更新履歴2012 | ナノ






赤茶色に淀んだ小汚くみすぼらしい服を身にまとった風体の男はその身に不釣り合いな立派な刀を片手に茫然と一人佇んでいた。とくに何かするわけでもなく、かと言ってそこから動く気配もない。
此処より数里離れた国からやってきた旅の医者はそんな男を見つけて足を止めた。

男が佇んでいたのは葉の緑一つない痩せた荒れ地であった。つい先日まで戦でもあったのだろうか、嗅ぎ慣れた鉄錆の臭いが旅の医者の鼻を衝く。

「もし、そこの人」

数歩足を進め、医者は日を防ぐために被っていた笠をとり男に声を掛ける。
だが男には届いてないのか、これっぽっちの反応もない。

「少々道をお尋ねしたいのだが」

優しい声色で相手の出方をうかがう医者の存在に気付いた汚い風体の男はゆっくり振り向き生気のない瞳で医者を捕える。

「おや、怪我をしているじゃないか」

男の刀を持つ手から血が流れているのを旅の医者は目にとめる。

「私は医者でね、その手を貸しなさい。手当てをしよう」

医者は背負っていた荷物を地に降ろしその中から薬と布と瓢箪水筒を取り出し男の腕をとった。男の生気の感じられない瞳はじっと医者を見つめたまま揺らがない。医者はその視線を気にすることなく男の腕についた血を拭い傷口に向けて口に含んだ酒をぶっとを吹きかけた。

「あまり傷は深くないね。あんた見たところ武人のようだが、こんなところでどうしたんだ。他の者はいないのか。ここらに小さな集落でもあるなら案内でもしてもらいたいのだが。ああ、そうだ。自己紹介が遅れたね。私の名は浅葱という。随分前からこうやって旅をしている、医者なんだ」

浅葱と名乗る医者は元からすり潰してある薬草を男の腕の切り傷へ優しく塗る。男は怪我なんてどうでもいいのだろうか、先ほどからずっと医者をじっと見つめたままだ。大抵の人ならば痛みを感じもっと優しくしてくれよ、なんて言ったりするんだが。喋れないのか、喋らないのか。それでも笑うことくらいできるだろうに、無愛想な男だなと浅葱は思った。

「よし、終わったぞ。数日すれば治るだろう。薬を置いて行こう。ちゃんと使うんだぞ」

医者は荷物の中からすり潰された薬草が入っている小さな小箱を取り出しそれを男の空いている方の手へ握らせその上からぎゅっと両手で男の骨張った手を握る。

「大事にな。戦はもう終わったんだ。互いに、しっかり生きよう」

医者は最後にぎゅ、と強く男の手を握りしめた後また荷物を背負い、男に背を向け歩きだす。

ああ、そう言えば。道を尋ねるのを忘れてしまったな。…まあ、いいか。このまま二日歩けばきっとどこかの国には着くだろう。浅葱はすっかり橙色に染まる空を見上げ考えた。外していた笠をまた頭に乗せ、何気なく下を俯く。自分の影が夕日に照らされたせいで真っ黒であった。

すると医者の影の隣にもう一つ、痩せ形の縦に大きい黒い影が増える。

「お前、」

「拙者、名を木下文造と申す」

医者が驚きのあまりに立ち止まり、右隣に立つ武人の顔を目を見開かせ凝視する。先ほどまで一切の生気一つ感じられなかった男の瞳が光を持って医者を見つめる。

「先の戦で主君を失ったが、お前の言うとおり拙者は武に通ずる者である。…主君だけでなく、同志たちも失くして拙者は一人だ。此処へは先の戦の弔いに参った。
この先には戦で身内を失った者たちが避難している場所がいくつかある。先の戦のせいでこの近辺にあった集落や国の男は戦に駆り出され女子供は売り飛ばされ年老いた者は殺された。此処から一番近いのはその襲われた集落や国の生き残りが集まる場所だが、その場所でよければ案内しよう。この怪我の、礼が、したい…」

男は無愛想どころか饒舌で、医者に笑いかけながら言葉を述べる。先ほど医者が投げかけた問に律儀に一つずつ答えて行く。医者はその様子にはじめは驚いていたが後半は相槌を打ちながら男の話を聞いた。

「もし浅葱殿がよいのなら、其処で怪我人たちの手当てをしてやって欲しい…」

「そうであったのか。その頼み、確かに受け取った。文造殿、案内してくれるか」

空も地も、橙色に染まる景色の中、影が二つ動き出した。


**

過去有り?な武人と医者。これから二人で旅をしていきながら愛を育んでほしいと思います。あんまり受け攻め決まってない。
ほんと私は何が書きたかったんだろう…笑

名前!
医者:浅葱(あさぎ)
武士:木下 文造(きのした ぶんぞう)



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