大迫
1臭い科白は今更言えません

 いつでも単刀直入な印象を受けるが、大迫はとても人を思いやる性格だ。その言葉もシ
ンプルなだけであって、思慮は深い。
 だから、文化祭で村田がローズクィーンに選ばれたあと、花椿率いるスタイリングゲリ
ラとかいうよく分からない集団に彼女が白無垢を着せられている時は本気で弱った。
 ローズクィーンですら胸が詰まって言葉が出てこなかったのだ。はにかんで、白無垢に
綿帽子まで被らされて座る村田に、せんせい、と呼ばれたら自分の中で何かが終わる気が
した。
 一言、いつものように、きれいだぞ、とか素敵だ、とか言えばいいのだ。それはきっと
輝かしい青春の一ページになる。それが言えない、言える自信の無い大迫は見回りと称し
て白無垢に盛り上がる人なみから抜け出した。

2どうして今まで気づかなかったのでしょう

 各方面から言い寄られていた雪代が、実は大迫のことが好きだったと聞いてからカレン
とミヨは秘密裏にその恋を応援すべく、策を練っていた。
「でもまさか大迫ちゃんとはね」
「私の情報網にも、ひっからなかった」
 純粋に星の導きだけで二人の行く末を占ってみると、中々うまくいきそうではあるらし
い。
 ただ、本人から告げられてからは、雪代から大迫先生が好きですと言う気持ちはだだ漏
れであることが分かった。ミヨの情報に引っかからないと言うことは、本当に秘密の恋な
のだろう。
「ずっと一緒にいたのにね」
 寂しそうにカレンは呟く。先生と生徒の恋、しかも相手は大迫だ。成就の難しい思いを
彼女はどれだけ一人で抱えていたのだろう。
「遠慮ではなく、私達を巻き込まないための気遣い」
「わーかってるって」
 とりあえず、クリスマスパーティーで何かしら大迫とブッキングさせること、バレンタ
インに教師用チョコレート箱ではなく直接渡せるように仕組むことを当面の目標とし、二
人は悪い笑みを浮かべた。

3大切にしすぎるのも考え物です

 クリスマスパーティーでは教師は裏方だ。サンタの中身だったり誘導だったり、生徒に
存分に楽しんでもらうため働く。パーティの終盤、大迫は邸宅の見回り当番にあたり、白
い息を吐きながらゆっくりと庭やテラスを回り始めた。
 ちらちらと雪が降り始め、わぁっと歓声が聞こえた。こういう時は会場を抜け出し、二
人きりになるカップルも多い。余程並外れた行動を取っていない限り、一周目は見逃す決
まりになっていた。
 肩を抱いたり、キスをしたり、無邪気にはしゃいだり。思い思いにすごす彼らを見て、
青春だなあと大迫は笑顔になる。初々し、くないかもしれないが、ロマンチックな思い出
は幾らあってもいいものだろう。
 パーティー会場から一番遠い場所で折り返そうとした大迫の視界の端に、白いドレスが
映った。うっすらと積もり始めた雪をさくさくと踏み、それを追いかける。
「村田」
 ケープも羽織らず、雪の降る中立っている白いドレスの少女はとても綺麗だった。まる
でこの世のものでないような姿にほうっとため息を吐いた後、それが自分の生徒だと知り
大迫はおののく。
「どうしたんだ、風邪引くぞ!」
 すでに肩は赤くなっている。手を引くと皮膚表面に体温がなく氷のように冷たかった。
自分のジャケットを羽織らせ、一番近いドアから邸内に引きずり込む。
 押さえきれない憤りに、大迫はきつく村田を叱責する。俯いて、ぎゅっとドレスを握る
生徒は小さく呟いた。
「クリスマスプレゼントなんです」
 交換で村田に回ってきたプレゼントの中身は、綺麗に装飾された一枚のカードだった。
時間と場所が書かれたカードを不審に思いつつも、少女は走った。なにせ指定の時間まで
十分もなく、天之橋邸は迷路じみているので指定された裏庭までたどり着けないと思った
らしい。
「で、なにかあったのか」
 あった。クリスマスパーティでは会えないものとあきらめていた大迫が来てくれた。そ
れを言うべきか。
「なかったですけど、せんせいがきてくれました」
 嘘を織り交ぜて本音を言う。
「…」
 大迫がじっとこちらを見つめている。文化祭以降ほんの少しだが、生徒を見る視線では
ない気配を彼から感じることがあった。だから思い切って少女は言ったのだ。
「風邪引くから、控え室に行くぞ」
 なにも答えずにしっかりした手が、雪代の手を握る。弱った生徒を先導しているように
も恋仲にも見えるその様子は、大人のずるさが透けて見えていた。
 まだだ、気を抜くのは早い。あと三ヶ月は生徒達にとって重要な、人生を左右しかねな
い時期なのだ。たった九十日、それを待ってからこの気持ちの行く先を考えよう。
 思い切ることの出来ない大迫に、大切にしすぎるのも考え物ですよ、と雪代に送られた
クリスマスカードと同じ筆跡で無記名の年賀状が送られてくるのは一週間後のこと。

