カレンとみよも男子です

柔道部イケメンパラダイス

そのいち

 一体大付属の柔道部マネージャーは驚いていた。
 はばたき学園といえばハイソなお坊ちゃんお嬢ちゃん学校で、まず柔道部があること自体驚きだったし、さら
に一体大付属柔道部監督がこんな新設弱小部に気を掛ける事自体も不思議だったのだ。
 それが、だ。はば学柔道部は、和気藹々としながらも懸命でレベルの高い指導と練習が行われているし、設備
もきちんと手入れが成されていた。
 しかし少女が一番驚いたのはそこではなかった。
(なんでこんなにイケメン・パラダイスなのー!!)
 部長だと紹介された不二山君はいかにも柔道一直線と言った感じだが、顔立ちは整っているしやんちゃな表情
と覗く八重歯がとても可愛い。垂れ気味の丸い目と相まって、大型の犬のようだ。
 下級生をまとめているらしい新名君は、まさか柔道をやっているとは思えないほどの今風の出で立ちで酷く目
立つ。柔道着を着て髪を結っている姿ですら、雑誌のスポーツ特集のようだ。
 隅で黙々とトレーニングをこなしている三年生の村田君も、きりりとした役者顔で少し怖い雰囲気はあるもの
のかなりの男前だ。きっと和服や詰襟を着せたら卒倒する位雰囲気が出るだろう。
 他の部員も経験者が少ないせいか、ずんぐりむっくり柔道体型は居らず、皆おしゃれなはば学の制服が似合う
だろうなという面子ばかりである。
(それにそれに、マネの子とセンセイも可愛いしなにココずるいー!!)
 甲斐甲斐しく働くマネージャーはふんわりとしたボブカットが良く似合う黒目が綺麗な子で、みんなのお母さ
んという感じだ。行き届いた掃除も洗濯も、過不足の無い一体大付属を迎える手続きも彼女が執り行ったのだろ
う。今も、タオルや備品のチェックに余念が無い。
 自身も柔道着を着て指導に回る大迫という教師は、かなり小柄な女性なのにぽいぽいと部員を投げ飛ばしては
声を荒げている。真っ黒なショートカットと生き生きとした童顔に、愛らしさと威厳が同居して何ともいえない
魅力を作り上げている。

 少女だって、自分の学校と部活には誇りを持っている。全国大会常勝でかつ日本で最高峰の体育教育、真剣で
能力の高い部員達に厳しくももてる最高の知識を生かして教育してくれる講師達。
 でも、年頃の娘としてイケパラはやっぱり羨ましいのだった。

そのに

「お宝ショットー!」
「おおおおー」
 はば学非公認、フリーペーパーウィングネス編集部ではクリスマスパーティの写真選びが行われていた。
 女子が集まり勝手に発行しているこのフリーペーパーは、イベントがある毎に特集を組んでばら撒かれている。
ゴシップ的な内容が殆どだが、嘘大げさ紛らわしいではない為教師の間でもそれなりの知名度がありながら黙認
されていた。
「えー!なんで!ユキ君の笑顔とかマジレアだし?」
「へっへーん」
 写真を自慢している編集長は、料理交流そっちのけでパパラッチしまくっていたのだ。勿論対象はイケメン限
定、パーティフォーマルを激写しまくりイイ表情を狙い定めていた。
 モチロン、今イチバンイケメン率の高い柔道部もマーク済みだ。
 ヨソの学校の同じような情報通のコに、イケメン柔道部というとハァ?という顔をされるが、実際そうなのだ
からしょうがない。何かのマイナーな地区大会で入賞したときの集合写真を見せるのがイチバン手っ取り早い、
と編集長は何時もそれを携帯している。
 嵐クンはああ見えて天然で結構フレンドリーだし、ニーナは言わずもがなで結構沢山の写真が手元にある。し
かし難関がユキだった。桜井琥一とは別路線の刃物のような鋭さと無愛想さ、それに面倒臭がりが合わさってイ
ベントで目立つ事はしないしむしろ欠席がち。モノで釣られるタマでもなし、色仕掛けにいたってはゴミでも見
るような目で睨まれる。まあそれもM系女子には悶絶モノなのだが、やはり笑顔が欲しい。
 しかし、今年は思わぬ協力者が得られたのだ。



