藍沢先生誕生日おめでとう2011
バンビちゃんの名前はさくらちゃんです



「バンビぃー!ミヨー!ひさしぶりぃー!」
 成田空港のロビーで、花椿カレンは大きく手を振った。からからとカートを引いて駆け寄り、ばっと大きく腕
を開いて出迎えに来てくれた友人達を抱き締める。
「もう!二人とも可愛くなっちゃってぇ!」
「も、もう!カレンったら、目立ってるよ」
「…落ち着いて、恥ずかしい」
 モデル級の美人のオーバーアクションに、行きかう人々は微笑ましい目線を向けてくる。高校時代なら腕を払
いのけたであろうみよも、今日は眉間に皺を寄せながらも成されるがままだ。それもそのはず、ニューヨークで
服飾やデザインの勉強に集中するカレンが高校卒業後初めて帰国したのだ。約半年ぶりの再会は三人にとってと
ても嬉しいものであった。
「カレンはこれから何か用事あるの?」
「んーん、無いよ!」
 フライトの疲れさえ感じさせない彼女の足取りに、さくらは安堵する。話したい事がたくさんたくさんあって、
カレンに聞きたいこともいっぱいなのだ。このまま三人で、あの懐かしいお泊り会のようにお喋りがしたかった。
「ふふ…、カレンもバンビも喋りたくてしょうがないって顔」
「よっし!じゃあカレンさんの家にレッツゴーだ!」
 おーと声を上げ、三人娘はきゃっきゃと出口の方へと歩いていく。高校時代カレンが一人暮らししていた部屋
は引き払ってしまったのだが、彼女の実家も相当広く押しかけるのに不備は無いようだった。
「そういや、バンビたちは空港まで何で来たの?アタシはタクシーで帰ろっかなって思うんだけど」
 その何気ない会話で、一瞬の間を置いてさくらが赤くなった。目を瞬かせて少し驚くカレンに、訳知り顔のみ
よが含み笑いで説明する。
「藍沢秋吾の車で来た」
「え、ええええー!ホントに?」
 高校の卒業式後ほとんど間をおかずに飛び立ってしまったカレンは、さくらの恋が成就したことは知っていた
がその後の経緯はあまり知らない。学外の人物である為、実は藍沢秋吾を見たことも無いのだ。
「良いって言ったのについでだからって…、秋吾さんが…」
「しゅうごさん!?」
 さらに彼を親しげに名前で呼ぶ様に驚く。その反応にますます耳まで真っ赤になり俯いてしまうさくらに、薄
く笑んだみよが助け舟を出す。
「カレン、いちいち驚かないで」
「でもさぁ…」
 その二人の軽い言い合いが懐かしく、さくらは思わず頬が緩んでしまう。そして本当にどうやって帰ろうかな、
と考え始めた時鞄の中でスマートフォンが震えた。
「あ、カレン、みーちゃん、ちょっとごめんね」
 いいよーと手を振る友人らに軽く手を合わせ、画面を確認する。
「秋吾さん?」
『ああ、さくら。友達には会えたか?』
「はい!」
 元気な返答に、男が低く笑う。はしゃぎすぎたかなとさくらが少し不安になると、電話の向こうで何やら外国
語が聞こえ藍沢がそれに軽く答える声がした。
『ああ、すまない。こちらも今友人の出迎えが済んだ所だ、もし嫌でなければ帰りも乗せていくぞ』
「え、ええ?良いんですか、あの…ご友人さんは…?」
『なに、構わないよ。奴には迎えのハイヤーがある』
「ハイヤー…」
 半年ほど一緒に居ても、やはり藍沢の住む世界と自分の日常がかけ離れている事に驚かされる。彼自身は、そ
れこそサンダル履きでコンビニに行くようなひとなのだが、やはり交友関係は違った。
『いま、どこに居る。車回すのは行きと同じ場所で良いか?』
「は、はい!まってます!」
『ふふ、了解』
 プッと言う音で通話が切れ、ほぅとさくらは息を吐く。藍沢を送迎に使うのは悪い気がするのは自分の感覚が
まだ子供である所為なのだろうか、と少し考えているとぽんと肩を叩かれる。
「どしたの、不安そうな顔して」
「ううん、大丈夫よ。それよりもしカレンが嫌じゃないなら、秋吾さん帰りも乗せてくれるって」
「え、ホントに?乗る乗る、藍沢秋吾に会ってみたい!」
 きゃあとミーハーに歓声を上げるカレンは実に嬉しそうだ。じゃああっちの玄関で待ち合わせだから、とさく
らは先導して歩く。相変らずおとなし目でひっそりしたその後姿に、友人二人はひそやかに言葉を交わす。
「ミヨ、どうなの?バンビは。さっきの様子からすると、幸せ全開っていう感じじゃなかったけど」
