藍沢先生誕生日企画に投稿したものです。
素晴らしい企画様なので是非ご覧ください。

バンビの名前は大川美空、卒業後のお話です。
オリジナルモブが出てきます。

「秋吾さんの誕生日?」
「あれ、ご存じなかったですか」
 連載作品のデータ受け取りと細かな打ち合わせの為藍沢のマンションを訪れた山並書房の編集者が、意外なこ
とを言った。十月二十九日は藍沢の誕生日だそうで、秋も深まるこの頃編集部にぱらぱらと贈り物が届きつつあ
ると言うのだ。さすが人気作家、と言ったところだ。
「知らなかったです」
 少し、いや大分ショックである。一昨年本屋で出合ったのが丁度今の時期で、去年は藍沢から絶縁されて泣き
ながらサイン会を待っていた頃。それを思えば押しかけ妻のような今の状態が奇跡のように思える。
「この歳になると自分の誕生日なんぞどうでもいいんだよ…」
 会話が聞こえていたのだろう、ぼりぼり頭をかきながら藍沢が書斎から出てくる。
「毎年そうですよねぇ、手紙やメッセージだけ抜いて食品は編集部で食え花は適当に飾っとけ衣料品は寄越せ、
年々量が増えて大変なんですよ。それに初恋の行く道を出版しているウチ程ではないですけど、他の出版社にも
届いてるんじゃないですか?」
 うるさい、とばかりに手を振り、作家はデータの入ったロムを編集に放った。
 ダイニングテーブルに向かい合って座り、コラムや多彩な執筆活動のスケジュール確認や装丁の相談等を行う
男二人にコーヒーを出しながらも、美空の心は藍沢にどんな誕生日プレゼントを贈るかという思案に占められて
いた。
 本当に全く知らなかったのだ。好きな作家から好きな人へと変遷したので、誕生日等の個人データはすっぽり
と抜け落ちていることに気付く。
 それに、沢山のファンから贈り物が届くなら、誰よりも優れたものを贈ることはあきらめた方がいいだろう。
大学生の財力などたかが知れている。
「おい、美空、美空!」
「へ、あ、ごめんなさい」
 キッチンでぼうっと立っているのを心配して、藍沢が声を掛けてくれる。
「編集が君に話があるそうだ」
 はい、と返事をしてテーブルへ向かう。
 藍沢の家に入り浸るうちに、足繁く通う山並書房の編集部員と仲良くなってしまった。以前姪扱いされたとき
の女性編集はあまり好きではなかったが、代替わりした今の編集は穏やかなやさしい男性で、こだわりなく話す
ことが出来る。
 当然のように美空の隣に腰掛ける藍沢を見て苦笑した彼は、話を始めた。
 美空が読んでいる本のラインナップが面白いので、そのセンスでちょっとした本コラムのようなものを書いて
みないかと言われて三ヶ月目。最初は戸惑い断ったものの、藍沢のやってみたらどうかという言葉に決意をし、
書き始めた。何度も添削してもらい出来上がったものがそのまま有名文芸誌に載ったときは感動して、書店で藍
沢に抱きついてしまった。
「コラムはなかなか好評で、美空さん宛てのメールが編集部に届いてますよ」
 そう言って、プリントアウトされた紙を渡される。
「どうだ、最初のファンレターは」
「へ?ふぁ、ファンレター?あ、そうかぁ、そうですよね」
 どぎまぎする少女を、男二人はまぶしげに見つめる。
 そのとき美空の脳内に一つの名案が浮かんだ。そうだ、藍沢にラブレターを書こう。短いコメントでもこんな
に嬉しいのだ。想いを文章にして渡す、それが私に出来る最上の誕生日プレゼントだ。

