紺野大学一×バンビ高三
オリジナルモブが出ます

 八月の日曜日。はばたき市から少し離れた渓流まで紺野と雪子は出かけた。休日には一日数本にまで便数の減
るローカル線に乗り、ごとごとと揺られていく。もともと電車の好きな紺野と車に弱い雪子の意見は合致し、遠
方に出かける際はいつも電車だった。
 涼しげな川は車で来るには著しく不便なため人が少なく、夏休み真っ最中だと言うのに地元の住民と少しの家
族連れしかいない。まさに穴場だ。
「ほら雪子さん、魚がいるよ」
「え、どこですか」
 澄んだ水に足を浸し、二人は川面を覗き込む。ちいさな魚がぐるりと群れた後、さっと消えた。
「逃げちゃった」
 渓流は流れがゆるく、さらさらと岩の間を水が流れていく。足首を浸す程度の浅さが続き、少し奥のほうで泳
げる深さに落ち込んでいた。
「ほら、今度は蟹」
「わぁ」
 運動と盛り場の雰囲気が苦手な雪子でも、ここは楽しめた。両側には木が生い茂り、視界に入る場所に滝があ
るためとても涼しい。二人でひとしきり遊んだ後、滝を見に行ったり流し素麺をひやかしたりしていると、もう
帰りの電車の時間になっていた。
 駅までの道、手を握り二人は歩く。夏なのでまだまだ太陽は高いが、電車の便数が少ないのは一年を通じて換
わらない。
「先輩、ありがとうございます。凄く楽しかったです」
 にこにこ笑いながらそう言われると、紺野の心にじわりと温かいものが溢れる。
「いえ、どういたしまして」
 そう答えてぎゅっと手を握り返す。夏なのに、お互いの手の温かさと少し汗ばんだ感触が心地よかった。
 電車に乗り込み心地よい揺れに身を任せる二人に睡魔が襲い掛かる。手を握ったままお互いもたれかかるよう
に眠る二人に、まばらなほかの乗客が皆小さく笑った。
 不意にキィーと耳障りな音を立て、電車が止まる。電光掲示板など無い車内に駅員が乗り込んで来、電車運行
の変更を告げた。異様な雰囲気にぼんやりと目を開け眼鏡を直した紺野にも、駅員は告げる。
「はばたき市方面での電車事故により、この列車は当駅での折り返し運転となります」
 はばたき市まではまだまだ遠い。しかし、降りなければならない。後一本だけ帰り方向の列車があるが、それ
も運休になるかもしれないと申し訳なさそうに告げられる。

 その駅は小さく、改札が道路を挟んで砂浜に面していた。
「紺野先輩、どうしましょう」
 全く困っていない顔で、少女は男を見上げる。もっと一緒にいたいという願いを、神様がかなえてくれたよう
な気がしたからだ。それは紺野も同じらしく、深刻さのかけらも無く考えるしぐさを見せる。
「振り替えもない、乗り換えも出来ない完全な単線だからなあ。タクシーで帰る?」
 そういいながらも二人は改札を出て、海へ向かう。とりあえず、次の電車がどうなるかを待とう、と決め、靴
を脱いで砂を蹴る。
「やっぱり川とは全然違いますね」
 ひいてはかえす波に足を取られそうになりながら、雪子はばしゃばしゃと水をかく。つんと香る潮くささが広
がる。彼女がこけない様に手を引いてくれている紺野は、夕日に照らされぎらぎらと輝く海面を見つめている。
 ほんとうにこれからどうしようか。と思案していると急に強く腕を引かれた。
「きゃあ、っつ」
「うわ」
 ばしゃん、と二人は思い切り海に落ちる。その後ろで坊主頭の少年が、しまったという顔で立っていた。
「こら!なにしてんの!」
「ごめんかあちゃん」
 大またに近寄ってきた女性が、大声で彼を叱りがつんと鉄拳を落とした。状況が把握できず、三十センチ深ほ
どの海水の中で紺野と雪子は二人のやり取りを見上げた。
「すいません、うちの子が悪戯したみたいで…。ああもうびしょびしょですねぇ」
 どうやらこの浜辺というか駅一帯にはほとんど観光客など来ず、よその人を珍しがった少年が雪子のスカート
を引っ張るいたずらをしたらしかった。
「あの、うちの父がそこで旅館やってるんでよかったら着替えませんか」
 彼女が指差す先には緑に埋もれた小さな民宿がある。どうぞお気になさらず、と言いたい所だったが、下着ま
で海水が染みた状態をどうにかしなければならない。
「お世話になる?」
 小声で雪子に問うと、戸惑いを見せながらもこっくりと頷いた。
「じゃあ、すみませんが洋服が乾く間、お世話になります」
 紺野の答えにぱっと女性は笑い、遠慮しなくていいのよと豪快に二人を先導した。

