小説 | ナノ



05
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ロッド:「ユリア!行ったぞ!!」


ユリア:「任せなさいっ」



突進してくるモンスターに対して銃を放つ

それは寸分狂わず急所に当たった



ロッド:「やるなぁ、ユリア。いつも通りって感じか?」


ユリア:「えへへ、まぁね」



照れ笑いを浮かべるユリアに心が温まる

最近ユリアに笑顔が増えた気がするし、女の子らしくなった感じもする



ロッド『やっぱ思春期か…』


ユリア:「?どうしたの?」


ロッド:「ん?あ、いや、なんでもない!よし、次行こうぜ!」



不思議そうにしているユリアに笑って誤魔化して先を歩く

ロッドはマンホールをずらし、中を覗き込むとため息を吐いた



ロッド:「足掛けになるようなものがないな。これは飛び降りるしか
ユリア:「…ごめん」



消え入りそうなほど小さな声で呟いたユリアを振り返る

唇を噛みしめ、小刻みに震えているユリアにハッとした



ロッド:「っいや、大丈夫だから!これは他のやつに頼もう?な?」


ユリア:「……ごめん…」


ロッド:「そんなに謝んなって。ユリアのせいじゃないから!」



俯くユリアを励ましながら本社への道のりを歩く

以前、ユリアは心にいくつもの傷を負った

その時に植え付けられてしまった恐怖心、

“高所恐怖症”

