部活があってもなくても楽器を吹くのが日常だった。場所が部室から自分の部屋に変わっただけ。それだけの話だった。

テスト期間に勉強をするっていうのは普段勉強できない人が巻き上げるためにやることのことで、常日頃やっている私には関係のない話。

今回もいつものごとく家で楽器を吹く予定だったのだけれど、まさかの展開だと、自分でもびっくりしている。


「荒木先生!これは?」

「合同な三角形の条件思い出して。それわかってたらわかるでしょ」

「えぇっと…あ、ここ錯角じゃん」


普段バスケ馬鹿をやっている高尾君は、普段は全く机に向かわないらしい。そして、今回もいつもどおり勉強してみたもののそもそも理解ができない。

その結論に達し私に頼み込んできたのだ。

大抵突っぱねてしまうものなのだが、どうやら私は高尾君に相当甘くなってしまっているようだ。呆れてはいるが、その反面心はあったかい。

さすがに勉強をしている横で楽器を吹くわけにはいかないので、楽器を取り出してフィンガリングの練習だけはする。今やっている曲の連符がなかなか難しい。

二学期期末。それが終わったらもうすぐ冬休み。そして、アンサンブルコンテスト。

ソロでのコンクールは全国三位を頂けた。来年はもっと良い点を穫るそのつもりで。アンコンは、来年がない。今回にかけるしかないんだ。


「…ごめんな」

「え、なにが?」

「練習したいんだろ?吹いていいぜ」

「でもテスト期間は教室で楽器吹くのが 禁止だし」

「まじかよ知らなかった」


机に向かいながらもそう言う高尾君がなんだか愛おしくて。カイロを貰ったときの彼の笑顔を思い出す。あのときから、なにか変だ。

音楽だけで、クラリネットだけで満ち足りていた私の世界に乱入してきた高尾君は、あまりにも自然に馴染んで。高尾君がいるのが普通なんてことは言わないけれど、でもいないと物足りないと感じる。

この感情を、私は知らない。経験したことが、ない。


「あいつなら知ってるかな…」

「ん?なにが?」

「いや、こっちの話」


人に対して…いや、これだと語弊がある。あいつはバスケ部の人たちをちゃんと好いている。異性に対して関心の薄い、そんな涼太はこの感情を知っているのだろうか。

間違えても、あいつに聞くつもりなんてないけど。




(勉強中の2人を見ているクラスメートが数人)


*20131102


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