卵の中の欲望

 なんとなくしたいこと、というのは原因がないだけに早く解消しないとどんどん膨れ上がるものだ。今日朝起
きて本当に無性に、雪子に触りたいとそう思った。いやらしい意味ではなく、頭をなでたりだとか手を繋いだり
だとかその程度のことでよかったのだ。
 だが、タイミング悪く朝から一度も擦れ違わずアドバイザーとして顔を出した生徒会活動中も、傍に寄ること
が出来なかった。思わず掌を軽く握ったり開いたりしてぼうっと彼女を見てしまう自分は、変態なんじゃないか
と思う。
「先輩、紺野先輩?」
 至近から声が聞こえ、はっと意識を手繰り寄せる。活動の締めとなる会議は何時の間にか終わっていたらしい。
まとめられた議事録を差し出しながら、雪子が心配そうに立っていた。
「あ、ああ、ごめん」
「今日はずっと上の空みたいで…」
 あ、いや、そのと適当なごまかしが見つからず紺野はあからさまに狼狽してしまう。まさか君に触れたくてし
ょうがなかったなんて言える訳がない。
「具合が悪いんですか」
 ぺたり、と小さな手が紺野の額に触れる。触れたいと思っていた相手から接触され、じわりと熱が広がる。も
う皆帰ってしまい生徒会室には二人きりだから、雪子も遠慮なく紺野に触れたのだろう。
「…悪いと言えば、悪いかも」
「へ?」
 ぎっとパイプ椅子ごと横を向き、彼女のわきの下に両手を差し入れよいしょと膝上に乗せる。
「ひゃっ」
「ごめんね」
 急に抱き上げられて驚いてはいるものの、雪子から逃げようと言う気配は感じられない。それどころかもぞも
ぞと尻を動かして座り心地のいい場所を探している。逃げられないのをいいことに、そのままぎゅうと抱き締め
ると、朝から焦がれていたやわらかな熱が触れているところ全てから伝わった。
「わ、っわ、ぁ」
 強い力で抱き締められて、雪子は少しのけぞった。でも嫌ではないから勇気を出して腕を紺野の背中に回して
みる。制服に包まれた背中は広く、掴みきれずに手が滑ってしまう。皺になるだろうなと思いながらもぎゅっと
制服を握るとより深く抱き込まれる。肩口に紺野の眼鏡が当たる冷たい感触がして、びくんと震えてしまう。
 はぁ、と深く満足げな呼吸が紺野の唇から漏れる。人の体温がこれほどまでに落ち着くものだと知らずにいた
ほんの数ヶ月前には、とても戻れないなと考えながら温かな体をただ抱き締める。雪子も、きゅっとしがみ付く
ように引っ付いてくれることが何より嬉しい。
「ありがとう、雪子さん」
 何時までも抱き締めていたい気持ちはあったが、晩秋の陽は落ちるのが早い。外が真っ暗になり、室内の蛍光
灯が煌々と光り始めた頃合に紺野は腕を緩めた。
「暗くなってしまったね、送るよ」
 又ふわりと抱き上げて、さぁ帰ろうと彼女を柔らかく床に下ろすときょとんとした表情で見上げられた。
「ん?」
「あ、ぇ…っと」
 立ち尽くしたまま、もじもじと雪子は手を擦り合わせている。次第に顔が赤くなり、ごめんなさいと小さく呟
いてくるりと逃げようとした。
「待って」
「やっ」
 駆け出す前に腕を掴む。
 照れて直ぐ逃げようとするのは彼女の悪い癖だ。最初のうちは大概逃げられてしまったものの、今では先手を
打つことができるようになっていた。
「…離して、下さ…!」
 ばたばた暴れる身体を引き寄せてもう一度膝に乗せる。
「どうしたの」
 紺野を困らせたいわけじゃないのに、恥ずかしくて居たたまれず上手く口が回らない。彼から突然抱き締め
られた時、当然キスまでされると思っていた。それが裏切られ、凄くがっかりしてしまった自分の浅ましさが恥
ずかしいのだ。
 頑固なところのある紺野は、腰を掴んだまま放してくれない。しかし鈍いので、雪子の意思を汲み取ることも
難しいだろう。このままでは下校がどんどん遅れてしまう、と意を決して小さく呟いた。
「―き…す、されると、思ってて…」
 俯いてしどろもどろに言う彼女の様子に一瞬ぴんと来なかった紺野だが、かみ締めるうちあまりの愛しさに動
揺してしまった。非常に遠まわしではあるものの、彼女が欲しがってくれているのだ。
 そういえば、抱き締める姿勢イコールキスという習慣になっていたのかもしれないと思い当たる。身長差がか
なりあるのと、彼女が照れて身体を逃がしてしまうのを防ぐ為自然とそうなっている気がする。
「なんだそうか、ごめんね」
 雪子の真っ赤な頬を掌でくるんで口付け、二三度軽く触れ、ちゅ、と音を立てて離す。
 目を閉じることも出来ずにそれを受けた雪子は、ぶるっと震えた後紺野の眼鏡を奪った。
「雪子さん?」
 きっと酷いことになっている顔を見られたくなくて眼鏡を剥いだのに、見えない分手探りで触れてくるからた
ちが悪かった。
「ひゃ」
 さわさわと軽く触れてくる手は眼鏡を探しているのかいないのか良くわからない。足から臀部、腰にかけてを
探られ、軽く身をよじってしまう。
 はぁーと、深く息をついた紺野は良く見えないからか眉間に皺を寄せて、雪子を伺ってきた。
「今度の日曜日、暇かい?」
「へ、あ、特に、何も…」
「じゃあ家においで」
 来ないか、では無くおいでと強く誘う。雪子は恐らく何も考えていないのだろうが、朝から焦がれた恋人とこ
れだけ触れ合えば、シたくなるのは男として変なことではないだろうと紺野は思った。抑圧的な青年の、溢れる
程の欲望を秘めた殻を割ったのは彼女だ。
「おいでよ」
 繰り返してぐっと顔を近づけるとやっと焦点が合って、彼女の顔が見えるようになる。彼女は紺野の欲望を見
抜いてか、返事を出来ずに口をもぐもぐさせている。
 駄目?と柔らかく唇を塞ぎほんの少しだけ深くキスし、舌を食む。そのキスが終わり、来る?と囁くと、震え
る少女がこくりと頷いた。
 甘い誘導尋問を終え嬉しそうに穏やかな笑みを浮かべる紺野に、眼鏡を差し出す。それをしていない状態では
又どれだけ強い瞳で覗き込まれるか解らない。
「か、帰りましょう?」
「ああ」
 いつもの優しい先輩に戻ってくれた紺野は、手早く資料を片付け、雪子の手を引いて生徒会室の扉を開けた。

