do you marry me?
三年目の文化祭
※死ぬほどクサイです

 高校最後の文化祭だから、と沙雪は根をつめてウエディングドレスを縫っている。せっかく学生演劇の主演候
補に選ばれていたのに、彼女はそれに見向きもしなかった。
 彼女が料理や手芸が好きなことは琉夏も好ましく思っていたが、全生徒の前で盛大にいちゃついてやろうと画
策していたので面白くない。ずば抜けた才能や美貌を備えているわけでもないのに、なぜか沙雪はお嫁さんにし
たい女子ナンバーワンだ。下手にもてたり、ローズクイーンになるより、真剣な目をした輩が寄ってくるので虫
払いが大変なのだ。
 思案の末、琉夏は一つの計画を練り上げた。実行には手芸部内部からの支援が必要だったが、それは花椿に手
を回してもらうことにする。協力する代わりに示された一日着せ替え人形になる、という条件がどれ程の物かは
分からないがまあ良しとしよう。

 それまでは構え構えとせっついてきた琉夏が、文化祭一週間前にして一切邪魔しなくなってきたことに違和感
を覚えながらも、沙雪は最後の仕上げにかかっていた。いつか、学校の教会で琉夏と結婚式が挙げれたなら。
そう思って縫い上げたドレスは、今までの最高傑作とも言える出来だった。
 シンプルなノースリーブのAラインドレスに、細かなサクラソウの刺繍を施してさらにごく薄いピンク色の細
かな花形レースをかぶせた。遠目にはただの白いドレスだが、至近距離に寄る琉夏には柄がはっきりと分かるは
ずだった。ちょっと恥ずかしいけれど、誕生日に貰ったリングを左手の薬指につけてショーに出るつもりだった。

 そして、決戦当日文化祭。
 横行する様々な非公式企画の一つに、はば学ガールズマップというものがあった。新聞部と噂好きが結託し、
人気の高い女子やローズクイーン候補の参加する企画を網羅した、一部の人間には必携のパンフレットである。
部数限定で、結構手に入りにくいものなのだが、もちろん作成に一枚も二枚もかんでいるみよは難なく手に入れ
ることが出来た。
「みーよちゃん、それ見せて」
「桜井琉夏…その呼び方はやめて」
 そう言いながらも、みよはパンフレットを手渡す。ショッキングピンクのそれを開き、メインイベント一覧に
太字で沙雪の名前を見つけ、ぞわぞわと暗い感情が琉夏の心を染める。毎年恒例の手芸部ファッションショーは
外部に固定ファンがいるほどの伝統と質の高さを誇っている。はば学の嫁、村田沙雪のウエディングドレス姿は
必見と派手な見出し付きで書いてあった。
「バンビが学生演劇を断ったことは周知。カレンが参加することもあり、人出は多くなると思う」
 自身も人気の占い店を開くため、歩きながらみよは呟く。開催一時間前の校内は緊張とざわめきに満ちている。
「俺は一時間前くらいに花椿んとこに行けば良いんだよね」
「そう。それが最善」
 了解、と金髪を翻らせ琉夏は走っていった。
 あからさまな独占欲と沙雪を取り囲むものへの嫉妬を、どす黒くうず巻かせていた彼が去ったことで、みよは
ほっと息をつく。
 大分ましになっては来たもののまだまだ彼の精神は幼く、狂気と紙一重の感情が溢れることがある。沙雪がこ
の先もずっと傍にいたならば、いつかはその心も平衡を取り戻すかもしれない。みよはそれに賭け、何度も星に
彼らの行き先を問うた。結果はよい色を示すが、常に彼らの平穏を深くみよは祈った。

