真夏のガソリンスタンドはとても暑い。コンクリート打ちの床は容赦なく熱を跳ね返す
し、車そのものがとても熱くなっているからだ。アルバイトを始めて三回目の夏だが、や
はり慣れる事は無い。
「あ…っちー」
 流れる汗を拭う琥一に、沙雪もうんうんと頷く。
「どうせ暑いなら海みたいに、夏って感じのとこに行きたいよね」
「確かにな」
 目線を沙雪にやり、下心を混ぜて言うが一向に気付かれない。
「うーみー」
 変な調子をつけながら少女は体を揺らしている。そのたびにふるふる胸も揺れているの
だが、本人は一向に気にしていない。まあ今以上に色んな輩に集られるよりはいいか、と
琥一はため息をついた。

 幼いときは普通の女の子だった記憶があるのだが、再会した彼女は結構な天然に育って
いた。若い動物を思わせる黒目がちな瞳が童顔に収まり、小柄な体は柔らかな肉が乗って
いて特に胸が標準をかなりオーバーしている。
 だが本人は全くそれを気にすることも武器にすることも無く、琉夏並みの運動神経でば
たばた走り回っていた。
 彼女がスタリオン石油の面接に来たときの逸話がある。柔らかで小さな外見にオーナー
は採用を渋った。じりじりと面接が進まない中、大型バイクが倒れるハプニングが起こり、
これ幸いと沙雪は自分の体より三回りほど大きなそれをひょいと戻して見せたのだ。
 彼女は普通に仕事をしていても、最初ははらはらしてしまう。が、皆三日でその馬力に
慣れ当たり前に力仕事を言いつけるようになる。
 ずっと心配しているのは自分だけじゃないか、と琥一は思う。
 先日も、無茶苦茶をしてくれた。

「琉夏君!待って!」
「またなーい」
 不意に頭上から声がしたかと思うと、二階の窓から琉夏が飛び降りるところだった。怒
る気にもなれずにため息をつくと、恐ろしい事が起きた。
「もう!逃げないで!」
 多分勢いだろうが、ぽおん、と沙雪も飛び降りた。きゃあ、と女子生徒が叫び、めくれ
たスカートに男子が色めき立つ。
 心臓が絞られるような衝撃に琥一は駆け出す。せめてクッションにでもなれたら上等だ、
と駆け込んだところに上手く沙雪が落ちてきて、抱きとめることが出来た。
「へ?」
 多分着地するつもりだったのだろう彼女は、琥一の腕の中できょとんとしている。琉夏
も驚き駆け寄ってくる。
「ヘ、じゃねぇ!なぁにやってんだ!」
 大声で叱ると、きゅっと身をすくませる。
「だって、琉夏君が逃げるから…」
「逃げるからじゃねぇよ、怪我すんだろうがよ!」
 しないよぉ、と小声で言う沙雪をぎろりと睨む。大体の人間が恐れるその視線を物とも
せず、ぷうとふくれてしまう。
「沙雪ちゃん…」
 あまりの行動に珍しく琉夏が引いていた。そうだ、彼女はお姫様ではなくヒーローと共
に戦うピンクレンジャーなのだ。今も抜け目なく琉夏の手をガッチリ掴んでいる。そのま
ま琥一の腕から飛び降りると、ぐいぐい職員室まで引っ張っていってしまった。
 その他にもスキーの超上級コースから直滑降したり、乗馬は初めてといいながらクリス
トファーをいきなり走らせて乗りこなしたり、ボウリングで本気の男二人に勝ったり、賭
けサッカーに出場して大穴を発生させたり…枚挙に暇が無い。

 あれやこれやとこの二年半に起こったハプニングをぼうっと回想していると、不意にぽ
んと肩をたたかれる。
「ちょっといいか」
 振り返ると店長がにっこり笑っていた。朦朧としていたことを咎められるのかと思った
が、なにやら話があるらしい。涼しいと言うより寒い店内に入り、事務所の扉を開ける。
そこには沙雪も居て、制服の裾や襟をはたはたさせていた。
「さっき海に行きたいって言ってたね」
 そう切り出された話は予想だにしなかったことだった。店長の知り合いが海の家をやっ
ていてそこで夏休みの間アルバイトしないかという誘いに、沙雪は大喜びで飛びついた。
「やったあ、夢みたい!」
 無邪気に喜ぶ少女に、店長はニコニコと笑っている。嵌められた、と琥一は気付いた。
要するにいつものようにお守りをしろと言うことだ。まあ、頼まれなくても行くが、いい
ように操られたことに腹が立つ。
「もちろんコウくんも来るよね!」
「給料は色をつけておくよ」
 振り向いた四つの瞳の圧力は、海に行くことが決定事項であることを告げていた。