「兄ちゃんも姉ちゃんも、だいがくせえ?」
「恋人同士ってやつ?」
「こんなところに何しに来たの」
「うー?」
 服を脱ぎ、風呂場を借りた二人を興味津々といった様子の子供たちが取り巻く。先程の少年と少し年かさの少
女、小さな女の子と小学校中学年頃のやんちゃな男の子がぞろぞろと付いて来る。
「こら、おまえたち止めなさい」
 初老の男性が帳場から顔を出し、孫達を諌める。どうやら彼がこの民家とも旅館ともつかない家の経営者のよ
うだった。
「すみません、浴衣まで貸していただいて」
 小さな手にまとわりつかれながらも、紺野は頭を下げる。それに習って雪子もふかく辞儀をした。
「いいってことよ。おめえさんたち若ぇのに礼儀正しいなァ」
 感心したように老人は声をあげ、そして決まり悪げな顔をした。
「なんだ、さっき駅員が来たんだけどよ、今日はもう運休だってさ。どうするんだ」
「あの、タクシー会社の電話番号を教えていただけませんか」
 そう言った雪子に、思案顔で先程の女性が問いかける。
「どこまで帰るの」
 はばたき市です、と答えるとさらに女性は眉間に皺を寄せる。
「あの…」
「ここからだと、山を越えるわ高速まで遠いわで結構金額かかるわよ、それより、タダでいいからウチに泊まっ
てかない?」
 提案にふたりは驚き、でも、と口ごもってしまう。
「いいんだよ、元はといえばウチの孫がやらかした事だ。それにこの旅館は趣味でやってるから」
「明日用事があるなら、タクシー呼んであげるけど」
 紺野は一切構わなかった。大学生の男など二・三日の外泊はいちいち注意されることでもない。ただし、高校
生で一人娘の雪子はどうだろうか。
「あの、親に電話してみます」
 意を決した彼女が携帯電話を出そうとすると、老人がそれを止め旅館の固定電話に案内した。ひとしきり雪子
が何か喋る声と老人の笑い声が響いた後、笑顔で二人は部屋に入ってくる。
「では一泊、よろしくお願いします」
 手をそろえてお辞儀する雪子に、女性が手を叩いて喜んだ。

 老人の妻、子供たちにとっては祖母が入院したため、夏休み中この鄙びた海と旅館にい続けとなった女性と子
供たちは心底退屈していて、紺野と雪子にべったりひっついた。
 一番小さな子からよじ登りの標的にされた紺野がひたすら耐えていたり、女の子同士の秘密ねと雪子が花火の
おまじないとやらを細かく伝授されたり、二人の高校での出来事を面白おかしく話したり、とあっという間に時
間は過ぎた。
 すでに眠っている子を抱え、舟をこいでいる子の手を引いて名残惜しそうに女性は居室に引っ込んだ。明日の
朝、子供たちの勉強を見る約束をして紺野と雪子も手をふった。

