卒業してからは、もう名前を思い出すこともなくなっていた。忍者としての忙しない仕事は学園での出来事を忘れさせるに最適だ。ふと思い出してみれば、もうすでに、卒業して五年が立っていた。懐もかなり膨らんだ。技術もたんまり身に付いた。血の匂いばかりは、何度被ろうと何度流そうとこびり付きはしなかった。
夕焼け空は、思い出を回想するにはよく映える。淡い橙の道が昔の仲間を思わせた。未だに誰かが彼の道で、無邪気に笑っているような気がしてならない。息を吐き出してそう思った。嗅ぎ慣れた臭いに思考が遮られる。くさい。
すすきが揺らいで擦れる音がした。同時に長く伸びた髪がふわふわ揺れる。そろそろ商売時。双眸を細め再びその髪が短く揺れるのを想像した。最後に髪を売ったのはいつだったろうか。誰かが泣いて怒っていたような気もする。ひらひら。風に揺れていた頭巾の余った布がやがて背中に落ち着いた。さわさわとした音が止んで髪の毛も流されることをやめた。けれどまた歩き出してみるとやたらに忙しく揺れているので困ったものだ。
橙から薄紫に変わりかける道を進んでいく。見慣れないはずの景色が途端に愛おしく感じられた。そんな感情を五年も忘れていたのだ。五年も。


「頃合いか」


誰も聞いていないのに呟く。誰も見ていないのに頭巾を外す。誰も触れていないのにスカーフを握った。無感情に生きてきた五年間は長い。だというのに一つも染みの出来ていないスカーフが今は大切な宝物のように感じられた。
誰がそこにいるわけでもないのに呟く。行こう。
懐に忍ばせた辞表は鳥に預けた。無事に届くだろうか。知ったこっちゃあないけどと、誰もいないから代わり衣の術をした。道の続く先。あの先生は、笑って迎えてくれるだろうか。
きり丸。昔の誰かが名前を呼んだ。それにはぁいと答えた自分が愛しくて、きり丸はただ、あの学園へ突っ切った。
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