すこしふしぎ

目が覚めたら、横に。

 年下の恋人と幸福な夜を過ごした男は、しかし不吉な夢を見た。魔女装束を着た猫目おかっぱの少女が、憎し
みをこめた瞳でこちらを見ている夢だ。
「バンビをあんまり独り占めしないで」
 ふっと強い視線を投げた魔女は紫色の光を発して消えた。
 そこで目が覚め、おかしな夢を見たと藍沢は首を捻った。そして無意識に隣にいるであろう恋人を抱き寄せよ
うとする、が手は空を切る。と、同時にちいさなちいさな泣き声が聞こえた。
「秋吾さあん、秋吾さあん」
 声をたどると、枕の上にちょこんと雪代が座っていた。そうだ、信じられないがちょこんと座っているのだ。
「は?」
「おはようございますううう」
 丁度、藍沢の掌ほどの大きさに縮んだ雪代が必死で手を振っていた。とりあえずこういったファンタジーに遭
遇した主人公の定石として、まだ寝ぼけているのかと己の頬をつねるが痛みが走るだけで世界は輪郭を変えない。
「お、おはっ、ごほっ、えほっ」
「大丈夫、聞こえているから」
 大声を出し続けて喉が枯れたのか全身を震わせて咳き込んでいる雪代の頭を指先でちょんと撫でる。が、加減
が分からずに弾いてしまう。
「わ、っぷ」
 そのまま枕からころんと転がり落ちてシーツに顔面から落ちる彼女を、慌てて救出しようと手を伸ばす。枕カ
バーをむりやり巻きつけて体を隠しているらしいので、枕ごと持ち上げると、あらためてその小ささがわかった。
「何でそんなに冷静なんですかぁ!」
 大きさは背の高いボックスの煙草くらい―その他顔かたちは一切変化がないようだ、要するに藍沢の愛しい恋
人が全くそのままに、縮んでいる。
「朝起きたら何かしら起きている、というのは物語の常套だろう。ありえないが、想像の範囲外ではないな」
「うー、う」
「まあ、裸で、枕に向かって話しかけるとはシュールな経験が出来たものだ」
 そういってにやりと笑い、今度こそ気をつけて指で頭をなでた。さらさらの手触りは変わることなく、高校生
時分より少し伸びた赤茶色が揺れた。
「もう、すっごく不安だったのに」
「なんとかなるさ、ならなくても俺が一生面倒見るから、気負うな」
「でも…」
 枕の上で不安そうにもじもじする彼女は、はたと一瞬動きを止め胸元まで真っ赤になった。脳味噌にプロポー
ズじみた台詞が届いたのだろう、両頬に手を当てて分かりやすく動揺している。
「さて、今日は外仕事があるからな。そろそろ起きないと」
「は、はい!」
 適当に脱ぎ散らかしていた下着を拾い、ついでに床に落としていたキャミソールを枕の上に座り込んでいる持
ち主に渡し、巻きつける様に促す。
「洋服をどうにかしないとな」
 クレープ状では何かと不便だろうと言いながら、彼女を持ち上げてリビングへ移動する。
「うわああ、高、高い」
「こらもぞもぞしない、落ちたら怪我するぞ」
 藍沢の心臓程の位置でも、彼女にとっては自分の体長の十倍以上の高さであることを思い知る。落としたら死
にはしないまでもかなりの怪我をするだろう。
「…思ったより、厄介だな。いいか怖かったり危なかったりしたら直ぐに言うんだ」
「はいぃ、とりあえずどこかに下ろしてください!」
 彼女を悲しませたり、辛い思いをさせるのは真っ平なのだ。用心に越したことはないと、精一杯の繊細さで布
に埋もれた雪代をテーブルに下ろした。

