08
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ユリア:「っはぁ、はぁ…!」
自分の息遣いだけが響く山道を夢中で走る
酸欠で足がふらつき、転びそうになるが何度も足に力を入れて踏ん張った
今は転んでいる時間さえも惜しいのだ
ザックスとクラウドに会ってから数ヶ月……
あの森で会って以来、二人には会えていない
自分も神羅に追われる身となり、二人を探すどころではなくなってしまったせいもあるかもしれない
そんなある日、近隣の村人への聞き込みでソルジャーの制服を着た二人組が荒野のあたりを歩いていたという目撃情報を手に入れた
やっと掴んだ情報に浮足立っていた矢先、頭上を何かが通り過ぎていった
見慣れた機体とそこに書かれた神羅の社章…
神羅のヘリだ……
ヘリの向かう先が二人の目撃情報があった荒野と同じと気付くが早いかユリアは走り出していた
そして今に至るのである
走りながらも嫌な予感が絶えず襲ってくる
ユリアは胸元を掴み、頭を振った
あり得ない、ザックスに限ってそんなことはあるはずがない…
と、先の方に開けた場所が見えてきた
あそこに二人がいるかもしれない…
根拠はないけれど、そう自分に言い聞かせてさらに足を速めた
やがて目の前は大きく開け、視界に飛び込んできたのは…
一面の平地
そして
数えきれないほどの神羅兵の死体
ユリア:「何…これ…」
無残に転がっているヘルメットや武器…
ここでいったい何が起きたのだろう…?
愕然とあたりを見回すと、荒野の崖の淵に人影が見えた
が、それは探し求めていた人たちの姿ではない
三人の神羅兵が地面に倒れている人物を囲み、銃を向けている
傷つき、血を流している―――大好きな兄に向かって
「っく、これだけ撃っても生きているなんて…」
「ソルジャーなんて化け物じゃないかっ!!」
顔を流れる汗を拭いながら悪態を吐く二人の一般兵
自分たちが来た時にはターゲットの体力はだいぶ消耗されていたが、今では自分たちの方が体力を消耗している
地面に倒れても、体に弾丸を撃ち込まれてもなお息をしているターゲットに恐怖よりも苛立ちを覚えた
「その化け物を始末するのが今回の任務だ。―――殺せ」
隊長からの一言で二人とも銃の照準を急所に合わせる
そう、こいつを殺すことで任務完了だ
この引き金を引けば今度こそ終わりになる
「哀れだな。ソルジャー・1STの末路がこんなにも悲惨だとは…」
わざとらしく溜め息を吐き、ターゲットの顔を覗き込む
焦点の合っていない瞳はさらに哀れみを誘い、微かに聞こえる呼吸に苛立ちが増した
「こんなやつ一人いなくなったところで悲しむ者などいないだろうな。さっさと止めを」
(―――パァン!!パァンッ!!)
乾いた音が空にこだまする
これでこのソルジャーも終わりだな…
そうほくそ笑んでいると、隣にいた兵たちがぐらりと揺れる
と同時に、スローモーションのようにどさりと地面に倒れ込んだ
ぴくりとも動かない二人を不思議に思っていると地面にじわりと赤い水たまりが広がる
「っな…!?」
思わず後ずさるとドンっと背中が何かにぶつかった
慌てて後ろを振り返った瞬間、目の前に銃口を突き付けられる
真っ直ぐ向けられた銃は鈍く光り、引き金にかけられた指とこちらを見る瞳に迷いはない
射抜くような瞳からその人物の容姿に目を向け、その正体にハッと目を見開いた
「お前は…ッ、タークスの」
ユリア:「黙れ」
言葉と同時に引き金は躊躇いなく引かれた
(ザ――――――…)
突然降り出した雨の中、ユリアは何も言わず、微動だにせず、ただただ立ち尽くしていた
足元には三人の神羅兵
赤く濡れた自分の右手はしっかりと銃を握っている
あたしは何をしたのだろう?