 半熟卵のきもち

「鍵、掛けてなかったんですか…っ」
「そういえばそうだね」
 別にいいじゃないか、と言った風に廊下を歩き出す彼の手に雪子は思い切り爪を立てた。
「ちょっと、痛い痛い!」
「変なうわさが立ったら、先輩困るでしょう!」
 瞳に涙を溜めて訴える彼女の言葉に、引っ掛かりを覚えて紺野は立ち止まる。
「変な噂?」
「私なんかと…、その…、紺野先輩が…」
「僕は君のことが大好きだけど、君のそういう卑屈なところは嫌いだ」
 真っ直ぐに伝えられた言葉は物凄い衝撃を少女に与えた。大好きだと言われて嬉しいのに、嫌いだと言う言葉
に死んでしまいたいたくなる。泣いたらもっと嫌われると思うのに、みるみる目に溜まった涙は溢れて零れ落ち
た。
「ごめんなさい…」
 嫌い、そのたった三文字が心を切り刻む。
「ああ、もう…」
 どうしたら、この大きすぎる感情を余すところ無く雪子に伝えられるのか解らない。もともと、紺野は他人に
自分の素直な感情をぶつけるのが苦手だ。どうしても取り繕ってしまう。手を引いて、先程惜しみながら離した
体温をもう一度抱き込む。コートと手袋越しでも、彼女はとても温かい。
 言葉も無く、真っ暗な廊下でただ抱き締める。吐く息は白くなりマフラーを湿らせた。
 嫌いにならないで下さい、と小さな白い塊を吐いた雪子の声にも応えず彼女が泣き止むまでそうしていた。

 何時も何時も不安で仕方が無いのだ、と彼女は言った。叶うはずのない恋が叶った後に残るのは失うことへの
不安だった、と。
 紺野の方こそ、彼女を自分の裡に入れることに非常に悩んだのだ、と打ち明ける。周囲が思うほど僕はいい人
間ではないことは、君が一番知っているだろう、と。
 臆病過ぎる二人の恋は手探りで、新たな熱や欲望に触れるたびにおびえてしまう。
「君ばかり不安だと思わないでくれ」
「先輩…」
 もう一度だけ目を瞑って、キスをする。冷えた唇がじわりと温かくなった。
「おーい!きりがいいところで早く帰れよ!」
 不意に廊下の奥から教師の声が響き、びくっと二人は身体を離した。
「き、きりがいいところ…?」
「…じゃあ、帰ろうか」
 見られたね、そうですね、と紺野と雪子は目を見合せ二人で真っ赤な顔になる。しかし手は離さず繋いだまま、
生徒会室の鍵を返すべく職員室へと向かった。

 ボイルドエッグ・グロウ

 日曜日に、という約束が雪子に取り憑いた。
 紺野の様子からするにその約束は、ただ単に家で二人きりゆっくりしようというものでは絶対にない。おそら
くご両親もお姉さんも不在なのだろう、と見当がつく。
 初夏に初めてしてからなし崩しに流されてばかりだったので、お誘いから行為にいたるまでこんなに間が空く
ことは初めてだ。今までの行為を思い出して恥ずかしさに居た堪れなくなったり、鏡で全身をくまなくチェック
してみたりあまり数の無い洋服を引っ掻き回したり、とおろおろするばかりだ。
 とりわけ一番の問題は下着だった。胸のサイズがささやかな雪子は、普段カップ付きのキャミソールを愛用し
ている。そうでなくともスポーツブラともいえない簡素なものを一二枚持っているだけで、普通のブラジャーら
しいモノは一枚も持っていない。
 もちろん紺野もそれは十二分に承知しているし特に拘りも無いようだったが、やはり準備期間がある今回は、
多少なりとも気を使うべきだと思った。
「…え?」
 唯一上下揃いで持っているこげ茶色のスポーツブラとパンツを久しぶりに着てみると、妙に胸が苦しくアンダー
のゴムが浮いた。
 もしかしてと思い改めて鏡で確認すると、あからさまにサイズが合っていないようだった。
 ここは喜ぶべきなのだろうか、と固まった後、新しい下着を買いに行かなくてはと財布を検分し溜息をついた。