「ユキ君をクリスマスパーティに?」
「そーなのよー、最後の最後だからさ、ね?協力して?」
 教室でおっとりと編み物をしている柔道部マネこと村田深雪は、深々と頭を下げる同級生に戸惑っている。
 はば学の嫁にして柔道部の母に頼み込めば何とかなると、前々から目をつけてはいたのだ。
「私たちも、最後位おいでって誘ってるんだけど…」
「えぇー」
 言葉を濁す様子からすると、雪隆の反応は芳しくないのだろう。彼女と柔道部の面子が誘っても駄目なら万事
休すかもと編集長がうな垂れると、背後からぽんと肩を叩かれる。
「どうしたぁ!お前にしては珍しく元気ないなぁ!」
「大迫ちゃーん…」
 今日の部活メニューだ、と村田にバインダーを渡す女教師は今日も底抜けに明るい。面倒な事になるから教師
には一切手を出さないし協力も仰がない主義なのだが、今度だけはとぎゅっと大迫の腕を握る。
「おお?甘えたいのか」
 からから笑う白ジャージの大迫は、柔道部の顧問でよく面倒を見ているらしい。もしかしたら説得の力になる
かもと賭けに出てみる。
「あのね、村田君がクリスマスのパーティに来ないから寂しいねって言ってたの」
 ね、深雪ちゃんと呼びかけると、苦笑しながらも彼女は頷いてくれた。
「ユキ君こういった行事、出ないでしょう。今年の文化祭は珍しく学校に居たみたいだけど」
「ははは、あの日は柔道場で稽古してたんだ」
 やはり大迫先生は、かなり柔道部員と親しいようだと編集長はほくそ笑む。
「ねー、大迫ちゃんからも言ってよー、正直に言うけどさ、ユキくんのファンのコが待ってるのよー」
「ファンなんて居るのか。そりゃ大変だなぁ!」
 驚いたように目を見開いた大迫は、分かったと手を打つ。
「強制は出来ないが、私からも声をかけてみるぞ」
「やったー!」
 大迫ちゃんすきすきとごろごろなつき、小走りで少女は去っていく。
 彼女の姿が見えなくなると、編み物の手を止めたままの深雪がふうと息をつく。
「ユキくん、ああいう子がいやでイベントに出ないんだと思うんですけど…」
「まあ、そうだろうなぁ」
「琉夏くんと琥一くんはご飯目当てだし、嵐くんとニーナは結構お友達多くてお祭りごと好きなんですよね。で
もユキくんは…」
 騒がしいのも騒がれるのも好きではないし、交友関係を広めるタイプでもない。ご馳走に釣られることはない
上、祭りごとには興味を示さない。寡黙な彼がパーティに来る要素は一つもなかった。



「ねえ」
 編集長は急に呼び止められ、驚きつつも足を止める。
「なあに、――くん」
「柔道部の写真、提供してやろうか?」
 不意に願っても居ない申し出をされ、喜びつつも警戒してしまう。
「タダ、って事はないんでしょ?」
「まあまあ、ここじゃなんだから、ちょっとお話しようぜ」