飛び降りるのはもちろん、よじ登るのもヘリに乗るのも苦手になってしまった

これは任務にも大きく影響してしまい、今までとは全体の動きも変わっていた

これはユリアにとって許されないことだった



シスネ:「おかえり、ユリア。…あら?落ち込んでるの?」


ユリア:「…あたしのせいで、また皆の仕事増やしちゃった…」



ただでさえアバランチの鎮静やジェネシス軍の抑制で忙しいのに、簡単な任務でさえも高地だとユリアにはこなせない

こんな足手まといになるなんて…

シスネ:「まったく。ユリアはバカね」


ユリア:「!!」



あきれ気味に言われた言葉に顔を上げる

と、頭に手を置かれ、優しく撫でられた



シスネ:「そんなこと気にしなくていいの。あなたはあなたにできる事をやりなさい」


ユリア:「でも…」

ロッド:「だから、俺達は皆で助け合ってくんだよ。仲間だろ?」



ニカッと頬笑まれ、ユリアの心も次第に晴れていく



ユリア:「…ありがとう」



小さく、嬉しそうに笑うユリアにまわりも笑顔になる

たとえ自分の仕事が増えようと、決して誰もユリアを責めたりしなかった

その優しさにユリアも甘えていた



レノ:「ユリア、資料室から魔晄関係の本持ってきてくれ」


ユリア:「は〜い」



暇にならないよう指示をくれたレノに感謝しながら部屋を出る

と、女性社員が何やらきゃあきゃあ話しているのが見えた

何事かと思いながらも近くを通ると、会話の内容が耳に入る



「ソルジャー・1STのザックスさん、素敵よね〜」


「最近ファンクラブできたみたいよ?あたし入会しちゃった!」


「え〜!?いいなー!ね、どんなこと書いてある?」


「えっとね〜…趣味はスクワット、家族構成は父、母だって」


「一人っ子なんだ?意外かも」


ユリア:「…………」



もう一つ、今までの生活と変わったこと

それは、社内でザックスとユリアが兄妹だというのを隠すことだった

ソルジャー・1STとなり、様々な面から注目されるようになったザックス

その血縁が神羅、ましてやタークスにいるのがバレるとユリアが敵から命を狙われやすくなる…というのがツォンの見解らしい


…なんだか“お前は弱い”って言われてるみたいで悔しい…

唇を噛み締めながら足早にその場を去る

自分に力があれば、そんな敵を迎え撃つことなど容易い

けれど、今の自分にはそれが足りない…

書物庫に着き、資料を探しながらユリアはため息を吐いた



ユリア:「どうしたら強くなれるかな〜…」


クラウド:「またその悩みか?」


ユリア:「っ!!クラウド!」



突然後ろから声をかけられ、驚いて振り返る

そこには見慣れた金髪と半分呆れたような笑みを浮かべた顔があった



ユリア:「どうしたの?仕事は?」


クラウド:「今日は資料室の見回りなんだ。ユリアじゃないんだから仕事はサボったりしない」


ユリア:「あ、何それひどい!!」



軽く睨みつけるとクラウドはフッと笑い、“冗談だよ”と頭を撫でた

その行為にユリアの顔はふわっと赤くなる



クラウド:「?…どうした?顔が赤いけど」


ユリア:「な、なんでもない!この部屋暑いんじゃない?」


クラウド:「そうかな…?」



わざとらしく“あっつ〜!!”と言いながら手で仰ぎ、顔の熱を冷ます

そんな挙動不審なユリアに気づかず、真剣に空調の心配をするクラウド

と、隣の本棚から誰かがひょこっと顔を出した



「お〜い、クラウド!次の部屋…っと、」



クラウドの同僚と思われる一般兵はクラウドとユリアを交互に見て目を丸くした



「す、すみません!!タークスの方も一緒とは…っ!」


ユリア:「ううん、気にしないで。…あぁ、クラウドがいつもお世話になってます」

クラウド:「っユリア!」



にっこりと頬笑みかけると敬礼をしていた同僚の彼はしばらくポカンとしていたが、ふいにプッと吹き出した



「くくくっ…、クラウドお前、ユリアさんにもお世話になってんのか?」


ユリア:「“にも”ってことはやっぱり皆のお世話になってるんだ?」


「えぇ、そりゃもう。知ってます?こいつ乗り物酔いがすごくって…」

クラウド:「あぁもう!いいだろ、それはっ!!」



言葉を遮るように割って入ったクラウドは同僚を軽く睨みつける



クラウド:「俺もすぐに行くから、先に行っててくれ」


「はいはい、分かったよ。…ではユリアさん、失礼しますっ」


ユリア:「うん、ご苦労さま」



ピシッと敬礼をして去っていく彼の後ろ姿を見送り、小さく頬笑む



ユリア:「いいお友達じゃん」


クラウド:「…少しひねくれてるけどな」



はぁ、とため息を吐き、ユリアの方に向き直る



クラウド:「じゃ、俺は仕事に戻るよ。ユリアも頑張って」


ユリア:「うんっ!…あ、クラウド!」



背を向けて歩き出そうとしたクラウドを呼び止め、そっと耳打ちする



ユリア:「クラウドもお仕事頑張ってね」



それだけ言ってユリアは逃げるように去っていった

その後ろ姿を見送りながらクラウドは小さく笑う

わざわざ耳打ちするようなことでもないだろうけど、そういう行為さえも可愛いと思ってしまう



クラウド:(…重症かな、俺)



心の中で苦笑しながらクラウドは書物庫を後にした





ユリア:「魔晄濃度探査に世界の魔晄、か…」



書物庫から探し出した目当ての本は魔晄について詳しく書き記されていた


『魔晄、すなわち精神エネルギーとは人々の生活に役立つばかりでなく、マテリアの原料にもなっている。精神エネルギーには膨大な知識が溢れており、長時間これに触れていると魔晄中毒を起こしやすい。……』

『魔晄エネルギーを供給するため、世界各地に魔晄炉が建てられた。代表的なものは、ミッドガルにある計8基の魔晄炉、ニブルヘイム魔晄炉、コレル魔晄炉、ゴンガガ魔晄炉、海底魔晄炉、コンドルフォートの魔晄炉がある。これらはニブルヘイム魔晄炉の建設を皮切りに……』