「ごめんね、ミヨ。急に付き合って貰って」
「構わない、私は楽しみ」
 翌日、土曜日。
 土曜特別授業の後、ウイニングバーガーでお昼を食べながら思い切ってミヨに全部打ち明け、下着を一緒に選
んでもらう事にした。カレンは部活があるとかで一緒ではなかったが、彼女に相談するとかなりの大騒ぎになる
ので好都合といえばそうだった。
「こことか、いいと思う」
「わぁ」
 連れて行かれたのは、シモンの裏手にある雑貨屋のような内装でシンプルな下着が並ぶ店だった。サテンとレー
スと絢爛な刺繍が溢れる一般的な下着売り場とは違い、雪子も緊張すること無く店内に入ることが出来た。が店
内を見る間もなくミヨが雪子を引っ張り、店員と共にフィッティングルームへと押し込んだ。
「彼女のサイズを私に教えて」
「え、あ、はい!」
 強引さに驚くものの、店員は手早く雪子の胴にメジャーを回した。
「65のBです」
「B?」
 初めて聞くそのサイズ名が信じられず、雪子は復唱する。高校に上がる時、測る必要もないほどささやかな大
きさだったので勝手にAA以下だと思ってそれ以来全くサイズなど考えてもいなかったのだ。
「Bあるなら結構いろいろ選べるはず」
 ミヨは二つ三つよさそうなのを選んで、店員に渡す。
「ああ、お客様そうじゃなくてですね…、こう少し屈んで、そうそう、うん、サイズぴったりですよ」
「わ…」
 感動したような声が聞こえ、雪子が目隠しのカーテンから出てくる。
「すごいねえ、私に胸があるように見えたよ」
「違う、ちゃんと下着を着けていなかっただけ。もう少し気をつけるべき」
 あまりの会話に店員が軽く吹き出す。はばたき高校の制服を着ているのにまるで中学生と母親か姉のような会
話だ。まさか彼女が、彼氏のために下着を選んでいるなんて思わないだろう。
「大体サイズがわかったなら選ぶといい」
「うん」
 特に重くコンプレックスに思っていたわけではないが、愛らしい下着に包まれまるく膨らんだ胸を得られた事
はとても嬉しかった。貧相な子供ではなく、ちゃんとした女の子が鏡の向こうから覗き込んでいたような気がす
る。
「どれも可愛いねえ」
「ソフィアのスカートと同じくらいの値段だから、当座毎月一枚ずつ買い揃えたら良い」
 華美な下着やその雰囲気が苦手な雪子でも、プリント生地や無地のコットン地の物ばかりなら選ぶことが出来
る。結局普段使いしやすい淡いピンクベージュのものと、ミヨが選んでくれた大きなリボンを模した可愛らしい
デザインのものを上下揃いで買うことにした。
「これは、私から」
 店を出た後、いつの間にか買っていたらしい小さな包みをミヨから差し出され、雪子は慌ててしまう。
「え、そんな…いいよ」
「…明日のラッキーアイテム…」
 大きな猫目が楽しそうに細められる。これは彼女が何やら策を立てているときの顔だと雪子は慄く。
「良いから、そんなに高いものじゃないし」
「う…、ありがとう」
 受け取るとミヨはにこ、と笑う。擦れ違う他校の男子生徒がちょっと立ち止まる位可愛らしいその笑顔に、紺
野といいミヨといい何で素敵な人たちが私なんかと仲良くしてくれるのだろう、と卑屈な考えが頭を過ぎってし
まう。
「それはあなたがとても素直で驚くほどに優しいから」
 ミヨが小さく呟いた声は、どこにも届かず掻き消える。
「へ?」
「いや、何でもない。―バンビ、クレープ食べて帰ろ、新作のクリスマスベリーベリーが気になる」
「わ、美味しそう」
 答えは自分で見つけるべき、と適当に誤魔化して、公園入り口に駐車しているクレープのワゴンへと歩き出す。
 彼女にとって素敵な日曜になりますようにと、ミヨはあかるい空の向こう側にいるお星様に願った。

 淡雪

 あいにくの冷たい雨が土曜夜から降り続いた。どんよりとした雲が垂れ込め、日曜の午前というのに街は灰色
に沈んでいる。
 灰色のグラデーションの中大きな深緑色の傘が自宅に近づいてくるのを、雪子は自室の窓から眺めていた。
一度紺野の家には行った事があるので迎えに来なくて良いと言ったのだが、やんわりと断られてこうやって連れ
去られるのを待っている。普通だとまるで王子様が迎えに来てくれるように感じるのかもしれないが、今は狼や
吸血鬼に食い破られるのを恐々として待っているようにしか思えない。
 遂に傘は眼下に迫り、不意にその下から顔を出して紺野が手を振る。それだけで、火がついたように雪子の頬
は熱くなった。
 震え始めた携帯電話を慌てて取ると、優しい声が聞こえる。
『雪子さん、おはよう』
「…はよう、ざいます…」
 路上と二階でガラス越しに目を合わせたまま、トランシーバのように会話する。
『降りてこられるかな』
 雪子の緊張など完全にお見通しなのだろう、含み笑いを混ぜたような声音で紺野が問う。
「―っ、すぐ、行きます!」
 用意は万端に出来ているのだ。何とか踏ん切りをつけて自室を出、階段を下りると、母親が紺野にタオルを貸
していた。
「ダメじゃない雪子、先輩さんが来てるならちゃんと言わないと」
「―ごめんなさい」
 好意を断りきれず、紺野はダッフルコートの肩や手先を拭いている。今からいかがわしい事をしにいくのに、
母親と顔を合わせてしまい苦い気まずさが胸いっぱいに広がる。
「ありがとうございます。ではお嬢さんをお借りします」
 さらりと言う紺野に、レインシューズを履いていた雪子は居た堪れなさに倒れそうになる。

