短編集 | ナノ
6
…ふざ、けんな。
ハルの言うとおり俺にはお前の言葉が軽い言葉にしか聞こえない。お前は何度その言葉を俺に繰り返した?
結婚するのが嫌なお前は俺を利用しようとして俺の機嫌を取ってるようにしか見えない。
そんな言葉に、俺はもう騙されない!騙されたくない!
「……出て行け、今すぐにっ!!お前とはもう話したくない!!」
俺は俺を抱きしめるハルの体を突き放す。
…こうしてハルを突き放さないと、俺は頭がどうかしてしまいそうだ。
お前はどんだけ俺を苦しめたんだよ。俺をどんだけ苦しめれば気が済むんだ。
……どうせまた俺がここで許したとして、お前は何か変わるのか。俺がお前の結婚の問題を解決してもお前はまた違う女に手を出すんだろ。俺だけじゃない、どんだけお前はお前のことを好いてくれる子たちを苦しめれば気が済むんだ。
「……じゃあ、な。…唯希」
ハルは俺と一切目を合わせず、声を震わせたまま俺の家から出て行った。
ガチャン、と錆びた玄関の閉まる無機質な音とギシギシと微かに聞こえるボロい階段を降りて行く軋んだ音が耳に入る。
…ほんとに、帰ったんだ。
帰れって言ったのは俺だけどさ…。本当に帰るなよ…。図々しいくせになんで帰れって言われて帰るんだよ。どっかから借りてきた猫みたいでハルらしくない。
浮気男って恋愛経験豊富だから相手の気持ちぐらいすぐに分かったりするんじゃないのか。
もう一度抱きしめてほしかった…って、お前ヤリチンのくせになんで気付いてくれなかったんだよ。
俺の体に残るハルのぬくもりと香水の甘い匂いに、喉がなんかおかしくて胸が痛くて鼻が詰まって、苦しくなる。
――先輩が泣いたら楽になるって、2年前そう言って胸を貸してくれた。
…おかしいな。さっきからずっと泣いてるのに。胸が苦しいよ。
俺、全然楽にならないんだ。苦しくて苦しくて、この心臓を俺の中から引きずり出したい。
助けて、ナツ先輩―――
end.
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