短編集 | ナノ





「いらっしゃいませー」

冬野唯希、24歳。2年前に日下春哉と別れてからというもの俺の生活はボロボロ。別れたというか俺が避けたってだけの話なんだけど。携帯を変えてハルの連絡先はばっちり消去。大学ではハルと一緒に入ってたサークルも辞めて授業後の図書館へは行かないようにした。というのは別れて1ヶ月経った後ぐらいの俺の日常生活。
別れた日、とにかく俺は家で泣き崩れて涙が涸れるまで泣いた。食べ物も飲み物も喉を通らなくて引きこもる日が何日か続くもこれじゃあ生活できないといつの間にかクビになってたバイト先の先輩の紹介で俺は今、花屋でバイトしてる。店長もちょっと変だけどいい人で、まあこの2年間なんとかやってこれたわけだ。ハルと別れた心の傷というヤツもすっかり癒えてそれなりの人生を送ってる。


「…唯希、先輩…」

大学も去年無事に卒業した今、俺のことをこんな風に呼ぶ奴に心当たりなんかない。俺は店先に並んだ花の水遣りをしていた手を止めて屈めていた腰を上げる。俺の目に映るのは茶髪の男とは思えない程の可愛さを持ち、身長も平均ギリギリの女みたいな男。


「……お前は…」

2年前、ハルの本当の恋人、と言うべき存在の後輩の男。名前は、確か…

「小野…秋人?」

俺がそう口にすると目の前の小野はこくん、と首を一度だけ縦に振った。気まずそうに掌を握り締め俺を見る。チワワみたいだ。俺は断然猫派だから可愛いとは思わないけど。

「…どんな花をお求めですか」

出来る限り目をあわさないようジョウロの水を抜いてから指定の場所に置いてレジに行く。俺の歩みを止めたのは小野の言葉だった。


「春哉に…!!春哉に会ってくれませんか…!!?」

…はぁ?いきなりなんだ。ふざけんな。
なんで自分で自分の傷抉るみたいな真似しなきゃいけないんだ。

「春哉はまだ、唯希先輩のことを愛してるんです!!」

「アイツから愛された覚えなんかないよ。邪魔だから、帰ってくれる」

でも、と続ける小野を無視して俺は店の奥に入って行った。すると小野はまた来ますから、と言って帰っていった。ふざけんな。胸糞悪い。2年ぶりにいきなり現れて、意味分からんこと言って行きやがって。こっちはやっと忘れて今を楽しんでるんだ。過去になんか、捕らわれてたまるか。


**

ギシギシと一段一段上るたび軋む階段を上がりながら家の鍵を出す。このボロアパートに住み着いて2年、今日も疲れた、と1つ欠伸して自分の部屋の扉を目指す途中、暗くてよく見えないが俺の部屋の前に人影が見えた。誰だろうと目の悪い俺は少し目を細めてその人影を見つめた。…息が、止まるかと思った。

「…唯希」

2年前と変わらない声で口から白い吐息を吐きながら鼻を真っ赤にして俺の名を呼ぶ金髪の男。


「…ハル」


今日はとんだ厄日だな。


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