 身長の差で雪子が差す傘の先が丁度紺野の肩に当たってしまうから、少し離れて冷たい雨の中を歩く。
 それがなんとなく寂しくて、彼女の家が見えなくなったところで立ち止まり、青年は濡れるのも構わず少女の
手を引いた。
「もし嫌じゃなかったら…、僕の傘に入らないか」
 照れたように笑い、しかし強引に引き寄せること無く提案される。
「えっと…、はい」
「うん、ありがとう」
 存外素直に頷いた雪子は傘を畳んで、そっと彼の横におさまる。顔も見えずに並んで歩くのは彼女も嫌だった
のかも知れない。
「濡れるよ、もっとおいで」
「う…」
 もともと歩幅が全く違うので、手も繋がない相合傘では歩きにくい。雪子は促されるままに腕を組んで、ゆっ
くりと歩き出す。
 普通の状態では手を繋ぐのも精一杯な雪子が、しがみ付くように引っ付いてくれているのが嬉しくてつい歩み
を緩めてしまう。傘の下にできたまあるい空間は、雨に遮られて世界に二人きりのような感覚になる。他愛も無
い話を続けながら、濡れた落ち葉を踏んで少し遠回りをし紺野の家を目指す。
「あ、雪…」
 重く水気の多い白い塊が雨に混じって降りてくる。
「寒いはずだね」
「はい」
 冷たい雨まじりの雪に手先が震えるはずなのに、紺野と引っ付いているせいでとても温かい。最近分かった事
なのだが、物理的な体温ではなく紺野と一緒にいると雪子の身体が芯から温かくなるのだ。魔法のような恋の効
用に、ただ驚くばかりだ。
 何も話さなくても、この寒い景色の中共に歩くだけで幸せだと心からそう思えた。

 over easy

 余りにも散歩が楽しかったせいで、いつの間にか二人は目的地についていた。
 鍵を開けてどうそ、と促す紺野におじゃましますと応えて靴を脱いで揃える。家の中はしん、と静まり家人の
不在を告げていた。以前訪れたときは、結構なにぎやかさで迎え入れられたので別の家のような印象を受ける。
 とんとん、と階段を上がり始める紺野の後ろについて彼の部屋へとたどり着く。
「何か温かいもの、持ってくるよ」
 コートを脱いでラックに掛け、部屋に暖房を入れた青年は笑んで部屋を出て行った。
「どうしよう…」
 ぺたんと床に座り込み、今更ながらに動揺してしまう。前は少し勉強を教えてもらって、一緒にDVDを観て
いる途中にお姉さんに乱入されそのまま夕食をご馳走になるまで家族じゅうから冷やかされたのだった。それに
以前に初めて男性の部屋に入るということで、ガチガチに緊張して余裕など微塵も無かった。
 改めて部屋を見回すと、シックにまとめられた部屋のあちこちに、紺野が生活している跡が見える。読みかけ
の本と小さな鉄道模型がベッドサイドに置いてあるのを見つけ、微笑ましい気持ちになる。
 とりあえずコートを脱いできれいに畳んでいると、紺野がお盆を手に戻ってきた。
「ごめん、お茶しかなくて」
「い、いいえ!おかまいなく!」
 思わず膝立ちになって声を裏返す雪子に、一瞬固まった紺野は堪えきれずに肩を震わせ始める。最初はきょと
んとしていた少女も、零れそうになるお茶にはっとして、立ち上がってお盆を受け取る。
「く、くくっ、はははっ」
「え、も、もう!ばか!先輩のばか!」
 いよいよしゃがんで大笑いする彼の背をぽかぽかと叩く。
「だってごめん、ははっ、そんなに緊張した?」
「しました!」
「取って食べたりしないよ?」
 だって、と涙目で言いよどむ雪子は実に愛らしい。まあ誘い方が露骨だったのと、家族の留守中に連れ込んだ
ことは言い訳の出来ない事実だが、そんな襲い掛かられるとでも思ったのだろうか。
 何とか笑い止んだ紺野は、通学鞄からFAXの受信紙とCDを取り出して雪子に手渡した。
「わ、これ、実現したんですか?」
「うん、自分でも執念深いとは思ったんだけどね」
 SUPER CHARGERのクリスマス商戦に向けた新アルバムにサインが入ったものと、紺野個人と天之
橋理事長に向けた音楽事務所からの仮契約書のFAXだ。文化祭での失敗はよほど紺野の自尊心を傷つけたらし
い。それにCHARGERのボーカルは元々乗り気だったのもあり、クリスマスパーティでサプライズゲストと
して登場する段取りをつけているのだ。
「もともと彼らは羽ヶ崎学園の卒業生で、駅前のライブハウスでよくライブしてたらしいんだよ」
「はね学の?」
「そう、あっちの学校ははば学より自由だからね。最近も卒業生のロックバンドが活躍し始めているらしいよ」
 へえ、と感心したように雪子は息をつく。
 一方はば学は、理事長の嗜好が影響しているのか良家の子女も多く、緑の指賞最年少受賞者や現代絵画の先鋒、
ノーベノレ賞受賞者にクラシック界の気鋭など最近十年にしても物凄く文化的な業績を上げている。
「最初は、はば学のしかも生徒会長サンかよ、とか言われたんだけどね」
 何と紺野は、個人的にボーカルと意気投合してしまったらしいのだ。
「凄いです!」
「凄くないよ、彼も普通の人間だ」

 最初は全くビジネスライクな話だったはずなのに、明るく鷹揚でしかし会話の上手いボーカルといつしか個人
的な話をしていたのだ。普段、頼られる一方であまり気を抜かない紺野にしては驚くほどにすんなりと心のうち
に入られていたと言える。
「なに?紺野くんカッコイイしもてるでしょ?カノジョとかも可愛いっしょ?俺さ、実はだいじにオツキアイと
かしたことないんだよね」
 けらけら笑うと目が糸のようになり、身振り手振りの大きな仕草とあいまってボーカリストの彼は非常に懐っ
こい雰囲気になる。
「いえ、もてたりはしないですよ」
「うーそーだーァ…、って、カノジョについては反論しないの?」
 軽い言葉に張り巡らされた糸に引っかかる。まともな論議や謀略合戦なら得意だが、こういった手合いは今だ
苦手としている。
「―っ」
「みーせーて?見せてくんないと俺拗ねちゃうよ」
 パーカーのフードを被った目元が剣呑に光る。殆ど彼の好意で成立している出演契約なので、その機嫌一つで
反故になる可能性もある。みせてみせてと喚くボーカルに、しぶしぶ写メを見せる。あまり写真を撮りたがらな
い彼女の、修学旅行先での笑顔だ。雪子の友人らから駆け引きと共に入手したそれは、羊に囲まれて楽しそうに
はにかむ彼女をきれいに写していた。
「…なんだ、ガチじゃん」
「もういいでしょう、なんならパーティのときにでもお引き合わせしますよ」
「いいねー、青春だねー」
 何だというのだ、と紺野は思った。適当にお付き合いするという感覚の方が紺野にはわからない。面倒で、自
らを持て余すほどの感情こそが恋愛ではないのか。
「名前は?同い年?ちきしょー、いいなァ」
 心底羨ましそうに迫ってくるボーカルは、その後も色々と上手く紺野から雪子の情報を引き出し続けた。
 逆に、紺野も恋愛の相談等出切る相手がいなかったため、途中からは半ば積極的に相談を持ちかけた。
 そうやって、いつしかメールアドレスも交換しよき話し相手になってしまっていたのだ。