……よく、思い出せない
右手の銃から目を逸らすと、視線の先に仰向けに倒れているザックスの姿が見えた
ユリア:「っお兄ちゃん!!」
叫ぶと同時にザックスの元へ駆け寄り、その隣に膝をつく
僅かに聞こえる息遣いに安堵しながらも、その体に負っている傷と溢れる血の量に息を飲んだ
降り続く雨と混ざり、ザックスのまわりの水たまりは赤く濁っていく
ユリア:「嫌だ…、嫌だよっ…お兄ちゃんの嘘つき…っ!!絶対無事でいるって約束したじゃん!」
こんな時に悪態しか出てこない自分の口はどうかしているのかもしれない
それでも震える手でそっと兄の手に触れると、その手はゆっくりとユリアの手を握った
その優しい手つきに思わず目を見開く
ザックス:「ユリア…?」
ユリア:「あ……!」
返事をしたいのにうまく声が出てこない
口をパクパクとさせているユリアにザックスは小さく笑って目を細めた
ザックス:「なんて顔…してんの…」
ユリア:「だって、だって…!!」
今にも泣き出しそうなユリアにザックスは心の中で溜め息を吐いた
やっぱり、こいつの傍には俺がいてやらなくちゃいけない
けど……
何か話し出そうとしたザックスの口端からすぅ、と血が流れる
それを見たユリアは慌てて首を横に振った
ユリア:「いいから、お兄ちゃんっ、もう何も話さなくていいからっ」
ザックス:「そんなわけにはいかないだろ…」
そう言ってザックスは大きく息を吐き、ゆっくりと顔だけを動かしてまわりを見回した
少し離れたところに自分の倒した神羅兵、そしてユリアのすぐ後ろに積み重なるようにして三人の兵が倒れている
…おそらくあの三人はユリアが……
一人前のタークスとなった妹に対する感心と、“大切な存在”の手を汚してしまったことの罪悪感とが混ざり合い、ザックスはぐっと唇を噛んだ
ザックス:「…ごめんな、ユリア」
ユリア:「どうして謝るの?お兄ちゃんは何も悪くないんだよ?」
悪いのは全部神羅なんだから
そう言おうとしたユリアの言葉を遮るようにザックスは少し大きく息を吸い込んだ
ザックス:「お前は優しいから…俺のせいで、だろ?」
そう言ったザックスの視線の先には先程ユリアが仕留めた神羅兵がいた
視線の先を辿り、それを見やるとユリアはゆるゆると首を振って“なんでもない”という風に応えた
ユリア:「お兄ちゃん、大切な何かを守るために戦うことを教えてくれたのはお兄ちゃんだよ?大切な人を守るためならあたし…頑張れるよ?」
そう言って笑って見せたが少しひきつってしまったかもしれない
人を撃つことが怖かった幼い自分に、大切な人のために戦えばいいと教えてくれたのはザックスだった
それがこんな形で成果を見せることになるなんて……
笑顔とは裏腹に強く拳を握りしめているユリアの手元を見やり、ザックスはフッと息を吐いた
ザックス:「そっか…そうだった、な…」
雨が降りしきっている
雨粒が顔に当たっているのだろうが何も感じない
時折、目の中に雨が入ってしまうのか視界がぼやける
…あぁ、俺、そんなに長くないかも…
自分の最後を悟り、ザックスはユリアを真っすぐに見つめた
ザックス:「ユリア、」
ユリア:「何?お兄ちゃん、」
俺の大事な妹、自慢の妹、たった一人の大切な存在
その瞳からはとめどなくぽろぽろと大粒の涙が溢れている
ザックス:「そんな、悲しそうな顔…するなよ…」
ユリア:「だって…!そんなの…っ」
怒った口調で咎めるようなことを言おうとしたのだろうが、余計に涙を溢れさせてしまった
ごめんなぁ、ユリア
兄ちゃん、その涙、拭いてやれなくて
ザックス:「お前は…幸せになれ」
ユリア:「な、に…言って…」
ザックス:「クラウドと一緒に、俺の分まで」
瞬間、ユリアの顔がくしゃりと歪む
肩を震わせ、俯くユリア
