氷室先生と

 生徒会長でかつ成績優秀何より真面目、そんな紺野が、授業中思い切り余所見をしている。そんな珍しい状況に、あくまで授業
を続行したまま氷室はその目線の先をたどった。
 グラウンドでは体育の授業が行われている。ジャージの色から判断すると、どうやら二年生女子のようだ。
 長距離走なのかクールダウンなのかは分からないが皆ぐるぐるとグラウンドを走っていた。一番後ろの方でよたよたと走る生徒
がぱっと顔を上げ、ちょこんと頭を下げ手を振った。
 一瞬自分に頭を下げたのかと思い驚くと、紺野が僅かに手を振り返していた。
 そのやり取りに、教師は溜息をついた。いくら自分を律し、真面目に努力を重ねるタイプでも色ボケはするものだ、それは自分が身に染みてよくわかっている。
「紺野」
 トン、と軽く机を叩くとはっとしたように生徒は振り向いた。
「すみません」
「今回は不問とする、次は無いぞ」
 そう言って軽くグラウンドを目線で示すと、動揺したように紺野がペンを取り落とした。

捏造マラソン大会 

 冬のさ中、土曜午前中に行われるはばたき高校マラソン大会は一部の男子と大方の女子の試練と化している。三学年合同で
男女に別れ一定の距離を走るだけのものだが、何にせよ長距離走は辛いものだ。
 更に、特に栄誉や賞は無いものの、全校を挙げての競技なので一位になれば目立つしヘマをしたなら恥をかく。
運動部では下位に落ちないように部員を律し、そうでない者も女子の前で良い格好をしたいがために頑張ったり
もする。
 意外と悲喜こもごもが繰り広げられる大会で、雪子は一年次は途中棄権、二年次は最下位徒歩集団でよろめき
ながらゴールという惨憺たる結果を残していた。それでも真面目な彼女は参加したことに意義があると思ってい
るらしい。二年目の大会で何とか学校に帰還し、グラウンドに蹲って腹を押さえひゅうひゅうと笛のような息を
漏らす雪子の背中を撫でながら、紺野はいっそサボって欲しいとまで思った。
 完走に重きを置いた大会なので、トップと最下位の時間差がとても大きい。よって閉会式は特に設定されてお
らず、ゴールした者から申告して解散という形を取っていた。
 雪子と一緒にゴールした真面目だが体力の無い女子数人がぐったりとするだけで、もう殆どの生徒はグラウン
ドから去ってしまっていた。
「雪子さん、無理はしちゃいけないよ」
 ふるふると精一杯の否定を乗せて頭を振って少女は、まだまだ立ち上がることが出来ない。
「…ごめんね」
 周囲に人がいないからと、喘ぐ小さな体を抱き上げ校舎へと向かう。本来ならまばらとはいえ人のいる場所で
抱っこなど恥ずかしく、全力で逃げたいところだったが、腹は痛いし肺は焼けるようだし足も動かないというこ
とで雪子はされるがままになった。

