「秋の匂いがする」
と彼は言った。
ソファーに深く座り、背もたれに寄りかかりながら。
さっき注いだ湯気の立つカップを手に取り、口へと運ぶ。
ごくり、と一口飲んでから答えた。
「なにが?」
ふわりと口の中にミルクティーの甘い香りが広がり、それだけで少し幸せになれる。
「くうきだよ、空気」
少しだけ秋の匂いがするようになった、と。
るきは目を閉じて大きく深呼吸した。
「ゆきは分からない?」
ぱちっと目を開いたるきと目が合う。
分かる、けど。
いや……いつもは分かるんだけど。
「え……今年はもう、する?」
「いつもはゆきの方が気付くのに、ね」
どうしたの、と不思議そうにわたしを見る。
わたしは黙ってベランダに出た。
少しひんやりとした空気が、半袖を着ているわたしの腕をかすめる。
昼間はあんなにもお日さまが照りつけていたというのに。
「くしゅんっ」
うう、と慌てて両手を口元に運ぶ。
「どうしたの……大丈夫?」
風邪でも引いたんじゃない、と。
今までソファーに座っていたるきが心配そうにわたしの隣へ来た。
温かい体温が背中から伝わってくる。
るきが羽織っていた緑色のカーディガンが肩からかけられていた。
「ありがと、」
カーディガンのお礼をして袖に手を通す。
「もしかしたら、花粉症かも」
少しかゆい目をこすりながら、そう答えた。
「あ、秋だ」
そう思った。
「そうだよね。ゆき、秋になると目がかゆいってよく言ってる」
こんなことで秋が分かるなんて。
今年はどうやらわたしが秋だと分かる前に、花粉症の方が一足先にやってきたらしい。
「……あんまりかいちゃ駄目」
「分かってる」
るきが目をかくわたしの手を掴む。
ふわぁ、とあくびをする。
隣にいたるきにもうつった。
「そろそろ寝よう、俺が風邪引いちゃう」
繋がれたままの手をるきに引かれ、そのままベッドへと倒れこんだ。
( ああ、もう秋か )
まんまるのお月さまが秋の夜空に輝いていた。
2013/09/27
written by yuki
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