元凶は何処だ

「そういえば、君にはこんな友人はいるか」
 焼いたパンにクリームスープ、ミネラルウォーターという簡素な朝食を用意した藍沢は、テーブルに座るなり
紙切れにえんぴつで絵を描いた。やわらかな黒鉛がくずを出しながら描いた線は、昔ながらの魔女スタイルの女
の子を形作った。
「で、こう、おかっぱで大きな猫目の…」
 ぐりぐりと目が書き込まれ、ぱっつんと切りそろえた髪の毛が足されるとそれは雪代の友人に良く似た、可愛
らしい少女になる。
「なんで秋吾さんがミヨのことを知ってるんですか?」
「やはりそうか、君、その子にバンビと呼ばれているな」
 そんなことまでと絶句する。そのまま男は少女の目の前に、小さくちぎったパンとほんの少しのレーズンバター
を乗せた小皿、水の入ったペットボトルの蓋を置いた。
「頂きます」
「あ、ありがとうございます、頂きます」
 硬い外側と内側のふわふわが美味しいパンは小さくなった雪代でもちぎって楽に食べることが出来る。
 暫くは会話もなく、黙々と二人で朝食を胃に入れる。スープが欲しいですと言った雪代に、藍沢はスプーンを
差し出してくれる。行儀が悪いような気がしたが、匙の先を咥えるようにしてスープをすすった。
 その様子の可愛さに頬が緩みかけた藍沢は、つくろうように言葉を継いだ。
「で、だ。恐らくその子が、君のそれを引き起こした原因だと思われる」
「ふぇ?」
 スプーンを覗き込んでいたせいでずり落ちた布を肩にかけてやり、鼻先についたスープを拭ってやる。
「実に飛躍した理屈なんだが、まあ君が縮んだこと自体ファンタジーだからいいだろう」
 夢にその女の子が出て来て、奇妙なことを喋ったと雪代に伝えると、妙に納得したように彼女はふんふんと頷
いた。
「間違いない、とは言えないですけど、ミヨなら出来るかも―」
 星を読み情報の流れを把握し、目に見えぬものを知る彼女ならばあるいは、と藍沢に説明する。
「でも、とても素敵な友達です」
「成程。じゃあずっとこのままと言うことはないな、少し惜しい気もするが」
「もう!」
 ぷうと膨れて雪代はぶちぶちパンをちぎる。本来なら何時ものように藍沢を軽く打ちたいところなのだが、全
く手が届かない。
「あとで電話掛けるの手伝ってください!」
「はいはい」
 笑い声と共にキッチンへ去る背中を見送る。きっとコーヒーを淹れるのだろう。いつもは雪代の役目であるが、
今日は出来ないことが妙に悲しかった。

ポケットって意外に深い

「ミーヨー!」
「バンビ、なに?」
 何時もと同じ口調ながら僅かに笑いを含んだ友人の声に、何じゃないわよもう!と怒鳴る。
 自分の携帯電話を半開きのくの字型にしてその前に立ち、スピーカーに頭を近づけ足元のマイク部分に大声を
出す。
「大丈夫、一日で治る」
「本当に?」
「うん、一日しか持たない」
 残念、と呟く声は聞かなかったことにする。
「お洋服、用意してるから」
 どこまで周到なのだと溜息を吐き、ちょっと待ってと怒鳴る。危ないから外には出ないつもりだったのだ、ど
うせ一日で治るなら余計そうしたほうが良い気がする。しかし、一人でこのマンションにいてもトイレや水を飲
むことにも苦労しそうだった。
「何だって?」
 首をことりと曲げて悩む雪代に、顔を拭いながら洗面所から出て来た藍沢が声を掛ける。
 体が小さくなったことによって声も響かなくなったのか、近づかないと彼女の声が聞き取れないことに気付き
テーブルまで近寄って掌で囲い、声を聞く。
「間違いなく彼女が犯人です。一日で治るって言ってます」
「そうか」
 ほんの少し語尾が下がった男の声に、きっと雪代は睨みあげる。
「もう!秋吾さんも私が小さい方が良いですかぁ」
「そうは言ってない」
 藍沢は、ぷりぷり怒る雪代の前で点滅する携帯を取り上げ、耳に当てる。
「初めまして、魔女のお嬢さん」
「―藍沢秋吾」
「先ほどは随分な挨拶をどうも」
 夢と現実を混ぜて会話をするなど非常識も甚だしいが、現状がファンタジーであるので遠慮なく切り出す。
「洋服とか、用意してるから。バンビをつれてきて」
「お人形さん遊びでもするのか?」
 電話越しに散る火花に、しばし沈黙が降りる。会話が聞こえない雪代は、不安そうに藍沢を見上げる事しか
出来ない。
「君は、どうしたい」
 結局は雪代のしたいようにさせたほうが良いと思ったらしい藍沢に優しく持ち上げられて、目の高さでそう聞
かれる。
「そう…ですね、一人でここに居るよりミヨのところに行った方が安心だと思います」
「そうか」
 掌に乗せられたまま、藍沢がみよと会話するのを眺めた。

「車で彼女の家に付けるから、あまり緊張しなくていいぞ」
「はい!」
 とはいっても、手に持ったまま移動するわけにも行かないし、鞄に入るのはためらわれた。さてどうするか、
と考え込むと藍沢がいつも煙草を入れている胸ポケットが見えた。
「秋吾さん!そのポケットに入ってもいいですか」
「煙草くさいぞ?」
 いいです、と返事をして煙草を退かしてもらい、ポケットに収まる。
「うわ、結構深いですねー」
「顔出るか?」
「だいじょぶです!声も聞こえるし怖くないです」
 にこにこ弾んだ声が自らの顎下から聞こえる違和感にくすぐったくなりながら、男は地下駐車場へと向かった。

