転換大迫先生、文化祭後デートのお話

「何怒ってるんだ」
「…怒ってない…」
 むっ、と顔を上げる大迫の表情はやはり機嫌が悪いようだった。しかし繋いだ手は外さずにいてくれるところ
を見ると、本気で怒っているというよりは拗ねているのかも知れない。とりあえず様子見かと彼女の手を引いて
雪隆はのんびり足を進める。ただ歩いているだけで幸せでたまらないのは、やっと手に入れた愛しいひとが傍に
いるからだ。
 日も暮れかけた路上には様々な客引きが出没し、道行く人々に声をかけている。ふと雪隆と大迫の前にも、若
い居酒屋の店員が躍り出てくる。
「あのー、ウチオシャレなラウンジ系何スけど、デートの〆にいかがっすか?」
 差し出されたパウチのメニュー表は確かにしゃれたもので、いかにも大学生カップルが好きそうな雰囲気だ。
休憩代わりに使ってもいいかと思ったが、手を繋いでいるのが学校の担任である事を思い出し雪隆は首を振った。
「あー…じゃ、これクーポンなんで機会があったら!」
 青年の揺れを見抜いたのだろう、店員は素早く取り出した券を握らせ直ぐに別のカップルへと擦り寄って行っ
た。
 と、今までずっと黙っていた大迫がぎゅうと手を力強く握ってきた。
「ユキ…」
「ん?」
 居酒屋の客引きを難なくかわした事で、普段の行状について説教されるのか身構えた雪隆は、むすっとしなが
らも照れているような表情に驚く。
 教師としての彼女は、はっきりものを言い迅速に行動する。こんな風に語尾を濁したり曖昧で複雑な表情を浮
かべる事はまずないので、新鮮で可愛らしくてそれだけで雪隆の心拍数も上がる。
「…」
「どうした」
 往来で立ち止まるのは邪魔だろうと、人待ちが群れるショウウインドウの前に彼女を引き寄せる。ざわつく街
中は声が聞き取りづらく、大迫に身を寄せると背伸びをした彼女にぎゅうと耳を抓られた。
「いてぇ…」
 かなり痛かったが大げさには叫ばず、俯いて堪える。すると短い黒髪のつむじが見えたので、ふっとそこに息
を吐きかけてみた。
「だっ!だから、おまえは…」
 弾かれたように顔を上げた大迫は、首まで真っ赤で大きな瞳がこぼれそうな位に涙をためていた。
「悪い、何か…何かあったか」
「うー…、だから…、なんでそんなに」
 そこでほろっと涙がこぼれたのを見て、雪隆は軽く彼女を抱き寄せた。涙でも鼻水でも、思う存分服で拭けば
いいと思う。
 小さな声で、何でそんなにスマートなんだ、と言われ、きょとんとしてしまう。
「スマート…?」
「だって、もしかしたら姉弟にしか見られないかもとか色々考えて、私がリードしないといけないかなとか思ってたのに…」
 ぐすぐすとかわいらしい事を言う大迫に、胸が苦しくなる。
「ずっと楽しかったし気は利くしなんでも直ぐ気付くし…。それに…カップルにしか見られてないみたいだ…」
「カップルじゃないのか?」
 真っ直ぐ見つめてそう言うと、彼女はもういやだと言ってはぁとため息をつく。
「お前高校生だろぉ…!もっと高校生らしくしろぉ…」
「―そうか…」
 その言葉に先程から急に拗ねだした理由が知れて、雪隆は胸を撫で下ろす。折角の貴重なデートなのだからと
浮かれすぎ、何か粗相をしたかと思えば全く逆の事を言われた。
「ほ、ほら、恥ずかしいから腕外せ。な?」
「嫌だ。高校生らしく、だろう」
 丁度雪隆の目線の先で、ぎゅっと手を握り合った高校生カップルがこっそりとキスをしたのが見えた。その微
笑ましくも臆面のない行為にひとつ頷き、雪隆もぐずる大迫の鼻先に口付けた。
 それにひゅっと息を呑んだ彼女の隙を突いて、今度は唇に押し当てる。ぬるりとした口紅の感触に、指でじわ
りとそれを拭う。
「ゆっ、ばか…!」
 大迫は恥ずかしさに頭のてっぺんまで熱くなって俯いてしまう。きっと、周囲からはマナーのないバカップル
として蔑まれているだろう。それより、雪隆が唇を拭う動作が様になりすぎていて堪らなかった。
 堕とされている自覚はある。
 好きだと言われてそのあまりの必死さにしょうがないなと許しを出したのは大迫である筈なのに、終始主導権
は雪隆に握られっぱなしでまるで小娘のように右往左往するだけだ。あれほど重く圧し掛かっていた生徒だ先生
だという枷も、触れられて手を繋いでいるとぐずぐずに溶け去ってしまう。
「ば、晩飯はわたしが作ってやるから、帰ろう、な?」
「いいのか?」
 そんなに嬉しそうに目を細めて笑わないで欲しい。もうすこし、他の生徒たちのように、図体ばかり大きくて
まだまだ子供っぽい、そんなアンバランスさを見せて欲しい。
 腰に回された手が熱くて、ぞくぞくと背筋に甘く痺れが上がる。だいたい、こんなにべたべたとした態度など
取った事がないのだ。高校の時に初めてお付き合いをしたひとも大学の間一緒にいた男も、どちらとも脳味噌
が筋肉で出来たような体育会系だったから、ロマンチックさとは無関係だったし大迫もそれが良いと思っていた。
 それがだ。いい大人になってから十近く年下の青年にメロメロにされているなんて、下手な恋愛小説のようで
はないか。