「らっしゃーい…」
 熱い鉄板の上で焼きそばとフランクフルトを作りながら琥一はうめく。男のアルバイト
は力仕事と調理、女のアルバイトは飲み物カキ氷ウエイトレス、という物凄く差のある仕
事内容が海の家の掟だった。
 とはいっても、大規模店ではなくオーナーと奥さんにその息子と嫁、琥一と沙雪と言う
構成なので大したものでない。お嫁さんが身重になり、オーナーがぎっくり腰という幸不幸
が重なったため急遽呼ばれた形だった。
 それでも、海は晴れ渡り盛況が続くと愚痴の一つも言いたくなる。
 頭のタオルをきつく巻きなおし、手は動かしながら店内を見回す。
 コンクリートを打ってその上にテーブルを並べた店内には家族連れやカップルの笑顔が
溢れている。何とはなしに、女の尻や胸を検分しそのまま沙雪に目を向ける。共に働く少
女は、物凄い勢いで旧式のカキ氷機を回し、たくさんの注文の皿を器用に運んで行ったか
と思えば、アイスピックを振り下ろしてかち割りを作っている。オーバーサイズのTシャ
ツにホットパンツでくるくると働く姿は働き者を通り越してワイルドだ。
「コウくん注文大丈夫?」
 不意に目線が合い、そう尋ねられる。
「焼きそばと野菜炒めにフランクフルトはもう出来る。追加あるか」
 えーっと、と幾つかの料理名を告げた後、ニタリと笑った沙雪は耳元で囁いた。
「さっきからキョロキョロしてるけど、人の彼女取っちゃ駄目よ」
「馬鹿言うんじゃねぇ!」
 吠えるように言うと、こわーいと言って跳ぶように逃げていく。
 そのあととっぷりと日が暮れるまで客足は途切れなかった。

「いやぁ、二人とも今時珍しいくらい働き者だね」
 そういってオーナーの奥さんが作ってくれた晩御飯を、閉店した海の家で二人食べるの
が習慣になりつつあった。特に盗まれて困るものは無いから鍵なんかかけなくていいよ、
と奥さんは言って二人に店を明け渡す。
「今日は忙しかったね」
「…だな」
 バイトを始めた当初は一日を過ごすだけで、徒歩十分のウエストビーチに帰るのが辛い
位に疲れたが、今はそうでもない。
 初日は仕事終わりに眠ってしまい琥一におんぶで送られた沙雪も、今では食器をまとめ
ながらきびきびと動いている。
「よし!私、泳いでくる!」
「オイ、大丈夫かよ」
 大丈夫大丈夫!と笑いながら、いきなり着っぱなしだったシャツとホットパンツを脱ぐ。
 ぶかぶかのTシャツの下から、鮮やかな水着に包まれた豊かな胸が現れ、琥一の目を奪
う。昼間に散々見たビキニではなく、タンクトップにボクサーパンツ型の色気の無い水着
が彼女らしいと言えばそうだったが。
 軒先で軽く柔軟を終えた沙雪は、海に駆けて行く。幾ら月が出ているからと言っても、
危ないことには変わりがない。
「しょうがねえなあ」
 一つため息をつき、男はその後を追った。

