やわらをプロデュース
 ミヨカレが出張ります モブクラスメート女子も出張ります

「なあ、おまえ柔道してただろ」
 入学早々同じクラスの女子にそう言われ、雪隆は驚いた。
「え、まあ中学までしてたけど」
 そう返すと彼女は少しだけ笑う。
「柔道部作ろうと思うんだ、入らないか?」
「う、うーん、部活見学とかまだだし、一通り見てからも良いか?」
 それは構わない、と頷き彼女は自分の席まで戻っていった。まだクラスメイトの顔と名前も一致しない時期な
ので、彼女の名前は分からなかった。
 あまり身長は高くない上に見た目からがっちりしているわけでもないので、48kg級位かと見当をつける。栗色
のショートボブで、意志の強そうな垂れ目と引き結ばれた唇が印象的だった。
 一度断ったのには訳があった。
 雪隆は特に熱を入れて柔道一直線だったわけではない。ずっと通っている道場には週二回二時間ほど顔を出す
だけだし、中学のときも弱小柔道部でぼちぼちとやっていた。だから家から一番近いから、とはば学に入学した
後に柔道部が無い事に気付き、それでもまあいいかと思っていた。他のスポーツにも興味があったからだ。
 はば学は球技に強く、一通りの主だった競技とハンドボール部が活発に活動しているようだ。逆に柔剣道や弓
道など武道系は存在すらしていなかった。あとは水泳水球と陸上に新体操と体操、と言ったラインナップだった。
 どれも雰囲気が良く、設備も整っていて非常に迷う結果になった。
「なあミヨ、占ってくれよ」
「結局決め切れないとは、意志薄弱」
 罵られることは想定済みなので怒りも湧かない。入学してすぐに知り合ったみよは易経の達人で、彼が筮竹を
鳴らせばいくらかの結果が出るとの評判だった。もちろん本名はみよではなく、宇賀神三芳といういかにも占い
の家系です、といった字面でミヨシと読む。しかし周囲も本人も面倒くさがって、みよ、みよと呼んでいた。
 彼が竹を抜いたり戻したりするのを背を伸ばして見つめる。
「山火賁…」
「どんな感じ?遠慮しないでよ」
 みよの顔はあまり晴れ晴れしくない、しかし占えといったのはこちらなので聞く覚悟くらいは出来ている。
「ざっくりいうと、夕焼時の相」
「始まって早々日が落ちるのか…」
 もう一度卦を見直してみよもため息を吐く。
「虚飾にとらわれがち。きらきらしいものに心惹かれるだろうが、じっくり考え心に決めたことを謙虚に勧める
が吉」
「そうか」
 ざっと竹を片付けると、机に肘をついてみよは深く考え出す。それの邪魔をしないように、雪隆も考え始めた。
 自分は高校部活に何を求めているのかと問えば、中学の時のように弱くとも精一杯、初心者も経験者も一団と
なって懸命になる部活がしたいという答えが出る。
 いままで見学した部活にそれがあるか、と問えばノーだ。皆切磋琢磨して雰囲気もいいがやはり全国レベルの
部活だから、それなりに格差はあるだろう。なによりどの部活も規模が大きすぎる。
 そこまで考えると、ふとクラスメイトの少女を思い出す。柔道部を立ち上げる、良いじゃないか。彼女と二人
でもじりじり部員を増やしていって、楽しく部活が出来そうだ。
「バンビ、質素で飾ることの無い相手が大吉。そして恐らくそれはすぐ足元にある、だから見えない」
 丁度雪隆の考えがまとまり始めた時に、みよが思考から浮上する。
「うん、分かった。俺心当たりあるから」
「それなら良かった」
 明日のの昼飯奢るから、と頭を下げて自分の教室へ足取りも軽く帰る。その後姿をみよは手を振りながら見送
った。