そんな顔をさせたかったわけではなかったのだけれど…
何か声をかけようかと考えていると、遠くの方で誰かが動く気配がした
ユリア:「誰」
いち早く気づいたユリアが素早く銃を構える
が、そこにいたのはよく見知った人物―――クラウドだった
ユリア:「クラウド…?」
下半身を引きずるようにしてこちらに這ってくるクラウド
以前会った時よりは瞳に生気が宿っているが、まだ中毒状態は抜けていないようだ
ザックスの方に這ってくるクラウドをユリアはただ黙って見つめていた
クラウド:「ザックス…?」
自分のもとにやってきたクラウドに軽く目を見開く
久しぶりに聞いた友の声に驚きと安堵が込み上げ、自然と笑みが零れた
本人に意識はあるのかないのか分からないが…伝えなくてはいけないことがある
ザックスは小さく息を吐き、クラウドの方に顔を向けた
ザックス:「俺の…分まで…」
クラウド:「あんたの…分?」
首を傾げながら言葉をオウム返しするクラウド
ザックスはゆっくりと頷き、そっと腕を伸ばした
ザックス:「そうだ。お前が…」
クラウド:「お前が?」
ザックス:「生きる」
伸ばした腕で、言葉の意味を図りかねて不思議そうにしているクラウドの後頭部を掴み、ぐっと自分の胸元に引き寄せる
以前なら力強く聞こえていたであろう鼓動も今は弱々しく聞こえているのだろうか
締まらないな、と心の中で自嘲しながらも自分の呼吸が浅くなってきているのを感じる
荒くなる息をなんとか抑えながら言い聞かせるように言葉を紡ぐ
ザックス:「お前が…俺の生きた証」
そう言ったザックスの手は力をなくし、だらりと垂れた
頭を押さえていた力がなくなり、クラウドはゆっくりと顔を上げてザックスを見る
クラウドの頬や髪に血がついてしまったが当の本人は気づいていないのか、気にしていないのか、やはり不思議そうにぼんやりとした目をしていた
その様子を見てザックスは軽く笑んでみようとしたが、もう表情に力が入らない
まずいな…まだ、伝えたいことはたくさんあるんだ…
右手に握ったバスターソードに目を向け、力を振り絞ってそれをクラウドに差し出す
ザックス:「俺の誇りや夢、全部やる」
俺が託されたものと俺自身のもの
俺が守りたかったもの、俺が守れなかったもの
それを全部背負えっていうのは酷なことかもしれない
けど、いろいろな想いが詰まったものだからこそ、お前に託したい
クラウドならきっと、俺の分も…俺に託したあいつの分も大切にしてくれる
もちろん、ユリアのことも
力強い言葉と瞳に少し目を瞬きながらもクラウドは差し出されたバスターソードをおずおずと受け取った
それを確認してザックスは手を離し、軽く押し付けるようにしてクラウドに胸に抱かせた
クラウド:「俺が…お前の生きた証」
呟くように発された言葉は、先程よりも言葉の意味を理解しているようだった
決意めいたクラウドの言葉に満足そうに笑み、ザックスはユリアに目を向ける
悲痛な面持ちでこちらを見ていたユリアは目が合うとぱっと飛んできて強く手を握ってきた
ユリア:「お兄ちゃん…っ!」
うまく言葉が出てこないのか、しゃくりあげながら“お兄ちゃん”と繰り返す妹に言葉をかけてやりたいが、もうそんな余力もなさそうだった
せめて、最後に見るなら…
握られている手の指をかすかに動かし、ユリアの視線をこちらに向けさせるとザックスはゆっくりと唇を動かした
“わ” “ら” “え”
そうして口角を上げてみせるとユリアはフッと小さく息を漏らし、目を細めた
ユリア:「もう…、何それ」
言いながら笑った妹の顔はきらきらと輝いて見えた
涙や雨に濡れたせいもあるだろうけど、俺には……うん、
やっぱり、お前は笑顔が似合うよ
スッと目を細めて嬉しそうに笑むとザックスはそのままゆっくりと瞼を閉じた