 波打ち際で遊ぶなんて意識は全く無く、沙雪はざぶざぶと遠泳法で泳いでいく。海は暗
く、遠くで夜空と混ざっているみたいで新鮮だった。
「やっぱり、ビキニとか買ったほうがいいのかなあ」
 琥一の好みは、すらっと背が高くてグラマーな女性だ。立ち居振る舞いもいかにも大人
の女性と言う感じが良いらしい。二年半一緒に遊びまわっていたら、嫌でも分かる、今日
も目線をたどればすぐに分かった。寸詰まりの土偶がブレイクダンスをしているような自
分は、意識にも止まらないのだろう。少し悲しくなって涙が出るのを海に顔をつけてごま
かした。
「すーきーよー?」
 遊泳海域のネット近辺で、体の力を抜き海に浮かぶ。妙なモン歌ってんじゃねぇ、と叱
る人は今いない。すき。妹みたいじゃなく、女の人を見る目で見て欲しい。誰にも言った
ことのない本心を、海に投げる。
 そうやってしばらく浮かんでいると、不意にざばざばという音が聞こえ、大きな体が沙
雪を掬い上げた。
「テメェ!心配させんじゃねー」
「アニキに心配されるなんて涙がでやす!」
 いつもの調子で言い返す、それで、ごつんと頭を殴られて笑っておわり。
「ふざけんな!」
 ぎゅっと抱き締められて、びっくりする。殴られる為に瞑っていた目を開け仰ぎ見ると、
本気で怒っているらしい顔が見えた。校舎から飛び降りた時より、怒っている。
「死んだかと思ったじゃねェか」
 そのまま、岸のほうへ運ばれる。
「…私が溺れるわけないよ」
「お前は自分を過信しすぎだ!」
 背の高い琥一はもう、海底に足が着くらしい。波ではなく歩く揺れが沙雪に伝わった。
「私、その辺の男になら負けないよ、ね、コウくんが一番知ってるよね」
 ぴたり、と琥一の足が止まる。まだ彼の胸の辺りまで海水があり、岸にはもう少し距離
がある。
「コウく…」
 ぎっと睨まれた。
「こんな風に、腕で押さえ込まれたり床に突き倒されたらどうする!」
 幾ら力があろうとも抜け出すことは出来まい。今だって、動けない。
「ごめんなさい」
 ほろほろと泣き出した沙雪に、強く言い過ぎたかと戸惑う。浜から彼女の姿が見えなく
なったときどれだけ心配したことか。それを伝えたかっただけなのに、いつの間にか強く
叱っていた。
 大体無防備すぎるのだ。黙っていれば童顔巨乳で、はしゃげば天真爛漫。大体大きめの
服を着ているのでそれほど目立たないが、スタリオンの男性客の一部は、沙雪の胸を凝視
している。
 手のかかる妹が増えた。いつか、つりあう奴が現れるまで守ってやらないと。
 それは言い訳だったのかもしれない。
 今腕の中に居る少女が居なくなったらどれだけ自分は傷つくのか、もうずっと前から気
付いていた。
 立ちすくむ二人の背後で、不意にどおんと大きな音が起こる。空が七色に光り、遠くか
ら花火大会の開催を告げる放送が聞こえた。
「今日、花火大会だったっけ」
「そういやァそうだな」
「毎日倒れそうになるまで働いてたから、忘れてた」
 あーあ、とまだ少ししゃくりあげながらも残念そうに少女は言う。
「浴衣は無理だ、祭りだけなら今からでも間に合うだろ」
 そういって歩き出そうとする琥一を、腕を引いて沙雪は止めた。
「ここでいい、コウくんとここにいる」
「…っ」
 海から見る花火は新鮮で、とても綺麗だったし琥一の腕は温かかった。
「私、男に生まれたかったな」
 急に言い出した少女に、何事かと男は目線を腕の中に戻す。寂しそうな表情をして、と
うとうと言葉は続く。
「もっとルカとコウくんと遊びたかった。こんなちんちくりんじゃどうしようもないよ」
 せめて、すらりとして女らしい振る舞いが出来たなら良かったのに。と言う言葉は飲み
込む。
「ンな事いうな」
 ぐしゃぐしゃと海水ででべたつく髪の毛をかき混ぜられる。
「俺は、お前のことが好きだ」
 自虐に与えられた優しさだと言う事は分かっている。しかしその言葉は、沙雪が欲しか
ったものだった。
 連続で花火が上がり始め、波の音が聞こえなくなる。紛れて消えてしまえと沙雪は呟い
た。
「私も、コウくんのこと、好き」
 馬鹿が…と低い声が聞こえ、キスが降ってきた。

 長い間一緒に居て、燻っていた想いに火がついた。腕の中にいる沙雪に何度もキスをす
ると、くすぐったそうに笑う。深く口付ければ、不慣れな様子で懸命に応えてくる。
 もともと彼女の体はエロいのだ。少し追い上げてやるだけでぶわりと色気が出る。折角
だからと力の抜けた体を抱いたまま、もう一度沖の方に出る。
「な、なぁに…っ!」
 基本的に夜は遊泳禁止なので誰もいない。それが琥一を悪乗りさせた。水着のホルター
ネックを解いてやると、水着が剥げ落ち、日焼け跡がくっきりと残る胸が投げ出された。
「や、やだ」
「やだじゃねぇ」
 動揺して萎縮する体を易々と封じ、下も剥ぎ取ってしまう。暗くて見えないのが残念だ
った。
「肩まで浸かれ、そしたら見えねーよ」
 真っ裸で海に浸かる。それは意外と心地よく、開放感に溢れていた。
 一度手をはなされ、ゆっくりと沙雪は泳ぐ。
剥ぎ取った水着を腰につけたままだった携帯ホルダーに引っ掛け、琥一も泳ぎだす。
 しばらく本気で追いかけあいをし、楽しそうに泳ぐ少女の腰を捕まえる。
「やぁ…ん」
 明るい声か変な歌しか出さない喉が、いやらしい音を出す。そのまま背後から抱き込み、
胸の感触を堪能する。
「んっ、ぁはぁ…ひ…ん」
 感じやすい、それとも雰囲気に酔っているのか。揉みしだけばそれだけ反応が濃くなる。
 首筋に何度か噛み付きながら、先端を弄り臍辺りまで指を落としてやると、可愛そうな
位体が震えた。そのたびに海面が波打ち、泳いでいるような不思議な感覚に陥る。
「続き、すっか?」
「つづき…?」
 もっと、きもちいいなら、したい。
 意地悪は直球で打ち返されクリーンヒットした。
「じゃあ、あがるべぇ」
「へ、?へぇええええ?」
「海んなかじゃぁなあ」
 コウくんが始めたんでしょ!と怒るも、網に掬われた魚のように引き上げられ、ざくざ
くと運ばれる。
「ばか!コウくんのばか!」
「へいへい」
 そのまま少女は海の家の狭い座敷に押し倒された。


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