ユリア:「すごい…」



今まで知ろうとも思わなかったが、自分たちが日常的に利用している魔晄とは星の内部から汲み上げているもの

そう考えると少しだけ…怖くなる



「魔晄に興味があるのかね?」


ユリア:「っ!!」



突然の声に振り返ると、背後には白衣に身を包んだ眼鏡の男性がこちらを見つめていた

その人物が纏う雰囲気にどこか異様なものを感じ、ユリアは軽く身を引いた



「あぁ、君か。噂の“最年少タークス”は」


ユリア:「…ユリアと言います」


「名前なんてどうでもいい。それより、君は魔晄について何か調べているのか?」



久しぶりに呼ばれた影のあだ名を訂正しようと名乗るがあっさりと流されてしまった

男性の表情からしても本当に名前になど興味はないらしく、今もユリアの手元にある資料にだけ注目している



ユリア:「いや、仲間に頼まれたので。あたしは別に…」


「魔晄は素晴らしいぞ?我々も知らないような知識・情報を持っている!」



……あたしの話、聞いてないし

心の中でため息を吐き、目の前にいる男の難しい講義を聞き流す

と、気になる単語が彼の口から飛び出した



「…こうして神羅が誇る最強の兵士、ソルジャーが完成するというわけだよ」


ユリア:「……ソルジャー?」



なぜ魔晄とソルジャーが繋がったのだろうか

軽く首を傾げていると、男はわざとらしくため息を吐いた



「やれやれ。これだから無知な子どもは」


ユリア:「っな…!!」

「ソルジャーは元々ただの人間だ。そこに魔晄を加えて……あぁ、もう一つあったか…クックックッ、」



人をバカにしたり、突然笑いだしたり…

男に対して腹が立つというよりはむしろ不気味だった

この人、大丈夫かな…?

しばらく目を逸らしていると、コツ、と足音がこちらに近づいた



「最年少でありながら優秀な能力を持つ少女…」


ユリア:「……あたし?」



再びコツ、と歩み寄られ、思わず後退る



「何の施術もせずにこんな戦闘力を発揮できるなんて…実に興味深い」


ユリア:「あ、の…」


「今すぐにでも私の研究材料
「宝条博士」



背後に感じた温もりと頭上からの声にユリアは思わず振り返った

本当は振り返らなくても何となく分かっていたけれど、そこには見慣れた容姿があった



ザックス:「こいつになんか用ですか?」


ユリア:「おに…ザックス!」



兄の登場に安心してしまい、一瞬気が緩んだせいで“お兄ちゃん”と言いかけた

危ない危ない、ここでは兄妹なのを隠すんだから!