4あの噂は本当ですか

※大迫の家族構成など捏造が激しいので閲覧注意

 新年。受験生である雪代は最後の追い込みの時期だが一日だけは例年通り振袖を着て親
戚に挨拶し、昼から初詣に行く予定であった。着付けを終えた頃、年賀状が届くのも毎年
のこと。メールではなくはがきを送ってくれる友達の個性溢れる文面に、くすりと笑う。
 三年目だから、大迫からの年賀状も三枚目。
相変わらずの芋版と文字に、これがもらえるのももう最後か、と寂しくなる。まじまじと
見ると、端に小さく大迫が黒板に書く綺麗な文字が並んでいた。
『三年間よく頑張ったな、先生ホントに驚いたぞ。このまま何事もなく卒業できるように、
神社で祈願するつもりだ』
 そこに書いてある神社は、いつも幸代が行く大きな神社ではなく、海岸にある小さな社
だった。今年は、そっちに行ってみよう。誘ってくれる友達には申し訳ないが、お参りだ
けは一人でしてそのあと合流しよう。
 昼過ぎ、がらがらのバスに乗り込み、海岸へ向かう。途中で車内には運転手と雪代だけ
になり、いろいろと話をした。昔は海岸社のほうにも人が多かっただとか、振袖綺麗だね
など、父親のような歳の運転手はよく喋り、雪代を褒めた。
「気をつけてな、帰りのバスは一時間半後だぞ」
 わざわざ運転席から降り、手を取ってバスから降ろしてくれた運転手はにこにこと手を
振った。
 砂利と岩が混じり、海風がびゅうびゅうと吹く社までの道を慣れない草履で歩く。本当
に人がいない、かもめや海鳥が何羽か歩いている。
 海に向かう突端に小奇麗な鳥居と狛犬、小さな社務所の奥に本殿があった。風で乱れた
髪や着物を整え、鳥居をくぐる。社務所の中には人がいるようで、あかりが点っていた。
決まりどおり手水場に行き、冷たい湧き水で手と口をすすぐ。
 ふ、と顔を上げたときに、目の前に大迫がいた。なんと浅葱色の袴姿で、それがとても
様になっていた。
「へ?」
「へ、じゃない。寒いだろう、こっちに来い」
 お参りしてから、と口ごもる雪代に構うことなく誘導する。きちんと伸びた背筋と綺麗
な足捌きに、思わず見とれてしまう。
 石油ストーブがあかあかと燃え、コタツが置いてある社務所内は暖かかった。雪代はス
トーブのそばに用意された布張りの椅子に腰掛ける。
「よう来なさった。これでもお飲みなさい」
 大迫に似た雰囲気を持つ神主風の老人が甘酒を振舞ってくれる。
「爺ちゃん、熱いからあふないぞ」
 アルマイトのやかんを老人から受け取り、大迫はストーブの上に載せた。
「ということは、せんせいは」
「そうだ、この神社の神主一家が大迫家だ」
 弟が継ぐことになっているが、神主には色々な義務があるらしく、偶に休みが合えば大
迫が留守居をするらしい。
「そうなんですか、それにしてもせんせい、その格好凄く似合ってます」
 白い着物に袴、初めて見るのに違和感など全くない。
「そうかぁ、ありがとう。村田も着物だな、きれいだ」
 歳若いのに、伝統的な柄の振袖がよく似合っていた。薄く化粧をして髪を結い上げた彼
女は普段とは別人のようだった。クリスマスも凄く綺麗だったが、今日はまた格別だ。入
学したばかりのときは、正直に言えば冴えない部類の容姿だった思う。それが少しずつ脱
皮するように綺麗になった。
 彼女の年賀状だけに手書きの文章を付け加え、ぎりぎりまで投函を迷いながらも結局ポ
ストに入れた。教師として愚かな行動で直角な性格の大迫自身が惑う卑怯な手。
 そして彼女はこの海辺の果てまで来た。
 褒められたことで頬を染め、とろけるような視線で大迫を見つめる雪代の気を逸らそう
と、たわいも無い話を振る。
「そういえば、街の神社は大層ご利益があると噂に聞いたが、何か知ってるか」
「そうですねえ、確かに少しお願いが叶ったような気がします」
「今年は良かったのか?」
 またずるい言葉が口をついて出る。これではまるで誘導尋問だ。
「せんせいに会いたかったんです。約束もしてないから、絶対会えないと思ってたけど、
それでも」
 そこで彼女は言葉を切る。にっこりと笑って甘酒を最後まで飲み干すと、ありがとうご
ざいますとカップを差し出した。
「お参りして帰りますね、会えて嬉しかったです」
 立ち上がって軽く着物を直すと、ぺこりと雪代頭を下げた。彼女について外に出ると、
細かな雪とも雹ともつかない物が強い海風に渦巻いていた。
「あー…」
「これはバスも止まるかも知れんな。村田、送っていくぞ」
 へ、そんな、とばたばたする彼女は真っ赤になっている。神社の外に止めてある軽自動
車まで連れて行き、助手席のドアを開けて乗車を促す。
「お、おじゃまします」
「そんなに緊張しなくても大丈夫だ」
 はは、と笑う大迫は車のキーを取りに行ったときに手早く袴を脱ぎ、学校でも偶に見る
ジャージ姿になっている。
 ナビよろしくな、と言われはいっと大きく返事をする。
 縫いぐるみなど一切ないシンプルな車内に、フロントガラスに吸盤で貼り付けられたお
守りだけが揺れている。大迫の運転はなめらかで、天候のせいもあるだろうが酔いやすい
雪代でも安心して乗っていられるものだった。
 たくさんの言い訳はあるものの、ふたりきりのドライブ。
 これ以上ないお年玉に、雪代は泣きそうになった。

