Don't cry baby 0
卒業後

※捏造が酷く暴力表現を含みますのでご注意ください ※話の主役は余多門の金髪デブです
※琥一とバンビの話を読みたい方はDon't cry baby 1 だけお読みください

 辛いことが沢山あって、普段めったに悲しみを引きずらない沙雪が、泣いて喚いておかしくなるんじゃないか
と思った冬は過ぎ去った。ちょっとやせてしまった沙雪を、誰よりも琥一が心配してくれた。
 だから卒業式の日に、今更だけどやっぱけじめはつけとかねぇとなと、真剣に彼なりの言い方ですきだと言っ
てくれた。飛びついて首にかじりつき、キスで答えたらオマエなぁ…とため息を吐かれたが。

 アルバイトも大分休んでしまったが、スタリオンの店長はいつでも復帰してくれと言い、他のバイトの子達も
帰ってきてと電話をくれたので、沙雪は専門学校に進学してからもガソリンスタンドに立っている。
 ぱたたたた、と軽い音がしてホンダのカブがスタンドに入ってきた。その上には坊主頭の巨漢が座っている。
よくあのバイク潰れないなあ、と思いながらも沙雪は笑顔でいらっしゃいませ!と迎える。
「レギュラー満タン…、ってお前」
「はい、かしこまりました!…あ!」
 髪の色も違うし変な学ランも着ていないため一瞬判らなかったが、一時期よく桜井兄弟に絡んでいた余多門生
徒の片割れだった。
「おめぇさ、琥一のオンナだろ、な」
「なによ!余多門の人なんかだいきらい!」
 折角ふさがった心の傷がじくじくと痛む。みるみる涙の膜が張っていく黒目勝ちな瞳に気付き、巨漢ははっと
したようにバイクから降りて土下座した。
「へ?」
「琥一の事は聞いてる、マジで悪かった。でもオレは、どうしてもお前に言いてーことがあんだ」
 心配そうに店長がこちらを見ているのに気付き、伏せ続ける彼を何とか立ち上がらせる。
「なぁに」
 一応話を聞こうとはするが、どうしても臨戦態勢になってしまう。そんな沙雪を見て、巨漢はポケットから黄
色いチラシを取り出した。それは少し遠い商店街にある八百屋のもので、スペースに彼はボールペンで何やら書
き付けた。
「オレの実家がこれだ。琥一でもポリでも上等だから近いうちに来てくれ」
 ぐしゃっと渡される。書き込まれたのは電話番号だった。
 そのまま沙雪は給油を始める。よくよく見るとカブは荷台とかご付きで配達か何かに行った後のようだった。
休憩とばかりに煙草をふかす巨漢は、髪も真っ黒でTシャツとジーパンに、前掛けをしていた。八百屋といわれ
たらそうにしか見えず、嘘の様な変わり具合である。
「お支払いは現金ですか?」
「や、カードで」
 カードだといろいろ値引きや特典がつくのだが、彼がそれを使ったことに驚いた。
「え」
「トクなんだろうがよ」
 生活臭がしすぎる、変だ。そう思いながらも会計を済ませ、何とか作った笑顔で彼を送り出す。
「絶対来いよ」
 最後まで振り向いて念を押す彼に、思わず沙雪は頷いた。

「次を右ー」
「おう」
 バイクにまたがる琥一の背中に引っ付いて、沙雪はナビを務める。普段行かない地域の八百屋にたどり着くの
は骨が折れる事だった。しかし何とか近辺に差し掛かると、当人が店先に立っているのが見えた。
 スタンドで余多門に遭遇してすぐ、沙雪は事の次第を琥一に電話した。要領を得ない沙雪に根気強く付き合っ
た琥一は、意外な事実を告げる。
「あのデカイ方だろ、あいつ三年の夏くらいから姿が見えねぇらしいんだ」
「ふぇ、そうなの?」
「俺は少なくとも遭ってねぇ」
 ならば沙雪が巨漢を憎む必要はない。あの許しがたい事件以外なら、桜井兄弟も同罪なのだから。
「じゃあ私会いに行きたい。ね、連れてって」
「お、おう。急にどうしたんだ」
 いーの、と会話を切り、今度の日曜に訪問することに決めた。