 それから、美空の苦難の日々が始まった。
 何度もパソコンに文章を打ち込んでは消し、携帯のメモ帳にアイデアを溜め込んでは赤面しと苦悩の日々を送
る。大好きで信じられないくらい幸せなのに、それを文章にすることはなんと難しくて恥かしいのだろう。
 昼も夜も毎日夢の中まで四六時中考えに考えて、初恋の行く道や他の藍沢の著書を読んだり、いままで取り交
わした会話を文章に起こしてみたりしながらようやく文章を練り上げた。
 そして十月二十八日、美空は手紙を書く為だけに購入した万年筆で、なんとかラブレターを書き終わることが
出来、上機嫌になっていた。
 精一杯の気持ちを書き表せた余裕が、何かほんのちょっとした記念品でもつけようかと言う気分を起こさせる。
 衣料品は貰うって言っていたはずと、街に繰り出した。普段なかなか訪れることのない紳士衣料や小物売り場
ではどうも商品を選びきれず、色々な店を右往左往してしまう。
 その途中、いつもは通らない道で雑貨のバーゲンワゴンが置いてあることに気付いた。
 休憩をかねて半額以上に割り引かれたそのワゴンを見ていると、底の方から美空が両手で抱えるほど大きなア
ルパカのぬいぐるみが出てきた。
「ぷっ…、これ、秋吾さんにそっくりっ…」
 深いジーンズのようなインディゴの毛並みで顔や頭周りがぼさぼさ、店のショウウィンドウに飾られているア
ルパカのぬいぐるみより老けて見える眇めたような目つき。
 見れば見るほど藍沢にそっくりだ。値段を見ると、元は少し高いが七割引なので買えない値段ではない。
「うーん、自分用に買うかなあ。でも絶対これ面白いよね」
 ぶつぶつつぶやきながら、一旦ワゴンを離れてペットボトルのお茶を飲みながら考える。その間にも何人もの
女性や子連れがワゴンを覗いていく。
「キャハハ、なにこれブッサイクー」
「マジ?ドレ?あ、ほんとやべぇコイツ」
 不意に甲高い声が聞こえ、美空はワゴンの方を見る。派手なギャル二人が先程のぬいぐるみをつまみあげてい
た。
「なんかぁ色もキタナイし、おっさんくさくね?」
「ぼっさぼさだし、マジなんなんだっつの!」
 汚くないもん、藍染めの色だもん。ぼさぼさじゃなくてそういう髭と髪型なの!と美空は胸のうちで言い返す。
すごくむかつくが、自分の勝手な言いがかりなのは分かっているので黙って耐えた。
 ギャルが去るとすぐにすぐにワゴンへ向かい、ぎゅうっとアルパカを抱き締めた。

 結局次の日、捨てられても怒られてもいいやと覚悟をしてラブレターと一緒にアルパカを渡した。
 大きな包みに驚いたあと、包装をはがした藍沢は思い切り吹き出して美空の淹れたコーヒーを零しそうになっ
た。
「っつ、こんなの、どこで、見つけてくるんだ…っ」
「似てるでしょ?似てるでしょ?」
 ぜいぜいと喘ぐように笑いソファに突っ伏す藍沢の背中に抱きいて、過呼吸に上下する身体にひっつく。
「手紙の方がメインですよ!」
「わかってる」
 見ると笑ってしまうらしく、ぬいぐるみをソファの後ろに隠せと言われてしまう。
 身を起こした藍沢に寄り添ったまま、手紙を読む目線を追う。真剣に読んでくれるのが嬉しい。心地の良い沈
黙が、場を支配する。
 男は最後まで目を通し終わるや否や、少女を強く抱き締めた。
「ありがとう、とても嬉しい」
「えへへ、こっちこそ、読んでくれて嬉しいです。ありがとうございます」
 そのまま額をくっつけて笑いあい、キスをする。
「私、秋吾さんの事が大好きです」
「俺も君のことが、おかしくなりそうなくらい好きだよ」
 いつまでもソファで戯れあう二人を、アルパカがだけが見ていた。

「なんですかこれ…?」
 藍沢の誕生日からしばらく後。美空がなにげなくリビングの端に目をやると、アルパカの首には藍沢が気に入
っているスカーフが巻かれ、他にも帽子や眼鏡などでお洒落に飾られていた。
「来る編集全員に大好評でな、携帯で写真を撮って編集部にまで見せる奴までいたんだぞ」
 特に大うけした山並書房編集部では、何名かの編集が藍沢宅に押しかけ、彼宛のプレゼントをアルパカに飾っ
て雑誌用に写真を山ほど撮って行ったらしい。
「え、まさか小説山潮に載るんですかこの子?」
「さあなあ」
 その後その想像は現実のものとなり、藍沢が連載を持つ超有名老舗小説雑誌に掲載されたアルパカに山ほどの
コメントが寄せられることになった。


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