“宝条”と呼ばれた男はザックスとユリアを交互に見つめ、肩を上下に揺らした



宝条:「クックックッ…、ソルジャー・1STのザックスと最年少タークスのユリア…。実に興味深い兄妹だ」


ユリア:「!?なんで知って…」


宝条:「科学部門である私がソルジャー達の情報を把握していないと思うかね?親族のデータを入手することぐらい容易い」



クックッと笑う宝条を睨みつけながらザックスはユリアを自分の背に隠す



ザックス:「…アンタ、何考えてんのか分かんないよ」


宝条:「君が知る必要はない。いずれ分かる時が来る…嫌でもな。クックックッ…」



不気味な笑いを残して宝条は去っていった


その後ろ姿を見送り、完全に見えなくなってからザックスは大きく息を吐く



ザックス:「まったく…、なんだったんだ?」


ユリア:「……うん…」



本当になんだったのだろうか

今まで向けられてきた“興味の視線”とはどこか違う

何か……嫌な感じ……


しばらく俯いて考えていると、ザックスが不安そうに顔を覗き込んできた



ザックス:「…何かされたのか?」


ユリア:「うぅん、大丈夫だよ」



軽く頬笑んでみせると、ザックスは厳しい表情を和らげた



ザックス:「そっか?…ならいいんだけどさ」



実際に何もされていない

ただ、突然声をかけてきて…内容がよく分からなくて少し怖かっただけだ



ユリア:「じゃあ、あたし戻るね。ありがとう」


ザックス:「何だよ、もう行くのか?」



少し寂しそうに唇を尖らせるザックスに苦笑いを向ける

ザックスはこの間、セバスチャンとエッサイ…2人の友人を亡くしていた

タークスも同じ任務に行っていたらしく、大体の経緯は知っている

ザックス自身もしばらく元気のない姿が見られた

それからというもの、なんだかザックスも甘えてくるようになっていた

こうしていると本当にどちらが年上か分からなくなるけれど…



ユリア:「今日は早めに終わるんだ。ザックスは?」


ザックス:「俺は……どうだろうなぁ」



少し困ったように笑うザックスに首を傾げる

いつもなら“俺も早いんだ”とか“あー、今日はお先にどうぞ”と返してくるのに

と、ふいにユリアの携帯が震えた



ユリア:「あ、ちょっとごめん」



携帯を開くと画面には“ツォン”の文字

何事かと思いながら通話ボタンを押す



ユリア:「もしもし?」


ツォン:「今すぐ戻ってきてくれ。任務が入った」


ユリア:「…分かった」



電話を切り、ザックスに向き直るとどこか嬉しそうな表情を浮かべていた



ユリア:「?何、どうしたの?」


ザックス:「いや?ユリアもしっかりタークスやってんだなーって思っただけ」


ユリア:「まぁ、なんだかんだで4年間やってるからね」



そう、神羅に来てから4年が経っていた

雑務も任務もこなし、もう一人前と言ってもいいくらいだ

…銃の握り方も、人間の急所も、理解してしまっているのだから



ザックス:「そっか…。ま、しっかりやれよな!」


ユリア:「何それ、ザックスには言われたくないっ」



ははっと笑って見せるザックスに心が落ち着く

自分がどんなに残酷な任務をこなしても笑顔で出迎えてくれるから

“おかえり”って笑ってくれるだけで、いいんだ



ユリア:「っと、資料も持ってかなきゃなんだった…。じゃ、お仕事頑張ってね!」



軽く手を振り、ザックスに背を向けると躊躇うような声が投げかけられた



ザックス:「あ、の…さ、困ったことがあったらクラウドも頼ってやれよ?」


ユリア:「?うん…?」



よく分からないけれど適当に返事をして小走りに去る

それを見送り、ザックスは大きく溜め息を吐いた



ザックス:「…じゃあな、ユリア」






レノ:「…遅すぎだぞ、と」


ユリア:「ごめんっ!ちょっと掴まっちゃって…」


ロッド:「またザックスか?」


ユリア:「うぅん。宝条って人」



その言葉に一瞬だけ空気が凍った

全員の顔に苦虫でも噛み潰したかのような表情が過ぎる

幼い体でタークスの仕事を難なくこなすユリアは宝条にとって“魅力的な”研究対象だろう

いつか目を付けられるだろうと思っていたが、もう来たか…

誰かが何かを言う前にドアが開く音がした



ヴェルド:「全員揃っているか?」


レノ:「ばっちりですよ、と」



レノが返事を返すとヴェルドは軽く頷いた



ヴェルド:「これから各々任務に向かってもらう。ホランダーは捕まったが、まだ油断はできないからな。見回りも兼ねて行なってくれ」



そう前置きをして任務先を割り振る

多くの場所を見回るため、日替わりで任務地は変わるそうだ



ユリア:「あたしの今日の担当はジュノン、か」



今日は下見を兼ねた巡回だけでいいと言われたので素早く見て回る

街はそれなりに栄えているし、これといった問題はなさそうだ



ユリア:「っよし!異常なしっと」



大きく伸びをして帰路につく

異常はなくても、ジュノンの街を一人で歩き回るのは結構な体力を消費した

疲れた体に鞭を打ち、自室のドアを開ける



ユリア:「ただいまー」



……返事がない

今日も遠くの方まで任務に行っているのか

小さく溜め息を吐き、部屋を見回す

誰も待っていない部屋などもう慣れてしまった

それに、遠征と言ってもきっと2、3日で帰ってくる

何も初めて経験することではない



ユリア:「大丈夫、大丈夫」



誰に話しかけるわけでもなく、半ば自分に言い聞かせるように呟く

大丈夫、すぐに帰ってくるよ



けれど、一週間経ってもザックスが部屋に戻ってくることはなかった




ロッド:「そういや、ツォンさんとシスネはどこ行ったんだ?」


刀:「さぁ?なんか…監視って聞いた気がするけど」


短銃女:「監視?いったい誰の…」


ユリア:「…………」



仲間達が何やら談話しているが全く耳に入らない

こんなに長い間ザックスが帰ってこないのは初めてだった

任務先で何かあったのだろうか?