「なんだお前、すっかり八百屋の兄ちゃんになってんじゃねぇか」
 開口一番そういった琥一に、巨漢はニタリと笑い言い返す。
「んだぁ?ソッチこそ随分さっぱりしてやがんなぁ」
 琥一は実家の家業を継ぐ手始めとして、なんと桜井の関係しない建設現場のアルバイトを始めている。若社長
とか呼ばれるのが嫌なんだそうだ。撫で付けていた髪を短く切り、毎日の肉体労働で雰囲気が若干健康的になっ
た。
 男たちは昔のようにぎりぎりとメンチを切った後、ぶっと噴出した。
「おっかしーなオイ」
「お互い様だぜ」
 たった一年ほど前までごろつきのようだった二人が大声で笑っている。以前なら人に避けられていたはずなの
に、道行く人もつられて笑っていた。
「ねえ、私に言いたいことってなんなの」
 涙を流して笑っている大男二人に、沙雪は割ってはいる。
「あんな、俺らお前に礼言いてぇんだ」
 ま、上がってくれと促される。八百屋の奥には六畳間があり、大きな仏壇が置いてあった。
「おい!桜井兄とツレが来たぞ!」
 巨漢は奥の台所に向かって女性の名前を呼んだ。
「ちょいまち!」
 威勢は良いが柔らかい声が響き、よいしょっという掛け声も聞こえた。おい無理すんな、と大きな体にも拘ら
ず敏捷に立ち上がった男が、台所に通じるふすまを開ける。
「おっ、噂どおりの可愛い子だねぇ」
 支えられながら現れた女性は、大きなお腹を抱えていた。顔のつくりが鋭角的で怖い印象はあるものの、綺麗
な人だと沙雪は思う。
「まぁ何だ、オレのツレと…ガキだ」
「ほぅ…」
 感心したように琥一が声を漏らす。
 はじめましてっていう気がしないねぇ、と彼女は名乗った。もう結婚したらしく姓も連れ合いと同じものを名
乗る。
「びっくりしたぁ」
「でしょ。はば学じゃこんなこと無いだろうしね」
 ニコニコ笑い、女性はお腹を撫でる。外に来客があったらしく、夫の方は出て行った。
「店は空けらんないし、あたしが話すよ」

 二人は小学校の同級生でよく一緒に遊んでいたらしい。だが中学に上がる頃、彼女は家庭の事情を理由に家へ
帰らないようになり、男の方もガキ大将だったのに、いつの間にか暴力と刺激に飢えた不良になっていた。
「あたしとダンナ、お互いに初めての相手なのよ、可笑しいでしょ」
 大体の悪いことはした。二人つるんでおっさんを引っ掛け金巻き上げるなんて序の口。何のいわれも無い人を
殴り潰す彼を見てけらけら笑ったり、他人のセックス中に乱入して弱みを握って脅したり、車を盗んで無免許で
遠出したり、強盗まがいのこともした。あまり琥一のツレがショックを受けるといけないので、やわらかく濁し
て言ったが十分伝わったらしかった。
 せめて高校には行ってくれと頼まれ、男は余多門に入った。女も、唯一信頼する叔母に諭されて同時に入学し
た。余多門しか入るところが無かったのだ。
「付き合いは長かったしセックスもするけど、ラブラブとかそんなんじゃなかった。ただの腐れ縁」
 会わないときは一月だって会わないし、ちょっと言い合いになると男は容赦なく彼女を殴った。

 来客が済んだらしく、大きな体がぬっと居間に入ってくる。
「アンタ、店はどうすんの」
「隣の爺さんに店番頼んだ。で、どこまで話した」
 高校に入るまでよ、とぶっきらぼうに言う彼女にペットボトルのお茶を差しだし、どすんと座った。
「丁度良かったぜ、面倒な説明が省ける」
 じっと話を聞く二人の前に、プラスチックのざるへ盛られたみかんが置かれる。
「なげぇ話聞いてもらってワリィな、食えよ」
 そう前置き、彼は話し始める。

 中学時代散々っぱらボコってくれたオメーが急にヒヨったんで、ぎょっとしたんだよ。大体はば学なんて行っ
たのも気に入らなかったしな。
 噂聞いて実際面拝みに行ったら、オンナとニタニタしながら歩ってんじゃねーか。がっかりしたよ。弟の方は
気にくわねーけどよ、オレぁお前のことは一目置いてたんだ。
 でもさ、最初の方はやっぱり一人だと中学ん時と一緒だったな。入学してすぐオメーに内蔵潰されたやつ、退
学してなげー入院したかと思ったらナースと結婚しやがった。悔しいな畜生。
 あ、ワリ、話がずれた。
 でもよ、オメーは変わったよ。ガッコいってるし、バイト真面目にしてるし、オンナには手ェ出してねーみた
いだったし。でさ、忘れもしねー去年の春よ、偶然オメーらがいちゃついてんの見たとき、丁度こいつが電話か
けてきたんだ。ヒマ?ってね。じゃ、会おうかい、って事になって待ち合わせしたんだ。