 はばたき市から少し離れた街は薄暗く暮れ始め、駅前も人が多くなって来ていた。
「電車だと、帰宅ラッシュと重なるかもな。どうする」
「そうだなー…、歩いて帰るか?」
「緑がそうしたいなら、いい」
 いちいち台詞がくさい。しかしその台詞にとろけそうになる自分がもっとどうしようもない。
 彼に手を引かれて歩き出すと、日没後の柔らかな紺色の空に三日月が引っかかっているのが見えた。
「買い物して、帰らないとな」
「ん。俺、魚が食べたい」
「良いのがあったらな」
 食べたいものを先制して言うのもとても気が利いているなと苦笑いして、大迫は携帯電話で安売りの情報をチ
ェックする事にした。


性転換大迫卒業前

「もう直ぐお前らも卒業なんだなあ」
 感慨深げに柔道場に座り込む大迫は、少し寂しそうな表情を浮かべて正面に座る生徒を見上げた。
「後輩たちが居るだろ」
「ひいきはしたく無いんだが、やっぱりお前らは特別だぁ!」
 柔道部を立ち上げて、立派な部活に育て上げた彼ら。不二山嵐を筆頭にマネージャーの村田と、裏から色々と
支え続けた雪隆の三人は、大迫の教師人生のなかでも決して色あせることのない思い出となるだろう。
「私も、もうちょっと頑張ってはば学在学中に柔道部作ればよかったかな」
 へら、とわらって頭をかく。大迫自身は学生生活に悔いは無いものの、ひとつしたの学年の異常な功績とこの
教え子達の頑張りを見ていると、やはり青春のパワーは凄いなと思ってしまう。
「凄く楽しかったよ。柔道部の顧問になれてよかった!」
 そういってにっこり笑うと、一瞬怯んだように目線をさ迷わせた雪隆は長い腕を無造作に伸ばしてきた。
「オレも。センセーに会えてよかった」
 柔らかく抱き締められて、思わず突き飛ばしそうになった手を必死で収める。
 彼はずっとずっと、大迫のことが好きだった。
 それを大迫も、知っていた。
 幾つか経験した恋愛より、もっとずっと重くて真摯な彼からの思いに、大迫が負けたのが三年の夏休み。
 でも、と。卒業するまでは色々駄目だと強く突っぱねたくせに、文化祭の後結局家に呼んでしまったのは自分
の弱さだと思った。
 はば学怖い人ナンバーワンを桜井琥一と競り合う雪隆が、必死な形相で好きだ、好きなんだと浜辺で追いすが
ってきた時、大迫はもう逃げられないと思ったのだ。
 そういうことをつらつらと考えていると、腰にぐっと手を回され唇を塞がれた。
 卒業式まであと二週間も無いのに、と青年の腕を思い切り握りつぶす。本気で握っているのに痛くないのだろ
うか、キスを止めないどころか深く舌を差し込んでくる彼は動じない。
 逞しくなったな、そう思うとだんだん腕の力もなくなってくる。やる気を失っていた一年の頃ももちろん大柄
でしっかりはしていたが、三年間不二山に付き合った所為かがっしりとした筋肉が載って実に頼もしい。
 大迫が抵抗を止めた頃合に、一旦身を離した彼はとんと教師を畳に突き倒した。
「がっこうで…こん、なぁ…!かえろ…な?」
「センセー、ほんとガード甘いな」
 ぎゅうと押し付けられて、又唇を塞がれる。好きだから、驚くほどにこの生徒のことが好きだから、無意識に
隙を見せてしまうのかもしれない。
「本当に、駄目だ!帰るぞ!」
「大声出すなよ、センセー。見付かったらどうすんだ」
 暴れる大迫の動きをやすやすと封じ、白いジャージを無造作に引き抜く。
 もう一度今度は快楽に突き落とすために深くキスして、腕も足も上手く押さえつける。これは柔道をやってな
きゃ逃げられてたな、と思うほどに大迫の抵抗は激しかった。
 真面目で熱血で誰よりも生徒のことを愛する彼女は、本当に学校でこういうことをするのは許しがたいのだろ
う。だが、彼女が愛する学校と生徒が居る場所で、特別だと、愛していると、そう言って欲しかった。
「だめぇ…、だめだぁ…ぁああ!」
「どこが?」
 動きを封ずるには、と生徒は手早く下着を脱がせ、ぐっと自身を捻じ込んだ。急な挿入に慄いたそこは先端す
