Last
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『まもなく、七番街スラム―――お出口は、左側です―――』
列車に揺られながら窓の外を見やる
徐々に近づいてくる灰色の景色にユリアは微かに眉をひそめた
ユリア:「本当にこんなところにクラウドがいるの…?」
レノとルードと別れたあと、クラウドの後を追ってミッドガルへと向かった
だいぶ遅れをとってしまったのでクラウドの目撃情報を頼りに足取りを追ったのだが、辿り着いたのがこの七番街スラムだった
クラウドとスラム街になんの関係があるのかさっぱり分からないが情報があるのだからとりあえず行ってみるしかない
減速し始めた列車は外の景色をゆっくりと映し出す
寂れた町並みは活気こそないが人通りはそこそこあるようだった
…またここで聞き込みをすればいいか
完全に停車するのを待ってから席を立ち、一番最後に列車を降りた
駅前では父親を迎えに来たのであろう家族や、再会を喜ぶ恋人などの姿があちこちで見られた
その様子にユリアはそっと目を逸らす
家族…恋人……今の自分にはどちらも…
そこまで考えて慌てて暗い思考を追い払った
大丈夫、恋人は…クラウドはいる、だからまだ頑張れる
ユリア:「っよし!」
小さく気合いを入れ直して一歩を踏み出した時、ホームに立っていた駅員がおずおずと声をかけてきた
「あの…神羅の方、ですよね?」
ユリア:「?あー、まぁ…」
「相談したいことがありまして…少しお時間よろしいですか?」
スラム街の駅員が神羅の人間に相談することなんてあるのだろうか?
今の自分は神羅の人間ではないが困っている人を放ってもおけず、ぎこちなく頷くと駅員はホッと安堵した表情になり、“こちらへ…”と駅員の待機する事務室の方へと歩き出した
「先日、いつも通りに最終列車を迎えたのですが、降りてきたなかにちょっと様子のおかしい人がいましてね」
ユリア:「ふぅん?」
「最初は酔っ払いかと思ったのですがそれとも違うんです。服装からしてソルジャーの方かと、」
ユリア:「ソルジャー
」
「は、はい!」
突然食いついてきたユリアに駅員は驚いた表情を見せるが、事務室に到着すると再び表情を引き締めてそっとドアを開けた
「私にはどうしたらいいのか分からなかったので、とりあえず保護したのですが…」
そう言って見せられた室内は狭く薄暗い
中には仮眠用のベッドがあり、そこに誰かが横たわっているのが見えた
その身なりは間違いなくソルジャーのもので、近くの壁には大剣が立てかけられている
そして、暗がりの中でもわずかな光を受けて輝く金色の髪にユリアの心臓は早鐘を打った
ユリア:「ク、ラウド…?」
おそるおそる声をかけると横たわっていた体がぴくりと揺れ、ゆっくりと顔がこちらに向けられた
魔晄を受けた青い瞳と視線が合わさる
間違いない、クラウドだ
確信するなりユリアは思わずベッドのそばに駆け寄っていた
ユリア:「クラウド、だよね?よかった…無事だったんだね、クラウド…っ」
涙が出そうになるのをこらえながら何度も名前を呼ぶ
まだ魔晄中毒が抜けきっていないのかぼんやりとしているが意識はあるようだし、呼吸もしている
生きてくれているだけでいい
クラウドが生きているだけで、あたしは…
クラウド:「…れ、だ…」
ユリア:「え?なぁに?」
久しぶりに自分へと向けられた彼の声に胸が高鳴る
クラウドと会話をするのはいつぶりだろう
掠れた声でなんとか言葉を発しようとするクラウドにユリアは耳を近づけた
クラウド:「お前は…誰だ?」
ユリア:「…え、」
「おや、お知り合いでしたか。それはよかった!ここは自由に使っていただいて構わないので、彼の介抱をお願いします」
クラウドの声は聞こえていなかったのか、二人の様子を見て安心したようで駅員は仕事に戻っていった
二人だけになった室内はしん、と静まり返っている
かける言葉が見つからなかった
今しがたクラウドに言われた言葉が頭の中を反芻する
“お前は誰だ?”って言ったの…?
クラウドが、あたしに……?
いや、まさか、そんなわけない!