「いやぁ、こんなに楽しかったのは久しぶりだ」
 そういいながら、ビールを傾ける老人は上機嫌だ。連れ合いの入院はやはり不安を煽るものなのだろう、良い
ガス抜きになれたのなら幸いだと思う。
「いいえ、お孫さんたち皆可愛くてわたしも凄く楽しかったです。ね、紺野先輩」
 人見知りの気がある雪子も、めずらしく気を許しているらしい。上気した頬でこちらを見上げてくる。
「うん、そうだね」
 目線を合わせてにこりと笑んでやると、嬉しそうに目が細められた。
「らぶらぶ、だのう」
 そう言いながら老いても逞しい腕が、紺野の前に置かれたグラスにビールを足そうとする。が、液体は少し垂
れただけで瓶は空になっているようだった。
「ありゃ、なくなっちまったか」
 新しいビールを持ってこようと立ち上がる老人の前に、子供を寝かしつけたらしい女性が立ちはだかった。
「それ以上飲んじゃダメってお医者さんに言われてるでしょ」
「ケチケチするなよ」
 だめ、ともう一度強く言った彼女は二人のほうを見るとウィンクして、早く上に上がりなさいとジェスチャー
で示した。

「お爺さんの話、ずっと聞いててもよかったんだけどな」
「そうだね」
 板張りの階段を裸足で上がり、夕方に一度案内された客間のふすまを開ける。海に面した方が全面窓になった
八畳間は、清潔で新しい畳のにおいがした。
 だが。
「っ!」
「…わぁ…」
 部屋に敷かれたのは大き目の布団一枚とその上に枕が二つ。昔のサスペンスドラマによくあるような、今夜は
お楽しみくださいスタイルだ。思わず固まる紺野とは裏腹に、雪子はぺたぺたと室内に入りその布団を触った。
ふわりとしたそれは、安い旅館のくさい布団ではなくきちんと手入れのしてあるもので、お日様のにおいがした。
「先輩!ふかふかですよ」
 にっこりと笑う彼女はひどく凶悪だ。
 いつまでも突っ立っているわけには行かないと、ぎこちなく室内に入るも布団を直視できない。彼女を抱いた
数は両手より多いのに、いまだにこうやって堂々と、どうぞ!と提案されるとガチガチになってしまう。姉にヘ
タレと云われる所以はここなのかも知れない。
「テレビ観ます?」
「い、いや、特には」
 振り子式の掛け時計を見ると、あと一時間で日が変わるといった頃合だった。
「じゃあ、今日はもう寝ましょうか。色々あって楽しかったけど、つかれちゃいました…」
 ふわぁと大きく欠伸をして、彼女はもぞもぞと布団に潜り込む。いまだ入り口で正座をしている紺野を横にな
ったまま不思議そうに眺め、タオルケットをもちあげて自分の横に開いた敷布団のスペースをぽんぽん叩き同衾
を誘った。
「せんぱい?」
 瞼が半分以上閉じているのに、まだじっと紺野を待っている。しょうがないと心を決め、同じ布団の中に潜り
込んだ。満足そうに笑ってことりと眠りに落ちた彼女を、後ろから軽く抱き締める。規則正しい寝息が心地よい。