 要するに、エサが要る訳だ、と大迫は結論付けた。雪隆がパーティに来たくなるような理由があれば、良い。
なければ作るしかない。
 はば学クリスマスパーティはなかなか一般人が経験できるレベルの規模と格式ではないから、一度位は参加し
た方が彼の身にもなるだろうし、ファンだとか言う女子生徒に夢を見させてもいいと思う。
 帰宅後、夜十一時。大迫の携帯電話が震え、メールの着信を知らせる。今から電話していいか、との伺いに許
可の返事を送ると、直ぐに着信音が鳴る。
「バイトお疲れ様、ユキ」
『ンな事ない、センセーこそお疲れ』
 他愛もない会話なのに、じわりと心も体も温かくなる。毎日では無いが結構な頻度で繰り返す通話は、二人の
心を繋いでいる。
 文化祭後のデートから、普通の恋人らしくとメールや電話をするようになった。本当に携帯電話とは便利なも
のだと大迫は感謝したし、逆に困惑もした。
 心が近づきすぎて、会えない事が悲しくなってしまうのだ。そんなセンチメンタルな感傷を自分が持つように
なるとはと驚きながらも、雪隆の方も爆発しそうな気配を案じて余裕のある振りをする。
 そして、その恋情を利用しようとする自分の汚さに少し悲しくなった。
「ユキ、あのな、今年のクリスマス…」
『なんだ、その話か。嵐とマネにも言われたぞ』
 途端に不機嫌になる声に、余程あちこちから言われたのだなと予測する。
『別に意固地に行かないわけじゃない』
 ふっと笑った様子に拍子抜けした大迫は、そうかと小さくため息をついた。
『どうかしたか?』
「いや、お前をパーティに連れ出す手札が無駄になったなーと思って」
『なんかあったのか。勿体無い事したな』
「大したことじゃないぞ、今年、私サンタ役なんだ」
 サンタの中身が教師である事は知っている人は知っているが、意外と一般に認知されていない。選出方法はく
じ引きだ。
『センセーがヒゲつけてサンタすんのか、クク…』
「ヒゲはつけないし、スカートだ。ちゃんとしたサンタの格好は別の先生がやる」
 そこで、がちゃんと電話の向こう側で何かを落とす音がした。大迫だって別に普通のサンタの格好でも良かっ
たのだが、周囲から止められたのだ。
「何想像してるかは知らないが、いかがわしい店じゃあるまいし良識の範囲内だぞ?」
『…って、どれくらいが良識なんだ』
「膝丈…位かな、私も実はまだサンタ服見てないんだ」
 あの格式のパーティだから、まず変装グッズでは無いだろう。理事長の後ろには花椿が居るから、しっかりし
たドレスを着せられるのかとちょっとげんなりはしている。
『行く』
「へ?」
『行くから、パーティ』



『そうか、よかった。来てみれば意外と楽しいかも知れないし、何より皆喜ぶぞ』
 弾んだ声でそう返す大迫に、雪隆はぎりぎりと奥歯を噛み締める。
 これはカレンの罠だ。
 フォーマルを持たない生徒に服の貸し出しをしているのは花椿だから、きっとサンタ服の出所もそうだろう。
どこから細工をしているのかは分からないが、少なくとも大迫をサンタガールに仕立て上げる過程には、必ずあ
の友人が噛んでいる。
「ちっ…」
『どうかしたか?』
 心配そうに聞いてくる声には、いや何でもないと穏やかに返す。ハメられたことに心中煮えたぎっているが、
大迫は駒にされただけで何も知らないのだ。しかも自分のサンタ姿の事を、大したことのない手札と言っていた
ではないか。
『まあ、他の女先生方が着たら洒落にならないかもしれないがな』
 からから笑う彼女は何も分かっていない。あのけったいな友人の趣味は、可愛いものにかわいいかわいいとま
つわりつく事なのだ。童顔でくりっとした大迫は、見た目だけならカレンの好みど真ん中の筈だ。
「必ず、行くから」
『おう!』
 その後も明日に響かない程度に電話をし、幸福な気持ちで電話を切った。
 そして深夜にも拘らず、すぐさまカレンの番号をダイヤルする。
『ハーイ今晩はバンビィ!』
「うるせえふざけんな!」
『何のことだァ?あ、そうだ今年こそパーティに来いよなー、バンビの為にスーツ用意してんだから』
 いけしゃあしゃあと言ってのける友人に、怒りが増幅する。一年時からパーティに来い来いと一番うるさかっ
た彼はしてやったりという風だ。
 やはり、大迫に受け入れてもらえて気が緩んでいたのだろう。奴の家での恒例の飲み会の最中、気が付けば大
迫の事が好きだと白状させられていたのだ。まあ一度白状してしまえば、いい相談相手というかガス抜きになっ
てくれたので、良かったといえばそうなのだが。
『あー、忙しいナァー、クリスマスの衣装の用意がいそがしいなー?』
「…そうか」
 ただ、雪隆は他人に弱みを握られる事が非常に嫌なので、こうしてからかわれると非常にいらいらする。
『用事無いなら切るよ、ああかわいいサンタさんはカレンさん監修でバーッチリ仕上げるからお楽しみに!』
「…」
 高らかな笑い声と共に通話を切った友人の勝ち誇った顔が見えるようで、思い切り携帯をベッドに投げつけた。
 バレーの王子様カレン様と目を輝かせる女共に、喰えない性格と可愛いものマニアな姿を見せ付けてやりたい。



