『星の綾なす命』 「まだ肌寒いから閉めましょう」と言われても尚、窓際にいる僕は夜風を楽しんでいた。今夜は珍しく調子が良い。発作によって胸を締め付けられることもなければ心臓をきしませる喘息もない。 「まだ、あと少し」 そう言い返すとそっと背中に毛布がかけられた。 「無理しちゃ駄目よ」 「無理だなんて全く……」 子供扱いしないでくれよ、とばかりにいくつかの反論が口から出そうになったけれど心の中に押しとどめ静かにその優しさを受け入れる。 「ありがとう。毛布温かい」 その言葉に返事は無かったけれど代わりに僕のベッドがゆっくりと沈んだ。隣に腰かけた彼女は同じように窓の外を見つめる。 「今日は星が綺麗ね」 彼女はふと夜空を見上げて呟いた。同時に僕の脳裏には『月が綺麗ですね』と言う言葉が浮かぶ。「あなたのことが好きです」そんな意味を持った言葉。何かの文学作品の一節と聞いたことがある。胸が大きく高鳴った。それは発作でも、喘息でもなく。小さくとくとくと脈打つ僕の心臓が彼女に寄せる好意を顕著に表しているものであった。 「そう、だね」 ぎこちなく答える僕に彼女は微笑んだ気がした。 小さな光が瞬いている。それはもう、無数にと言いたいくらいに。都会に住んでいた頃は夜でも街のネオンが目に眩しいくらいだった。星の光など消えてしまっていたのだろう。田舎の病院の一室。窓から見えるのはぽつり、ぽつりと灯る家の明かりたちだけ。そんな中、消灯時間がとっくに過ぎた明かりの消えた病室は星明りを楽しむには十分過ぎる環境だった。 「胸が、痛いの」 突然彼女は自らの胸を手のひらで覆う。慌ててナースコールに手を伸ばしかけると平気よといつもの優しい彼女の声と共に腕をそっと掴まれた。 「そう言うことじゃなくて、ね」 「……じゃあ、どういう」 「ねえ、星のこの光は昔のものだって知ってるかしら」 答えをはぐらかされた気がした。 「……何光年も前のものだって理科の授業で少しだけ」 「凄いわよね。ずっと昔の光を見ているのよ、わたし達。」 「うん」 「でも、今この瞬間の光を見ることは出来ない」 「うん」 「―……一番近くの星で四光年と少しって聞いたことあるの。」 「四光年？」 「ええ、でもね日本から見えるものだとそうね……あれかしら。おおいぬ座のシリウス。七光年か八光年か。そのくらいだったかしら。だから今君と見ているこの瞬間の星の光を見られるのは最低でも七年後。でも無理そうね」 どうして、と尋ねる間も無かった。 「わたし、長くないと思うのよ。」 なんて今にも泣きそうな笑顔で言うものだから、僕は何も言えなかった。そんなことないと否定の言葉さえもかけられずに、唇を噛み締めながらズボンをぎゅっと握りしめるだけだった。 星の仄かな光に照らされた彼女の横顔はとても綺麗で。 儚げなその微笑みは、星に奪われてしまいそうで。 彼女の手を優しく握った。 ―美しさに溢れたあの星は、あなたでしょうか。 あなたが星になって、七年が過ぎました。 綺麗ですよ。今日も。 あの日一緒に見た星も。あなたと一緒に見た最後の星も。あなたがいなくなってから初めて見た星も。 こうして一人、あなたを思い出しながら見る星も。 涙が出るくらいには、綺麗です。 胸が痛いって、あの日言いましたよね。あの意味も今なら何となく分かる気がします。 僕も今、とても胸が痛いです。 それでも僕は星を見上げるんです。きっと、これからもずっと。 ”星の綾なす命は これ程までに美しい”と あなたに教えて貰いましたから。 *シリウス (8.7光年)ちょこっと調べて6~8光年くらいが日本から見える一番近いところの星だということで今回はこれで。ささっとネットで調べた程度なので確かかどうかは分かりませんが。 綴り手：aki |