ユリアは努めて明るく頬笑みながらクラウドの顔を覗き込んだ
ユリア:「ねぇ、クラウド?あたしのこと、分かるよね?」
クラウド:「…だ、れだ…?」
ユリア:「や、やだなぁ、クラウドってば……ほら、ユリアだよ?ザックスの妹の…ね?わかるでしょ?」
クラウド:「ユリア…?ザック、…っう…
」
ユリア:「っクラウド?!」
突然頭を押さえて呻きだすクラウドに慌てて寄り添う
が、何かに怯えているような、抗っているような姿にただただ困惑することしかできなかった
すると、ふとクラウドが顔を上げ、何かをブツブツと呟き始める
クラウド:「俺は、クラウド…クラウド・ストライフ…出身はニブルヘイム…ソルジャーを目指して家を出て、神羅に入って、そして…」
ユリア:「クラウド…?」
おそるおそる声をかけるが聞こえていないのか反応はない
かと思いきや急に半身を起こし、ユリアの方に向き直って力強く言い放った
クラウド:「俺はクラウドだ。クラウド・ストライフ。元ソルジャーだ」
ユリア:「……は?」
クラウド:「それで?お前は誰なんだ?」
何が起きているのか理解できない
まだ正気ではないのかと思ったが、その青の瞳はしっかりと光を宿している
本気で、言ってるの?
ユリア:「クラウドが、ソルジャー?」
クラウド:「あぁ、そうだ」
ユリア:「神羅兵…だった、よね?」
クラウド:「そんな時期もあったかもしれない。だが、俺はソルジャーになったんだ」
はっきりと迷いなく言い切られ、何も言い返せなかった
…いや、違う
言い返して、真実を突き付けて、またクラウドが正気でなくなってしまうのが怖かった
“自分はソルジャーだ”と言い聞かせることでクラウドは正気を保っているのかもしれない
…クラウドは、過去を忘れたいのかもしれない
お兄ちゃんのことも、あたしのことも……
―――お前が、俺の生きた証…
最期に兄がクラウドに言い残した言葉
クラウドはザックスと自分を重ねることでそれを果たそうとした
結果として、うまく擦り合わせられなかった部分を記憶から消し去ることで自分の中にうまく落とし込んだのだろう
擦り合わせられなかったのは、ザックス“本人”と、ザックスの“妹”でありクラウドの“恋人”であるユリアの存在
それが、クラウドの選んだ道なんだね…
こちらを真っすぐ見つめてくる瞳が冷たく感じる
いつもは青空のように暖かく、優しく包まれるような心地だった青い瞳
今はガラスのように冷たく、無機質だ
黙り込んでいるユリアを怪訝に思ったのかクラウドは首を傾げている
クラウド:「どうした?アンタの名前を聞いている」
クラウドはあたしを忘れることで自分を保っている
なら、あたしにできることは……クラウドにあたしを思い出させないこと
ユリア:「…ボクはユリア。元、タークスだ」
クラウド:「ユリア…か…」
今度はすんなりと名前を受け入れられ、安堵する
クラウドは室内を見回して自分の状況を把握しようとしているようだが、難しかったようで軽く眉間に皺を寄せた
クラウド:「どうして俺は…ここにいるんだ?」
ユリア:「えーっと…」
どうやって説明したらいいのだろう…
どこから話したものかと悩んだが、簡潔に、結果だけを伝えることにした
ユリア:「ボク達は神羅から逃げてきた。クラウドが困ってたところをボクが助けた。ボクはタークスを抜けてきた。…分かるか?」
クラウド:「神羅……脱走……タークス……」
また何事かをブツブツと呟き始めたクラウドを緊張しながら見守っていると、納得したように大きく頷いた
クラウド:「あぁ、思い出した。ゲートを通れなくて苦戦していたのをユリアが助けてくれたんだったな」
ユリア:「そ、うだね…そう…」
クラウド:「それと…俺は逃げる途中で頭を打ったのか?妙に頭がガンガンする」
言いながら額を押さえて頭を振るクラウドは少しつらそうだった
情報量の多さに思考が追いついていないのかもしれない
無理をさせるのは危険だ
ユリア:「きっと疲れてるんだよ、まだ寝といた方がいいって」
クラウド:「悪いがそうさせてくれ」
そう言ってまたベッドに横になるとクラウドは静かに目を閉じた
それを起こさないようにユリアはそろりと立ち上がり、外へと出る
静かにドアを閉めると深く、大きく息を吐きだした
そのままドアに背を預けてずるずると座り込む
ユリア:「疲れた…」
無意識に体に力が入っていたようで変に疲労感がある
クラウドの見た目をした全くの別人と会話をしている気分だった
…少し、お兄ちゃんに似ている気もするけれど…
