注意:捏造がひどいです。原作にないキャラがでばります。

目を背けない

「玉緒ちゃん、機嫌悪いの」
 機嫌が良い筈は無い。紺野が一年生だった頃散々振り回して、そのくせ勉強も生徒会活動も完璧だった女。常に付きまと
う不安と劣等感をより根深いものにした当人に急に呼び出され、喫茶店で向かい合っているのだから。
「御用は何ですか」
「あいかわらずカタいのね」
 何が楽しいのかころころと笑う。自分とは違う要領のよさが余裕に繋がっているのだろう。旧帝大理系の二年生であるの
に、綺麗に巻かれた髪は肩口で揺れ、華美な服装を着こなしグラスを持つ指先を綺麗な桜色の爪が飾っていた。
「先輩もお忙しいでしょうし、用が無いなら失礼します」
 伝票を持ち、紺野が立ち上がろうとすると、鋭い目で睨まれる。
「座りなさい」
 ここで負けたらまたこの女に振り回されると腹に力を込め睨み返し、そのまま立ち上がり背を向ける。
「人の話も聞けない子になっちゃたの、玉緒ちゃん。あの子も、こんな男が彼氏だなんて可愛そうねえ」
 彼氏、という言葉に紺野は振り向く。
「僕は今、誰とも付き合っていません」
「嘘。ね、今日はそのことについて話に来たの。座って」
 上品な色に塗られた唇が笑みを形作る。やけに肉感的なそれから目をそらし、紺野は浅く腰掛けた。
「用件だけお願いします」
 まあ、可愛くない。と芝居がかって言った女は、からからとアイスティをかき回した後、急に真面目な顔になった。
「後輩から聞いたんだけど、一個年下の子と付き合ってるんだって」
「付き合ってはないです」
 予想もしない問いだったが即時に答える。
「付き合っては、無い。ってどういう事」
 頭の良い女は言葉のニュアンスを摘み上げる。
「勉強を見てあげたり、偶に一緒に出かける位で、気の合う良い後輩だと思っています」
 本当にそれ以上もそれ以下も無い。目の前の女とは真逆で、人を弄することなど全く出来ない不器用な後輩。
要領の良い奴に利用され成果が見えにくくなっていた彼女が気にかかり、声をかけたのが始まりだった。
「本当にそう思うの。よく考えてみなさい」
「くどいですね、本当にそれだけです」
 撥ね付けるように返す紺野の態度に、女は息をついた。
「わかったわ。じゃあ、良く考えてごらんなさい。貴方にとって彼女がどういう存在なのかをじっくりと」
 女には、紺野が年下の少女を好いている確信があった。
 中等部生徒会から推薦されそのまま高等部でも生徒会に入った紺野を、からかいながらも可愛がり、まあ遊び半分で
はあったけれどもセックスのやり方も教えた。最終的には恨まれる結果になったけれども、彼女なりに紺野の事を理解し愛している。
 赤城から、何時に無く紺野が幸せそうだ、彼女が出来たみたい、と聞いたとき、母か姉のような気持ちで様子を覗きに行った。
本屋で少女と立ち話をする紺野は、女が見たことも無い穏やかな顔をしていた。いつもの何かに怯え疲れている様な様子はまる
で無く、ただ笑っていた。
「話はこれだけ、私も玉緒ちゃんのこと心配してるのよ」
「嘘でしょう」
 笑いもせず真顔で否定してきた紺野に、すっかり嫌われたものねと少し悲しくなる。
 レジで各々別に会計を済ませ、外に出る。春の生暖かい空気がむわりと二人を包んだ。
 日傘をさした女は、くるりと紺野の方に向き直る。その顔は、無欠の生徒会役員時代の毅然とした顔だった。
「繰り返すけれど、本当にきちんと彼女のことを考えてみなさい」
 信じないでしょうけど私は貴方の幸せを願ってるわ。そう言い残して、白い日傘は遠ざかっていった。
 残された紺野は、トラウマとの対面を終えたことに安堵する。毅然な態度をとって見せたものの、彼女の前に出ると
平静で居られなくなるのは相変わらずだった。
 一度公園通りのタイル道を蹴り、歩き出す。
 