ツォンやセフィロスさんに聞きたくても運悪く2人とも任務に出ている

携帯に電話しようかとも思ったが、任務の最中に出られるような余裕はないだろう

どうすれば……
「……、…ユリア!!」


ユリア:「っえ、あ…何?」



声をかけられ、振り返ると仲間たちの心配そうな表情が見えた



散弾銃:「大丈夫?さっきから上の空ですわよ?」


ヌンチャク:「何かあった?話なら聞くけど」



そんなに悩んでいるような顔をしていたのだろうか

仲間を心配させてしまったことに申し訳なさを感じながらユリアは首を横に振った



ユリア:「うぅん、何でもないよ。ありがと」



それでも気遣うような表情の仲間達に笑顔を向け、“外の空気、吸ってくるね”と早足に部屋を出る

ビルを出て空を見上げると、透き通るような青が見えた

だが、視界には高層ビルや電線が映ってしまってどこか閉塞的な気分になる

………苦しい…



「あれ?ユリア?」



背後からかけられた声に振り返ると、見慣れた瞳がこちらを見つめていた



クラウド:「一人で何やってるんだ?」


ユリア:「クラウド…」



こちらに歩み寄ってくる姿から目を逸らし、俯く

いつもと違う反応のユリアにクラウドは首を傾げた



クラウド:「ユリア?どうかした?」


ユリア:「…………」



返事はおろか何の反応も示さない

何かあったのか聞いてみようと口を開いた瞬間、ユリアは勢いよく顔を上げて頬笑んだ



ユリア:「何でもないのっ!気にしないで!」


クラウド:「…っ、あの、
ユリア:「あ!レノにお使い頼まれたんだった!!じゃ、またねっ」



言うが早いかあっという間にその姿は見えなくなった

終始、作った笑顔を張り付けたまま…

街の方に消えていったユリアを見つめ、クラウドは小さく息を吐いた



クラウド:「…俺には無理だよ、ザックス…」






ユリア:「今日も今日とて異常はなさそうだね」



毎日のように行われている見回り任務

最初は苦痛に感じたジュノンの広さも今ではいい気分転換だ

…任務に没頭していれば何も考えなくて済む

お兄ちゃん…いつ帰ってくるんだろう…

そんな思いばかりが頭の中を支配する

もし…もしもお兄ちゃんに何かあったらあたしは
(ドカァ……ン!!)

ユリア:「!?」



背後から聞こえた爆音に素早く路地裏に身を隠す

いきなり何…?まさか、アバランチ?

おそるおそる表通りの様子を窺うと、そこには武装したジェネシス・コピーが溢れていた



ユリア:「なんでこんなに…っ!」



その数の多さに愕然としながらもヴェルドに連絡をする



ヴェルド:「…分かった。他の者には俺から連絡しておく。ユリアは市民を安全な場所へ避難させろ」


ユリア:「はい!」



携帯をしまい、銃の弾数を確認する

この数をまともに相手してたら体力も弾ももたない

…なるべく見つからないように行こう

ユリアは体の向きを変え、裏路地を突き進んだ





レノ:「ユリア!」


ユリア:「レノ!こっちは避難完了だよ、そっちは?」


ロッド:「こっちも今終わったとこ」


散弾銃:「ゲートも全部閉じましたわ」



集まった仲間たちが口々に報告し合うが、やはりそこにツォンとシスネの姿はない

ふぅ、と息を吐くとルードが気遣わしげな表情を向けた



ルード:「…疲れたか?」


短銃女:「ジュノンは広いから…疲れるのも無理ないわ。少し休んでたら?」


ユリア:「え!?いや、あたしは…っ
レノ:「よし、じゃあお前はトンネル内の安全確保だ。俺達はどさくさに紛れて逃げやがったホランダーを探すぞ、と」


「「はいっ!!」」



反論する間もなく、全員ゲートから出て行ってしまった

安全確保って言ったって、このトンネル内は基本的に安全だし、そこら辺にさっき一般兵が…
「おい、大丈夫かよ?」


「………あぁ……」



壁に手を着いてぐったりしている一般兵をまわりが介抱している

…可哀想に、顔が真っ青

ユリアは彼らに近寄り、薬を差し出した



ユリア:「大丈夫?もしよかったらこれ…」

「あ、ユリアさん!」



介抱していた一般兵の一人が嬉しそうにパッと顔を上げる

…あ、前に書物庫で会った人だ

こちらも笑顔を返そうとすると、真っ青な顔がこちらを向く

瞬間、ユリアは目を見開いた



ユリア:「ク、クラウド!!」


クラウド:「ユリア…」



青を通り越してもはや白い顔をしているクラウドは“具合が悪そう”なんてものじゃない

いったいなぜこんな顔色に…?