「なあ不二山。柔道部の話、まだ生きてるか?」
 そう問いかけると彼女は嬉しそうに頷いた。
「お前こそ私と話もしないし、忘れてるのかと思ってた」
「ずっと悩んでたんだよ。でも俺の三年間柔道と不二山に託すぜ」
「押忍!」
 押忍と言い合い笑う二人に、クラスメイトが好奇の目を寄せていた。
 女の子と二人きりで部活というのはどうかと思ったが、不二山は実にさっぱりした性格でこだわり無く活動す
ることが出来た。
 まずは一応の同好会許可を貰って、体育倉庫の一角を借りた。相変わらず勧誘は続けているが結果ははかばか
しくなく、二人でメニューをこなす日々が続いた。
 そんな中二人の活動が理事長の目に止まったのは全くの幸運だった。明晰で温和な生徒が多く、上流家庭の子
息も通うはば学では、イチから行動を起こすようなバイタリティ溢れる生徒は珍しいのだそうだ。
「これで百人掛けできるな!」
 大喜びする不二山の後ろから部室を覗く。
 小ぢんまりとはしているものの、中は青々とした畳がしいてあり必要なものは全てそろっていた。あまり唐突
な事態に驚いた雪隆も、道場に一歩足を踏み入れると足裏に感じる畳の感触に小躍りしそうになった。
「不二山!練習しようぜ!」
「おう!」
 荷物もなにも用意する前に、形の練習を始める。綺麗に投げ、形どおりに受ける練習はやはり柔道場でしか出
来ない。身長差は二十センチほどあるが、なにより不二山は強い。十六歳にして段持ちで、黒帯を締めているの
は伊達ではない。反して雪隆は一級で茶帯である。
 その彼女から綺麗に投げられ、ばぁんと畳にぶつかる。もちろん受身は取ったものの、びりびりと衝撃が体に
伝わった。
「うーっし、俺はお前を越えてやるっ!」
「お、生意気言ったな、知らないぞ」
 そうやって、毎日の部活が過ぎていった。

「へぇっ?柔道部夫婦?何それ?」
「そんなに驚くことじゃない」
 学食でがつがつと飯を掻き込む雪隆とカレンを呆れたように見詰めながら、つるつるとそばを食べるみよがた
め息を吐いた。
「お、それカレンさんも聞いたぜ。毎日毎日柔道場でなーにしてんだよ」
「なんもかんもねーよ、柔道の練習だ」
「寝技か?寝技メインなんだな?」
「カレン、親父くさい」
 黙っていれば王子様なバレー部のエース候補と、たくましい見た目だがどこかのどかでバンビというあだ名が
妙に似合う青年、こちらも他人の目線にトンと疎い。
 実に勿体無い、とみよはおもう。食事ももう少し落ち着いて食べてくれないものか。
「しかしカレンの言ったとおり。狭い個室で何時間も過ごす男女に興味を持つ輩は多い」
「んだよー文化祭の時皆に見せたじゃん。百人掛け、おれも不二山も達成出来なかったけど大評判だったんだぜ」
 しかし部員は入らない、と嘆くように言った。
「だから、バンビとランちゃんの仲を壊したくないんだって皆」
「ええー、何だよそれー早く正式な部活に昇格したいのにー」
「さっき占ったところによると、今は停滞の卦が出ている、無理はしないが吉。来年の新入生に賭けてみてはど
うかと思う」
 みよがそう言うならそっか、と青年は妙に納得する。
「じゃ、あー来年までは二人っきり?ラブラブ育んじゃう?」
「もー、ちげーっていってんだろ!」
「二人とも、うるさい」
 二人がカツ丼大盛りを食べ終わるのと、みよがそばを食べ終わるのはほぼ同時だったのでそのまま外に出る。
 もう季節は冬に入っていて、木枯らしが中庭を抜けていく。寒いなあと言い合いながら歩くと、掲示板に見慣
れぬポスターが貼ってあるのに気付いた雪隆が立ち止まる。
「なあ、俺知らないんだけど、天之橋邸クリスマスパーティって何だ?」
 つられて止まった二人も、掲示板を見やる。
「ああ、バンビは外部生だから知らないんだな」
「毎年、高等部の生徒向けに開かれる理事長主催のパーティ」
 ふうん、と興味なさげにポスターの記載内容を確認し雪隆はくるりと背を向けた。
「なんかオシャレなパーティっぽいな。俺はパス」
 そう言うと、カレンどころかみよまで首を振った。
「わーかってないぁ、そのイチ!ご飯食べ放題しかも超美味しい」
「その二、クリスマスプレゼント企画無料参加可能、他にも先生方の余興や生徒による自主企画大いにあり」
「そしてメインの三番目!女子のドレス姿が見放題ぃ!」
 叫んだカレンの頭をみよがひっぱたく。
「まあ、運動会や文化祭と同じくらい皆出席のイベントだからバンビも出たほうがいい」
「へぇ、そうなのか」
「もう少ししたらクラスで案内のプリントが回るだろ。スーツならオレとサイズ違わないし、いつでも貸すぜ!」
 ありがとう、と二人に頭を下げる。そういえば不二山も外部生だったよな、と思い立ち確認をすることにした
 自分のクラスへ帰ると、丁度彼女は友人との話がひと段落し、次の授業の準備をしているところだった。
「よ、不二山」
「押忍」
 気軽に声を掛け、パーティのことを伝える。
「困るよな、わたしも今友達からそれ聞いた」
「あ、何だ知ってたのか」
 おう、と頷く彼女は思案顔だ。
「村田は出るのか?」
「出るも出ないも皆出席みたいだし、ただで旨い飯食えるんなら出る」
 言い切ると、別の女子にどつかれる。
「色気もそっけもないなあダンナは!嵐のドレスが姿見たいぐらい言ったらどう」
「何言ってんだ、それも楽しみに決まってんじゃねーか。お前もせいぜい着飾って来いよ」
 ばーかごちそうさま、と舌を出して去っていくクラスメイトに雪隆も舌を出して白目もむいた。
「しょ、小学生みたいなことしてんじゃねーよ、くくっ」
「何だ?ほれほーれ」
「やめ、可笑し、くっ、ひっ」
 頬を引っ張り、白目べろだし顔歪めの変顔を続けると可笑しすぎたのか不二山は机に突っ伏してしまった。
 鐘が鳴り、授業が始まってもあまり引かない笑いに苦労した不二山から、部活開始から仕返しのように投げら
れまくること連続二十回を数えた。