「もう、ほんと、今まで接した事の無い手合いだったから最初は大変だった…」
 遠くを見てうんざりと顔に貼り付けている紺野を見て、雪子は少し笑う。
「でも、凄いです。一人で企画して実現しちゃうなんて、やっぱり紺野先輩は…す、素敵です…」
「雪子さん…」
 CDと契約書をぎゅ、と抱き締めてきらきらした目で見上げてくる少女からの賞賛に、紺野の胸は苦しくなっ
た。只、傷ついたプライドを回復させるための半ば醜い行為なのに、そんな目で見ないでくれ、と心の中で叫ぶ。
「僕は…」
「ううん、私だったら失敗から目をそらして、言い訳して綴じちゃいます。ばねにして実現させる先輩は、すご
いです」
 膝立ちでにじり寄った雪子は、不安定さを見せる紺野の手を握る。じわ、と広がる熱に、彼女を好きで良かっ
たと心から思った。

 over medium

「で、さ。二十四日まではちょっと気が抜けないから、二十五日にツリーでも見に行かないか」
 赤と緑に彩られたタウン雑誌を取り出し、床に広げる。
「へ?あ、クリスマスの、ですね」
「そう、ちょっとベタだけど、いいよね」
 いかにもカップル向け、といった振る舞いを苦手とする二人だったが、クリスマスくらいは良いんじゃないか
と思った。
「はばたきルミネ・スタンプラリー、か」
 駅前広場のライトアップや、映画館前の有名モデルプロデュースのシルバーツリー。森林公園では一部の並木
がイルミネートされ、博物館と図書館ではクリスマス絵本展とクラシカルなもみの木のツリー展示が行われてい
る。ショッピングモールは全館挙げてのクリスマスショウに海浜公園ではルミナリエを模した大掛かりな仕掛け
を用意しているようだ。
「結構色々あるんですねえ」
「普段意識しないで歩いていると、意外と解らないのかもね」
 全てを巡るのは一日では難しいらしく、モデルコースが幾つか紹介されている。
 夢中で相談するうちに、自然と二人の距離も近くなる。大まかな計画を立て終わりふと我に帰ると、ぴたりと
密着した体勢に二人で赤くなる。
「わ、ごめんなさい」
「いや、いいよ…もっと、おいで」
 優しく誘って、胡坐をかいた上に雪子を収める。全くの二人っきりだからだろう、彼女は抵抗しないどころか
ころんと紺野の胸に身体を預け、猫のように懐く。腕を雪子の身体の前に回して下腹部の前で組む。すると体格
差のせいで、すっぽりと彼女は腕の中に納まってしまう。
 紺野に囲われて、じわりと体温が上がる。ストーブやヒーターにくっ付くのもこの時期の幸せだが、それらよ
りもっと、今感じている体温の方が心地良い。

 ぺらり、ぺらりと雑誌を捲り、穏やかに時間が過ぎていく。
「あの、変な事言っていいですか」
「変なこと?」
 ほぼ真上を向くように話しかけると、深く優しい目線で続きを促される。
「この姿勢、携帯と充電器みたいですね」
「…へ―、うん、そう、だね」
 きっと、さっき部屋に入ってきたときみたいに大笑いされるかと身構えた雪子は、ぎゅっと抱き締められて
驚く。
 彼女自身は無意識だろうが、心地良いと、紺野から充足を与えられているとの言葉にうれしさが込みあがって
くる。生徒会室で抱き締めたとき、紺野が感じた満たされるような感覚を彼女も得ていると思うと、泣きそうな
くらい幸せだった。
「あれ?」
 抱き寄せた彼女を見下ろすと、タートルネックのタイトなセーターに違和感を覚える。一瞬その正体が判らず、
まじまじと彼女の身体のラインを見てしまう。
「ぁ…」
 紺野の視線に気付いたのか、頬を染めて雪子が見上げてくる。
「…ちょっと、大きくなったんですよ」
「へ?」
 小さな声でむね…、と呟かれムネ?と一瞬思考が止まった後、全てを理解する。服を着ていると僅かに膨らん
で見えた位の部位が、今日はまるくそれらしい形をしている。
「確かに、ね」
「はい…」
 照れて、俯く彼女の柔らかな胸にそっと手を触れる。下から支えるように包むと、はぁ…と吐息が漏れた。
「でも急におっきくなるわけ、ないよね?」
「はぃ…」
 雪子は簡単に昨日の経緯を話す。今日のために買いに行ったという部分は伏せて、偶然クレープを食べに言っ
たついでにという嘘を混ぜて、少女らしくなった胸を青年の手に委ねる。
「うん、君の、その…胸、だけど。僕が初めて触った時も…それなりには、あった、よ」
 しどろもどろにそっぽを向いて話す紺野に、雪子は言い募る。
「で、でも、あの、その、やっぱり、せんぱいと…、…てから、ちょっとはおおきく…」
 紺野の手の上に自分の手を重ねてみる。少なくともちょっと前までは、胸の下に丸みなんて無かった筈だ。
 ふに、と少し力を籠めて触れられ雪子は身じろぐ。
「ん…それに揉めば、大きくなる…んでしょう?」
「それは…俗説だよ」
 はぁと息をついて、紺野は腕の中の少女を見やる。触れた胸のみならず言われてみれば肩や腰のラインに太股
までが、大分柔らかな線を描くようになったような気がする。もともと発育不全気味だった彼女だから、性的な
行為を経験することででホルモンバランスが良くなったのかも知れない。
「あ…」
 ふにふにと服の上からふくらみを揉まれ、くるくると円を描くように触れられる。薄いニットと下着越しに先
端をつままれ、雪子は身体をくねらせる。ねじれた腰や、きゅと紺野の太股を掴んで震える手も艶かしい。
 要するに彼女は、紺野の手で少女から女性になったのだ。言ったら多分彼女は、恥ずかしさに耐えられなくな
るから言わないけれど。
「ふ、ひぁ」
「下着、見せて?」
 両手をそのままウエストに滑らせて、セーターの下に手を侵入させる。キャミソールごとずりあげていくと、
徐々に白い腹が露になる。臍の上に掌を置いて彼女の呼吸を感じる。
「自分で、持てる?」
「え、あ、はい…」
 まるで内科か何かの検診のように、胸の上まで捲り上げられた服を自分の手で持つ。
「かわいい…」
 大きなリボンのようなデザインの下着が、ぷくんとまるく膨れた胸を覆っている。それがもっと良く見たくて、
向き合うような姿勢に雪子を促す。
「…はずかしい…です」
 正面からの視線に赤面し、しかし手は下ろさないまま、少女はぎゅっと目を閉じた。
「雪子さん、かわいい…」
 ちゅ、ちゅときつく閉じた瞼に唇が触れ、下着ごしに胸に触れられる。そして背中に腕を回され、降りてくる
口付けに身を任せた。