ら飲み込めずに痙攣する。
「ひゃ!いっ!痛ぁ…!ぐっ…」
 流石に抵抗を止めた大迫は、がりがりと畳に爪を立てる。腕を押さえつける必要が無くなり、ジャージの上を
はだけさせシャツとブラジャーを乱雑に押し上げる。
「裸に純白のジャージっつーのもエロイな…」
「なに、言って…っ!」
 大迫の胸がかなり大きいことを知る人間は少ないはずだ、押さえつけるタイプの下着なんぞそうそうお目にか
かれるものではない。締め付けから開放されたふかふかの胸が現れ、存分にそこに顔を埋める。
「う―…、っ、ふぅー…っ!」
 ちゅ、ちゅっとキスをしてただただ柔らかなそれに指を沈ませる。赤い跡をつけながら先端にたどり着き、舌
で抉るようにそこを舐め上げるとくうっと教師の背が反って、中途半端に捻じ込んだままだった膣が柔らかくな
る。雪隆はそのチャンスを逃さなかった。
「ふ…」
「あ、ああああああ…ぁ」
 なすがままに太いそれを飲み込んだ下半身が溶けそうに気持ちがいい。きゅんきゅんする腰が甘く痺れ、足の
力が抜ける。
「も、ぉまえ、きらい…」
「キライな奴のちんぽで気持ちよくなる先生も、好きだ」
 言葉尻を取られて卑猥なことを言われ、でも醒めることなくぞくぞくと痺れてしまう自分に嫌気が差す。彼の
体が大迫の尻に触れるほどに深く犯され、飽きることなく胸に吸い付かれるといい加減大迫の鉄といわれた理性
も破れ落ちてくる。
「は、はぁ、あ!あぅん、ぃぁ!」
「はぁ…、センセ、センセー…」
 じゅぶじゅぶと体の奥から液が漏れるのが良くわかる。学校で生徒とこんな事、許されないのに気持ちが良い。
「ユキぃ…、ユキ…」
「は、素直になったな。―みどり?」
 ユキ、と二人で居る時だけに呼ぶ名前を口にすると、滅多に呼ばれない下の名前で呼ばれる。ぞくぞくする。
もう、戻れない。
「うんっ…ユキ…、はぅ!きゃ…う!」
 ぎゅうっと抱きつくと、大迫を潰さないように腕を立ててくれる。さらに首筋に噛み付かれたのだろう、鋭い
痛みが走る。
「センセーが、いっつもなんでもねーって顔して授業してるからスゲームカツク」
「っ…、ら、って、しかたな、ぃだろ?」
 ぎゅっと眉間に皺を寄せた雪隆は耳たぶにぎりぎりと噛み付いてくる。クールで頭の回転が速く、無表情気味。
大分怖いと評判の彼が、怒りと戸惑いを露にがっついてくるのが愛おしい。
「今日だって何でスカート穿いてんだよ」
「卒業式…のッ、リハがぁ…あ!も、ぅ!」
「尻がエロいんだよ…」
 独り言のようになっていく雪隆の言葉は、とても純情で拙い物になっていく。
「センセーのこと女扱いするやつが増えたら困ンだよ」
 ただでさえ、皆に人気のある大迫に常日頃から嫉妬させられているのに、恋愛感情を寄せる輩にまで神経をす
り減らされるのはたまらない。
「俺だけ、見てくれっていっても、センセーは…」
「お前だけ、見てるよ?」
 言葉に出して捕まえて目の前に囲わなくても、雪隆とその他の人間は違う。きっとどんなにつくろっても、こ
の生徒だけを見ていることは分かる人にはわかるだろう。氷室に遠まわしに釘を刺されたことがある大迫は、ま
すます自重していたのだ。
 まだ、若いから。きっとそんな秘めやかな特別では物足りないし気付かないのだろう。
「好きだ…、すきだ―」
「うん、わたしも、すきだぞぉ…」
 不純だが、柔道場に又一つ思い出が増える。小柄な大迫に投げ飛ばされまくった一年生時から、たった三年間
と思えないほどの濃い思い出がココには積もっている。そして、こうして好きで仕方がない先生と抱き合うこと
が出来、幸福な結末に雪隆は泣きそうになってしまう。
「何泣いてんだ…、ほら、泣くやるか、どっちだ!」
「―っ、っく、う」
「ああもう、ほーら」
 泣き崩れる生徒をぎゅうと抱き締める。この三年間で大きく成長した彼を、もっとこれからも、ずっと見てい
たいとそう思った。