「至って順調。本人はいろいろあるみたいだけれど、全てノロケか色ボケの範囲」
 二人は、正確に言うとキューティー2と桜井兄弟は完全に藍沢を信頼しているわけではない。勝手な都合でさ
くらを振り回し裏切った事を、未だに許すことが出来ないでいる。
 普段おっとりとして控えめなさくらが、涙で溶けてしまうのではないかという程に泣いて泣いて憔悴して、ご
飯も喉を通らず入院一歩手前まで衰弱したのだ。彼女の身のうちにこれほどまで激しい気持ちがあったなんて、
と驚くと同時にそれほどの感情を容易く裏切った大人が憎くて仕方がなかった。
 特にカレンはその気持ちをひきずったままでいる。直に会って、その人となりを確かめてやろうとギラリと目
を光らせた。
 待ち合わせ場所に着くと、おしゃべりをする間もなく国産車が滑らかに三人の前に停車した。かちゃりとドア
が開き、ひげ面に何時ものワイシャツ姿の藍沢が運転席から体を伸ばしてくる。
「さくら、待ったか」
「ううん、大丈夫。で、あの…」
「はじめまして!花椿カレンです」
 明るく挨拶したカレンに男は軽く頭を下げて名乗り、運転席から出てトランクを開けカレンのスーツケースに
目をやった。
「スーツケースは後ろに入れるだろう」
「ええ、スミマセンがよろしくお願いします」
 その一連の動作があまりに自然で、やはり藍沢は侮れない大人の男だと感じさせる。促されるままに車内に乗
り込むと、僅かに煙草の匂いがした。ほとんど何も無いシンプルな車内で、フロントガラスに吸盤でつけられた
小さなバンビのお人形だけが目立っている。そして助手席へ座ったさくらが、馴れた手つきでカーナビを操作し
始めた。
「えーっと、このあたりだった…、よね」
「うん、ショッピングモールの辺りで降りたら丁度良いよ」
 大体の場所を説明した所で、藍沢が運転席に乗り込んできた。何事かさくらに声を掛け、ごく自然に身を寄せ
カーナビを覗き込む。その距離の近さに、ああ二人は恋人同士なのだと改めて見せ付けられた気がしてカレンは
ハッとする。
 運転も実に滑らかで、良く喋る三人娘の話を邪魔することなくしかしさり気なく会話には参加し、車内は実に
和やかな雰囲気になった。人見知りの気があるみよが気安く喋っている事が、それを証明しているとも言える。
「いや、やはり若いっていいな。君たちを見ていると本当にそう思うよ」
「そんなそんなー、藍沢さんもそんなにトシじゃないでしょー?」
 その話題が出たとき、僅かにさくらの顔が曇った。それを知ってか知らずか、みよもその会話に乗る。
「カレン、藍沢秋吾は意外と老けているわ」
「容赦ないな宇賀神さんは、はは。―そういえば彼氏は元気かい?」
「え、なにそれ!初耳!ミヨに彼氏?」
 ちがう、と激昂するみよをカレンとさくらがからかう形になり、年齢の話はそれきり流れてしまった。

「ありがとうございました!」
「ああ、今度はさくらと一緒にウチにでも来るといい」
 はばたき市の海浜エリアで車を降りた三人は、藍沢に軽く頭を下げ車を見送った。
 周囲はもう秋真っ盛りで、街路樹は色づき、間近に迫ったハロウィンの飾りつけがちらちらとオレンジに光っ
ている。少し寒い位の風を切ってカレンが歩き出し、みよとさくらもそれに続く。
「藍沢さん、いい人じゃない」
「そ、そう?カレン、ホントにそう思う?」
 ぱあっと明るい顔をしたさくらは、思わずその言葉に食いついてしまう。丁度一年前、やせ衰えたさくらを抱
き締めて一緒に泣いてくれたカレンは、一番藍沢を憎んでいたような気がしているのだ。
「気にしない気にしない!いまバンビは幸せなんでしょ?アタシはそれで良いの」
「ごめんね、色々迷惑かけたのに…」
「バンビ、いいの」
 ぽろぽろと涙を零すさくらの手をみよがそっと握り、カレンは軽く背中を撫でる。あまりにも劇的に思いが叶
い、一番動揺したのは恐らくさくら自身のはずだ。それを乗り越え消化し幸せに暮らせるのなら、カレンやみよ
など部外者の感情は干渉すべきものではないのだ。
「かーわーりーに、今日は根こそぎ色々聞いちゃうんだから!覚悟してよね」
「えぇー…」
「私もまだまだ聞きたい事はたくさんある。寝かせないわ」
 ニタリと笑った友人らに、さくらはひっと小さな悲鳴を上げる。いつの間にか涙は止まっていた。
