なんにしたって、涼太に会う時間は短ければ短いほうがいい。私にとっても彼にとっても。


「ねぇ、お願いがあるんだけど」


優雅にコーヒーを飲みながらソファに腰掛ける人に言った。涼太同様…むしろ涼太以上に雑誌に出ているその人は


「可愛い咲希の願いならなんでも訊いてやろう!なんだ?んん?お兄ちゃんと付き合いたい?」

「すみません間違えました、私の兄はこんなんじゃないです」

「ちょ、咲希!?」


そう、兄だ。

涼太が専属モデルをやっている雑誌の先輩であり、芸能界に連れ出した張本人。帝光中学生徒会長としても慕われる裏腹、私の前ではこの有り様だ。

この人にも関わりたくないのだけれど、この際仕方がない。お互い会うのが嫌な私と涼太の関係より、兄は喜んでいるのだからまだマシだ。


「クラスメイトにバスケ部がいて、その人がバスケ部の見学したいんだって」

「……男なのか!?」

「(めんどくさい…)男だけど喋ったの二、三回程度だから安心して」

「まぁ…可愛い可愛い咲希の頼みだ。お礼はハグ「じゃ、よろしくね」


なにか身震いするようなとんでもないお礼の仕方は聞かなかったことにして、そそくさと部屋に戻る。やっぱり関わらないに限るな。


♂♀


「じゃあ私一回高尾くん迎えにいくから家で待ってて」

「いやお兄ちゃんも……!」

「うざいから来ないで」

「咲希!兄に向かってうざいとは…」


事実じゃないか。でかかったその台詞を飲み込み玄関へ向かう。相手するだけ無駄だ。

そう思ったものの抱きつかれそうになったり等相手をしなければならない状況になったので殴ってしまったのだが許して欲しい。不可抗力だ。兄が悪い。


「…ブレザー着てくれば良かった」


学校指定のカーディガンに身を包んだだけでは、冬は乗り切れないらしい。白い息が寒さをより感じさせた。

頭に流れ出したのはチャイコフスキーの悲愴で、ベタすぎて笑える。なんでロシア出身の作曲者を思い浮かべてしまうのか。私が単細胞である、あるいはチャイコフスキーの曲にそれだけの思いが込められているか。

なるべく後者であって欲しいと願いながら間もなく着く学校の校門を見れば、すでに制服姿の高尾くんがいる。


「……おはよう」

「!荒木!おはよ!」

「待った?」

「さっき着いたとこ」


赤い鼻に赤い耳が、それは嘘だと裏付けている。でも私とは正反対でコートにマフラー、手袋となかなかあったかそうだ。


「…お前寒くねーの?てか見てるこっちが寒いわ」

「ほっといてください。それどころじゃなかったの」

「?よくわかんねぇけどこれやるわ」


手を掴まれ、暖かいものを握らされた。みなさんご存知のカイロは、ご丁寧に油性ペンで高尾と書いてある。

女子力高いなぁ。そういえばいつも萌え袖だってことも思い出して私の表情筋は限界。真顔を保て私。

じゃなくて、


「悪いからいいよ」

「大丈夫だって俺寒くないし」

「いやでもこれ高尾くんの…」

「いいから」


高尾くんが、大きな一歩を踏み出し振り返った。そしてニカっと笑う。


「今日のお礼ってことで」


なぜだか輝いて見えたのだが、気のせいということにしておこう。




(帝光中にどうやって侵入すっかなぁ)(言うの忘れてた。兄が生徒会長なの。すっごいシスコンなんだけど…)(おいそれ権力乱用じゃ…)


*20121214



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