 オマケ・トバッチる夫婦

 この寒いのに、柔道場の前から動かない嵐は目を閉じてドアに凭れたままだ。なんど深雪が帰ろうと促しても、
頑としてそこを動かない。理由を聞いても首を振るだけの彼に、深雪は業を煮やしてドア鍵を開けようとした。
「…しらねぇぞ」
 ぎっと睨んでほんの少しだけドアを開けた嵐の横から、雰囲気に釣られてそっと中を覗く。中には人が居るよ
うで…。
「あ、え、うそ?」
 よく見知った二人、親友とも呼べる青年と大好きな担任で顧問の先生が抱き合っている様子が、遠目に見えた。
二人とも三年間ずっと一緒に居たから見間違えるはずもない。
「嘘じゃない、見たとおりだ」
 再びドアを閉め、背を預けた嵐はじっと深雪を見つめた。
「あー…、えと、ど、どうして?」
「俺が知るか…」
「嵐くん、もしかして」
「人がこねーか見張ってる。あいつと大迫先生がこんなアブネー事すんだ、なんかあるんだろ」
「そ、そうだよねえ。よっぽど何かあったんだよねえ」
 真っ赤になって落ち着かない深雪は、そわそわとマフラーをいじる。嵐とは、それなりにそういったことをし
ているので、余計気まずいというか居た堪れない。
「まだしばらくはかかるだろ、お前は帰れ」
「う、うん…」
 しばらくかかるのか、と思いながらその内容に思いを馳せてしまい余計真っ赤になる深雪を、嵐が手招く。
「…やっぱここにいろ、そんな顔すんな」
「え、ええ顔へん?」
 そっと寄り添うと、嵐の肉厚な手が頬に当てられる。
「すげー熱い」
「口で言ってくれたらよかったのに…」
 人の、しかもとても親しい大切な人たちの行為を見るなんて、決して趣味のいいことではない。
「しんじねーだろ。それに誰かに聞かれるとまずいしな」
「もう…」
 そのまま不器用に上向かされて、たどたどしくキスされる。まだまだ、要領を得ない二人は柔道場内の彼らと
は対照的だった。



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