深い深い眠りにつくように、意識は徐々に沈んでいく
……おやすみ、みんな
兄に急に笑えと促されて思わず笑ってしまったものの、ユリアは笑顔を作れている自信がなかった
それが兄の最期の願いだという思いが脳裏をかすめて心をざわつかせる
ザックスが瞼を閉じた瞬間、ユリアはひゅっと息を飲み、何度も兄に呼びかけた
けれども反応は返ってこなかった
眠っているように見えるのに…
今までのように“おはよう”と目覚めそうなのに…
微笑みを浮かべているザックスの頬にそっと触れ、その冷たさにユリアは声を上げずに泣いた
兄が帰らぬ人となってしまったことへの悲しみと、そうさせた原因の神羅に対する憎悪が心の中で渦巻いていく
どうして、どうしてあたしから大切な人を奪うの…
どうしてなんの罪もない人の命を奪っていくの…
あたしはこれから、どうしていけばいいの……
小さく体を震わせながら泣くユリアの横で、クラウドはただ茫然としていた
何が起きているのか理解を求めるように、虚ろな目はぼんやりとザックスを捉えた
笑んだまま動かない表情
風になびく黒髪
何かが脳内でカチリと噛み合った
クラウド:「…あっ、ああ…!」
今まで堰き止められていた様々な感情が、言葉が、情報が自分の中に流れ込んでくる
嘘だ、ザックスが、いや待て、そんな、動かない、冷たい、呼吸は、寒い、友達、いやだ、まさか、命、待ってくれ、最期、俺は、間違いだ、現実だ、ザックスは、
ザックスは、もういない
その言葉に行き着いた瞬間、クラウドは目を見開いた
クラウド:「うぁぁぁああああーーーーー!!!!」
身体の内側から溢れ出す感情が叫びとなって爆発する
同時に頭の中をさまざまな記憶が駆け巡った
初めてザックスに会った日、一緒に任務に行った日、相談にのってもらったり楽しく笑いあったりした日々…
その時のザックスの笑顔や真剣な表情も徐々に思い出された
そして、朦朧とする意識の中で伸ばした自分の無力な手も、無謀な戦地に向かっていく友の背中も…
この気持ちはなんだ?
どうしてこんなに悲しいんだ?
……そうか、俺は“悲しい”のか
今まで靄がかかっていた思考が晴れていく
目の前にいるザックスは俺の友達で、大切な仲間で、俺の憧れ
ザックスは俺にソルジャーの心得、強くなる秘密、いろいろなことを教えてくれた
そして、ソルジャーとしての誇りや夢を託していった
俺が生きることは、ザックスが生きていた証明
俺は、ザックスの存在証明となる
クラウド:「ありがとう…忘れない」
生気の戻った瞳でザックスを見つめるクラウドだが、ぐっと唇を噛みしめて感情を抑えている
軽く目を閉じ、決意したように立ち上がるともう一度ザックスを見やった
笑いながら眠っているように見える彼は、もう目を開けることはない
そう考えてしまうだけで悲しみに胸が押しつぶされそうになり、目に熱いものが込み上げてくる
それをこらえるように口を引き結び、眉間にぐっと力を入れて目を閉じた
大丈夫、大丈夫だ
ザックスは俺の中にいる
ゆっくりと息を吐きながら目を開け、しっかりと友の顔を見つめる
どうか、元気で
クラウド:「おやすみ、ザックス」
そう言って背を向け、ザックスから受け取ったバスターソードを引きずりながらクラウドはゆっくりとミッドガル方面へと降りていった
その背中をユリアはただ見ていることしかできなかった
先程まで魔晄中毒の症状がみられていたクラウドは心も身体もボロボロなはず…
いつ倒れたっておかしくない、大好きな人
クラウドのことを追いかけなくちゃ
…頭ではわかっているのだが体に、足に力が入らない
目の前に横たわっている大切な人
これからもずっと、変わらずに一緒にいられると思っていた
けれどこんなにもあっけなく、その夢は砕かれた