「今年も参加するのかい」
 紺野の部屋にぺたんと座る雪子はこっくり頷いた。受験を控える三年生は、なんだかんだと理由をつけてマラ
ソン大会をサボる者もいる。去年の痛々しい様子を見ているので、紺野はなぜ参加するのかと疑問に思ってしま
った。
「だって学校行事だから、出ないと駄目ですよね」
「う…ん、それはそうだけど…」
 真面目さと一途さが仇になっている。憂鬱そうに、あと一ヶ月かあと溜息をつく様子が哀れだ。
 はたと紺野は一つの考えにたどり着いた。解らなければ調べたら良いし、学力をあげるにはこつこつと勉強す
るべきだ、ならば体育も同じ。
「雪子さん、僕と一緒にジョギングでもしない」
「へ?」
 きょとん、として見上げてくる彼女ににこりと笑いかけて言葉を継ぐ。
「ちょっとでも練習したら、少しは楽になるんじゃない」
「あ…そっか、でも先輩、講義で忙しいんじゃ…」
「いや、空き時間は有るよ、大丈夫」
 ぽんぽん、と雪子の頭を撫でそのまま頬を撫でる。
「がんばろう」
「は、はい!」
 かくして、夕方森林公園マラソンコースを一周する日々が始まったのだ。始め雪子は一周走り果せず、半分よ
り手前からウォーキングになってしまった。まあウォーキングでも、体力はつくかと笑った紺野はゆっくり一緒
に歩いてくれる。
 きっと一人だったら初日で止めていただろう体力づくりは、隣に紺野がいてくれるだけで長続きした。学校指
定ではないジャージ姿が格好良いだとか、走って軽く息をあげる様子にドキドキするだとか不純なことばかりが
雪子の心を支配して辛さを和ませ、遂には軽くジョギングでコースを一周できるようになっていた。
「は、はぁ、ふぅー」
「はい、お疲れ様。それと一周完走おめでとう」
「は、ありがと、ざいます」
 息を落ち着けながら、ゆっくりと歩く。体はほど良く温まり、寒風も心地良く感じる。
「これで、今年は大丈夫かな」
 無理しないでね、と心配そうに覗き込んでくる紺野の優しさが何より嬉しかった。

キューティーの名前

「先輩って、キューティー3って呼ばれてるんですね」
 生徒会の定例会終了後、書類を片付けていた雪子に一年の新入委員が問いかける。なんと答えようか迷ってい
る間に、他の新入委員も話題に乗り始める。
「あ、私も聞きました!バレー部のカレン先輩と美術部の宇賀神先輩、それに生徒会役員の村田先輩でキューテ
ィー3なんだって」
「二・三年男子の間で不可侵協定が出来てるとも聞きました」
 どうやら新入生の間で色々な噂が流れているようだった。確かに今は体育祭直後、教会の伝説やはばたき学園
七不思議、伝説のカップルに氷室先生ロボット説等々学園の伝統ともいえる情報が一年生にも浸透する時期では
あった。
 ひとつため息を吐き、雪子は一年生に向き直る。
「キューティー3っていうのはね、カレンさんが言い出した名前で特に理由は無いの」
 ただのチーム名みたいなもの、と言っても一年生たちは不服そうな顔をしている。
「それにね、カレンさんとみよちゃんは分かるけど、私はそんなに可愛くないでしょう?」
 常日頃思っていることを正直に、しかしおどけて告げる。友人二人に色々お洒落を教えてもらったりはするけ
れど、基本的に自分は見栄えのする方ではないと雪子は判断していた。
「何言ってるんですか先輩!こう、なんか、守ってあげたい感じがするんですよ!先輩は!」
「そうですよ、花椿先輩と宇賀神先輩は、…ちょっとコワイとこも有るじゃないッスか。でも村田先輩が癒し的
なカンジで、マジバランスいいんですって」
 興奮して褒めてくれる後輩に頬が熱くなる。小さな声でありがとうと言うと、慎み深い先輩いいっす!とか、
村田先輩可愛いー!とさらに賞賛を贈られる。
 そうやって何時になく和気藹々としていると、生徒会室にがらりと戸の開く音が響いた。
「盛り上がってるね。外まで声が聞こえてるよ」
 議事録を職員室へ届けに行っていた紺野が、顔を赤くしている雪子と珍しく騒がしい生徒会室の雰囲気に首
をかしげた。
「何かあったの、村田さん」
「いや、あの」
 純粋に心配の目を向ける紺野に、雪子は口ごもる。
「あ、会長。お疲れ様です、今キューティー3の話をしてたんですよ」
「キューティー3?」
 紺野には知られたくないと思っていた愛称が、後輩の口からあっさりと告げられる。
「会長、知らないんですか!」
「村田先輩と先輩の友達二人は可愛いって全校的に評判なんですよ」
「それで、キューティー3と呼ばれてるんです」
 口々に伝えられる初耳の情報に、紺野は目を丸くする。確かに、雪子は可愛らしい。しかしそれは自分個人の
感情であって、大々的に知られるものではないと思っていたのだ。雪子に目をやると、何故か泣きそうな顔で紺
野を見ていた。
「へぇ、知らなかったな」
「うぅ…」
 顎に手をやって、少し考える素振りを見せる会長に、周囲が色々と情報を与えていく。不可侵条約が出来てい
るだの、他校まで知られているだのと大げさすぎる話に、雪子は益々俯いて、揃えた書類の端を弾いていた。
「なるほど、そんな噂があるんだね。…うん、あらかた片付いてるみたいだから今日の委員会は解散にしようか」
 会長の号令に、お喋りをしていた生徒会役員達はそれぞれ帰り支度を始める。
 やっと話の中心から開放された雪子もよろよろと帰ろうとすると、紺野に手招きで呼ばれた。