そこまで考えて、ある言葉を思い出した



───こいつ、乗り物酔いがひどくて…




以前書物庫で聞いた話だ

そっか…、クラウドって乗り物弱いんだ…

しかしここまで弱いとは…

予想を遥かに越える酔い具合に呆然としていると、クラウドは気まずそうに目を逸らした



クラウド:「………ごめん…」


ユリア:「え?」



何に対して謝られたのだろうか

軽く首を傾げると彼は顔を俯けた



クラウド:「こんなだから…ダメなんだよな」


ユリア:「…クラウドはダメじゃないよ?」


クラウド:「いや、…違うんだ」



軽く頬笑むクラウドだがそれはどこか自嘲しているように見える

どうしたのだろう…、何かがおかしい



ユリア:「…クラ
クラウド:「俺は、ザックスを越えられない」



自分の言葉を遮り、口を開いたクラウドにユリアはしばらくポカンとしていた

言葉の意味がうまく理解できない

クラウドが、お兄ちゃんを、越える…?



クラウド:「やっぱり俺じゃ頼りないよな…。こんな…格好悪いとこ見られたし……」

ユリア:「ちょ、ちょっと待って!」



どんどん暗くなっていくクラウドの表情に慌ててストップをかけた

何、何がどうしたって!?



ユリア:「えっと……話が見えないんだけど…」



どうにか話を整理しようにもうまくいかない

なぜクラウドがザックスを越える必要があるのだろうか

首を傾げながら問うと、クラウドは小さく息を吐いて話しだした



クラウド:「…ザックスから頼まれたんだ。しばらくの間ユリアを頼む、悩んでたりしたら気に掛けてやってくれ、って」



お兄ちゃん、またいらん事を…

遠い地にいるであろうザックスに呆れの念を送っていると、クラウドの表情が少し険しいものになった



クラウド:「あと……、頼れる男になれよ…って…」



言いながら手のひらをきつく握り締める

が、何をそんなに悩んでいるのか未だにユリアは理解できない



ユリア:「クラウドは十分頼れる男、だと思うよ?」



優しいし、仕事だってちゃんとやってる

そんな意味を込めて言うと、クラウドの鋭い視線が一瞬だけこちらを射ぬいたがすぐに逸らされる



クラウド:「……じゃあ、なんで俺には何も話してくれないんだ?」


ユリア:「え?」



話してない…?何を……?



クラウド:「ユリアが毎日すごく悩んでて、つらそうだから何か力になれたらって思ってるのに…っ」



ゆっくりと視線を合わせたクラウドの瞳は悲しげな色に染まっていた



クラウド:「俺じゃ、頼りないか?」


ユリア:「っ、………」



“そんなことはない”