「そういえば、さっき藍沢さんが言ってたみよのカレシとやらも、ねぇ?」
「あ、そうなの。あのねカレン、みーちゃんと―もがっ」
「バンビ!」
 そのままもつれ合うように、三人はぱたぱたと小走りに海岸通を歩いていった。



「今年も…か」
「今年も、じゃ無いですよ。倍増してるんです!」
 空港から帰った藍沢を玄関前で待っていたのは、山並書房の担当編集だった。原稿はあげたはずだがと顎を撫
でると、強制的に社に来るように促された。
「先生はもっと自分の人気について真剣に考えるべきです」
「…面倒だ」
 急かされるように編集者の車に乗せられ、小言を浴びせられる。その内容は藍沢宛の誕生日プレゼントが溢れ
ているからどうにかしてくれと言うもので、作家はこのまま信号待ちの間にドアを開けて逃げてしまおうかと頭
を抱えた。
 藍沢は元々、それほど人気に固執していないのだ。モノを書いて生きていけたらいいとばかりに、ライターや
エッセイストまがいの事もするし、フリーペーパーから文芸誌まで頼まれた原稿は全て書いてきた。ペンネーム
を分けて男性向けの小説にも手を染めているし、ティーン向けの恋愛モノだって何冊か出版した。初恋三部作だ
けは特別で、ライフワークとして大切に書いていたのだ。
「ノーベノレ賞作家なんですからね!もう花やらお菓子やら衣料品やら…、時計もありましたよ勿体無い!」
 受賞が嬉しくないわけではないが、それに伴う知名度の急激な上昇は鬱陶しいばかりだった。しかも、藍沢は
もう天使を見つけてしまったのだ。その彼女と生きていけるだけのいくばくかのお金と、文章を書く仕事さえあ
ればそれで満足なのに、とうんざりする事も多い。
「去年はダンボール一箱位だったよな…」
「あれはウチの編集部で仕分けした後です!去年でも二畳のスペースが埋まる位は来てました」
 キンキン声を聞き流しつつ、窓から町並みを見つめる事に没頭する。吾は秋なり、と言う名前を男にくれたの
は学者であった祖父だと聞いている。その名前と誕生日があるせいかはわからないが、藍沢は秋が好きだった。
薄荷が混ざったようにすうと冷える空気も、色づく木々も、女性達の装いもすべてがある種の統一感を持って冬
へと収束していく。
 道行く女性を見ながら、それにしても今日も俺の天使は可愛かったと思い出して頬が緩む。
 新しく紹介された花椿の血族といいあの宇賀神みよといい彼女の友人はどれも見目麗しいが、さくらは普通の
娘らしい愛らしさで溢れている。何時ものようについうっかり手を伸ばして髪に触れたり、頬に触れたりするの
を我慢するのに大分神経を使った。
「なにボーっとしてるんですか、着きましたよ」
「あ、ああ」
 急かされるように文芸編集室へと追い立てられると、普段は無彩色な部屋の片隅が色で溢れていた。
「おう藍沢、オマエも偉くなったモンだな」
「…ありがとうございます」
 ニタニタと近寄ってくる文芸山並編集長は、ヤニくさい息を吐きながら贈り物の山にしゃがみこんだ。
「いつものとーり、手紙は全部はねてある」
 指で指された机の上には、無造作に束にされたファンレターやバースデーカードの類が送り主の連絡先と一緒
に纏めてあった。が、その量が尋常ではない。
「全部読むんだろ、頑張れよォ」
 軽く見て15センチ程の厚みはある手紙の束が十数個とは別に、何かプリントアウトしたらしい紙束も添えてあ
る。ペラリと一枚捲ると、メールでのメッセージを印刷してあるようだった。仕事の合間に読むと多少ならずと
も影響されてしまうので、今現在のような脱稿後の一日二日を利用するしかない。これは年内に読み終わらない
かもしれないなとげんなりした。
「で、どうすんの。食いモンと花はこっちで貰っても良いんだろ」
「ああ、お願いする。貴金属と衣料品は一応引き取る」
 酷い話だ、と藍沢自身思う。皆それぞれ思いをこめてプレゼントを贈ってくれているだろうと、去年までは一
応全てに目を通していたのだ。しかし今年は本当に尋常ではない、とても一人で処理できる量ではないので悪く
したり捨てるより有効活用してもらおうと決断したのだ。
 藍沢が配送の伝票を書く間、そういえばと言った風に編集長が藍沢の肩に手を置いてくる。