「雪子さん」
 二人きりになると、名前で呼ばれる。それだけで幸せな気分になれる自分がおかしい。恐る恐るそっと紺野に
近づくと頭をなでられた。
「なんで泣きそうな顔してたの」
「泣きそう…でしたか?」
 うん、と頷く紺野に、そんなに表情に出ていたかと恥ずかしくなる。
「あの、私、先輩にあの名前を知られたくなかったんです」
 キューティー3。カレンが言い出した愛称は、二人と雪子をまとめて言う言葉として定着してしまっているよ
うだ。キュートという言葉は形骸化していて、綺麗でかわいく目立つ人たち、のようなニュアンスを持っている
ようだ。
「私には分不相応な名前だから。恥ずかしくて」
 俯いて答えを呟く。すると、男の両腕が雪子を柔らかく抱きしめる。一応手は繋いだことがあるし、不意の事
故で抱きかかえられたこともある。けれども明確な抱擁は初めてで雪子の心拍数は跳ね上がった。
「僕がどれだけ心配しているか、知らないのか」
「へ?」
 キューティーの名は知らないが、本人の意思とは裏腹に雪子が目立っている事は知っていた。花椿と宇賀神という親しい
友人達が派手な所為なのだが、雪子自身も学年上位を争う才媛で、名前をそのまま写したような清楚で抜けるように色白な
様子は、自ら目立ちこそはしないが、一旦目を留めればかなり可愛らしいことに誰しも気付くだろう。
 それなのに彼女は全く自覚が無く、自己評価が低い。
「君はもっと気をつけるべきだ、その名前は不本意かも知れないけれど、注目されているのは事実なんだよ」
 目立つ者は自分に向けられる視線を意識して行動しないと、必ず大変な目に遭う。それなのに、彼女はあまり
に鈍感で不安は募る一方だ。
 折角紺野が色々と言ってくれているのに、雪子は全くその内容が頭に入らなかった。抱き締められたことが嬉
しくて恥ずかしくて、頭がぼうっとする。彼の体温が直に伝わってきて、ベストにくっ付くとの紺野のにおいが
した。
「これからは気をつけること、いいかい」
 お説教は終わったらしく、青年の腕の力が緩み雪子の体は開放される。もっと、抱き締めていて欲しかったな
どとてもいえない。
 二人で生徒会室の鍵を返し、そのまま下校する。今日は電車だと言う紺野は、学校を出てから別れるまで手を
繋いでいてくれた。それを独占欲だとは知らず、雪子はただ喜んだ。

 その翌日よりキューティー3不可侵条約の徹底と強化が図られた原因が生徒会長にあったかどうかは、不明と
されている。

売約済み
理由はいらない様からネタを頂きました。
(幼馴染として桜井が出てきます)