 ちっ、ちっ、と針の音が響き、三十分おきにぼーんと柱の時計が鳴る。最初の何回かを眠れずに聞いた紺野も、
疲れに流されて何時しか眠っていたらしく、ぼーん…、と四時を告げる鐘の音に目を開いた。
 すると腕の中の彼女と目が合う。いつの間にか紺野のほうに向き直った雪子の襟元は寝乱れていて、足も直接
触れ合っている面積が多い気がした。
「さっきは凄く眠たくて…さっさと寝ちゃって、ごめんなさい」
 オレンジの小さな電球だけが部屋を照らしている。普段そういった照明を使わない二人には新鮮な光景だった。
「いや、気にしてないよ」
 優しく髪を撫でながら、見え透いた嘘を言う。しかし、彼女が眠いならばそれを優先する気持ちも十分にある。
「もうねむくないですよ」
「そういう事、言うのかい?」
 そのまま向き合って寝転がったままキスをする。軽く何度か触れ合った後、珍しく彼女のほうから手で触れら
れた。
「紺野先輩がこんなにはだけてるの、めずらしい…」
 そう言いながら少し汗ばんだ掌が首筋から肩や胸板を撫でる。ゆっくりと淫靡になって行く空気に、紺野は二
人を覆うタオルケットを片手で剥いだ。眼鏡を掛けていないぼんやりとした視界でも、雪子の浴衣が激しく乱れ
ているのがよくわかる。辛うじて帯紐で留まっているだけで、胸も半分ほど露出しているし、太股もむき出しだ
った。裸より数倍欲を煽る格好に、紺野の脈が速くなる。
「せんぱい、ドキドキしてる」
 男の左胸を撫でた後、少女は耳をそこに当てた。寝起きでぐしゃぐしゃの顔と格好に興奮して貰えるなんて、
とちょっと感動してしまう。
「君も」
 ほんの少し襟を開くだけで、控えめな乳房がこぼれ出る。その左側に触れると、やわらかな感触の奥に、早い
鼓動を感じた。
 くすくすと笑いあい、ゆっくりとお互いの体に触れる。
「下に、あの子達がいるからっ…」
「分かってる。…今の会話、夫婦みたいだね」
 もうっ、とぽかりと殴られるが、構わず薄い腰を撫で手を内股の奥に落とす。
「ん、んっ、この、まま?」
 横向きに向かい合った姿勢で交わるのは初めてだ。それに、階下を気にしてかあまり激しい快楽はお互い与え
られず、腰に熱がたまるような追い上げられ方をしていた。
「うん、いいかい」
 否定をする要素は無い。汗で張り付く二人の間に手をいれ、彼自身の熱に触れる。
「せんぱい…」
 息遣いや表情はいつもより穏やかなのに、雪子を求めるそれは熱くそのギャップに驚く。
 ひたひた触ってくる手に耐えながら、紺野は枕の下にご丁寧に包んであったゴムを手に取る。何やら毒々しい
柄がついており、だてに複数の子持ちではないな、と持ち主を呪ってしまう。
「こえ、でないように、きすして」
 ひそひそと囁く唇を塞ぎ、太股を持ち上げてゆっくりとそこに熱を宛がう。ずぶずぶと沈む感触に二人ともが
震えた。
「大丈夫?」
 根元まで収めきる前に、一度唇を離され一度そう聞かれる。こくりと頷き自分から紺野の唇を求めると、進入
はより深くなった。
 体勢的に激しく動くことは不可能で、でも極めて穏やかに進む今日の行為にはぴったりだと思った。
「ぁん…、はぅん、せんぱぃ、こんのせんぱい…」
「っ、ゆきこ、さん」
 振動が緩やかなせいで、いつもより名前を呼んで甘えることができる。貧相なんかじゃないはだけた胸にすり
すりと懐くと、髪の毛がくすぐったかったのか男が笑う気配がした。
 柱の時計が五時を告げる鐘が聞こえる頃に、穏やかな充足が二人を包んだ。
 僅かに外からやわらかな光が差し込み、日の出を告げている。乱れたままの格好で二人は窓辺に向かい、さあ
っとカーテンを開いた。
 海から上る太陽は赤く美しく、白々とあけていく夜はまだ天空に残っている。
「すごい…」
「綺麗だなあ」
 窓辺に座り込んだ雪子を支えるように紺野も寄り添う。電車が止まったことも、ここに泊まれた事も、この光
景を見られた事も、すべて偶然であることに改めて驚く。
 暫くそのままでいると、不意に下の階がさわがしくなる。
「あ、起きたのかな」
 小学生低学年の頃、夏休みは異様に早く起きていたことを思い出す。それにしてもまだ早いだろうという二人
の読みは見事に外れる。
「タマにーちゃん!ユッキー!」
「ラジオたいそう…」
 スパーンと襖を開けられて二人が絶句するまで、後五分。



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