もう一度ため息を吐き、膝を抱えて顔を埋める
ユリア:「なによ、ボクって…」
自分自身に悪態をつく
とっさに思いついて発した一人称だったが、冷静に考えるとこれが自分の深層心理なのかもしれない
大切な人を守るために、今までの自分から変わりたくてここまでやってきた
あたしは女だから、弱い
だったら“女”なんて捨ててしまえばいい…、と
そこまで思い至り、はっとする
ぐるぐると複雑に入り組んでいた思考が急に大きく開けた気持ちだった
ユリア:「そうだ…変わればいいんだ…」
今現在、昔のユリアの事を知っている人はまわりに誰もいない
クラウドもユリアのことは忘れているし、全てを変えるなら今しかない
過去の自分のことは忘れてしまおう、新しい自分になろう
弱い“あたし”とはお別れして、みんなを守り助ける強い“ボク”であろう
これならクラウドが過去を思い出すことも、それによって苦しむこともない
それに…クラウドが過去を思い出さない限り、自分もずっと過去を忘れたままでいられる
何も思い出さないで済む
済むのだけれど……
ユリア:「…ひっどい話」
自嘲気味に発した言葉は誰にも聞かれることなく空気に溶けた
ねぇ、クラウド
昔の自分とさよならするためには、
好きって気持ちともさよならしなくちゃいけないのかな?
昔のことは思い出してほしくないけれど、
好きって気持ちだけは思い出してほしいな、なんて
ずるいよね
ユリア:「…クラウド」
再び膝に顔を埋めて目を閉じる
再会したら抱きしめてもらえると思っていた
優しい声で名前を呼んでくれると思っていた
…約束を、果たしてくれると思っていた
大好きな、大好きだったクラウド
最後に見た彼の笑顔を思い出すと痛くなるほど胸が締めつけられる
あの頃の彼は今はもういない
彼を変えてしまったのは…
―――魔晄
魔晄、神羅…絶対に許さない…!
怒りと悲しみで心がぐちゃぐちゃとして叫び出したい衝動に駆られたが、拳を強く握って抑え込む
掌に爪が食い込む痛みで少しずつ気持ちが落ち着いていく気がした
それからクラウドが起き上がり、日常に支障なく動けるようになるまでそんなに時間はかからなかった
いつまでもここに世話になるわけにはいかない、と駅員にお礼を言って二人で事務室を出る
なんとなくスラム街への道のりを歩きながらユリアはクラウドを見上げた
ユリア:「クラウドはこれからどうするんだ?」
クラウド:「俺は、“なんでも屋”をやろうと思ってる。そこで報酬をもらって生活していくつもりだ」
ユリア:「へえ〜、いいなぁそれ!」
クラウド:「ユリアは?決まってるのか?」
ユリア:「ボク?…うーん、そうだなぁ…」
いっそ反神羅組織アバランチにでも加入してしまおうかと思ったが、彼らとはタークス時代にやりあっているだけに敬遠してしまう
それに、クラウドを守るためには近くにいた方がいい
それを正直に伝えるわけにもいかず悩んでいると、クラウドの方が口を開いた
クラウド:「もし決まっていないなら、ユリアも一緒に“なんでも屋”をやらないか?」
ユリア:「え?」
思ってもいなかった誘いに目を瞬いていると、クラウドは不敵な笑みを浮かべた
クラウド:「一人より二人の方が効率がいいし、元ソルジャーと元タークスが組めば儲かると思わないか?」
ユリア:「うわ、意外とがめつい」
クラウド:「生きるためだ、仕方ないだろ。嫌なら降りていいぞ」
ユリア:「いや、やるやる!やらせてください〜!」
そんな他愛もない話をしながら駅を出て、七番街スラムへと足を踏み入れる
とりあえずスラムの人たちの依頼をこなしていこうという事になったのだが、
ユリア:「意外と人が多いんだな…」
露店がひしめくように並び、そこは住民などで溢れている
ぼんやりとそれらを眺めながら歩いていると、今まで隣にいた存在が姿を消していた
驚いてその姿を探すとクラウドはさっさと先を歩いていて、慌ててあとを追う
ユリア:「ちょっと、待てよクラウド!」
「…クラウド?」
誰かがクラウドの名前を呟いた気がして思わず足を止める
クラウドにも聞こえていたようで不思議そうにあたりを見回していた
「もしかして、クラウド…なの?」
ユリア:「…え?」
こちらに歩み寄ってくる女性に目を向ける
長い黒髪に大きな黒い瞳
格闘技を会得しているのか、普通の女性よりは力があるような雰囲気を感じる
神羅にいる時に、クラウドからこういう女性と出会ったという話は聞いたことがない
…本当にクラウドの知り合いだろうか?