「良かったじゃん、嵐ちゃん。ダンナ期待してるみたいで」
「あれは冗談だろ、それかノリ」
 部活後、同じクラスの友人と待ち合わせてバイキングに出かけた。嵐は柔道部、友人はチア部なので猛烈にお
なかが空いている。
 小柄の部類に入り黙っていればリスのような嵐と、出るところは出て引っ込むところは引っ込んでいるスタイ
ルのいい友人は、並んでいればただのかわいい女子高生二人である。だが、山のようなサラダと適度な肉と魚を
凄いスピードで食べる二人は外見ともあいまってとても目立っていた。
「でもまあとにかく嵐ちゃんがパーティ出る気になって良かったわ」
「まあなぁ、学校行事サボるのも気が引けるしな。服も選んでくれるなら安心だし」
「まーかせて、きちんと予算内でいいの見つけてあげる!二十三日のセールって実はあんまいい商品残ってない
のよねー」
「そっか、そういうの全然知らないから助かる」
 正直にそう言ってステーキ肉を噛み切る。するとマリネの玉ねぎをほお張っていた友人が、綺麗な顔を上げて
じっと嵐を見つめた。
「勿体無いよね。嵐ちゃん凄くかわいいのに、全部興味ないで切っちゃうし。ダンナも爽やかカッコイイのにホ
ントに何も無いみたいだし、寄ってくる野郎共もいつの間にか皆友達になっちゃうし」
「女友達のほうが少ないしなあ。こんなに女と仲良くなったの、初めてなんだよ」
 真っ直ぐに見つめてくる様子が可愛くて、友人は悶えた。確かに、素直すぎて竹を割りまくったような性格は
女子に疎まれがちな部分もある。
「じゃ、今週の日曜は空けといてね、初ショッピングだよ」
「押忍っ」
 皿の上があらかた綺麗になってしまったので、又新しい料理を取りに女子高生二人は立ち上がった。

「ダンナ!ダンナ!」
「その呼び方止めろよ」
 ヤダ、と切って捨てたクラスメイトの女子はわくわくした様子を隠しもせずに雪隆を捕まえた。そして耳打ち
をする。
「今日のパーティは嵐ちゃんの傍を離れちゃ駄目よ?どうなっても知らないからね?」
「はぁ?」
 それだけ、と言い捨ててスキップしながら去っていった。あれはカレンと同類だな、と思う。
 野郎を着飾らせて何が楽しいのかと思うが、先日、ああでもないこうでもないと恐ろしいほどの試着を強いら
れ、髪型と靴に小物まで一日がかりで決められたのだ。
「よーし、これでオッケー!やっべー、お前ガチで格好いいわ」
「なるほど、カレンの言うとおり」
「疲れた…」
 友人らは、セーターにウールのジャケットと揃いのパンツというお洒落な普段着じみたものを貸してくれた。
腰に雪隆愛用のウォレットチェーンをつけることも出来る程のカジュアルさである。
 しかしセーターの赤にしろジャケットのグレーにしろ全ての色が調和していて、さらにスカーフや革靴がかな
り凝ったデザインになっており、素人の見立てとセンスではないことがありありと分かる。
「ま、汚さないように返すわ」
「んだよつまんねーの、女子どもは俺にメロメロぐらい言わないのか」
 それを言うならカレンだろ、と思う。バレーの王子様という冗談ともなんとも付かないあだ名で崇拝されてい
るのはどこのどいつだ。
「うん、しかし正味で格好いい。少なくとも無駄なハプニングは避けるべき」
「ミヨに褒められると何かゾッっとするんだが」
 失礼なと憤ってみせるみよはそれでも口の端を吊り上げた。着せ替えの横でずっと筮竹を混ぜていた彼は楽し
そうに告げる。
「パーティの夜の卦は、沢火革…。何にせよ大きな改革があるだろうと出ている」
「エー、めんどいー」
「そんな事言うな、レッツ・メイク・ラブだ!」
 なんだよそれ、と三人で大笑いする。
 何にせよ楽しいパーティになりそうだ、と高揚した。

