鞄を探ると、ロリポップキャンデーが出てきた。玉緒は自分で買って食べるほど、甘いだけの飴が好きなわけ
ではない。はてどこで貰ったか、と思い出そうとするが中々出てこない。まあ恐らく、家庭教師先のどこかで貰
ったのだろうと決着をつける。
「雪子、飴、食べるかい」
 ぺたりと座り込んで雑誌を読みふけっている彼女に話をふってみる。玉緒が一人暮らす部屋で、最近やっとく
つろいでくれるようになった恋人はきょとんと目線を上げた。
「飴ですか?珍しいですね」
 くるくるとロリポップをペンのように回す玉緒に、雪子は座ったままにじり寄る。頂けるなら食べます、とに
こりと笑う彼女は今日も可愛い。
 今日は少し寒いからか、彼女はオーバーサイズのカーディガンを羽織っている。真っ黒で胸にワッペンのつい
たそれがよく似合っていて、手は指先しか出ていない。恐らく彼女は計算でそれをやっているわけではないから、
あざとさが見えない。
 大人しく飴が渡されるのを待つ様子にそそられ、玉緒は自ら飴の包装紙を剥いた。
「ほら、どうぞ?」
 床に胡坐をかいていても、雪子とは大分目の高さが違う。飴も上から差し出すかたちになる。
「ぇ…?」
 戸惑う雪子の唇に、やわらかくロリポップを押し付ける。化粧っ気はないのに、ほんのり色づいた柔らかな唇
がむにっと歪んだ。
 一瞬考えた後、雪子は飴を銜えた。ちゅっと音を立て含むと青りんごの味が口中に広がった。
 特に玉緒は意地悪をせずに、静かに棒を持っている。高さも雪子が無理せずに口に含める位置を保ってくれて
いる。
「おいしい?」
 一度飴を口から引き抜き、雪子に問う。
 こくんと頷いて、男を見上げる。
「久しぶりに食べると、美味しいです」
「まだいる?」
 雪子はまたこくんと頷いて、今度は少し唇を開いた。無意識にだろう、ほんの少し舌も差し出されていて淫靡
な雰囲気を醸し出している。
 ただ今日は、あまりそういう気分ではない。
 見つめてくる少女の視線を正面に受け、玉緒はロリポップに軽くくちづける。そしてそれを雪子の唇に押し付
けた。
「ん」
 間接キスくらいで、とは思うがちょっと嬉しい。意地悪をされるのかと思ったら、今日は全く穏やかな表情で
ただひたすら雪子が飴を舐めるのを見ているだけだ。
 眺められるほどの顔をしていないしきっと変な顔になっている、そう思うと俯きたくなるが、そうすると飴が
口から出てしまう。あきらめて、大人しく飴を食べることに決めた。
 特に音楽もかけていないし、テレビもつけていない。ほんの少し空けたベランダのドアから入る風の音だけし
か聞こえないが、気にならない。秋の冷めた昼過ぎの陽光が斜めに入り、二人の影を長く作った。
 普段は直ぐに顔を伏せてしまうし、なかなか接触もしてくれない雪子を間近でまじまじと見るチャンスを、玉
緒は存分に利用した。
 一目ぼれ、ではないけれど、それに近いんじゃないかと最近やっと気付いてきた。いろいろ理由や理屈はつけ
られるが、プリントを泣きそうな顔で拾い集めていた雪子を見つけたのは偶然にしても、その後校舎内でずっと
目で追っていたのは確かだ。
 地味で目立たないが、しかし友人には恵まれ、勉強では抜きん出ている彼女。ただ運動神経はゼロで、去年の
フォークダンスで玉緒が少し強引にステップを踏んだだけでこけそうになった。役得ということで存分に抱き締
めたが。
 本人は認めたがらないが、顔立ちは可愛い。直ぐに涙目になる大きな瞳に、やわらかな頬。意外と肉厚な唇は
ほのかな桃色で、控えめに引き結ばれている。
 顔を伏せがちなのと緊張しがちなのを治せば、今以上に面倒くさいことになる。ひそやかに咲く花は見つけた
人だけのものでいいのだ。
「たまおひゃん、ひょっと」
「なに」
 飴を引くと、それは大分小さくなっていた。何分こうしていたのかと少しぞっとする。
 ちょっと疲れました、と言って雪子は自分の頬を両手で包んでふうと溜息をつく。
 頬が熱いのはずっと玉緒に見つめられているのが恥ずかしかったからだ。途中まではどこに視線をやったらい
いのか分からずに目を閉じていたが、途中から少し瞼を開いていた。
 穏やかにこちらを見てくる玉緒の表情が柔らかくて、胸が高鳴った。役者顔とでも言うのだろうか、すっと整
っていてすごく格好がいい。なんでこの人は、私をこんなに近くに置いてくれるんだろう、と何時も思う。まだ、
彼女や恋人と言う言葉にはやっぱり馴染めない。
 ゆるく顎関節を動かす雪子を見ながら何か考えていたらしい玉緒は、不意に口元を緩めた。
「飴と鞭、どっちが良い?」
「鞭って言う人はいませんよね…」
 そうでもないよ、と笑う顔はやっぱり優しいままだ。今日は何だかおかしい。だから、ちょっと冒険してみる。
「じゃ、飴はもうたくさんもらったので、鞭を下さい」
「そうか」
 鞭なんてない。ただずっともぐもぐと飴を舐める唇を見ていて、キスがしたくてたまらなくなっただけだ。素
直にそういうことが言えないごまかしの言葉。果たして彼女は気付いているのか。
 おいで、と手を広げると胡坐の上にちょこんと座り、見上げてくる。そのまま唇を重ねた。触れるだけでも、
外国製ロリポップの強烈な味と甘さが移る。
「甘いね」
「うん」
 思わず何時もの敬語が抜け、素直に返事をしてしまう。ほんの少し目を見開いた玉緒は、こちらも心底嬉しそ
うにくしゃっと笑った。

 もっと、ずっと。心が近づいていけたなら。と二人ともに思った。


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