以下、転換琥一とは雪隆の性格が違います。

ひるさがり

桜井姉妹とバンビくん

「コウはねー、私なんかよりずーっとじゅんじょーなんだよ?」
「…そうか」
 ウエストビーチのテーブルに肘を突いて行儀悪くホットケーキを食べる琉夏は、くどくどと雪隆に向かって説
教を続ける。中途半端な長さの金髪がメイプルシロップにつきそうで、青年は適当に髪を引っ張ってゴムで結っ
てやる。
「だーかーらー、こーゆーことはコウ以外にしちゃダメなの!髪ぐらいイイじゃん」
「汚いだろうが」
「じゃあおんなじ位コウにも構ってやりなよ!」
 美少女が台無しのべたべたな顔にふきんを押し当て、はいはいと雪隆は小言を聞き流す。スキだらけと言うか、
他人に面倒見られること前提の行動を起す琉夏と、しっかりしすぎているコウを同列に扱うことなど出来はしな
いのに無茶を言うなと心中ごちた。
「オウ、おかわりいるか?ルカ」
 機嫌良さそうにフライパンを振るコウは、今日もよくエプロンが似合っている。
「いる!…じゃ、なくて!コウもコウだよ、もっとユキとべたべたしなくていいの?」
「しねェ。ガラじゃねぇし」
 コウはできたてのふわふわホットケーキをかぱんと皿に移し、目線で雪隆を呼ぶ。甘ったるいにおいすら苦手
な彼女は、メイプルシロップやいちご、ホイップクリームにチョコ等あまいものまみれなテーブルに近づきたく
ないのだろう。
 素直に立ち上がった青年は大股でキッチンに近づき、パンケーキの乗った皿を受け取りしばし逡巡する。
「どうしたユキ、冷める…ギャ!」
 わしゃっ、とびしりとセットされたコウの短髪に触れる。わしわしと頭頂を撫で親指で額をなぞり、後頭部と
耳もくすぐって、存分にいいこいいことやってみる。これで、琉夏と同じとはいえないが構うことは出来たと思
った。
「コウはえらいな、腹減ってないのか」
 そしてそう心から褒めると、へたりと彼女はキッチンの床に座り込んでしまった。
「どうした、…ちょっと待ってろ」
 踵を返し琉夏の前に皿を置き駆けつけると、顔を覆って耳まで赤くしたコウという珍しい光景があった。
「く、来るな!来るなって!」
「腰でも抜けたか?」
 長くすらりとした脚が、容赦なく蹴りを放ってくる。が、所詮床に座っているからたいした効果は無い。あっ
さりと攻撃をかわし、しゃがみ込んで背中を支えるように手を回す。
「―っ!ヤメロ、さわんな!」
 甘やかす腕が手が、それに慣れていないコウの心臓を破壊しようとしている。涙に霞む視界で、雪隆の肩越し
にニタニタわらう妹の顔が見えて余計たまらない気持ちになる。
「バカルカーーーー!」
「ヒューヒュー!」
 方やへたり込んだまま、方やホットケーキを頬張りながら、トンチキな姉妹喧嘩を始めるのに雪隆はため息を
吐く。
「おい二人とも叫ぶな、―しょうがない」
「う、うぇ…!?」
 ひゅ、と体が浮く感覚にコウは驚く。
「おおーさすがユキ!ちからもち!」
「ぎゃ、やめろ、やめねェか!」
 雪隆は無言でコウを抱き上げて、のしのしとソファまで運ぶ。幼い頃から体格の良かったコウはあまり人に抱
きついて甘えた経験などなく、ましてや抱き上げられたことなど皆無に等しい。強い腕に抱かれ、ぺたりとその
胸板に体ががくっ付くことに赤面してしまう。そっとソファに下ろされる頃にはすっかり気疲れしてしまった。
「よかったねコウ!ぎゅーってしたら良かったのに」
「出来るか!」
 まだまだ喧嘩を続ける二人を放っておいて、青年はキッチンへと向かう。腰を抜かしたコウの代わりに皿洗い
をしなければならないからだ。ウエストビーチのキッチンは、使用者の性格を現して丁寧に片付けられている。
 肉料理が好きだからかにんにくが窓際に吊ってあって、一つ芽がでたものが、水栽培のように置いてあった。
 言動と見た目はどこまでも一昔前のヤンキーなくせに、妙に家庭的なコウの気配が濃い台所を愛おしく思う。
「おいユキ!コーヒーくれ、そこの」
「―ん」
「私ホットミルクお代わり!」
「―ちょっと待て」
 オレンジのマグカップになみなみとブラックコーヒーを注ぎ、鍋に牛乳をあけるその姿は桜井姉妹の兄のよう
にも見えた。