 over hard

 散々口腔を弄ばれ、舌も顎も痺れてしまった。思考ももやがかかったようになり、はぁはぁとただ荒い吐息を
零す少女の唇は赤く腫れている。
「ちょっと移動するよ」
 くちゅ、とわざと厭らしい音を立てるように舌を絡めて口付けを中断した青年は、酸素不足に喘ぐ小さな体を
抱き上げ、直ぐ横にあるベッドに下ろした。
 柔らかいスプリングに押し倒されると、シーツからの紺野のにおいと彼自身に包まれて、幸せな気持ちになる。
又深く唇を割られ、存分に暴かれる。
「ぁ、く…ぅん、はぁ」
 口蓋と唇の裏側が弱いことなどとっくに知られているから、キスだけで腰が砕けそうになる。されるばかりで
は、と思うものの貪るようにキスをする紺野にいつも抵抗できずに終わってしまう。
 ふと、唇が首筋に落ちる。胸の膨らみ始めにキスマークを残しながらつうと舌が降り、下着に覆われていない
部分に何度も口付けていく。
「ほんと、かわいい。良く似合ってる」
 青年は余り厚くないカップ越しに、ふくらみを撫でる。荒い呼吸に上下する胸は丁度掌に収まるくらいで、何
よりもマシュマロのように頼りなく柔らかい。脱がせずにわだかまっているセーターともあいまって、とても淫
靡だ。
「脱がせたくないなあ」
「…うー…」
 そりゃあ半ば紺野のために買ったようなものだが、あまりのべた褒めとまじまじと見てくる様子に恥ずかしく
なってしまう。腕で胸を隠すように覆うと、ははっと笑われた。又キスをされて、それに気を取られている内に
スカートのファスナーを下げられた。抗うように足をばたつかせようにも、身体に力が入らない。
 彼女にしては短めのスカートを抜き取ってベッドの下に落とす。もじもじと擦り合わされる足はいつものよう
に腰までタイツに覆われていると思っていたが、紺野を裏切る光景がそこには在った。
 脚に触れるのを止め、静止した青年に少女はきょとんとする。
「はぁー…」
「え、あ?何か、えっと?」
 深緑色のタイツは太股までの長さで、縁は控えめなレースで彩られている。上下揃いの下着と似たデザインで、
愛らしい。が、俗に言うところの絶対領域の太ももがまぶしく、非常に恥ずかしがりな彼女がこんな下着を着け
ていることが異様に紺野の欲を煽った。
「はい、ばんざい」
 思わずびくっと反応した雪子が戸惑う間もなく、上も脱がしてしまう。ころん、と下着にニーハイ姿でベッド
に転がった少女を更にまじまじと鑑賞した。
「かわいい…、嬉しいよ」
「え…と、ぅ…」
 実は、ニーハイソックスはミヨから贈られたものだった。普通に可愛い靴下だと思って履いてきたのだが、紺
野の反応を見るにそうではなかったらしい。紺野のツボに嵌り、なおかつ雪子が抵抗無く着用できるもの、とい
う的確に過ぎる親友のチョイスに今更慄いてしまう。
「写真撮りたいなあ」
「だめです!」
 駄目かい?と優しく笑まれても、断固拒否する。
「残念だな」
 しかし深追いせずに、もう一度雪子の身体に唇を落とす。ちゅ、ちゅっと鎖骨や二の腕、腹や脚まで丁寧にキ
スをされ、じわじわと身体の熱が上がっていく。
 ブラジャーの下に進入した掌が、つんと尖った先端をきゅっと握った。途端、鮮烈な快感がびりっと雪子の体
を貫く。あまりに強すぎる快感に、体が逃げを打つ。
「ひぁん!」
 ひくんと波打つ腰も紺野の脚に拘束されているから快感の逃げ場がない。弄れば弄るほど面白い様に感じる雪
子の全身は上気し、青年を誘う。飽くまで下着は脱がせないつもりなのか、肩紐を下ろされて緩んだカップを少
しずらして、濃い桃色に充血した乳首を露出させられる。
 ちゅ、とそこを舐められあまがみされ、声も出せずに雪子は悶える。それでも、責めを止めず歯で軽く噛んだ
り唾液を垂らしたりと紺野はやりたい放題を続ける。
「ぁ…んっ、ふぁ、ひ」
「きもちいい?」
 背を弓なりにそらして、シーツをぎゅっと握り締める彼女の反応は素直だ。逃げたり引っかいたり照れて逃げ
たりするのを宥めながらするのもいいが、今日の彼女もたまらない。
「はぃ…」
 潤んだ瞳で素直にそう言われると、紺野もぞくりと欲に引き込まれる。きつくなってきたズボンをこっそり緩
め、火照ってきた身体から白いセーターを脱ぎ捨てる。
 自分に圧し掛かったまま服を脱ぐ紺野に、雪子は目を奪われる。男性が服を脱ぐ仕草にこれほどまでに色気を