 かくして、クリスマスパーティ当日。
 道路工事のアルバイトをキャンセルし、理事長邸へと向かった雪隆は早くもうんざりしていた。
 カレンの名を出すと、風呂トイレ完備の控え室に通される。
「スーツだけでいいっつたろ」
「駄目、バンビをイジれるなんてチャンス滅多にないんだ。とことんやらせてもらう」
 嬉々としてグルーミングを続ける友人に、何が楽しいのかとため息をつく。爪を整え髪を切って、シェービン
グを勧めてくるのを嫌々了承する。雪隆も別に不潔にしているわけではないが、やはり美容の専門家が言う事は
違うと細々した要求に応えていた。
「で、一回風呂入って来い」
「ヘイヘイ」
 ばりばりと頭を掻きながらのっそりと浴室に向かう背中を見送り、カレンは奥の部屋のドアを開ける。
「大迫センセ、すいませんこんな所に閉じ込めて」
 そう言うも返事が無い。あれ、と覗き込むと、教師は身を折って声を上げずに爆笑していた。
「イヤ、ははっ、花椿と話してると、アイツ子供みたいなんだなって、くくっ」
「まあ、ツボ分かってますから」
「いいなあ、私は振り回されてばかりだからなあ」
 ひいひい笑いながらもそんな事を口にする彼女に、少し驚く。カレンが雪隆との関係を知っていると伝えたと
きは流石に硬直していたが、しょうがないと一言言った後は隠しもしなくなった。
 ゴスロリ風のサンタの衣装を着た大迫は、お人形さんのようで酷く愛らしい。普段は薄化粧だが、今日はカレ
ンが盛りに盛ったので可愛さが最大限に増幅されている。
「ああそれにしてもセンセ可愛いっ!カワイイカワイイっ!」
「照れるなあ!」
「おいカレン、上がったぞ…、って」
 カワイイカワイイと悶える教え子越しに、腰にタオルを巻いただけの雪隆が現れる。
「ユキ、もうちょうっとちゃんと風呂に入れ」
 驚いたようにこちらを見る彼ににこりとそう言って笑いかけると、大股でこちらへ近づいてきた。
「なんでここに居る」
「着替えと、あと」
 驚かせようと思って、という言葉は抱き締められる腕の中に消えた。
「十分だけだぞ、あと服とメイクは崩すなよ?」
 カレンはにぃっと笑って部屋のドアを閉める。
 大事な友人に、少し早めのクリスマスプレゼントだ。花椿の名と周囲からのレッテルに自分を見失っていた、
そんなカレンを叱ってくれた雪隆には、この程度の恩返しではまだ足りないのだが。



「あ、来たぞ」
「え?あ、ホントだ」
 理事長の挨拶が始まる直前にのっそりと現れた雪隆は、パーティ会場の壁に寄りかかり腕を組んだ。それを目
ざとく見つけた深雪と嵐は、皆が演壇に集中している隙に彼に忍び寄る。
「二人とも、どうした」
「どうした、って。そんな隅にいないでこっちのテーブルに来い」
「ご飯食べはぐれちゃうよ?」
 そうか、と言って雪隆は壁から体を離す。
「えらく素直だな」
「まあな、飯くらいは食おうかと思って」
 そのやり取りに違和感を覚えながらも、深雪はくすくすと笑う。
「良かった、ユキくんが来てくれてうれしい」
 その後も顔見知りや部のメンバーなどが入れ代わり立ち代わり現れて、気が付けばプレゼント交換とやらの時
間になっていたらしい。特に開始宣言などは無く教師扮するサンタが会場に出現するだけなのだが、今年は一味
違った。
「えー、大迫ちゃん?チョーカワイイ!」
「マジで?え?ホントに?」
「写真!一緒に写真!」
 どっと湧いた笑い声と歓声に、何事かと皆の視線が集まる。
「こら、あまり触るな、着崩れるだろぉ!」
「だって、めっちゃかわいいもん!マジヤバい…」
 女子生徒に囲まれ写真を撮られまくり、プレゼント配りもままならない大迫は苦笑している。
「はぁー、あれが大迫先生か。女ってわかんねぇな」
「スゲー!パねぇー!」
 長身の男二人は何が起こっているか見えるらしく、しきりに感嘆の声を上げている。
「嵐君、ニーナ、何なの?もう!聞いてよ!」
 一人訳がわからない深雪は、少し拗ねてぷうと膨れてしまう。
「ホラ、拗ねるな」
「ユキくん?う、うあ!」
 軽々と抱き上げられ、ふわりと視線が高くなる。プレゼント交換でざわつく会場内ではその行為も目立たず注
目される事もない。
「わぁ、可愛い」
 遠目に見える顧問の教師は、普段とは正反対のふりふりに身と包んで生徒に囲まれていた。
「降ろすぞ」
「ありがと」
 柔らかく深雪を降ろすと、嵐と新名がじとりと睨んでいる事に気付く。抱き上げる位いいだろ減るもんじゃな
し、それ以前にもう少し気を配れと頭を振る。