ゆっくりと、久々に公園でも散歩して帰ろうか、と足を進めると、前方に見慣れた姿があった。まさか先程話題に上っ
たばかりの後輩に会うとは思わず、驚くと同時に先程の女の言葉が蘇る。
「紺野先輩ー」
 向こうもこちらを見つけたらしく、控えめに手を振って歩いてくる。余りに出来すぎた展開に眩暈がする。
「やあ、村田君」
 なんとかそれだけを伝える。友達と買い物をした帰りなんですよ、と笑う村田は今日も可愛らしい格好をして、更にそれ
が良く似合っている。僕も公園を散歩しに来たんだよと言うと、お邪魔でなければ一緒に行っていいですか。とちょこん
と顔を傾げるので思わず頷いてしまう。
 六分咲きといったところの桜並木を、二人で歩く。春休みの出来事やお互いの学年の話など、たわいも無い事を話して
いるだけなのに、先程極限まで緊張していた紺野の体から力が抜けていく。
「そういえば、さっきは良く僕を見つけられたね」
 不意にわいた疑問を口にする。
「いえ、ちょうど生徒会OBの方とすれ違ったんですよ。そしたら紺野先輩がもうすぐこちらに来ると言う事だったので、待ってたんです」
 なぜ村田があの女のことを知っている、と動揺とも怒りとも知れないものがこみ上げる。忘れたい過去、いや村田に知
られたくないみっともない自分が暴かれることだけは避けたかった。だから、白々しく問いかける。
「どんな人だった?」
「秋に一度お見えになった、綺麗な女の人です。名前は、ええと」
 ああ、あの人ね。と会話を遮る。顔を覚えてもらってて嬉しかったですとにこにこする村田は、あ、と声をあげ紺野を見上げた。
「紺野をよろしく。と言われました。紺野先輩によろしくってことですよね」
「…はぁ」
「先輩?」
 最後までかき回さないと気が済まないのか。
 流石に頭が痛くなってきた紺野は眉間を押さえ、立ち止まる。心配そうに見上げてくる村田の為に微笑もうとすると、
無理しないでください。とたしなめられる。
「休憩しましょう」
 少女はそう言ってゆっくりと紺野を花見の喧騒から遠い芝生広場の隅へ連れて行き、常緑樹の木陰に落ち着かせた。
ちょっと待っててくださいね、と言い残し彼女はどこかへ駆けていく。
 芝生も土も柔らかく、温かい。思わず紺野はごろりと寝転んだ。薄ぼんやりとした春の空はとても穏やかだった。
「先輩」
 しばらくして村田の声が聞こえたが、起き上がる気にはなれなかった。
「冷たいお茶、買ってきました良かったらどうぞ」
 顔だけを声のほうに向けると、すぐ横に座った少女が控えめにペットボトルを差し出していた。
「ありがとう。…凄く気持ちいいよ」
 膿んだ考えがぐるぐる回る頭を冷やす為、ペットボトルを額に当てる。
 どういたしまして、という呟きが聞こえ、それからはどちらも沈黙した。それはとても心地のいい無音だった。
 日が低くなると、桜の季節でもまだ冷たい風が吹き始める。いい加減帰らなければと紺野が体を起こすと、少女は
すうすうと寝息を立てていた。
 律儀な子だ、と思う。紺野を置いて帰ることも起こすことも出来るのに、なんとなく付き合ってしまったのだろう。
 そこではたと気付いた。
 年下の女の子を数時間無視して寝転がっていたのは誰だ。普段の紺野なら絶対にしない行為だ。気を使い、他人の目を気にするはずだ。
『きちんと彼女のことを考えてみなさい』
 不意に女が去り際に残した言葉が蘇る。そうだ、あの女はいつでも紺野のことを本人以上に分かっていた。それが何より嫌だったんだ。
 まだ、答えは出せない。だが逃げるのはやめようと思った。
 眠る少女の肩に柔らかく触れる。少し揺らすと、眠気に潤んだ瞳が紺野の方を見上げた。
「帰ろう、冷えてしまうよ」
 徐々に目の焦点が合い、村田はあわてて立ち上がる。
「ごめんなさい!寝ちゃうなんて…」
「いや、僕もずっとごろごろしてたし大丈夫だよ」
 背中や肩に付いた木屑や芝生を払ってやる。
 ずっと座っていたためか、若干足元がおぼつかない後輩の手をとってやり、そのまま歩き出す。建前はあれど、
手を繋いで歩いている状況に、村田は赤くなってしまう。
 そんな様子を見て、紺野は意を決した。
「村田さん、こうやって二人でいるときは名前で呼んでもいいかな」
 ゆっくりと彼女を振り返り、立ち止まって告げる。一瞬の間のあと、火を噴いたように少女は赤面しぎゅっと紺野の手を握り返した。
「いやかな」
「…ゃ、じゃないです」
 俯いて、蚊の鳴くような声で告げられる答え。
「雪子さん」
「はい」
「良かったら、またこんな風に一緒に出かけよう」
「…はい!」
 はにかんだ様な笑顔で返事をする彼女に、紺野も笑顔になる。
「もう夕方だ、家まで送るよ」
 同じ委員会の先輩後輩というくびきから一歩踏み出した二人は、手を繋いだままゆっくりと桜並木を帰っていく。
 お互いの恋心に気付くまであと少し。


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