感じたことは今までなく、目を逸らしたいのにそらせない。上半身裸になった紺野の体は本人が言うほど貧弱で
はなく、長身が見栄えする程度のしなやかさを持っている。
「…余り見ないでくれ」
「ううん、素敵です、かっこいいです…」
 ぼうっと上気した頬でそんな事を言われては、押さえも利かなくなるというものである。
 よいしょ、と雪子の体を持ち上げ、ベッドヘッドに寄りかかるように座った自分の腕の中に閉じ込める。
「ぁ…」
 後ろから包まれるような姿勢で、秘部に触れられる。下着の股布をつままれるとひやりとして、そこが存分に
湿っていることを思い知らされる。下着越しにざりっと陰毛をかき混ぜられ、その下に潜む突起に優しく触れら
れただけで、腹の奥がきゅんとなって短い絶叫を上げてしまう。
「ぁあ!」
 体に走った衝撃に、思わず紺野の体に背を擦り付けてしまう。すると、ごりっと固い感触が尻に当たり、彼の
欲望を知ってしまう。
「っ…ぅ」
「あ…」
 息を呑むような音が頭上で漏れ、雪子に触れていた手がぎゅうと拳を握った。
 紺野もぞくぞくしているのか、と思うと嬉しさのような怖さのようななんともいえない感情が少女の胸中で沸
き起こる。少し腰を浮かせて紺野の右脚に尻を乗せると、すっかり興奮し窮屈にズボンを押し上げる股間が露に
なった。
「先輩も…」
「うん」
 もともと緩めてあったそこから下着に触れ雪子は熱を握る。
「いっ!ちょ…っと」
「せんぱい…」
 柔らかく触れるだけで、身を預ける胸板が大きく上下する。それが面白くて、片手で熱に触れたまま、いつも
自分がされている様に青年の体に口付けた。ちゅ、っちゅ、とキスをして舌でつうとなめる。他人の肌にそうや
って触れるのは初めてで、人肌特有の柔らかさと熱を恐る恐る知っていく。
 最初はしたいようにさせ、雪子の尻や太股を撫でていた紺野も、ぢゅと強く吸われ、きゅうきゅうと性器を握
られるのに耐えられなくなってくる。
「ちょ…っと、もう、雪子さん!」
「はひ?」
 はぁと深く息をついた紺野の顔を見上げると、何かを堪えるように眉間に皺を寄せた表情がひどく色っぽかっ
た。
「悪戯が過ぎるよ」
 顎を持ち上げられて、又唇をふさがれる。呼吸を挟まず唾液が溢れるのも構わずに続けられる口付けは、完全
に雪子の力を奪っていく。糸を引いて口腔を開放した後べたべたに汚れた少女の唇や頤を舐めて、暴虐な舌は離
れて行った。
 涙に霞む視界の中、紺野の唇からも一筋唾液が伝っているのが見えて、ほぼ無意識に雪子は猫のようにぺろり
とそれを舐め取った・
「―、っ!」
 そんな可愛らしい仕草の後ふうふう言いながら潤んだ瞳で見上げられ、大概薄くなっている理性の糸が切れそ
うになる。後ろから下着の中に手を侵入させくちくちと彼女の濡れたひだを撫ぜ、膣口を捏ねる。
「んっ、ひぅん、せんぱい…」
 ぎゅうっと紺野の首に抱きついてくる雪子は、細い腰を快感に慄かせがくがくと震える。先輩、先輩と縋る声
にちり、と引っかかりを感じ、自らの肩に歯を立てる彼女の耳元で囁く。
「先輩って誰?」
「へ、ぁあう!」
 くっとひとさし指を中にねじ込んで、壁を刺激してやる。粘液に溢れたそこは、濡れた音を立てて柔らかく紺
野の指に馴染んでゆく。
「ぁんっ…、はぁ、あぅ」
 ぐちゅ、とほぐれてきた入り口に中指も侵入させ広げるように指を動かす。
「ずるずるだね、気持ちいい?」
「はぃ、先輩ぃ、こんの、せんぱい…」
 一応声は届いているらしく、彼女は個人名を口にする。
「名前、呼んで。雪子」
 呼び捨てにされた甘い声に、ぞくぞくと体が震える。ただ呼ばれただけなのに、頭が真っ白になって体から力
が抜けた。
「…こんの…さん」
 ん?とわざとらしく聞こえないとばかりに聞き返され、埋め込まれた指の動きも鈍くなる。
「ねえ、呼んで」
 甘えるようにねだられ、開いている方の手で耳や首筋をくすぐられる。
「た、たまおさん…玉緒さんっ」
 ぎゅうと縋る腕を強くし、半ば叫ぶように彼を呼ぶ。初めて呼ばれた名前に、紺野の胸に充足が広がる。
「良く出来ました…ね、雪子」
 ご褒美とばかりに彼女のいいところを暴き、ぷくんと腫れた突起を強く潰すと、かわいそうなくらいに体を震
わせて彼女は達した。