いつも一緒にいたのに…そばにいてくれたのに…もう叶わないなんてそんなの耐えられる自信がない
いけない、と心のどこかから声がした
けれど手はそれを無視して動き、ザックスの左耳からピアスを取り外した
彼の瞳と似た色の青いピアス
それを自身の左耳に通し、存在を確かめるように触れる
ごめんね、お兄ちゃん
ちょっとだけ…あたしの気持ちが落ち着くまでこのピアス、貸してください…
「…見つけたぞ、と」
背後からの声にハッとして振り返ると、こちらに歩み寄る二つの影が見えた
一つは赤い髪を靡かせ、一つは目元のサングラスが鈍く光っている
ユリア:「レノ…ルード…」
二人の名前を呟いた自分の声はひどく掠れていた
その声にレノは驚いたように少し目を見開くが、すぐに細めた
レノ:「お前、自分が何したのか分かってんのか?」
ユリア:「……」
ルード:「命令違反、神羅兵への攻撃…神羅への反逆と思われてもおかしくない」
ユリア:「神羅への、反逆…」
言葉にしてみると思いのほか納得できる響きだった
あたしのことを雇って、ここまで育ててくれた神羅
けれど、大切な家族や大好きな人を傷つけた神羅
…神羅の言うことなんか聞けるわけないじゃない
ユリア:「あたしがもっと強かったらよかったよね」
レノ:「…あ?なんの話だよ、と」
突然振られた話にレノは眉をひそめるがユリアは淡々と話し始める
ユリア:「あたしが強かったらもっとスムーズに動けた。タークスのみんなに迷惑をかけることもなかった。こうしてレノ達に追いかけられることもなかったと思う」
ルード:「それは強さと何か関係があるのか?」
ユリア:「あたしが強かったら、もっと力があれば…」
そこまで言ってユリアは俯く
その肩が小刻みに震えているのを見て、レノは口を開いた
レノ:「おま、」
ユリア:「そしたら…お兄ちゃんが殺されることもなかった…っ!」
怒りとも絶望ともとれる悲痛な叫びがかすかにこだまする
今さら無いものねだりをしたところでなんの意味もないことは分かっている
それでも自分の中に渦巻く感情がうまくコントロールできず、ユリアはもがくように自分の胸元を掴んだ
ユリア:「あたしが弱いから、あたしが女だから、だから誰も助けられないんだよね?何も守ることができないんだよね?」
レノ:「おい、待て。誰もお前のことそんな風に思ってなんか」
ユリア:「思ってなくても事実だよ。あたしにはなんの力もない」
敵を倒す力はあるのかもしれない…けど、それだけでは足りない
あたしには、“覚悟”が足りてない
ユリアはふらりと立ち上がると、のろのろとした動きで近くに倒れている一般兵に歩み寄る
その服の中を漁り、護身用と思われるナイフを手に取るとおもむろに自身に刃を向けた
レノ:「な…っ、にして…」
ユリア:「これで、サヨナラする」
それだけ言うとナイフを首元に持っていき、スッと躊躇いなく引いた
止めようと伸ばしたレノの腕は空を掴み、しばらくしてだらりと下がる
レノ:「お前……」
ユリア:「もう、弱い自分とはお別れする」
ユリアの手に握られた長い髪の束
腰のあたりまであった長い髪は先程のナイフで肩あたりまで切られている
そっと手を離すとそれは風に乗ってはらはらと散っていった
その行く先を何となく見つめるユリア
その顔はこれまでの明るい少女らしさはなく、暗い影をまとっていた
見たことのないユリアの表情に戸惑いながらもレノは口を開いた
レノ:「お別れったって…お前はこれ以上何を…」
ユリア:「タークス、辞める」
レノ:「はぁ」
予想していなかった答えに思わず声が裏返る
驚きに固まっているレノより先にルードが一歩詰め寄った
ルード:「分かっているのか?タークスを辞めるということは、」
ユリア:「“死”を意味する。ちゃんと覚えてるよ」
なんでもないように“死”と口にしているユリアは無表情だった