5恥ずかしがっても遅いです

 受験真っ最中にもかかわらず、必ず三年生の登校日となり異様な出席率を誇るのが、は
ば高のバレンタインデーだ。
 最後のチャンスに賭ける者、高校時代の記念にする者、星に縋る者に女子生徒同士での
交換もろもろ、三年間の集大成とも言える人間模様が繰り広げられる。
 しかし去年もおととしも特に本命合戦へ参加しなかった雪代は、最初で最後の大舞台を
迎えていた。去年まではおぼろげな好意を大迫に対して持っていただけなので、友人に自
分の好きなチョコレートをおすそ分けしただけだった。
 本命チョコを作りたいの、そういって初めて誘いを受けた幸代の家にこれでもかと言う
ほどの材料を持ってカレンとみよは押しかけた。生地から作り上げたナッツたっぷりのブ
ラウニーに、カレンがデザインしてみよの母が作り上げたちいさなラグビーボールと本型
のチョコレートを乗せる。
「だぁいせいこう!」
 本人より大喜びするカレンと、上手く気持ちが伝わるおまじない、となにやらつぶやく
みよに心からありがとうとお礼を言う。それを大事に冷蔵庫へしまった後、余った材料で、
配って回る為のチョコバー作りに取り掛かった。
「職員室の先生用受け取り箱に入れたらいいんだよね?」
 手は休めずに雪代がそう聞くと、ガターンとカレンが立ち上がる。
「だめ。わぁかってないなあぁー直接渡さないと」
「職員室の箱の中身は公平に分配されるとの話」
 みよもねめつける様に付け加える。
「あ、う…どうしよう」
 考えてもみなかった答えに、弱気になる。てっきりポストのように名前さえ書いておけ
ば届くものだと思っていた。
「ベタだけど、直前で不安なんですーとか言って呼び出すのがいいと思う」
「そんなことでせんせいを呼び出していいのかな」
 それ位は気さくな大迫のこと、軽く受けてくれるだろう。なにしろ彼は現国教師なので、
特別な私室じみたものを持っていないのだ。
「大丈夫、心配しないで」
 にっこり笑うみよに、勇気付けられる。
「うん、がんばるよ」

