持ち良さそうに眠っていたからさ」 「……意地悪」 「優しさだろう」 そのまま私はシャツを肩に纏い、そっとベッドから降りた。彼がこちらを振り返る。 「見えるぞ」 「見えないわ」 誰かが見ているかもしれないだろう、と呆れたように言われればさっきよりもベランダ側へと近付いて「見ているのは貴方でしょう」とほんの少し挑発的に笑って見せた。彼が小さく笑って、煙草を消す。 嗚呼、貴方って人は。 「いつまで、こんな関係が続くの」 「さあ、いつまでかな。お前が終わりにしたいならいつでも」 そんな冷たい言葉を私に浴びせておいて貴方はこんなににも優しく私のことを抱きしめる。そっと抱かれる身体に、喉の奥が苦しくなって声が震えた。 「……終わりになんかしてあげない」 脱ぎ捨てられた制服と、スーツ。 「ねえ、センセ」 なんてわざとらしく呼んでみるの。 「その呼び方はするなよ」 「ふふ」 私が呼ぶ度に嫌な顔をするのね。その顔を見たくて、私がわざと呼んでいることも知らずに。その呼び方で私が貴方のことを呼ぶ度に喉が押し潰されそうになるくらい苦しくて、貴方が帰った後一人残されたベッドで涙が止まらなくなるの。苦しくて、苦しくて。消えてしまいたいと思ってしまうくらいにはその名が嫌い。皆の先生ですものね。 「ねえ、センセ」 唇を塞がれて、ベッドが軋む。苦い口付け。煙草の臭いに幸せを感じながら彼の首に腕を回した。小さく吐息を漏らしながら涙を流す。 出来ることなら、明けないで欲しい。そんなこと無理だって分かりきったことなのに。 「センセ……っ」 明けないで、夜なんて。貴方を奪ってしまう朝なんて来なくていい。 開けないで、ドアなんて。帰らせたりしないから。 ずっと傍に居て。 貴方を感じることが出来る夜は短くて、何度も何度も嫌いな名前を呼ぶ。 熱の帯びた視線を交わして、また唇を重ねて。 「……大嫌い」 だから、もう少しだけこのままで―。 時計の秒針が止まったような、そんな気がした。 |