「や、やっと着いた。ごめんな、ぎりぎりだ」
 パーティも終盤、プレゼント交換も終わり掛けにやっと大迫は柔道部が集まるテーブルにたどり着いた。皆か
ら人気のある大迫は、あちこちで捕まっては写真を撮られ引き止められていた。
 もちろん柔道部員らも遠慮はしない。
「遠目に見ても可愛かったッス!」
「マジで大迫先生?」
「はぁー、オンナだったんスねー」
「なにいってんだ、失礼だろ」
 大柄な部員達にわあわあ押しまくられて、それでも大迫は笑顔だ。無邪気な彼らにプレゼントを渡して回ると
丁度袋の中身が無くなり、お役ごめんとなる。
「ホラ皆落ち着いて、集合写真撮りましょうよ」
 その深雪の一言に、皆笑顔で押忍と応える。いつの間にか一眼レフを手に現れていたカレンが、適当に並び方
を指示していく。
「あーっと、お前ら大迫先生が埋もれてるじゃないか」
 そういって雪隆に目配せしてくるのが非常に鬱陶しい。お膳立てされるのも良し悪しだと思いながらも、そっ
と大迫に近づき片手で抱き上げる。ああ、マネージャーより大分軽いなと失礼な事を思ってしまった。
「ひゃ!」
「ほら、コレでどうだ」
 オッケー、とバチンとウインクしてくるカレンに周囲の女子共がきゃあきゃあ言う。実は嬌声の半分は、雪隆
の行動に対するものなのだが本人は全く気付いていない。
「こ、こら、もう!ちょっと!」
「暴れないでください。落としますよ」
 愛する人の柔らかな体温に、仏頂面の雪隆の頬も緩む。その珍しい笑顔の瞬間を逃さず、カレンはシャッター
を切った。
 そして。



「はい、バンビの笑顔写真」
「やったー!やっぱカレンに頼んでて良かったよー!」
 画像データを確認しつつ、編集長は小躍りした。ふっと気が緩んだように笑う雪隆の写真など、花椿カレンで
なければ撮れないだろう。その見返りにパーティ中は一切雪隆に近寄らない事という条件はきつかったが、かわ
りに沢山の写真を提供してくれたので問題はないといえた。
「あんまり公表しないでよ」
「解ってるって」
 イケメン柔道部の貴重なスナップを手に入れることが出来て、彼女はご機嫌だ。きゃあきゃあ言っているフリー
ペーパーの編集部員達を見送って、カレンはごきごき首を鳴らす。
「ご苦労様、カレン」
「あー疲れた疲れた、ミヨ、ケーキでも食べいこ」
 すっと音も無く現れたおかっぱの青年は、じゃあアナスタシアにでも行くか、と先導して歩き出す。
 サンタ選びのクジを細工し、全ての計画を立てて邪魔者を排除していた陰の立役者はミヨだ。彼が居なければ
どこかで計画は破綻していただろう。
「あ、バンビ。うん、コーヒーでも、どう?」
 しかし全くそんなそぶりは見せずに、携帯を取り出し雪隆に電話をかける彼は、やっぱり食えないやつだなと
思う。
 あともう少しで、このたのしい面子との高校生活も終ってしまう事が、カレンはひどく悲しかった。



第4回BLove小説・漫画コンテスト応募作品募集中!
テーマ「推しとの恋」
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