「荒木さ、なんかあった?」


朝の練習を終えて教室に入るなり、高尾君はそう尋ねてきた。彼も練習のあとらしく、ほんのりと赤く染まる頬に季節はずれの汗が流れた。

なにかあったかと言えば、あるに決まってる。アンサンブルコンテストのこと、ソロコンテストのこと、高尾君とのことを応援されてること、姫宮さんのこと。一切関係ないとは言えないけれど、高尾君は蚊帳の外だ。すべて私の問題。


「なにも」

「嘘」

「なにそれ。嘘とか言ってないし」


物珍しそうに見てくるクラスメートの視線は無視だ。好奇の目に晒されるのは昔から好きではないから早くこの場から抜け出したい。いかんせん、高尾君がその行為を許しそうもないけど。

彼と会話をしながらも自分の席へ向かう。最近では少なくなったスクールバックを机のわきに掛け、椅子に座る。それに倣って、高尾君も私のひとつ前の席に座った。

これからが話の本番だと言わんばかりに、彼はグッと顔を近づけてきた。


「嘘だろ。だって最近冷たい」


冷たいのは、私の心だ。高尾君と話すのは楽しいのに、話したいのに、それを押し込めてるんだ。

高尾君と関わるようになってから、ワガママになってしまったらしい。音楽で充実しているはずなのに、全然満ちない。音楽も、どこか心に響かない。そんな演奏しかできない。

話したいなら話せばいい。そう素直に生きられたらいいのに。

結局素直になれなくて、弱虫な私は適当に言い訳をするんだ。いつだって、音楽を理由になにかから逃げるんだ。


「冷たくないよ、大会前だから余裕がないのかもしれないけど」

「そっか…ならいいんだけどさ」


高尾君の寂しそうな顔は見なかったフリ。私と同じで話したいのかなって期待しちゃうから。

期待して裏切られるより、最初から期待しないほうがずっと楽でしょう?


「また、テスト勉強一緒にしてくんね?」


はっと顔を上げる。いつもと変わらない笑顔の高尾君がいて、どうしようもなく虚しくなって。

さっきあんなに寂しそうだったのにあっと言う間に太陽みたいな笑み。私の冷たい心をいつも暖めてくれる大好きな笑顔だ。


「しょうがないなぁ…」


大好きだ。これは、ちゃんと恋だから。

姫宮さんが怖いだとか関係ない。恋をするのが怖いって言えなくて、その言い訳に姫宮さん…そして涼太とのことを言ってるだけだ。

逃げるのは、諦めるのは、終わりにしよう。




(変わりたい)


20140206
憧れるのは、もうやめた。諦めるのは、もうやめた。

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