ユリアが訝しむように女性の方を見ていると、同じように目を凝らしていたクラウドは驚いたように声を上げた
クラウド:「ティファ…!」
ユリア:「…は、」
ティファ:「やっぱり!クラウドだったんだね!」
ティファと名前を呼ばれた女性はぱぁっと笑顔になり、クラウドに駆け寄った
“久しぶりだね!” “元気だった?”と嬉しそうに話しかけるティファにクラウドも心なしか優しい顔つきになる
…ボクのことは名前も忘れていたのに、彼女のことはすんなり思い出すんだね…
仕方がないことだと分かっていてもやはりすぐには納得できそうにない
複雑な気持ちを押し殺してクラウドとティファのやり取りを見守っていると、ふいにティファがユリアの方を見て首を傾げた
ティファ:「クラウド、この子は?」
クラウド:「あぁ、こっちは」
ユリア:「ボクはユリア。初めまして」
クラウドの紹介を遮って自己紹介をする
ティファは少し驚いたような顔をしたがすぐに笑顔を向けた
ティファ:「初めまして、ユリア。わたしはティファ。ニブルヘイムの出身で、クラウドとは幼馴染なの」
ユリア:「あぁ、なるほど…」
だからこんなに親し気なのか
…でも、故郷にこんなに仲良しの幼馴染がいるなんてクラウドは一度も教えてくれなかった
なんで隠してたんだろう…
再びモヤモヤとする心と戦っているとティファは二人の服装を交互に見て顎に手を当てた
ティファ:「二人とも、もしかして今は神羅にいるの?」
クラウド:「いや、今は違う。もう神羅とは関係がない」
ティファ:「ふぅん?“今は”って?」
クラウド:「俺は元ソルジャーだ。ユリアは元タークス」
ティファ:「へぇ!そうなの?」
目をぱちくりさせながらティファはユリアの方を見る
突然話を振られてどきりとしたがユリアはゆっくり大きく頷いた
ユリア:「あ、あぁ…そうだったな…。クラウドは優秀なソルジャーだった」
ティファ:「すごいじゃない、クラウド!」
幼馴染の活躍を祝うティファにクラウドは満更でもないような笑みを作った
クラウドの中で“自分は元ソルジャーだ”というイメージが固まったらしい
ティファにも自分からそう伝えていたということは…
もう、後戻りはできない
クラウドのためにもこのまま貫き通すしかない
ティファ:「それで、元ソルジャーと元タークスの二人がどうしてここにいるの?」
疑問が尽きないのであろうティファにユリアはニコッと笑みを向けた
人当たりのいい、感情を見せない笑顔
ユリア:「ボク達、神羅のやり方が気に入らなくてさ。二人で神羅ビルから逃げてきたんだ。ソルジャーとタークスが組めば最強だなって思ってな!」
ティファ:「そっか、そうだったのね」
ユリア:「で、今からクラウドと二人で“なんでも屋”をやろうかって話してたとこ。依頼を受けて、報酬をもらって、それで生活していこうって」
ティファ:「なんでも屋?」
クラウド:「あぁ。報酬次第ではどんな依頼も受けるつもりだ」
するとティファは“なんでも屋…報酬次第、か…”と何やらブツブツと呟きながら考え始めてしまった
その様子にクラウドとユリアが顔を見合わせていると、ティファは自分の中で完結したのか軽く頷いて二人に微笑みかけた
ティファ:「なんでも屋の二人にさっそくお仕事を依頼してもいいかな?」
クラウド:「構わないが…どんな依頼だ?」
ティファ:「詳しいことはそこの酒場、“セブンスヘブン”で話そう?わたしのお店なの」
そう言って建物の隙間からちらりと見える看板を指さし、二人を促す
“二人にごちそうもしたいから”と足早に進むティファはどこか落ち着かない様子だ
ユリアは再びクラウドと顔を見合わせながらもティファの後についてセブンスヘブンに向かった
ユリア:「ま、魔晄炉の爆破?!」
思わずオレンジジュースの入ったグラスを取り落としそうになる
ティファの店、セブンスヘブンにて飲み物をごちそうになりながらティファから依頼内容を聞いていたのだが、その内容があまりにも突飛すぎて動揺してしまった