 新学期早々、頬を真っ赤にしてぜいぜいと息を吐く雪子を廊下で見つけた。学内で偶然出会えた幸運より、体
力がなく滅多に激しい運動をしない彼女の、息の上がった様子に驚いてしまう。
 しばらくはあはあと息を整えたあと、又走り出す彼女の背中には何か紙切れが貼ってあった。
「ゆ…村田さん!」
「へ?…きゃ!」
 くるんと振り返ろうとしてつんのめった彼女に大急ぎで近寄り、こけそうになる体を抱きとめる。
「紺野、先輩」
「背中に何かついてるよ」
 セロハンテープで留められているものはルーズリーフで、そこにはマジックで『ユキウサギ』と書いてあった。
「何、これ?」
「もう!何時の間に!」
 湯気を出さんばかりに怒っている雪子は、ちょこんと頭を下げたあとまた駆け出そうとした。
「ちょっと待って、廊下は走っちゃいけないよ」
「は、はぁい…!琉夏君、いるんでしょ!」
 ずかずかと彼女にしては大またで遠ざかっていく様子に、紺野は笑いを堪えられなかった。恐らく桜井琉夏が
動きの鈍い雪子をからかって、彼女の背中に貼紙をつけているのだろう。子供のような無邪気な悪戯にいちいち
はまる雪子もどうかと思うが、外野としてみている分には実に微笑ましい。
 本人の意思とは別に何かといえば恋愛沙汰に晒されているらしい桜井琉夏の、唯一とも言っていい女友達が雪
子だ。まるで大きな犬と非力な飼い主のような様子に、彼を追い掛け回す女達も雪子のことは意識していないよ
うだった。
 走っていった方角からして中庭に出ただろうと推測し窓から外を見ると、芝生で追いかけっこをする雪子と桜
井琉夏が見えた。又、雪子の背中には何かしら貼紙がしてある。
 紺野の手元にあるルーズリーフに書かれた文字は、全く悪口にもならない言葉だ。普通ならばかだのチビだの
書くはずなのに、名前をもじっただけの単語とちょこんとウサギの絵まで描いてある。
「あ」
 のそりと現れた長身の影が桜井琉夏を殴り、さらに雪子の背中から貼紙をはがした後うずくまる金髪にもう一
発殴りを入れた。
 影は桜井兄の琥一で、わしゃわしゃと雪子を撫でたあと弟を引きずって校舎へと引っ込んでいった。
 そのまま兄弟についてくかと思われた雪子はしかし、くるりと踵を返して来た道を戻っていく。まさかこちら
へ戻ってくる訳ではないだろうと思いつつも、つい彼女を待ってしまう。
「紺野先輩ー」
「ん?」
 まさかずっと見ていたなどとは言えないので、窓に寄りかかって近寄ってくる彼女を待った。
「さっきはありがとうございました」
「いいえ」
 くしゃっと乱れたままの彼女の髪を手櫛で整えてやる。どれくらい追いかけっこをしていたのだろうか、柔ら
かな赤毛は金属のように冷え切っていた。
「冷えてるね」
「ずっと、走り回ってたから…」
 雪子が桜井兄弟と仲がいいことくらいこの学校にいれば誰でも知っているし、それが全く色っぽいものでは無
い事も周知だ。しかし紺野の胸中には嫉妬が渦巻いた。我ながら狭量だとは思うが、あれほど目の前でじゃれ付
かれては仕方がないことだと弁護する。
 さりげなく少女の両手を自分の手で握り、熱を分け与える。
「ぁ…」
 真っ赤になって俯く雪子に、追い討ちをかけるように囁く。
「僕がいなくなった後、心配だなあ」
「なん…で、ですか?」
 顔を上げられずにぼそぼそと言う彼女は、心からそう思っているのだろう。自分には大勢から愛されるほどの
価値が無いと、そんな意思が見え隠れする。
「心配なんだよ」
 温もってきた小さな手を軽く揉んでやり、額にちゅっと口付けた。
「ひゃっ!」
「はは」
「先輩まで私をからかうんですかぁ!」
 半分泣いたような顔で後ずさり、逃げるように歩き出す雪子を追いかける。一歩の幅差が大きいのであっとい
う間に追いついた紺野は、彼を無視して歩く彼女の背中に触れた。びくんと震えて歩みを止めた少女の背中に、
指で売約済み、と書く。
「な、なにするんですか」
「僕も、君に貼紙がしたいなって思ってさ」
 本当は売約済みではなく既に紺野の手の内に入っているのだが、上手い言葉が思いつかずそうなってしまった。
「何て書いたんですか?」
「内緒だよ」
 口に人差し指を当てて笑ってみせる。すると足を止め振り返った雪子は、ぷうと膨れてぽかりと紺野の腕を打
った。
「あいた」
「先輩のいじわる!」
 ごめんごめんと謝りながら雪子の後ろを追うのも悪くないと、恋わずらいの末期的な症状を楽しみながら紺野
は二年の教室前まで彼女を送って行った。