「うっわー、半端じゃないなぁ」
 テレビで見るオスカー賞授賞式のようだ、というのが雪隆の正直な感想だった。緋色のじゅうたんにシャンデ
リア、着飾った生徒達。
「やっぱはば学ってオカネモチ学校なんだなあ…」
「そうだよな、そりゃ柔道部室もぽんとくれる訳だ」
 急に割り込んできた声に驚き、振り返ると、押忍と腕を上げる不二山がいた。
 目線があった瞬間二人とも動きを止める。先になんとか口を開けたのは、青年の方だった。
「うわー、やっぱおまえカワイイわー。普段からそういう格好してればいいのに」
 友人が選んだのは、青のアメリカンノースリーブドレスで、胸元に付いた大きなリボン以外に何も装飾は無い。
アクセサリーも特につけず、髪をやわらかく散らしただけで、ストッキンングに白いミュールを合わせていた。
化粧もほんの薄くしただけだ。
「うん、滅茶苦茶カワイイ」
 練習中のようにまっすぐ見つめられ、何度も手放しで繰り返されると頬が熱くなってくる。普段殆ど照れるこ
とのない不二山は戸惑った。
「んだよ、村田だってスーツ似合ってるぞ」
 もうちょっと借りてきたのをそのまま着ましたという格好で来るかと思いきや、たまに覗き見る友人の雑誌に
載っているモデルのようだ。絶対に男子高校生には見えない。
「はいはいお二人さんいちゃつくのはパーティ会場の奥でしてねー」
 どんと割り込んできたカレンに二人は背中を押される。入ってすぐの場所で立ち止まっていた二人は周囲の目
を集めていた。
「そうすっか、わり、カレンサンキュー」
「じゃ、俺は逃げるから後でな」
 風のように去っていったカレンに不二山はきょとんとするものの、携帯やデジカメを構えた女子がカレンを追
うのを見て深く納得した。
 確かにカレンは格好いいとは思う。しかし村田のほうがその何倍も格好良くないか?とその集団に問いかけそ
うになる。
「おい不二山、ボーっとしてると巻き込まれてこけるぞ」
 急に目前に現れた青年に、又頬が熱くなり、胸が焼けるような感覚がする。
「あ、そうか。カカトのある靴慣れてないんだな、ほら」
「っ」
 手を握られると手のひらが焼け落ちそうな気がした。普段柔道着で半裸の彼と寝技だって出来るのに、今日は
体がおかしい。
 ヒールになれないのは事実だったから、手を借りてゆっくり奥のクラスメイトが集うテーブルへ向かう。背筋
を伸ばして歩く雪隆を、上級生や他のクラスの子が見ているような気がするのは不二山の気のせいではないはず
だ。

「はい到着」
 クラスメイトたちのやんやが飛ぶ中、二人はテーブルに着いた。
「遠くから見ても分かったよ!」
「よっ、夫婦!」
 口々に言い出す彼らに、雪隆はいつもの調子で軽口を返す。ふだんなら不二山も一緒に会話に入るのだが、今
日はそれが出来なくて、友人のところへ逃げた。
「良かったじゃん、村田と鉢合わせしたんでしょ」
「うん」
 顔を真っ赤にした少女に、友人はほくそ笑む。これは自分の感情に気付き始めたと言ったところではないだろ
うか。
「あとで、部活ごとの臨時会みたいなのがあるからまた二人っきりになれるよ」
「え、嘘だろ?」
「嘘じゃないよ、あたしチア部に行かないといけないし」
 小さなブーケ型の首飾りにはチアと書いてあった。
「おい不二山、これあとで何かイベントやるって」
 間の悪いことに、雪隆が青い花束型の飾りを持ってきた。それには柔道同好会と書いてある。
「お、おう」
「飯取りに行かねー?スシ来てるらしいぞ」
 むりやり平静を取り繕いビュッフェのテーブルへ向かう不二山の後姿を見送り、友人はガンバレと小さく呟い
た。



服装の描写捕捉
の全身、もう少し髪は短い
バンビの全身

BLコンテスト・グランプリ作品
「見えない臓器の名前は」
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