「天使ちゃんからはなんか貰う予定?私がプレゼントとかァあるんじゃぁァないのぉ」
「勘弁してくださいよ」
 つまらん、と下世話な男は声を上げる。大体さくらには誕生日を告げていない。いい年したおっさんが誕生日
も何も無いと思っているし、これだけプレゼントが来るのは作家としてプロフィールを公開しているからだった。
 しかし、だ。もし彼女が、彼女らしい感性で藍沢を祝ってくれるのなら、これ以上の幸せは無いといえた。



 相変らずセンスのいいカレンの部屋で、キューティ3はふかふかのブランケットにくるまって寛いでいた。話
しは尽きず、お土産と言う名の着せ替え大会が始まったりと気が付けばあっという間に夜になっていた。
 そして夕食時、カレンはどうしても気になった事をさくらに聞く。
「やっぱ年の差って気になるの?あのさ、車の中で軽く言っちゃってごめんね」
「あ、ちがうの。年齢じゃなくて…、秋吾さんもうすぐ誕生日だからどうしようかなって考えてて…」
 ほう、とため息をつくさくらに友人二人は安堵する。それは幸せな悩みというもので、散々考えたら良いと思
う。娘の帰国を喜んだ両親が奮発した料理をつつきつつ、みよがぼそりと呟く。
「折角カレンが帰って来たのだから、一緒に買い物に行けばいい…」
「なーに言ってるの、みよも一緒だよ!で、なんか目星は付いてるの?」
「それがね…」
 曰く、人気作家である彼の元にはファンからこれでもかと言うほどプレゼントが届くらしい。しかも女性ファ
ンが多いためか、センスの良い衣料品や宝飾品、質のいい食物や有名店の菓子等とてもさくらには手の出ないよ
うなものが山とあるらしいのだ。
「うーん…、ここはやっぱりバレンタインと同じく手作り作戦だね!」
 暫く思案した後にカレンが出した案は、思いもよらないものだった。
「手作り…、って何を?」
「お誕生日会よ、ちっちゃい頃したでしょ?ケーキと料理とろうそくを囲んで夕食よ。やっぱこうやって皆で食
事するの楽しいもん!」
 そんなものでいいの、という言葉をさくらは飲み込んだ。一人暮らしが長いらしい藍沢は、あまり食事に重き
を置いていない。適当に自炊をするうちはまだ良いが、仕事に根を詰め始めるとずっとフランスパンを齧ってい
たりカップめん頼りになったりする。この間さくらが鍋を作った時も、誰かと食卓を囲むことが嬉しいと言って
いた。
「それ良いかも…!」
「そう決まったのなら、早速計画を立てないと。ケーキはアナスタシアで買うの…?」
 とんとん拍子に決まったプレゼントの計画があっという間に動き出す。料理がそこまで得意ではないさくらに
は少し荷が重いような気がしたが、藍沢の為ならと奮起する。
 図らずもそれは、藍沢の望んだ彼女なり、等身大のプレゼントになりそうだった。



 明かりを消した藍沢の部屋に、ろうそくの火があかあかと燃える。
 小さなタルトに刺さったそれに向けてふうと男が息を吹きかけると、すっと一瞬翳ったがまた勢いを取り戻し
真っ直ぐに炎が立ち上がる。
「あれ…消えないな」
「意外としぶといですね」
 暗闇の中藍沢はさくらと囁きあい、もう一度強く息を吹きかけた。今度こそ煙を残してろうそくの火は潰え、
代わりにぱちぱちと小さな拍手が響いた。
「秋吾さん、お誕生日おめでとうございます」
「ああ、…ありがとう」
 電気をつけようと立ち上がった藍沢は、ふと後ろから抱きつかれて驚く。万事控えめなさくらがそういったこ
とをするのはとても珍しい。
「あの、あの、えっとえっと…」
「ん?」
 手探りで体を反転させ、言い淀む彼女を深く抱き締める。真っ暗と言うのは中々感覚を鋭くさせるもので、息
遣いや鼓動の音まで手に感じ取れるようで何時まででもこうしていたい気にさせる。
 ぺたぺたと触れてくる小さな手は何か確かめるように男の顎をかすめ、その一瞬後にふに、と柔らかいものが
無精ひげの辺りに触れた。
「あ、あぅ…」
「―!」
 暗闇で贈られた思いもよらない彼女からのキスに、驚くほど煽られる。背中に回していた手を外し彼女の唇に
触れて、見当を外さないようにそのまま己の指ごと唇を奪う。満足するまで何度も触れ合わせて、戸惑う彼女の
掌を捕まえ指を組み合わせる。彼女曰くえっちな触り方で掌を握ってやると唇が僅かに開き、支えたままの片腕
にかかる体重が重くなっていく。