 はぁはぁと荒い息を吐く体をベッドに押し倒し、下着は脱がせないまま股布をずらしてひくつく入り口に、薄
いゴムに覆われた自らの陰茎を擦り付ける。
「まだだ…め、や!」
「もう我慢できないから、ごめんね」
 ゆっくり、しかし一息に胎内に沈める。
「ぅ、――ぅ!」
「はぁ…、熱い…な」
 達したばかりの身体は熱く潤みきって、引き攣れながらも強引な侵入に耐えた。
「ひっ、くぅん、ふぇ…」
 ぐすぐすと泣き出す雪子に、熱に流されそうになっていた紺野は慌ててしまう。
「ごめん雪子、痛い?」
 ふるふると首を振る彼女を宥めるように髪をなでる。ぎゅ、と縋ってくる腕は強く柔らかく紺野を受け入れた
ままだ。
「きもちい、すぎて…こわい…わかんなぃ…たまおさん…」
「――!」
 ぐうっ、と奥まで侵入した後、にちにち音を立て、小刻みに満遍なく擦りあげる。
「ぁん!ぐちゃぐちゃ…!しない…で」
「雪子…」
 真っ赤な頬で、吐息混じりに、へんになっちゃう、や、と煽ることばかり口にする彼女が悪いと制止も聞かず
にただねじ込んでいく。
「あ、や、またくる…、こわい…!」
「僕も―、っく、ぁ」
 奥まで埋め込んで、ゴムの中にどぷっと吐き出す。びくびくと続く射精中だというのに、うねるような内壁に
刺激され紺野の陰茎は萎えることを許されない。
 とりあえずスキンを付け替えるために引き抜くと、微妙にイくタイミングを外した雪子が腕と脚で絡み付いて
きた。
「ほら、ちょっと離れて。出来ないよ」
「はやく…ぅ、ね、たまおさんっ…」
 囀りを覚えたての雛のように、何度も紺野の名前を口にする雪子が可愛くて仕方が無い。手早く付け替えて、
とろとろと蜜を零す膣にもう一度欲をつきたてる。
「ごめんね。今度はよくしてあげるよ」
「あ、あああああっ」
 こことここが好きだよね、と子宮の入り口近くと、先ほど指で探った浅い部分を刺激する。
「やぅ!ぜんぶっ…、ナカ全部ぃい…ですぅ…」
「―そんなこと、言っちゃダメだよ」
 あまりの快感に自分の髪をくしゃくしゃにしながら頭を抱えて、下腹をひくつかせる雪子は酷く淫らだ。
「ほら、こっちおいで」
 髪を掻き毟っていた手を取られて首に回すように促される。目を瞑ってぴったりと抱きつくと、汗ばんだ彼の
匂いや筋肉の質感を感じて又下腹がきゅうんとなる。ゆっくりと抉るように抜き差しを繰り返す肉茎に内部が引
きずられるように蠢くのが良くわかった。
「はぁ、は、あつい…っ、も…!」
「っ―凄い、な」
 痙攣するようにぎちぎち締めてくる内部に、紺野の頭もくらくらする。奥歯を食いしばってねじ込むと、びく
んと雪子が大きく跳ねてカタカタと震え始める。
「ぁ!あ―!」
 腕は脱力してただ縋ってくるのに、中は熱く締め上げてくる。その締め付けを楽しみ何度か揺すりあげて、青
年も射精する。
「は…、気持ち、良かった?」
 荒い呼吸を繰り返す雪子の目はぼんやりと涙を溜めるだけで、何の反応も返さない。これはやりすぎたかと、
ゆっくりと腰を引いて彼女の体を開放する。ベッドサイドの時計を見ると、まだ家族が帰ってくるまでは何時間
もあったのでゆっくり休ませようと布団をかけてやる。
 体でも拭いてあげようかとズボンだけおざなりに穿きなおしてベッドを立とうとすると、ぎゅっと腕を掴まれ
る。
「やだ、たまおさぁ…ん」
 いかないで、と甘える声に逆らえるはずも無くベッドに戻る。
 呼び止めたはは良いものの、特に何か喋るほどの気力は残ってないらしい。縋ってくる腕からも段々力が抜け、
ただただぼうっと紺野を見つめてくる。
 肘を突いて彼女の傍に横になり、髪の毛を何度も撫でてやると満足そうににこりと微笑み、黒目がちな瞳を細
めて呟く。
「すき…だいすき…」
「―!」
 甘ったるく告げる声に、心臓がごとごとと高鳴る。嬉しさで胸が詰まって一瞬言葉が出なかったが、きちんと
応えるべきだと唇を舐めた。
「僕も―君のことが、だいすきだよ」
 こんなにも、他人に対してむき出しな感情を伝えることなんて初めてで、緊張で手が震えてしまう。
 すっと伸びてきた少女の両腕が紺野の頬を包み、ちゅっと可愛らしいキスが贈られる。
「すき…」
「うん」
 くすくすと笑いあうと、どうしようもなく幸福だと感じる。そのまま暫く横になっていたが、体の熱が冷めて
いくと、幾ら暖房をつけているとはいえ体が冷たくなってくる。
「―お風呂入る?」
「え?」
「一緒に入ろうか」
「え…ぇと、あ」
 矢継ぎ早に告げられる言葉に、雪子の思考がついていかない。いっそ強引に連れ去ってくれればいいのに、と
思うが紺野は笑ったまま横で寝そべっている。
 一緒に入ったらどうなっちゃうんだろう、と思うとじくりとまた埋んだ筈の熱が這い寄りそうになる。
 甘すぎる休日はまだまだ終わりそうに無い。



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