そう言ってあげられたらいいんだろうけれど…

なんでクラウドがこんなに悲しそうなのか、自分はどんな顔をすればいいのか…



ユリア:「わか、っな……」


クラウド:「…え?」



一筋の涙がユリアの頬を伝う

分からない…、分からない自分がつらい…



ユリア:「ごめ、っごめんね…」


クラウド:「え、…ユリア、
「バーカ、考えろよ」



隣に立っていた同僚にため息混じりに呟かれる

どういう意味かと目で問うと再びため息を吐かれた



「お前さ、あの子何歳だと思ってんの?」


クラウド:「っ!」



そう、ユリアはまだ12歳

タークスに所属していても、どんなに大人びて見えても彼女は世間一般ではまだ“子ども”なのだ

それをいきなりこんな私欲を押しつけたら混乱するに決まっている

俺は………



クラウド:「…ユリア」


ユリア:「クラウド…っごめんね…、あたし、よく分かんなくて……」


クラウド:「…ユリア」



そっと腕を伸ばして自分より小さい頭を抱き寄せた

突然のことに驚いてこちらを見上げるユリア

そんな彼女にクラウドは優しく頬笑んだ



クラウド:「悪かったな、難しいことばかり言って」


ユリア:「クラウド?」



不思議そうにクラウドを見つめていたユリアだが、先程の話の内容を思い出したのかハッと表情が硬くなる



ユリア:「あのっ、あのね!別にクラウドが頼りないなんて言ってないよ!ただ…」


クラウド:「分かってる。“頼り方”が分からないんだろ?」


ユリア:「……うん」



俯いて頷くユリアに微笑が漏れる

彼女は子ども扱いされることを嫌っているけれど、こうしていると本当に子どもだな…

次第に気持ちが落ち着いてきたクラウドはユリアの顔を覗き込んだ



クラウド:「タークスのやつらには頼ったりしないのか?」


ユリア:「んー…、あたし一人じゃ難しい任務を手伝ってもらったり、よく分からない書類とか一緒にやってもらったりはしてるよ?」


クラウド:「じゃあ、ザックスには?」


ユリア:「お兄ちゃんには、あたしネクタイ締めれないからやってもらったり、寂しい時とか一緒に寝てもらったり
クラウド:「は?」



思わず心の声が口から出てしまい、慌てて咳払いで誤魔化す

幸いユリアは気にしていないようだ



ユリア:「買い物行きたい時に連れてってもらったり、疲れた時にご飯作ってもらったり…なんか、してもらってばっかりだね」


クラウド:「そうか…」



まだ頭の中で“一緒に寝ている”という言葉が反芻しているが今はそれは置いておこう

要するに、ユリアは仲間と家族に対して“頼る”基準が変わってくるらしい

タークスに対しては仕事を手伝ってもらう、ザックスには素直に甘えるようにしているようだ

…ここに恋人に対する基準も付け加えなければいけない

本当ならばザックスに対するそれがクラウドに向けられるべき態度なのだが…今さら直させるわけにもいかないだろう



クラウド:「…でも、一緒に寝るのは止めさせないと」


ユリア:「ん?何か言った?」


クラウド:「いや、何でもない」



ニッコリと笑みを貼り付け、ゆるゆると首を振る

と、表情を真剣なものにしてクラウドはじっとユリアを見つめた



クラウド:「ユリア、実は恋人に対する頼り方はタークスの連中やザックスに対するものとはちょっと違うんだ」


ユリア:「え!?ど、どんな風に?」


クラウド:「そうだな、例えば……、あれとか」



そう言って指さす先には、



「んもぅ、何なのよぉ!急に避難しろとか言われてちょー不安なんですけどぉ!」


「どうした、怖いのか?」


「怖いよぉ!当たり前じゃん!…ねぇ、ずっと一緒にいてくれるぅ?」


「はっはっは!困った子猫ちゃんだ」



避難してきた市民…というかカップルがいた

何やらイチャイチャと濃厚に絡み合っている(ユリアにはそう見える)姿をただ呆然と見つめるユリア

それに比べてクラウドは至って冷静だった



クラウド:「まぁ、あそこまで語尾は伸ばさなくていいからあんな感じで」


ユリア:「え!?あんな感じなの!?」



先程のカップルをもう一度ちらっと見やると、さっきより深く絡まっているような…

あれをクラウドにやれと…?