「あ、ぅあ…ま、まって」
「どうした?」
 ほぼ腰砕けなはずのさくらは、それでもほんの僅かに抵抗した。身を離してやると、もう一度ぎゅうと抱きつ
かれる。
「はぁ…、は…ふぅ、あの、私、秋吾さんの事がだいすきです」
「―ん」
 真摯な言葉が胸を打つ。今までこれほどまでに人に愛された事は無かったのではないか。さくらの姿が、ある
女性を追いかけ続けた若い己に重なり胸が苦しくなる。
「秋吾さんが書く小説もだいすきで、こんなに素敵なお話に出会えて私はなんて幸せなんだろう、ってずっと思
ってました。あの、実はまだ、こうやって居ることがあんまり信じられないんです。秋吾さんが私の事を好いて
くれるのが夢みたいで、目が覚めたらいなく無くなってるんじゃないかって」
「それは俺も同じだ」
「―え、あ…う、もう!あの!秋吾さん、生まれてきてくれてありがとうございます!」
 その言葉はじわりと藍沢の心にしみこみ、ああやっぱりこの娘は天が自分の元に使わしたのだ、と目を瞑る。
他人の生全てを喜んでくれる人物などほとんど居ないに違いないのに、ろくでもない自分の元に天使は舞い降り
た。
「ありがとう」
 本当に嬉しい時、人間は言葉を失う。
 藍沢はそれを身に染みて感じながら、さくらの体を柔らかく抱き上げて、又深くキスをした。

「あ、あの、お料理食べて欲しいです!」
「…そうか、悪い」
 そのままベッドに直行しそうな気配に、あわててさくらは男の腕を引っ張った。
「あんまり美味しくないかも知れないですけど…」
 カチンと電気がつけられ、そっと椅子に下ろされる。
 テーブルの上には、手作りの芋と栗のタルトと牛肉をワインで煮たもの、白身の魚入りのマリネサラダに小さ
な茶碗蒸し、といかにも日本の家庭的な記念日メニューが並んでいる。
 あちこち招かれては、それこそ超一流のシェフの料理を口にしている藍沢にはきっとおままごとのように見え
るだろうが、さくらのせいいっぱいの気持ちだ。
「ご飯とパン、どっちが良いですか?」
「じゃあご飯で」
 先程腰が抜けかけたので大丈夫かなとそっと床に足を下ろすと、一瞬くらりとしたもののなんとか立つことが
出来た。そのままぺたぺたと台所まで歩き、炊き込みご飯をよそってお吸い物に火を入れる。
「梅とじゃこのご飯です」
「へえ、おいしそうだな」
 嬉しそうにお茶碗を受け取る藍沢の顔を見て、良かったとさくらは胸を撫で下ろす。最初はもっとパスタやド
リアなどパーティーらしいものにしようと思ったのだが、友人らのアドバイスによりちょっと豪華な夕食風に変
更したのだ。
「君と一緒に居たら、ずっとこんなご飯が食べられるんだな」
「え…、は、はぃ…」
 自分のご飯とつみれだんごの吸い物を二人分用意して席に着いたさくらに、藍沢は優しくそう声を掛ける。ち
ょっとは気に入ってくれたのかな、とドキドキしながらいただきますと手を合わせる。
「おいしい…ですか?」
「ああ、口に合う。毎日食べたい位だ」
「…からかわないでください」
 その言葉にすべてが報われ、家庭料理作戦成功に心中飛び跳ねる。そのまま和やかに食事は進み、あっという
間に楽しい時間はすぎていった。藍沢が出してきたシャンパンも開けて、さくらはその甘い口当たりにふわふわ
とした気分になっていた。

「ん…」
 ころんと寝返りを打ち、それで意識がはっきりした少女は睫を瞬かせた。先程まで楽しくご飯を食べていたは
ずなのにとソファから上半身を起すとするりとブランケットが床に落ち、台所に立っている藍沢が目に入ってテー
ブルの上が片付いている事に気づく。
「あ、ああああー!ごめんなさい」
 急に大声を上げたさくらに驚き藍沢は顔を上げるが、直ぐに破顔して宥めるように手を振る。
「良いんだ、目が覚めたのなら風呂に入ってきたらどうだ?」
「あ、あぅ…」
 最悪だ。お祝いの途中で寝てしまった挙句、一番面倒な片付けを藍沢にやらせてしまった。自分の子供っぽさ
と気の利かなさにほとほとと涙がこぼれる。泣いたらもっと迷惑なのに、後から後から溢れてしゃくり上げてし
まう。
「…そんなに気にするな」
「だって、誕生日なのに、ひぐ、ごめんなさ…っく」
 ソファの横まで来て膝をつき、優しくなでてくれる手に少しずつ気持ちが落ち着いてくる。まだ酒が残ってい