店は開店前だったこともあり、店内には誰もいなかったのが幸いだった
こんな計画を他の人たちに聞かれたらどうなるか…
さすがのクラウドも目を大きく見開いている
クラウド:「正気か、ティファ」
ティファ:「うん…。って言っても計画してるのは私じゃなくてアバランチのみんななんだけどね。二人にはその助っ人をお願いしたいの」
ユリア:「アバランチ…」
まさかここでアバランチと関わることになるとは…
でも、これで神羅と戦うきっかけはできた
あとは……、
ちらっと隣に座っているクラウドを見やる
クラウドは表情を変えず、じっとグラスの中を覗き込んでいた
ティファ:「ね、どうかな?」
クラウド:「報酬次第だな」
ティファ:「うーん、そっか…」
ティファが考え込むように顎に手を当てると、店の扉が勢いよく開いた
「ティファさ〜ん!お腹空いたッス〜!」
「ウェッジ…、あんたちょっと食べすぎなんじゃない?」
「許してやれよジェシー。腹が減ってはなんとやら、だ」
「さっすがビッグス!分かってるッスね!」
何やら賑やかな三人がどやどやと店内に足を踏み入れる
お店ってまだ開店してないんじゃなかったっけ?
ユリアがじっと三人を見つめていると、その中の女性、ジェシーがこちらに気づいて目を瞬いた
ジェシー:「あれ?お客さん?」
ティファ:「あ、二人は」
「ティファ、これから会議だ。悪いが人払いしてくれ」
そう言って三人の後ろから大柄な男性が姿を現した
こちらを見る目は鋭く、言葉からも態度からも圧を感じる
そして何より右腕の銃…
見慣れない姿に思わず凝視していると男性とばちりと目が合った
ユリアの不躾な視線が気に入らなかったのか男性の表情が苛立たし気に歪む
「あ?なんだ?見世物じゃねぇぞ?とっとと出て」
ティファ:「バレット、二人は“なんでも屋”さんだよ」
こちらに詰め寄ってきた男性、バレットにティファがにこやかに告げる
バレットは“なんでも屋だぁ?!”と間の抜けた声を上げてクラウドとユリアを交互に見た
それを気にせずティファは淡々と紹介を始める
ティファ:「この人はバレット。私たちの、アバランチのリーダーだよ。そしてあっちにいるのがビッグス、ジェシー、ウェッジ。アバランチの優秀なメンバー」
ティファの紹介に合わせて各々手を上げたり、笑って見せたりと反応をしてくれた
…もちろんバレットは無反応だったが
ティファ:「それで、こっちは私の幼馴染のクラウド。隣はユリア。二人とはさっき駅で偶然出会ったの」
楽しそうに紹介するティファの話を腕組みしながら聞いていたバレットはふん、と鼻を鳴らした
バレット:「で?その“なんでも屋”がなんの用なんだ?」
ティファ:「仕事を探してるっていうから今回の任務の助っ人を依頼してたところ。二人ともすごいの!」
ジェシー:「助っ人って……」
ジェシーからは“こいつらに何ができるんだ”と言いたげな視線を痛いぐらい感じる
するとティファは少しムッとしたような表情でジェシーの方に向き直った
ティファ:「二人は本当にすごいんだから!クラウドは元ソルジャー、ユリアは元タークスよ!」
「「ソルジャーとタークス
」」
先程とは一変して驚きと不信の視線が容赦なく注がれる
少し居心地の悪くなったユリアが身じろぎすると、クラウドがカウンターを向いたまま冷静に言葉を返した
クラウド:「“元”…な」
ジェシー:「ひぇ〜驚いた…神羅の人間がなんでまた…」
クラウド:「俺たちは神羅から抜け出してきた。…神羅には、もう従いたくないんでね」
溜め息交じりに語るクラウドにユリアも便乗して頷く
するとバレットはクラウドの正面に回り込み、カウンターに勢いよく片腕をついた
バレット:「信用ならねぇなぁ?神羅にいた人間が今度はアバランチの仲間になりますってか?」
クラウド:「仲間になるとは言っていない」
バレット:「同じことだろうが!神羅の忠犬が反神羅組織に手を貸すなんて聞いたことねぇ!」