「琉夏君、ご苦労様」
「沙雪!」
 不案内な父兄やおぼつかない老人を補助する琉夏に、沙雪は目を細める。白髪に着崩した制服という容姿でも、
にじみ出るやさしさに彼に案内を頼む人は後を絶たないようだった。
「がんばってるね」
 冷たいスポーツドリンクのペットボトルを琉夏の頬に押し付ける。
「つめたいよ」
 そう言いながらも、笑み崩れた彼は蓋を開け一気に半分ほど中身を飲み干した。
「お昼の休憩しない?」
「ショーの準備は良いの?」
 午後二番目の出し物である本番は、あと一時間半程まで迫っていた。
「腹が減っては戦は出来ぬ!ってカレンに追い出されちゃった。それに琉夏君に言いたい事もあったし」
 なんだろう、と不思議に思いながらも、琉夏は生徒会に休憩する旨を伝え、二人はいつもの屋上、水道タンク
の裏に腰掛ける。
「文化祭の食べ物のほうが良いかもしれないけど」
 アルミに包まれた大小のおにぎりと、サツマイモとさやいんげんを揚げたものに鶉の卵。スティック状に切っ
てあるにんじんときゅうりに大根が、紙製の弁当箱から現れる。
「ホントに沙雪は料理が上手いよね」
「半分以上母さんが作ったから、ね」
 照れくさそうに笑って、小さいほうのおにぎりと野菜をぽりぽり齧る。じゃあ頂きます、と手を合わせ、琉夏
は弁当に手を伸ばす。
 しばらくもぐもぐと無言で食べていると、不意に沙雪が琉夏の足に手を乗せた。
「あのね、琉夏君」
 照れくさそうに言いよどむ彼女は、それでも琉夏の目をまっすぐに見て言った。
「今日のドレスね、琉夏君のお嫁さんになるときに着たいなあと思って、縫ったの」
 その一言で、青年の心に渦巻いていた暗雲がさあっと引いていく。
「演劇出れなくてごめんね」
「いや…ありがと、俺嬉しすぎて…どうしよう」
 余りにも大きすぎる幸せに生きている心地がしない。弁当を脇に避けてぎゅうと少女の体を抱き締めた。
「ね、琉夏君、お願いがあるの」
 きつく抱き締められながらも、沙雪は言葉を継ぐ。指輪、つけて?そう差し出された右手の上には琉夏が以前
贈ったリングが載っていて、左手は甲を向けて差し出されていた。
「恥ずかしいなぁ…」
 そう言いながらも、小さな銀の輪を手を取って沙雪の薬指に嵌めてやる。柄にも無く真っ赤になった琉夏はそ
のまま手の甲に口づけた。えへ、とこちらも締まりなく照れ笑いする沙雪が、はっと気付いたように時間を確か
める。
「いけない、戻らないと」
「あ、俺も用事が」
 ひらりと飛び降りた琉夏が、恭しく手を差し出し沙雪を屋上にエスコートする。
「じゃあ、またね」
 うん、と手を振りその後姿を見送ると、先程から何度も振動していた携帯を見やる。

「すっぽかしかと思ったじゃない!」
 きりきり怒りながら、カレンは琉夏に衣装を押し付ける。カレンと手芸部の部長が偽名義で借りた体育館の屋
根裏では、手芸部ファッションショーのサプライズ企画が進んでいた。
 いつもは男役も部員がするのだが今年は、ウエディングドレスを着る部員には親しい男性を差し向けることに
なった。理事長の許可も取り、知らぬは本人達ばかりなり、といった状況だ。最初は、琉夏がどうにかしてファ
ッションショーに出られないかとカレンに打診してきだけだったのだ。沙雪だけだと目立つからと、色々カモフ
ラージュした結果が、この企画だ。
「カレンちゃん、髪あたって」
「…やっぱりアンタ綺麗よねえ」
 ゆがんだ性格と沙雪に対する偏執を不快に思っているカレンも、それは認めざるを得なかった。他の男たちも
そこそこ良い仕上がりなのだが、やはり琉夏は格別だ。これほどにタキシードの似合う日本人男性は少ないだろ
う。
「いーい、打ち合わせどおりよ。事故ったら悲しむのは沙雪なんだから」
 髪に櫛を入れ、適当にワックスで流すだけで様になる。分かってるって、とにこにこ笑う彼は異様に上機嫌で
不気味ですらある。黒い感情が微塵も感じられない。
「よし、出来た。間に合ってよかったわ」
「ありがと」
 そろそろ出番よ、とドアを開けた手芸部の部長は花婿姿のカレンと琉夏に悶絶し、後で絶対写真撮らせてね、
絶対よ!と叫んだ。