かわらないもの

 雪が降る。ウエストビーチに雪が降る。琉夏の嫌いな雪が、白くはらはらと真っ黒な海に消えていく。
 夜中だというのに、白い雪はいやに暗闇の中目立って少女の嫌な記憶を呼び覚ます。
 ガソリンの匂い、血の匂い、寒い、暗い、息ができなくなって、体が冷たくなって、ぼたぼた目から涙が落ち
る。がくがく震える膝を無理矢理立たせて屋根裏へと続く階段までよろりと歩くが、ふと今日は雪隆が泊まりに
来ている事を思い出す。
 姉と青年をさんざんからかって、一階のソファで寝ると言う彼を屋根裏に押し込んだのは琉夏自身だ。あの二
人のことだから琉夏がいる以上いかがわしいことはしないだろう。しかし、その間に割って入ることはしたくな
かった。
 これは試練だ。今日でなくとも、いつか琉夏は自立しなければならない。コウにはコウの人生があって、今ま
でだって散々琉夏に構ってくれ支えてくれたけれど、彼女はもう少し自分の為に生きるべきだ。雪隆だってそう
だ。お兄ちゃんお兄ちゃんと甘えるにも限度があるだろう。
 がちがち歯を鳴らして、階段の根元で毛布に包まって必死に耐える。最悪でも、朝になればこの悪夢は終わり
を告げる筈だった。

「ルカ、オイルカ!馬鹿が…」
「琉夏…」
 暖かさにふわりと琉夏が目を開くと、毛布に包まれて明るい部屋にいた。心配そうに覗き込む雪隆と、心配し
すぎてキレているコウが良かったとため息をつく。
「あれ…」
 見慣れない天井に目を瞬かせ、シーツと枕の柄でここがコウの部屋だと気付く。
「何であんな所で寝てた!」
「…寒くないか」
 ふるふると首を振った琉夏は、途切れた記憶を引き戻す。
「かえる…」
「ダメだ!」
 起き上がってベッドから這い降りようとするか細い体を、コウは逃がさぬように押し戻す。普段ならそれほど
抵抗しない琉夏はしかし、意固地にベッドから出ようとする。
「ダメだッつってんだ!」
「だって、二人の邪魔したくないんだもん!」
「ンだよそれ、カンケーねーだろ!」
 ぎゃあぎゃあと喚きあう二人の間に雪隆は割って入り、琉夏を柔らかく撫でた、
「ありがとう、でも、いいんだ」
「だって…」
「琉夏も、一緒に寝よう」
 言葉は少ないが全てをわかっている彼に、ぽろぽろ涙がこぼれる。恋人同士なら、いっしょにいてくっついて
全身で愛を分かち合うべきだ、と思っている琉夏の気遣いを受けた上で優しくしてくれる。
「なぁコウ?」
「最初からそのつもりだ、つーかオマエとは一緒に寝てなかっただろ!」
 かぁっと赤くなったコウの可愛らしさに、琉夏の心も穏やかになる。確かに床には寝袋が転がっていて、雪隆はアレ
で寝ていたのかと呆れてしまった。
「三人で、いっしょに寝よう。昔みたいに」
 ぐずぐずとむずかるコウを宥めてベッドに押し込み、電気を消した雪隆はそっと控えめにベッドに入る。一人
小柄な琉夏を真ん中にして川の字になると、夫婦と子供のようだと笑う。
「ルカ、オメーは何がどうあっても私の妹だ。遠慮なんてすんなよ」
 ぎゅうと抱き締めてくれるコウの腕は優しい。その優しさが辛いのだとぎゅうと目を瞑ると、そっと雪隆が髪
をなでてくれる。
「少しずつでいいんだ。急に変わらなくてもいい、今はまだ…」
「うん…」
 大切な人二人の優しさにくるまれて、もう怖い夢など見ない。自分の体の上で、雪隆がコウの手を握る感触が
する。それが嬉しくて、琉夏は優しい闇へと落ちていった。



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