るのだろうか、暖かい体温にすぐにぼうっとし甘えるようにころんと寄りかかってしまう。
「―ん」
 その実に愛らしく無防備な仕草に、男は誘われるまま口づけをした。先程寸止めをされた欲望は熾のように燻
っていて、あっという間にそのキスは深くなっていく。唇を舐めて甘噛みし歯列を割って、わざと息をつく暇も
与えずどんどんと深みに突き落としていく。
「は、ぁ…、んぁ…」
「まだ、だ」
 先程とは違い、快感に溺れ酸欠をおこした故の涙を指で拭ってやり赤く腫れた唇を尚も奪う。押し付けられソ
ファに沈んだ彼女は、精一杯と言った風に男の背に手を回す。その仕草に小さく笑って、口蓋を舐めされるがま
まになっている舌を存分に弄ぶ。
 一切様子を伺わず藍沢の気の済むまで貪ってから開放してやると、くったりとしたさくらは息も絶え絶えにひ
くんひくんと体を震わせていた。
「ぁ…」
「ふふ」
 愛おしそうに髪を撫でられ、逆の手では大きく上下する胸を指先でなぞられる。そのぜんぶがびりびりするほ
ど気持ちが良くて、どんどん体が熱くなってしまうのが恥ずかしい。まだキスをされただけで洋服だってちっと
も乱れていないのに、もう達してしまったように脳が痺れている。
「行こうか」
「―は…ぃ」
 どこへ、とは聞くまでもない。そっと抱き上げられると、藍沢の匂いと体温に包まれるようでそれが物凄く幸
せで涙が又溢れた。
「今日はやけに泣き虫だな、どうした」
「ど、どうもしてませんー!」
 舌ったらずな声の甘さに、自分でも驚く。頭上で響く笑い声に恥ずかしさを覚え、ぎゅっと縮こまる内にベッ
ドに下ろされた。朝藍沢が起きたままにしてあったらしいシーツは柔らかく、ひやりと火照った肌を冷やしてく
れた。ベッドサイドのランプを男が点け、薄闇に沈んでいた寝室に柔らかな光がともる。
 ごく自然にスカートのウエストホックを外され、するりと抜き取られた。靴下も脱がされつま先に触れられ、
指まで丁寧になでられると、くすぐったいようなぞくぞくが腰にくる。
「や、やぁ…くすぐっ、たぁ…」
「素足を許す、というのは体を許す前段階なんだそうだ。覚えておくといい」
「ひぁん!き、きたないです!やめ、ぁん!」
 ちゅっと足の甲に口付けられて、悲鳴を上げてしまう。そのまま足指をねぶられ、今度はダイレクトな快感に
シーツをぎゅうっと握り締めて耐える。温かな舌がぬるぬると薄い皮膚を滑り、それが気持ちよくて仕方が無い。
「あ、あぅ、ひぃ…あ、ぁ―!」
 遂に、先程から散々に高められた感覚が弾けてしまう。じわぁっと下着が濡れる感触がして、全身に鳥肌が立
った。まだ服も下着も着けたままの胸がずくずくして、早く触れて欲しいと疼いている。その痛痒さに半ば無意
識に自分の乳房を摩ると、男が笑う低い声がして恥ずかしさで死にそうになる。
「ふ、大分慣れてきた、な?」
「ら、らって、ズクズクするの…!秋吾さんが、さわってくれない、からぁ…!」
 一度触れてしまえばもう止められなかった。自分の手に少し余るくらいの胸をさすり控えめに揉むと、痒さが
収まるかわりに快感が生まれる。じっとしていられなくて、腰や足ももじもじと動かし紛らわせる。
「あんまり可愛い事されると、困るなあ…」
 するすると足先から男の骨ばった手が柔らかに皮膚をなでる。そのざらりとした硬い皮膚の感触にすら息が上
がり、膝裏を掻かれ舐められるときゅうと下腹部が甘く痛んだ。
「ひ、ひざも、やぁ…!も、触らないでぇ…、やだぁ…!」
 膝や太股の内側へ口付け続ける藍沢を、さくらはきゅっと足で挟んだ。これ以上触れられ続けたら、変になっ
てしまうと思ったのだ。
「悪い、ちょっとやりすぎたか」
「やん!」
 既にぐちゃぐちゃになっている下着の股の部分に突然触れられ、甲高い声を上げてしまう。ふっくらと充血し
たそこは押し付けられた指にひくひくと蠢き、もっととねだっているようだった。
「やぁん!やめ、あ、あああああんっ」
 そこで予想も付かないことをされた。ずるりと下着を取り去られ、性器に吸い付かれたのだ。
「あ、あひ、ひぁぁ!ひゃん!や、やら、ひんじゃう、やらぁ…っ!」
 熱い舌が敏感なひだを舐め、ぷくっと腫れた突起を食み性器全体をじゅっと吸われる。溢れる愛液を余す所な