クラウド:「…文句があるなら依頼はなかったことにすればいい。俺はまだやるとは言ってない」
ユリア:「クラウド、言い方…」
ティファ:「まぁまぁ、二人とも!」
睨みあうクラウドとバレットの間にティファが割って入り、バレットを窘める
“神羅の人間の方が魔晄炉の内部に詳しいはず…”とか“人手不足って言ってたでしょ…”など何やらヒソヒソと話し合っているが、こちらも少し話し合っておいた方がいいかもしれない
ユリア:「…なぁ、クラウド」
クラウド:「なんだ」
ユリア:「この依頼、受けないつもりか?」
クラウド:「報酬次第だと言っただろう。魔晄炉に潜入してそのうえ爆破させるんだ、リスクに見合った金は払ってもらわないと困る」
ユリア:「それは、そうだけど…」
魔晄炉の警備は厚い
以前に任務で中には何度か入ったことがあるが、それでも警備の厚さを感じたのだ
それを突破する労力等を考えると安請け合いはできない
クラウド:「…けど、」
ユリア:「ん?」
ぽつりと呟いたクラウドの方に顔を向けると、青い瞳がこちらを見ていた
透き通るような綺麗な青
その中に、ほんの少しだけ温かさが見えた気がした
クラウド:「ユリアが一緒なら、どんな仕事もこなせそうな気はするんだ」
ユリア:「…え、」
バレット:「おい、“なんでも屋”のお二人さんよぉ!大人の話をしようじゃねぇか!」
ティファとの話し合いが終わったらしいバレットは再びこちらに向き直り、クラウドの前に立つ
バレット:「俺たちは神羅をぶっ潰してこの星を救いたい、お前らは神羅をぶっ潰したい。目的はほぼ一緒だ」
クラウド:「まぁ…そうなるな」
バレット:「だったら話は早えぇ!俺たちと手を組もうぜ、“何でも屋”さんよぉ!」
そう言って手を差し出してくるバレット
握手のつもりで出された手だが、クラウドはそれを取らずにじっと見つめている
不思議に思ったバレットが首を傾げると、小さく、だがはっきりとクラウドは告げた
クラウド:「…2000だ」
バレット:「…は?」
クラウド:「今回の任務の成功報酬。2000で受けてやると言っている」
ウェッジ:「に、2000…?!」
ジェシー:「ひゅ〜!強気な価格設定!」
ユリア:「な、なぁクラウド、それはいくらなんでも…」
ビッグス:「…いや、妥当なんじゃないか?」
全員がクラウドの言葉に耳を疑い、慌てふためくなか、ビッグスだけは落ち着いていた
冷静にクラウドとユリアを交互に見て、大きく頷く
ビッグス:「“元”とはいえ、ソルジャーとタークスの力を借りられるんだ。神羅内部に関する知識も明るいだろうし、何より戦力も申し分ない…。それだけの報酬を払う価値はあると俺は思う」
バレット:「ぐぅ…っ」
仲間からの助言に唸るバレット
クラウドはしれっとした顔でその様子を下から見上げている
何かと葛藤するように差し出した手を震わせていたバレットだったが、自棄になったようにそれをさらにずい、と突き出した
バレット:「っ分かった!…すぐには払えねぇが必ず用意する、ただし!見合った働きはしてもらうからな?!」
クラウド:「交渉成立、だな」
差し出された手を無視し、席を立つと店の出口へと歩いていくクラウド
突飛な行動に全員がぽかんとしていると、最初に我に返ったユリアが慌ててバレットの手を取った
ユリア:「いやぁどうなることかと思ったけど無事に決まってよかった!あ、ボクはユリア!これからよろしくな、バレット」
バレット:「お、おう…」
ユリア:「ボクたち近くの宿屋にいるから、作戦の詳細が決まったら教えてくれ。じゃあまた!」
早口で捲し立てるように言うとぱっとクラウドの後を追って出ていくユリア
しばらくした後、静かだったセブンスヘブンからバレットの怒声とそれを宥める仲間たちの声が響いてきたとか…
クラウド:「ユリア、」
店を出てクラウドの姿を探していると、少し離れたところから名前を呼ばれる
そちらに駆け寄るとクラウドは少し疲れた表情をしていた
…やっぱり体力はまだ戻り切っていないのか?