 花嫁姿のモデルが花道を一度往復した後不意打ちに花婿が現れるという趣向は、ウォーキング練習を無駄にさ
せたくないという部長の希望を呑んだ物だ。全部で五人いる花嫁は嬉き泣をしたり抱きついたりと微笑ましい反
応を返し、会場は冷やかしと歓声に沸いた。琉夏がアンネリーから安価で持ってきたすこし開きすぎた花を持ち、
花嫁と花婿は花道を二人で歩く。
 しかし大トリの沙雪が出てきたとき、会場は水を打ったように静かになり、女性の口からはことごとくため息
がもれた。
 シンプルというより地味なドレスにケープという装いにも拘らず、満ち足りた花嫁がそこにいた。うつくしい
雑誌のモデルではなく思わず自分も結婚したくなるような、幸福な花嫁。
 しずしずと彼女が花道を歩いた後、彼女の手を取る為に現れたのは男装の麗人、花椿カレンだった。
 きゃあ、と小さな声が上がったのをきっかけに、今までの静寂が嘘のように会場はフラッシュの嵐と黄色い声
に包まれた。
「カレン、かっこいい…」
 傅いて芝居のように手にキスをする彼女は、本当の王子様のようだった。でも。
「バンビ、歩くよ」
 うん、と頷くけれど、沙雪は悲しくなる。こんな企画があるのなら、琉夏に来て欲しかった。壮絶なフラッシ
ュと地鳴りのようなざわめきに圧倒されながらも、二人は背を伸ばして花道を歩く。
 そして先端にさしかかり、踵を返そうとすると不意に沙雪の視界にぶわっと花が舞った。みよを筆頭とした友
人らが、沿道から生花を投げるというチープな仕掛けだが、十分に花吹雪が出来た。
「沙雪ちゃん、迎えに来たよ」
 かすむ視界の中から真っ黒なタキシードに身を包み、大きなつばのついた帽子を被った琉夏が現れる。
「るかくん…?」
 身軽に舞台上へ飛び乗った彼は、迷う隙も無く沙雪を抱き上げた。そのまま体育館の入り口のほうへ走り出す。
「花嫁泥棒だ!」
 それこそ芝居口調でカレンが叫び、模造品のサーベルを抜いて追いすがる。わざと追いつかれた琉夏が、沙
雪を片手で抱いたままこれまたスチロール製の杖で応戦する。もともと計画してあったものなので、観客の誘導
は速やかに実行委員が行っている。おろおろするのは沙雪ばかりだ。
「彼女を返せ!さもなくばここで貴様を殺す」
「嫌だね」
 いささか演技とも思えないやり取りに、観客は沸きに沸いた。写真部も速やかに撮影場所を確保し、ひたすらシャ
ッターを切っている。
 遂に壁際まで追いやられた琉夏は、それでも不敵に笑った。

「彼女は俺の花嫁だ!」

 そう高らかに叫ぶと、ぶわっと黒い布が上から落ちて琉夏と沙雪の姿を覆い隠した。
「沙雪ちゃんこっち」
 がばっと開いた壁に驚きながら、その中に入る。どうやらあまり知られていない非常口らしく、体育館の内通
路に繋がっていた。
 壁の向こう側から、なにやら叫ぶカレンの声と部長の声が聞こえ、割れんばかりの拍手が響いた。
「もう、なんなのよう」
 やっと人心地のついた沙雪はほろほろと泣き出してしまう。こんなことぜんぜん知らないし、聞いてない。皆
は出し物だと思っているようだが、大勢の前で叫んだ琉夏の声は絶対に芝居ではなかった、恥ずかしい。
「泣かないで」
 涙を唇ですくうと、両手で抱き締めなおす。
「みんな勝手なんだからぁ…っ」
 恥ずかしい、恥ずかしい、どんな顔をしてみんなの前に出たら良いのか分からないと、混乱して呟く彼女を、
キスで宥める。
「嬉しくなかった?」
「…ばか」
 嬉しいに決まっている。大好きな人が迎えに来てくれたのだ、嬉しくないはずがない。沙雪もぎゅっと琉夏の
シャツにしがみ付く。

「桜井琉夏、バンビ、そろそろ人が来るよ」
 ドアの向こうからミヨの小さな声がする。
「了解ー」
 立ち上がり、沙雪の手を引いて琉夏は舞台袖のほうへ歩き出す。計画は大成功だ、というより学生演劇に出る
より良かった。彼女は俺のもの。その独占欲を叫ぶだけではなく、擬似結婚式の気分も味わえた。あとは死ぬほ
どからかわれるであろう彼女のご機嫌取りをどうするかだけが、琉夏に残された課題だった。


おまけ
home.sweethomeの後

 はばたき高校に併設された小さな教会の鐘が鳴る。サクラソウがさわさわ揺れる四月の初めに、一組のカップ
ルが式を挙げた。客は親兄弟と本当に親しい友人、二人が暮らす地域の人々だけだ。
 五年前の文化祭で大騒ぎをしたあの時と同じ姿で、今度は本当に誓いを交わす。花婿の義両親と兄がただ涙を
流し、花嫁の両親に慰められるという珍しい光景に、他の参列者は驚く。
 ゆきちゃんよかったねえと八百屋のおばさんに声をかけられ、こんどから奥さんと呼ばなきゃあなんねえな、
と魚屋の主人に冷やかされる。忙しいカレンも遠方に修行に出たみよも戻ってきてくれている。

 文化祭後も大変な事故があったし、沙雪が街の事務所で働き、琉夏が造園業に就職するまでも更にいろいろな
事があった。
 でも、周りの人に助けられながら二人で全部乗り越えてきた。
 きっとこれからも、一緒に歩いていけるはず。そう約束して籍を入れた。つましい生活に式は挙げないつもり
だったが、どこからともなく聞きつけた周囲の人間が、あれよという間に手配を済ませてしまった。
 誓いのキスのあとそのまま外に出た二人は、アンネリーに頼んで作ったサクラソウのブーケを解き、ふわりと
空に撒いた。薄紅色の花が舞う光景に歓声が上がる。

 またここで、誰かと誰かが出会えますように。



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