くしゃぶられ、膣の手前辺りにぬるぬると舌が挿っては抉っていく。快感で気が狂いそうなのに乳房のじくじく
は余計酷くなって、ぴんと立った先端ごと揉みしだくのを止められない。
 じゅる、じゅ、と溢れる液を舐めとられる音は止むどころか酷くなるばかりで、行為の厭らしさとその音と全
てに煽られて、さくらの意識はぶつんと切れてしまった。
「ひ…」
 腰を浮かせつま先まで緊張した少女は、びしゃっと股間から尿でも愛液でもないものを滴らせこてんとベッド
に落ちた。失神してしまったのだ。
「しまった…」
 そこではたと藍沢は顔を上げた。あまり可愛い仕草に脳をやられて、やりすぎてしまったようだ。こういった
事に不慣れな彼女は男が思うより快感に弱く、耐えられずに倒れることがあるのだ。
 瞳を閉じて汗だくなまま小さな息をするさくらを撫で、それにしてもと先程までの彼女の痴態を反芻する。
 何も知らなかった少女が、どんどんと藍沢の手で快感を知っていく様子はそれだけでも非常に厭らしい。最初
は裸になることすら嫌がり、ガチガチに緊張してマグロどころの話ではなったさくらが、自らの胸に触れる程に
なったのだ。
 くしゃくしゃになったブラウスのボタンをゆっくり外してやると、ふるんと白い乳房が露になり、可愛らしい
下着もずり下げると赤く充血した先端が現れる。先程の行為でぱつんと張ったその塊に指を沈ませると、もぞり
と彼女の手が動いた。
「あ…、しゅーご、さん?」
「大丈夫か?」
「きもちい、れす…」
 とろりと半分眠ったままのような反応を返すさくらが愛らしくてつい笑ってしまう。ふにふにと乳をこね回す
と小さく喘いでは気持ち良さそうに息を漏らす。
「んっ、んぁ、あふぅ…、ね、しゅうご、さん、きす…」
「ん?ああ」
 おねだりを聞き逃さずに、ちゅ、と一度口付けてやると驚いた事にさくらのほうから舌を差し出してくる。一
旦胸から手を離して押しつぶさないように圧し掛かり、唾液を交換する深いキスを始めた。
 粘膜がぐちゃぐちゃにまざりあうキスは、性交そのもののようで否応無く二人の性感を煽る。どんどん上がる
体温に遂に藍沢も着ていた薄手のセーターを放り投げて、上半身裸になった。
「あ…!」
「もう、結構限界だ。はは」
 緩めたズボンから十分すぎるほどに硬くなった自身を取り出し手早くゴムをつけて、何度かやわらかな太股や
腹に擦り付ける。その硬さと熱さに、犯される快感を知っている少女の身体がぞくぞくと期待に震える。
 性器の外側に何度か押し付けられると、はやくはやくときゅうきゅう下腹が疼いた。犯されるのはこわいと思
っていたのに、今日はその熱さではやく疼きを治めてほしいとはじめて思った。
「き、て…」
「―!」
 その、欲しがる言葉に藍沢は相好を崩す。きっと酷くにんまりとして、だらしなく変態じみた笑みを浮かべて
いるんだろうな、と思うも緩んだ頬を戻すことが出来ない。それほどに、さくらが欲望をあらわにしたことが嬉
しかったのだ。
 ぎゅっと彼女を抱き締め誘われるままぬるっと先端だけを含ませる。するとはぁーと熱い息吐いたさくらはも
じもじと伏し目がちになり、藍沢の耳に囁く。
「も、もっと…」
「欲張りだな」
「だ…って、きもちい…、やぁ…ん」
 そのままずぶずぶと腰を沈めていくと、細切れに声を上げる少女が男の腕の中で跳ねる。
「あ!ああっ、くぅ、はぁー…」
 きゅっと抱きついてくる彼女はりんごのように頬を染め、甘い息を吐き出し続ける。全部納めてしまわずに、
何度かぬぶぬぶと揺すってやると、そのたびに甘く鳴き膣もきゅうきゅうと藍沢の陰茎を食んだ。
「しゅーご、さ…ぁん」
「はぁ…、どうした、きついか」
 ううん、と彼女が首を振ると柔らかな髪の毛がさわさわと揺れる。顔に張り付いてしまったそれを丁寧に払っ
てやると、少女は男の手に懐いて目を細める。
「あんまり可愛い事しないでくれないか…?」
「―やっ、おく、きてる…」
 柔らかく解けた膣を犯し切りごりごりと奥を捏ねてやると、きゅっと少女の脚が藍沢の腰に絡みついた。
「こーら、動けないだろう?」
「…や!」
 子供のようにぐずる彼女をぎゅっと抱き締めてやり、動ける範囲で抉るように動く。汗の滴る若い体は甘く誘
うように匂い、首筋に顔を埋めて藍沢存分にそれを味わう。べったりと全身触れあい下腹部でも繋がって、どこ