二人が言葉に詰まっているとユリアは携帯を取り出し、どこかに電話をかけ始める
数回のコール音ののちにすぐに慌てたような声が聞こえた
ツォン:「ユリアか?!っお前、今どこに」
ユリア:「ツォン、あのさ」
淡々と発される言葉に感情はない
それを察したのか電話口にいる相手、ツォンも口を閉じた
ユリア:「あたし…タークス辞めるね」
ツォン:「なっ…!」
ユリア:「最後まで迷惑かけてごめん。じゃあね」
ツォン:「待てっユリア!どうして、」
そこで電話を切り、電源を落とす
自分の周りにあるものを全部断ち切ったら少し軽くなるかなと思ったがそうでもなかった
小さく息を吐いて空を見上げてみる
先程まで広がっていた暗い雲は少しずつちぎれ、晴れ間が見えつつあった
…希望の光が差し込んできているように見えた
ユリア:「あたし、強くなりたいんだ」
レノ:「お前は十分強いぞ、と」
レノが茶化すように言うがユリアは“そんなわけない”とゆるゆると首を振った
ユリア:「強かったらお兄ちゃんもクラウドも守れてた。そうでしょ?」
レノ:「……」
ユリア:「神羅の力を借りずに、もっと強くならなきゃいけない。だから、弱いあたしは全部ここに置いて、強くなる。強くなって…もう誰も悲しい思いをしなくていいように皆を、クラウドを守る」
ルード:「ユリア……」
言っていることは正しいし、とても立派なことだ
だが、今…兄を目の前で失った直後にする決意ではない
感情の一切を殺しているであろうユリアにかける言葉を探していると、ふぅっと大きなため息が聞こえた
レノ:「分かったぞ、と」
ルード:「っレノ…?」
隣で了承の言葉を吐いた相棒を見やると、レノは腕組みをして何やら芝居めいた口調で語りだした
レノ:「あ〜あ、俺らはツォンさんから“タークス所属のユリアを捕獲しろ”って命令を受けてたんだが、“タークス所属のユリア”ってのがどこにもいねぇなぁ〜。なぁ、ルード?」
ルード:「あ、あぁ…?」
急に話を振られ、返事が疑問形になってしまった
突然始まった小芝居にユリアも状況を呑み込めていないようでポカンとしている
が、レノは一切気にせずに続けた
レノ:「ここにユリアにそっくりなやつはいるけど…お前、タークスじゃないんだもんな?」
ユリア:「!」
どこかしたり顔のレノにやっと理解が追いついた
追いついたと同時に今まで我慢していたものが溢れ出そうになり、ぐっと堪える
なんとか頷いて返事をするとレノは小さく笑った
その笑みはどこか悲しそうに見えた
レノ:「んじゃあ人違いだぞ、と。もしかしたら先に脱走したターゲットと合流してるかもしれないな」
ルード:「あぁ。探索ポイントも変えてみよう」
レノ:「名案だな、相棒!」
そう言ってくるりと背を向ける2人に思わず声を掛けそうになる
ダメだ、ここで声を掛けたらいけない…
2人の優しさを踏みにじってはいけない
兄と一緒に神羅ビルに足を踏み入れた日、初めて声をかけてきたのはこの2人だった
自分より先に入社している先輩たち
いつも厳しいことばかり言うけど面倒見のいいレノと、特に何も言わないけどいつも見守ってくれているルード
本当に、いい先輩に恵まれたなぁ…
ユリア:「…ありがとう」
呟くように発した言葉は届いていたようで、レノは軽く手を上げて応えた
2人の背中が見えなくなると気が抜けたのかふいに膝から力が抜け、ぺたりとその場に座り込んでしまった
…タークスを、辞めてしまった
お兄ちゃんと約束したのに
絶対辞めないって約束したのに
ユリア:「でも、もうお兄ちゃんはいないんだ」
何気なく発したそれは、言葉にしてはいけなかった
言葉にすることで急に現実味を帯び、思考を、感情をじわじわと蝕んでいく
お兄ちゃん、お兄ちゃん、お兄ちゃん…っ!