 それが昨日の話。雪代は朝から緊張したままで、ホームルームの話も卒業式へ向けての
準備も上の空だった。しかしそれは皆同じらしく、そこかしこで悲喜劇が繰り広げられて
いる。
 昼過ぎに解散となり、チョコレート合戦は最後の山場を迎えたようだった。あらかた友
達にチョコを渡して、いよいよだと気を引き締める雪代は、ちょうどいいタイミングで曲
がり角の向こうに大迫を見つけた。
 小走りで駆け寄ろうとするも、大迫が女子生徒から何か渡されているのを見て、ぴたり
と足を止める。
 二人組みの片方がなにやら包みを渡そうとし、もう一人は応援している。だが大迫は断
ったようだ、手振りからすると職員室の箱に入れてくれ、と言ったようだった。
 走り去る女子生徒の背中を苦い表情で男は見つめている。やっぱり、受け取ってもらえ
ないんだ。浮かれていた自分が馬鹿みたいで、膝から力が抜けて涙がこぼれる。
 不審に思われないよう一刻も早くトイレか何処かに飛び込みたいが、足が動かない。
「村田、どうした?」
 上からすきなひとの声がする。クリスマス、お正月と近づけたような気がしていたが、
それは勘違いだったんだ、やっぱりせんせいは生徒には興味がない。
「…大丈夫か」
 すっとトーンの落ちた声で、囁くように問われる。せんせい、ではない匂いのする言
葉に、余計頭がくらくらする。
「肩を貸すから、保健室まで行くぞ」
 力強く雪代を支えた大迫の体温が服越しでも伝わってくる。たよりになり、まっすぐで、
思いやりに溢れた素敵な先生。
「やっぱりだいすきです」

 保健室のベッドに寝かされた雪代は、どうしようもない恋心に決着をつけようと、勇気
を振り絞って抱き締めたままだった包みを大迫に押し付けた。
 保健の先生は不在で、冬の夕方の寒い廊下には誰もいない。図らずも二人っきりだった。
「受け取れないんですよね、困らせてごめんなさい」
 包みを手にして固まる大迫に絶望し、取り返そうと手を伸ばす。しかしその手はさえぎ
られた。
「ここで食べるから、くれないか。それだったら受け取った証拠は残らない」
 ぱあっと光が差したように、少女は笑う。
可愛らしい包装を解くと、手作りらしいチョコレート菓子が並んでいた。隅にはラグビー
ボール型の細工菓子までいれてあった。大迫のためだけに作られたチョコレート。
「うん、すごくおいしいぞ」
 そう言うと、彼女の頬はばら色になって、恥ずかしそうに身をすくめた。さきほど断っ
た女子生徒には悪いことをしたが、大迫はもう自分の気持ちに気付いていた。
 あと二週間。
 この関係を崩すときまであと少し。


6恋人って何をすればいいんでしょうか

 そうあどけなく問う元生徒に、大迫は笑う。お互いに恋をする人同士だから、その気持
ちがあればいいんじゃないか。そう答える。
 海岸は今日もきらきらと輝き、手を繋いで歩く二人を照らしている。
 何もしなくていい、これからも青春一直線でいっしょに走っていこう。

7恋人の振りをしてください

 教師は春先忙しい。だが大迫は時間を見つけて雪代を桜並木に連れ出した。一応生徒先
生関係は終わり、いっしょにいようと確かめ合ったが急に甘い雰囲気になれるものではな
い。雪代もやっぱりせんせいと呼んだし、大迫もどうしても先生口調になってしまう。
「はは、やっぱり急には無理だなあ!」
「そうですねえ」
 それでも特に気に病まず、二人は広場でお弁当を広げる。雪代の作った弁当はたくさん
のおにぎりに卵焼きとから揚げと言うノーマルで、しかしとても美味しいものだった。
 空は明るく、五分咲きの桜はふわふわとゆれている。ごちそうさま、と手を合わせると
雪代がありがとうございますと答え笑顔になった。
 その様子に胸が苦しくなり、大迫はわしわしと彼女の頭を撫でた。
「もう!」
 口では怒りながらも、嬉しそうに答える雪代はぷうと膨れ口を尖らせた。その唇に、キ
スをしたい。湧き上がる欲望に反して大迫の体は動かない。
「せんせい、せめて恋人の振りでもしましょうよ」
 その、ごっこである、と言う建前が呪縛を解く。弁当箱を片付けていた雪代に近寄り、
不意打ちのように軽く口付ける。
「ひゃ」
「恋人、だからな」
 そう囁いてやると、ぼん、と少女の顔が赤くなる。そうですね、と答えながらも指先は
震えていた。

恋人の一歩手前だった二人へ七題
/ラルゴポット



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