までが自分なのか相手なのかわからなくなる倒錯に頭がくらくらする。
「あ、んっ、ひゃ、あ、あ!」
「ふ―、は、はぁ…」
 徐々に陰茎が出入りするスピードが速くなり、そして突き上げられるたびにいやらしい喘ぎ声が唇から漏れて
しまう。気持ちよくて気持ちよくて、死んでしまいそうだ。
「あ―…!」
「―っ、く、ぁ…」
 目の前がチカチカとスパークしてきゅうと手や足が無意識に突っ張り、ごぽごぽっと蜜がこぼれる。ぎちぎち
と藍沢自身を締め付けたせいで、彼も低く呻く。
「あはぁ、はーっ、はーっ、や、んっ!」
 ぬるりと陰茎を引き抜かれる感触にすら感じてしまい、カタカタと勝手に体が痙攣した。芯を抜かれた様にな
ったそこがきゅうんと切なくなって、もっとほしいとねだっている。
「しゅうご、さ、へんなの、おなかへんなのぉ…!」
「―く」
 暴走する体を持て余す初心なさくらは、酷く不安そうな、しかしいやらしい顔をしている。シーツをもじもじ
とかき混ぜて、もっと犯してほしいと無意識に誘われては藍沢の神経も焼き切れてしまう。
「あ」
「欲しいか?」
 外側のひだにぬるぬると陰茎をこすりつけると嬉しそうな声が上がるが、わざとそう聞いてやる。
「あぅ…、はぁ、あんっ、も、もぅ…!」
「ほしい、か?」
 俯いて唇を噛みじとっと見上げてくる少女を、よいしょと藍沢は持ち上げて上下を入れ替えた。
「う、うぁあ…!」
「もう大丈夫だろう?」
 初めての騎上位で深く串刺しにされ、それだけでさくらは一瞬意識を飛ばした。軽く揺すられるだけで奥に響
き、今まで擦られた事の無い部分を抉られて快感が溢れてとまらない。
「ほら、自分でも動いてみてごらん」
「む、むりぃ…、むりれすぅ…」
 腰を掴まれて揺すぶられるだけで骨抜きになってしまい、半身を起こした藍沢にすがり付いてしまう。ぽろぽ
ろ涙を流しながら抱きついてくる様子に、まああまり無理させる事も無いかと男は少し笑った。
 泣きじゃくって声を上げ続けたせいか、もうさくらはかなり疲れてしまっているようだ。か細い悲鳴を上げて
成すがままに突き上げられる彼女を強く抱き締め、藍沢は自分の快楽を追いかけることにした。
「ひゃぅ…あっ…、ぁは…おく…ぁ」
「ふ…ぅ」
 ふかふかに腫れた膣壁が、行為の始め頃とは違うぬる付いた絶妙な弾力で陰茎を受け止め絞り上げる。ぜいぜ
いと鎖骨の辺りに感じる少女の呼吸と同じリズムで締め付けられ、藍沢も上手くその波に同調して捻じ込んだ。
 無理矢理高められ突き上げられるのではなく、ふわふわと意識が浮くような状態が続いてさくらは訳が解らな
くなった。その後藍沢が低く呻いた声が遠く聞こえて、ぎゅっと抱き締められた事だけがただ嬉しいと思えた。



「いっつも、ごめんなさい…」
 ぐったりとベッドに沈み、藍沢に抱き締められた状態で目が覚めたさくらは開口一番にそう謝った。薄手のカー
テン越しに明るい光が射し込み、もうお昼近いことを知らせている。男は普段よりラフな長袖のシャツを身に着
けていて、少女にも質素なルームウェアワンピースが着せてあった。
 その謝罪におどけた表情をした男は、人の悪い笑みを浮かべて少女を撫でる。
「君は昨夜、悪いことをしたのか?」
「え、ぁ、あう…」
 酷く濃厚だった昨晩の行為を逐一思い出させるように、藍沢の手がいやらしく脚を撫でる。寝起きなのにぞく
ぞくっと体が痺れて、甘い吐息を漏らしてしまう自分が嫌になる。
「悪いのは俺のほうだろう?」
「そんなことないです!ただ、…もっとその、えっと…」
 言われなくとも、さくらが考えている事位は藍沢には良く解った。甘やかされるばかりなのが嫌なのであろう。
彼女なりにギブアンドテイクが成立していないことが、引っかかっているに違いない。ただ、彼女がここに居て
くれるだけで藍沢にとっては十分なのだが、年若い彼女にはきっと理解できないだろう。
「誕生日祝い嬉しかった、ありがとう」
 そう囁くと頬を真っ赤にしたさくらがぎゅっと抱きついてきて、さてこれからどうしようかと藍沢はさらさら
の髪の毛にひとつ口付けを落とした。







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