歯医者
エロ注意

 焦らして焦らして、のたうつ少女の体をそれでも責め続ける。物慣れた女なら当の昔にもう止めを刺してくれ
と縋って懇願しているだろう。
「ほら、欲しいなら言わないと…?」
 陰核を嬲っていた舌を外し顔を上げると、雪代は自分の指を噛んで涙を溢れさせていた。
 しまった、と藍沢は即座に少女を抱き締める。指を口から出させ、きつく歯形のついたそこを癒すように舐める。
「ごめ…、ぁい、しゅうご…さん」
「何故君が謝る。悪いのは俺だ」
 初心すぎる彼女は、藍沢が思うより性的なことに対する羞恥が強い。今もねだる言葉をどうしても発すること
が出来ずに、強すぎるのに決定的ではない快感をただ泣いて耐えていた。
 ちゅ、とキスをしてぼろぼろと零れる涙を舐め取る。
「んゃ…う」
「ほら、手を貸しなさい」
 手を取ると、雪代は軽く握り返してくる。
「して欲しくなったら強く握るんだ、いいな」
 まるで歯医者のようだと思いながら、藍沢は右手の指を組み合わせたまま少女の胸を唇でなぞり、左手で性器
のひだをくすぐる。
「っ…、や、ぁ…」
 じわじわと舌を下ろし、臍の辺りに何度も口付ける。すでに愛液のあふれる秘裂は何度も藍沢の指を滑らせた。
 快感に波打つやわらかな腹に赤い跡が三つ付いたとき、遂にきゅうと手が握られた。
「良く出来たな」
 汗ばんだ髪の毛をかき混ぜてよしよしと撫でてやる。涙の膜の張った黒目がちな瞳が、ガラスのように藍沢を
映していた。
「あ、あ、あーーーーーっ」
 はぐらかしていた快感を、惜しみなく与える。陰核を剥いて強く触れ、ナカにも指を挿れてぐるりと刺激した。
「悦いな?」
「やぁ、ああああん、ふぁ」
 凄まじい絶頂を何度も味わっているらしい彼女は、背をそらして脚の先まで痙攣させている。
「あ、はぁ、もう、も」
 全身桃色に上気して息も絶え絶えな中、雪代は再度ぎゅっと右手を握ってくる。そのあまりにけなげな様子に、藍
沢の心中もかき乱された。
「好きだ…あいしてる」
 直裁な愛の言葉に雪代が瞠目する間もなく、ゆっくりと藍沢の陰茎が侵入してくる。
「ぁ、あ、ぐ…」
「息を吐け、そうだ…君はいい子だな」
 とろとろに溶けた内部がぎゅうぎゅうに締め付けてくる。右手は繋いだままだから、左手だけで彼女の脚を上
手く開かせて根元までごくゆっくりと納めきる。
「ふぅ…」
「あ、ぁう、おなかに…、しゅうごさん…が…」
 はくはくと空気を求めるように口を開閉させる雪代が、うわ言のように呟く。
「そうだ、痛くないか」
 ぱたぱたと首を振る様子に安心する。藍沢も相当限界なので、これ以上気を使いながらやるのは困難だと感じ
ていたからである。
 汗で滑る手のひらをぎゅうと握りなおしそのまま右手をベッドに押し付ける。そして左腕で彼女の腰を持ち上げ尻を
鷲づかみにし、己の膝立ちの位置と合わせ激しく突き上げる。
「あんっ、やぅっ、はぁんっ!あぁ――!」
 少女の体を掻き抱き、初心で華奢な腰を無理矢理こじ開けるように奥まで侵略する。先端が子宮に当たる感触に
藍沢も煽られた。
「お…おくっ、やぁ、や…なに…」
「は…、っはぁ、子宮だ、判るんだな」
 しきゅう、とそのまま鸚鵡返しにした雪代の胸元に藍沢の汗が滴る。不精をして伸ばしたままの髪も束になっていた。
「ほら」
「――っ!ひっ、やぁぁあ!」
 ごり、と自分の腹の奥にあるらしい突き当たりを陰茎で捏ねられると、電流のような衝撃が走り体が動かなくなった。
痙攣する膣に藍沢も持っていかれたらしく、荒い息を吐いたまま雪代を抱き締めてきた。


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