ユリア:「っああああぁぁぁぁぁーーーーーーー!!!!!!」
今まで堪えていたものが堰を切ったように溢れ出した
とめどなく流れる涙も拭わずに、感情のままに叫ぶ
悲しみも、懺悔も、憎しみも、全部吐き出してしまえるように
荒野には、ユリアの悲痛とも言える叫び声だけがこだましていた
ルード:「…いいのか?慰めに行かなくて」
レノ:「………」
岩陰に背を預け、もたれるようにして2人で空を見上げる
ユリアの悲しい泣き声が聞こえて思わず足を止めてしまったが、今の自分たちには何もしてやれない
引き返して、あの小さな背中に寄り添って、“大丈夫だ” “もう泣くな”と言ってやれたら…
そこまで考えてレノははんっと鼻で笑った
レノ:「俺たちが行ったところでなんの慰めにもならないぞ、と」
ルード:「そうだろうか…」
レノ:「そうだよ。なぜなら、俺たちは……あいつの敵…神羅の人間だからな」
そう言ってヘリの方に歩き出すレノ
ルードはその背中をしばらく眺めてから自身も続いた
目の前にいる相棒にとって、ユリアの存在はタークスの中でも“特別な仲間”であったはずだ
幼い頃から見守り、支え、守ってきたユリア
彼女とこんな形で別れ、送り出さなければいけなくなるなんて誰が予想できただろうか
まして彼女は神羅を憎んでいて、神羅と敵対する存在となった
それはつまり……
レノ:「…なぁ、相棒」
前を向いたまま声をかけてきたレノに“どうした?”と問うと、その肩が微かに震えたように見えた
レノ:「ユリアとは…次に会うときは敵同士ってことになるのか?」
同じことを考えていた相棒に驚きながらも、その声がとても弱々しいことに不謹慎ながらも少し笑みが零れてしまった
あんなに強気な態度で送り出していたから平気なのかと思っていたが…やはりユリアが絡むと弱いんだな
ルードは大股でレノに歩み寄り、隣に並ぶと少し強めにその背中を叩いた
ルード:「俺たちは神羅で、ユリアは反逆者だ。そうなる可能性は十分にあり得る」
レノ:「……だよな」
ルード:「だが、ユリアがタークスであったこと、一緒に任務をこなしてきた時間は決して変わらない」
レノ:「………」
ルード:「形はどうあれ、俺たちとユリアの絆に変わりはないということだ」
きっぱりと言い切ったルードの言葉に迷いはなかった
形はどうあれ…か
レノ:「その絆、絶対に切ってやらねぇぞ、と」
ルード:「…いい決意だ」
レノ:「何があってもユリア#は俺たちの仲間だ。それにあいつは…」
ルード:「退職届を出していない」
レノ:「だよな〜!」
ハイタッチをしながら笑いあうレノとルード
長い間一緒にいたユリアと別離しなければいけないのはとてもつらい
だからこそ、しっかりと彼女との絆をつないでおかなければいけない
…必ず迎えに行くからな
心の中でそっと呟いて、レノはヘリの操縦席に乗り込んだ
そうしてまた、時が動き出した
先にあるものが光なのか闇なのか全く見えないが、それでも誰も歩みを止めない
そして誰も、後ろは振り返らなかった
08 -終-
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