君専用

 校門でおはようございますと繰り返す朝の挨拶運動の後、直接教室には戻らず一旦紺野は生徒会室に戻った。
書類を取りに行く、というのが名目だったが精神的に疲れる挨拶のあと一息つきたかった、というのが正味の理由である。
普段なら二年生の教室に戻るはずの雪子も、今日は何故か無言で着いて来る。彼女なら別に緩んだ姿を見せても
構わないと思っているので、特に何も気にせずそのまま歩き続けた。
 がらりと生徒会室のドアを開けて雪子を中に入れた後に、こっそり鍵を掛ける。冷えた室内にうんざりしなが
らも、首を鳴らしてソファに腰掛け眉間を揉んだ。
「寒いと挨拶運動はこたえるね、…雪子さん?」
 返事が無い事に違和感を覚え、彼女の姿を探すと、ドアの前にしゃがみこんで小さく丸まり震えている。
「どうしたの!大丈夫」
 慌てて近寄りその背中をなでると、蚊の鳴くような声で彼女が答えた。
「おなかいたいです…」
 ぽろぽろ涙を零して自分の腹部を押さえる雪子に驚いてしまう。先ほどまで校門で共に挨拶をしていたはずな
のに、ここまで具合が悪いとは、と気付いてやれなかった自分に苛立つ。
「保健室に行ける?」
「ぅ…」
 ふるふると首を振る彼女に困ってしまう。本当は抱いてでも連れて行くべきなのだろうが、この様子では彼女
が嫌がるだろう。
「ごめん…なさい」
 本当は挨拶運動中に一言言って保健室に行くつもりだったのだけれど、もう少し我慢したら活動が終わると思
って我慢してしまったらしい。終わる頃には立つのも辛いくらいお腹が痛くなっていたということだ。
「ごめんなさい…ほけんしつ…行かないと」
 彼女は何故自分についてきたのだろうと紺野は考えた。汚い話だが、下していたり、病的な腹痛ならばこんな
に悠長にしていないだろう。おそらく常習性の腹痛だ。
 そこでふと、姉が湯たんぽを抱いて不機嫌そうにしていたことを思い出す。お腹が冷えると痛くなるのよ、と
通りすがりに八つ当たりされティッシュ箱を投げられた。
 恐らく雪子は、校門に三十分以上立ち続ける中でお腹を冷やしてしまったのだろう。
 よろよろと立ち上がり、ドアに手を掛けようとする少女を後ろから抱き上げてそのままソファまで運ぶ。
「…っ」
「僕の方こそ気付いてあげられなくてごめん、寒かったね」
 具合が悪い所為で抵抗できない雪子を自分の膝の上に乗せ、抱き締める。少し戸惑った彼女はしかしそっとす
がり付いてきた。
 自分でも何故紺野に着いてきてしまったのか解らなかった雪子は、触れる温かさに無意識とはいえ甘えてしま
った自分が恥ずかしくて仕方が無かった。腹の重い痛みは、いつもなら保健室で湯たんぽを借りてそれを抱いて
いれば多少緩むものだ。紺野を湯たんぽ代わりにするなんて、とは思うものの全身で縋る他人の体温が気持ちよ
くて仕方が無い。
 背中を撫でてくれる手や包み込むような優しさに、あれほど痛かった腹部がゆっくりと癒えていく。
「ごめんなさい…」
「時間ギリギリまでこのまま、ね」
 無意識とはいえ、何かにつけ遠慮しがちな雪子が、他の熱源より己の体温を選んでくれたことにむず痒いよう
な嬉しさが込みあがってくる。大分痛みも引いたらしく、体の力を抜いてへたりと寄りかかってくる様子が愛ら
しく、紺野は抱き締める腕に少し力を入れた。
 予鈴がなるまでのあと五分、この幸せをかみ締めようと雪子にばれないように髪に軽くキスをした。


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