流行を知らないわけじゃない。
時事の勉強として大体の流れは頭に入っているし、パソコンでタウン情報を見ることも日課にしている。しかし、
やはりそれでは足りないものがある。
 雪子はおしゃれになろうと決心をしたのだ。
「カレンさん、お勧めの女性雑誌ってある」
 どうしたのバンビ、と驚きながらもカレンは嬉しそうにいくつかの雑誌を貸してくれた。きらびやかな紙面と独
特の言葉遣いにひっかかる雪子に根気よく付き合い、彼女は色々なことを教えてくれた。

 紺野が自転車で登校した日は、雪子は後部座席に乗せてもらって下校する。そのまま寄り道をしたり、海岸
に行ったりする事もしばしばだ。
「雪子さん、書店に寄ってもいいかな」
 風にまぎれながら紺野の声が前から流れてくる。貧弱だとは言っているものの、ペダルをこぐ足はたくましく、
息も上がってはいない。
「いいですよー」
 雪子も風に負けないように大きめの声で答える。男は緩やかにハンドルを切り、帰り道からそれ駅前の本屋
に向かう。
 こぢんまりとした書店の店主は今日も朗らかレジに立っていて、いらっしゃい、と二人に笑いかけた。本好き
な二人はいつも、一緒に端から順に本を見ていく。単行本の新刊を見たり、文庫を手に取ったりしながら尽きる
ことない本談義を続け、ぐるっと一周した頃には各々購入する雑誌や本を手にしている。紺野は文芸雑誌と鉄
道雑誌や時刻表、雪子は文庫本を買うことが多い。
「あれ、珍しいね」
 普段は特にどうということもなく通り過ぎる女性誌コーナーで、ひとつの雑誌を手にとった雪子は照れたように
笑う。
「うん、カレンさん…えっと友達に教えてもらって。…ちょっとはおしゃれをしようかな、と思ったの」
 小さな声で恥ずかしそうに答える。
 紺野としては、今のままで十分に彼女を可愛いと思っていた。しかし彼は、自分にセンスがないことを十分に
自覚しているので今のままでいいよという言葉を飲み込み、代わりに疑問を口にした。
「どうしてそう思ったの」
 ふるふると首を振り、雪子は口をつぐむ。
 先週の土曜、次の日に先輩とデートすることがカレンにばれ、色々とコーディネイトされてしまったのだ。そし
て、デート当日、あまりおしゃれに興味を示さない先輩が相好を崩して絶賛してくれたのだった。
 好きな人の為におしゃれをする喜び。それは何物にも代えがたいものなのだ、と雪子は気付いたのだ。
「内緒です」
「ええ、ずるいなあ」
 そうやってくすくす笑いながら買い物を済ませ、雪子の家に向かい紺野は自転車を走らせる。
 海岸通りに出ると又風が強くなり耳元でびゅうびゅうと音がなる。こうなってしまえば大声を出さないとお互いの
声が聞こえない。
 誓うように、雪子は男の背中に呟いた。
「先輩の喜ぶ顔が見たいから、がんばります」


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