 一息ついて、男は話しても良いかと嫁に目配せする。こっくりと頷いた彼女に少し頭を下げ、話を再会する。

 でよ、こいつが来たとき、オレなんか無性に申し訳なくなったんだ。オレがにさんちまえに殴った痣がべろっ
てついてた。他にもなんかよくわかんねー怪我とか跡とかあって、へらへら笑ってケバイかっこしてたけど、ど
っからどうみても不幸そうなオンナだった。
 まあ余多門にぎりぎり引っかかってるレベルだから、オツムも股もユルイわな。でもさ、俺はこいつが昔フツー
だった頃を知ってるわけだ。あァ?フツーだよ、ランドセルしょって走り回ったじゃねーか。
 さっき見たオメーらとなにがちげーんだろ、って考えたさ、悪い頭で。でさ、いっしょけんめ考えて、こいつ
に言ってやったんだ。好きだ、あいしてる、って。

「あん時は、こいつとうとうクスリでもやってイかれたんだなってちょっと思ったもんだ」
「オヤジがよく言ってたんだよ!すきだって言ってやりゃぁ野菜も喜んで美味くなるって」
「なんだよ、あたしは野菜かよ」
 口調は荒いが、照れている。夫婦の痴話げんかが続いているうちに、沙雪はみかんをむいて口に入れる。熟れ
ていて、とても甘い。

 そしたらよぉ、こいつオレに抱きついてきてアタシも、って言ったんだぜ。しかも泣きながら。化粧が落ちて
きたねー面だったな。
 きっとふたりともこのままじゃだめだ、と思ってたんだ。馬鹿みたいにお手手繋いでよ、ここに帰ってきたよ。
驚くお袋と親父無視して二階に上がってさ、今までの事ずっと話した。お互い馬鹿だからさ、話に詰まるんだよ。
そのたびムカついて壁殴ってたら、なんか途中から親父が乱入してきてよォ、大反省大会みたいになってすげー
殴られた。死ぬかと思った。オレの前歯全部差し歯だぜ。
 で、こいつ家に帰れねーからその日から同棲よ。何、話が早すぎるって?んなことねーよ、どうであれすっと
一緒にいたんだからよ。
 最初はさ、やっぱこいつのこと殴りそうになった。その度に親父に殴られてお袋に泣かれた。
 まあ、そのままなんとなく過ぎて現在この有様ってわけだ。いちお、余多門の卒業証書はあるぜ、二人分。
 は、親父とお袋?今商店街の旅行中。仏壇はって?ありゃあこの家代々のだ。なんだお前、火サスみたいな展
開考えてたのか。ははは、縁起でもねぇな。

「だからさ、あんた達はあたしの恩人なわけ。勝手なリクツだけどね」
 ありがとよ、と二人は深く頭を下げる。
「…そう言われてもなぁ」
 琥一は、どう反応していいか困っていた。己の預かり知らないところで、そんなドラマが展開されていたなん
て、とただただ驚くだけだ。
「沙雪…っておい」
 傍らの少女はぼろぼろ涙を流しながらよかったねえ、と言っていた。忘れていた、こいつは感動しやすい、と
いうか感受性が豊かなのだ。だから冬に警察沙汰を起こしたとき、琥一当人よりまいってしまった。
「ほらほら、泣くな泣くな」
 店の名前が入ったタオルで、巨漢が沙雪の顔をごしごしと拭く。
「ったく、話はそれだけか」
「そうだ、やっぱ恩は返さねーとな」
 ほらよ、と野菜の沢山入ったダンボールを差し出される。
「バイクだから持って帰れねえ」
「じゃ、家まで配達してやるよ」
 ちっ、と言った琥一の顔はそれでも緩んでいる。基本的にこの二人は硬派で、ちょっと古いタイプのワルって
奴なのだ。きっと良い友達になれるはずだと、沙雪は思った。
 それと、絶対に口には出さないけれど、琥一も琉夏も、目の前のふたりも、彼らがやってきたことは絶対に許
せない。でも、過去は消せないのだ。彼らがいつか心から詫びることが出るように、自分が出来ることやろう、
そう思った。

「気をつけなよ」
 ヘルメットをかぶってバイクの後ろに乗った沙雪に、女が声を掛ける。
「うん、あと、えっと、赤ちゃん見に来ても良い?」
 不躾かな、と恐る恐る聞くと、アあんもう可愛い!とカレンと同じような反応が返ってくる。
「もちろんいいよ、連絡するから!」
 ばいばいと沙雪が手を振ったのを確認して、琥一はバイクをふかす。

「ねえ、コウくん。また連れてきてね」
「…いいぜ」
 信号待ち中に小さく問うと、肯定の返事が返ってくる。嬉しくなってぎゅうっと琥一にしがみ付いた。
「ちょ、締まる、沙雪!オイ!」
「えへへー」
 よろよろとはばたき市の海岸に向かうバイクは、そのあと何度もあの八百屋に通うことになった。



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