ユリア:「どうした?疲れたか?」
クラウド:「あぁ…ああいうタイプと話をするのは体力がいる」
ユリア:「そうですか…」
心配が空振りに終わって安堵したような落胆したような気持ちで溜め息を吐く
バレットも今のクラウドみたいな人と話すのはすごく体力使うなって思ってるだろうけど…
黙っておこう
ユリア:「それよりも!クラウド、もっと愛想よくしろよ〜。初仕事だぞ?」
クラウド:「俺には必要ない」
ユリア:「そんな事ないんだけどなぁ…」
クラウド:「俺が愛想よくしたところで何も変わらない」
ユリア:「…じゃあボクが愛想担当するからいいよ。ニコニコ笑顔を振りまいてやるよ…」
ユリアが不貞腐れたように言い放つとクラウドは少し驚いた顔をして、何かを考えるような仕草をする
クラウド:「ユリアが愛想担当…」
ユリア:「なんだよ、文句あっても受け付けないからなっ」
クラウド:「いや、文句じゃなくて…」
無意識にクラウドは自分の胸元をぐっと握った
なぜだか胸のあたりがモヤモヤとしてスッキリしない
自分のことなのになぜこんな判然としない気持ちになっているのか分からない
…分からないことを考えても仕方ないな
クラウド:「いや、なんでもない。気にしないでくれ」
ユリア:「なんだそれ。変なクラウド」
くすくす笑うユリアに一瞬目が奪われる
…あぁ、ユリアの笑った顔を初めて見たからだ
頭の奥がちりついた気がしたがすぐに忘れた
クラウド:「…俺は変じゃない」
ユリア:「そういうところだよ、真面目か!」
クラウド:「真面目……かもしれない」
ユリア:「…あ…そうですか…」
クラウド:「その反応はやめてくれ。冗談だ」
他愛もない会話を重ねながら少しずつ距離が縮まっていく感覚はお互いにあった
失っていた時間を取り戻すように二人の仲は深まっていく
けれど、ユリアはどこか一線引いていることにクラウドは気づいていた
自分も踏み入らないし、こちらも踏み込ませない
それがなんの線引きなのかは、その時のクラウドにはまだ分からなかった
そして、壱番魔晄炉爆破ミッション決行日―――
バレット:「俺たちは列車内に隠れて、駅ホームにいる警備兵を締め上げたらすぐに通用門に向かう。お前たちは列車の上で待機だ。警備兵の応援が来たら暴れまわってやつらの気を引け」
クラウド:「わかった」
ユリア:「了解っ」
バレット:「よぉぉっしゃぁ!行くぜぇえ!!」
セブンスヘブンでの最終打ち合わせを終え、意気揚々と店を出ていくアバランチのメンバー
それをティファは笑顔で見送っていた
ティファ:「みんな気を付けてね。クラウドも、行ってらっしゃい」
クラウド:「あぁ。行ってくる」
軽く笑みを返して出ていくクラウドにほんの少し苛立ちながらユリアも後に続こうとすると、“ユリア、”と名前を呼ばれた
振り返ると、少し申し訳なさそうな笑顔を向けているティファ
ティファ:「“なんでも屋”の初仕事がこんな大変な依頼でごめんね?」
ユリア:「うぅん、気にするなって。むしろやりがいがあるって感じ?」
おどけた風に返すとティファは小さく笑った
ティファ:「クラウドのこと、よろしくね」
ユリア:「任せなさいっ」
軽く手を振って店を出る
先に出たメンバーに追いつこうと駆けだすと、店先にクラウドが待っていた
ユリア:「?待っててくれたのか?」
クラウド:「あぁ。…ティファと何か話してたのか?」
ユリア:「いや、別に。…でも、あれはたしかに好きになる気持ちもわかるなぁって思う」
クラウド:「は?」
“こっちの話だから”と適当に話を切り上げ、バレットたちの元へ向かう
列車は定刻通りに到着し、他の乗客と一緒に中に乗り込んだ
発車後、頃合いを見計らって各々がスタンバイにつく
