付き合い始めた頃は、正直うれしいより困惑が勝った。何しろ村田雪代と言えば、はばたき高校のマドンナだ
ったのだから。不思議と周囲からの風当たりはそこまで強くなかったが、平自身の劣等感が行動をぎこちないも
のにした。
 聡い雪代がそれに気付かない訳はなく、初めての夏が来る頃にはどうしようもないわだかまりが出来ていた。
 微妙なすれ違いが続き、花火大会を見に行く約束も出来ないまま七月が終わろうとしている。

「健太くん、枝豆好き?」
 唐突に掛かってきた電話を数コール待ってから取ると、雪代の声が聞こえた。今でも声を聞くだけで幸せな気
分になる。自分自身のどうしようもない感情のせいで関係は不安定になっているが、彼女を好きな気持ちは増す
ばかりだった。
「うん、すきだよ」
「よかった、一杯枝豆貰ったから一緒に食べよう」
 弾んだ声で、じゃあ公園で待ってると彼女は言った。

 平が公園に着くと、入り口で籠を下げた雪代が男に話しかけられていた。軽い感じのナンパ男ではなく、ごく
普通の学生風の男だった。
「健太くん!」
 ばちりと目が合い、白いワンピースをなびかせて雪代が駆け寄ってくる。平のほうを見た男はいかにも不快そ
うな顔をして去っていった。颯爽と助けることの出来ない自分にうんざりする。しかし精一杯の笑顔で、雪代に
向き直った。
「ごめんね、待っただろ」
「ううん」
 そういって笑う彼女はやはりとても魅力的だ。まるで映画のワンシーンのよう。
 そのまま二人で手を繋いで飲食スペースまで歩いた。白いプラスチックテーブルに、雪代が置いた枝豆はとて
も綺麗な緑色でほんの少し湯気を立てていた。売店にはあいにくビールしか置いておらず、公園外の自販機まで
お茶を買いに行くと言った平を、少女は止めた。
 夕暮れになりつつある空を眺めながら、ぽつりぽつりと話しながら枝豆を食べた。普段二人はほとんど飲酒を
しないが、おいしいつまみに珍しくビールが進む。
 不意にアルコールで感情の緩んだ雪代がぼろぼろ泣き始めた。
「健太くん、私のこと迷惑だと思ってるでしょう」
 核心を付く言葉に平の手は止まった。大好きな、しかし素晴らしすぎる彼女。つまらない感情の泥沼に嵌って
いる自分のせいで、彼女まで悲しませてしまった。やはり自分は彼女と釣り合わないんだ。
「女王とかじゃない、わたしも普通の女の子なのよ」
 しゃくりあげながら、我慢していたのだろう本心を言う。
「健太くんが私をすきだって言ってくれて、凄く嬉しくて、今も一緒に居れるだけで幸せなのに」
 小さなテーブルに向かい合って座っているから、平が手を伸ばすとすぐに彼女の肩に手が届く。それは確かな
温度と弾力を持っていて、彼女がそこに居ることを伝えてくれた。
 ありったけの勇気を出して立ち上がり、ぎゅっとその体を抱き締める。
「ごめん」
 彼女を生身の人間として見れていないこと、どうしても劣等感をぬぐえ無い事を、正直に伝える。
「半年近く付き合っても、僕はやっぱりこんな風なんだ」
 涙の膜が張った雪代の瞳が、至近距離でまっすぐに平を見つめた。
「僕の方こそ面倒くさいだろ。でも、君のことが大好きなのには変わりがないよ」
「私も、健太くんの事が好き」
 ぎゅっと強く男の体を抱き締め返す。人気のない公園の一角では、売店のアルバイトだけが二人を見ていた。
 少女が泣きやんだ頃、平はひとつの決心をした。
「これから、不安になったら君に言うよ」
 一人で悩まない。きっとお互い傷つくし、恐らく安穏とした関係は望めなくなるだろう。
でも、何もしないままお互いを失うよりははるかにマシだ。
 雪代もこっくりと頷く。
「私も、必ず相談する」
 そのまま、二人誓うようにビールで冷えた唇を重ねた。


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