ユリア:「あの…、さ…」


クラウド:「ん?」


ユリア:「さすがにあれは…ちょっと、恥ずかしいっていうか…」



顔を赤くして目を泳がせるユリア

いつもは凛とした表情の彼女がこんな顔をするなんて他の奴らは知らないんだろう

…教えてやらないけど

そんなことを思いながら軽く頬笑む



クラウド:「冗談だよ。さすがにあそこまでは望んでない」


ユリア:「そ、うなの?…なんだ、よかったぁ」



安堵の息を吐き、笑みを浮かべるユリア

クラウドは抱きしめている腕に少し力を込めた



ユリア:「クラウド?」


クラウド:「少しずつでいいから、俺にも甘えてくれないか?」


ユリア:「甘え…?」


クラウド:「ザックスがいなくて寂しい時は電話やメールしてくれていいし、悩みがある時は教えてほしい。俺は…ユリアの力になりたい」



ザックスのように、とは言わない

けど…俺もユリアの傍に居たいんだ

しばらくユリアは目を瞬かせていたが、すぐに満面の笑みを向けてきた



ユリア:「分かった!クラウドのこと、頼りにしてるねっ」


クラウド:「あぁ、任せてくれ」



何に変えてもこの笑顔を守ろう

絶対に……
「はいっ、そこまで!」



いきなり間に割って入られたかと思うとベリッと音がする勢いでユリアと引き剥がされた

同僚の仕業かと思ったが彼は自分の隣で突然現れた存在にポカンとしている



「ったく、クラウド。お前、俺がいない間に進みすぎなんじゃないのか?」


クラウド:「っな…!!」

ユリア:「!お兄ちゃん!?」



自分の背中にユリアを隠すように立ちはだかる存在…、ザックスを軽く睨み上げる



クラウド:「…アンタは俺の邪魔をしたいのか?」


ザックス:「まさか!全力で応援してるって」


クラウド:「どうだかな…。それと、アンタには話したい事がたくさんあるんだ」


ザックス:「じゃあ後でゆっくり話し合おうぜ。それより酔いの方は大丈夫なのか?」


クラウド:「!!せっかく…忘れてたのに…っ」



再び顔面蒼白になり、壁にもたれるクラウド

ザックスは悪びれる様子もなく、ユリアの方を振り返った



ザックス:「よっ、ただいま!」


ユリア:「……………」


ザックス:「ん?どした?」

ユリア:「バカ!ずーっと帰って来なくて心配したんだから!帰り遅くなるなら連絡してよね!あたしが連絡しないと怒るくせに!」


ザックス:「!ご、ごめん…」


ユリア:「───っ知らない!」



ふいっと背を向けたユリアに若干オロオロしながら機嫌を窺う



ザックス:「な、なぁ、悪かったって。今回は任務が長引いたっつーか、干されてたっつーか…」


ユリア:「シスネとバカンスでしょ?」


ザックス:「ツォンもいた!」


ユリア:「そういう問題じゃない!」


ザックス:「っていうか…知ってたのか?」


ユリア:「タークスなめないでよねっ!!」



さらに機嫌が悪化した様子にザックスは“参ったな…”と溜め息を吐く



ザックス:「…なぁ、ユリア?」


ユリア:「…何?」


ザックス:「俺がいなくて、寂しかったか?」



背中を向けていても分かる、真剣な声音

一呼吸置いてユリアは首を横に振った



ユリア:「寂しくないよ、クラウドが一緒にいてくれたから」


ザックス:「そっか…」



はっきりと返された答えに小さく頬笑む


そう、それでいいんだ…

そうやってお前は進んでいかなくちゃいけない

…俺がいなくてもいいように


そんなことを考えていると、ユリアが遠慮がちにこちらを見上げていた



ザックス:「どうした?」


ユリア:「ただ…、全然寂しくなかったって言ったら…ウソになるかも…って」



もごもごと呟くユリアの顔は微かに赤い

ザックスは“ははっ!”と笑うとユリアの頭をくしゃくしゃと撫でた



ザックス:「なぁんだ、やっぱり寂しかったんじゃない!ユリアは兄ちゃんと一緒が好きなんだもんな?」


ユリア:「っべ、別にそんなんじゃないもん!ていうか子ども扱いしないで!」


ザックス:「照れんなって。んじゃ、今日は兄ちゃんと一緒に寝るか?」


ユリア・クラウド:「「寝ません!!!!」」


ザックス:「…クラウドには聞いてないんだけど」




この他愛ない会話をいつまで続けられるだろう

ここにいる仲間や家族、大切な存在を俺は守れるだろうか

“神羅”という魔の手から……


けど…、



ユリア:「ねぇ、この任務が終わったらみんなでご飯食べに行こうよ」


ザックス:「お、いいなそれ。クラウドも行くだろ?奢るぜ?」


クラウド:「…この吐き気が治まったらね…」


「え、いいんスか!?ありがとうございまーす!」


ザックス:「え!?」


ユリア:「あははっ、いいじゃん!人数多い方が楽しいしっ」



今はこの時間を、“今”を大切にしよう

仲間と過ごすこの一瞬を…

大切な存在との大切な時間を


そして、必ず守って見せる

クラウドのことも、ユリアのことも、エアリスのことも


ソルジャーの誇りに懸けて、

必ず……





05 -終-