クラウドとユリアもデッキから列車の上部へと移動した
ユリア:「うわー!風が強い!」
クラウド:「飛ばされないように気をつけろ」
ユリア:「ご忠告どーも、だけどさすがにそこまでドジじゃないからな」
笑いながら屋根に腰を下ろすと、ミッドガルの様子が一望できた
街頭や家の明かりで明るい町並み
その源は、魔晄
大嫌いな魔晄、それを使っているのは…
クラウド:「見えてきたぞ」
その声にふと顔を上げる
先の方には今日の目的地、壱番魔晄炉の先端が見えていた
そしてその横には、この間まで自分が、クラウドが…ザックスがいた神羅カンパニー本社ビル
…長い間、神羅にいたんだよな
11歳の時にお兄ちゃんと一緒に神羅に行って、
そこでなぜかタークスにスカウトされて、
お兄ちゃんと二人なら頑張れるって思ってたけどうまくいかなくて、
レノとケンカもしたっけなぁ
そしたらクラウドと会って…
つらいこともあったけど、
それでもやっぱり一緒にいたいって思えたんだ
クラウドも、お兄ちゃんも、みんな
みんながそばにいてくれたら…
もっと一緒にいられたら……
ふっと小さく息を吐いて、つんときた鼻の痛みをやり過ごす
昔から、泣き虫は直らないんだよなぁ
溢れ出そうなものをこらえるために空を見上げると、夜も深まって一面黒く塗りつぶしたような空だった
本来は見えるはずの輝きは、ミッドガルの明かりで一つも見えない
クラウド:「どうかしたのか?」
空を見上げたままぼんやりしているユリアを不思議に思ったのか、こちらを覗き込むようにしてクラウドが声をかけてきた
ユリアは軽く目を閉じてそれを押し込めると、ニコッと笑ってクラウドに向き直った
ユリア:「なんでもな〜いっ!初任務にちょっと緊張してるのかもな!」
クラウド:「そうか…」
するとクラウドは以前のようにまた何か考えるような仕草をする
どうしたのかと声をかけるより先にクラウドが口を開いた
クラウド:「ユリアとは、初めて任務をする気がしないんだ」
ユリア:「…え」
クラウド:「前にも一緒に任務をやったことがあるような…そんな安心感がある」
ユリア:「な、んだよ、それ…」
クラウド:「すまない、おかしな話だよな。忘れてくれ」
そう言ってクラウドは高く聳える神羅ビルに目を移す
隣にいるユリアの瞳から溢れたものには、気付けなかった
ユリア:「…クラウド」
クラウド:「ん?」
少し詰まり気味のユリアの声が気になったが、俯いていて表情は見えない
ユリア:「クラウドのことは、ボクが絶対に守るから」
クラウド:「………あぁ、よろしく頼む」
ユリア:「っはは!心こもってなさすぎ!」
そう言って顔を上げたユリアの瞳には、強い光が宿っていた
視線の先に見据えているのは目的地の魔晄炉か、それとも…別の何かか
その眼差しにしばらく見惚れていると列車は減速を始めた
ユリア:「いよいよだな…」
クラウド:「まだ緊張してるのか?」
ユリア:「いや、もう平気!」
軽く笑いあってから息を潜めて身を隠す
バレットからの合図を待ちながら、ユリアは横目でクラウドを見やった
…今は忘れていていい
本当のことを知っているのはあたしだけでいい
“安心感がある”って言葉だけで、もう満足できた
ありがとう、クラウド
止まった列車
微かな物音
警備兵の呻き声
バレットがこちらに向かって“来い”と手で合図をする
ユリア:「行こう、クラウド」
クラウド:「あぁ」
新たな決意を胸に、そして新たな物語に向かって
二人は飛び出していった
the bitter truth
-完-
2020.04.22
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