なんで本気にしてくれないんですか。と、左近は怒鳴った。確かに辺りは元々静かであったけれどもその声は、それはそれは綺麗に響き渡り数馬は思わず立ち止まる。茶色の髪がふわりと揺れた。
「いつもそうだ。アンタは俺の話ばっかり流して流して聞きやしない」
数馬を睨むその視線は、いつになく鋭いものだった。しかし数馬の平然とした態度に変わりはない。ただ少し困ったように常と同じく少し眉尻を下げてみれば、左近は馬鹿にされたような気になって仕方がないらしかった。砂利を踏みしめる音がする。
「どうして信じてくれない」
数馬の唇は一向に動く気配を見せなかった。そのことを承知で左近はあえて問いかけてきているのだから、最早その脳は限界に来ているのかもしれない。数馬は左近を哀れに思った。
じゃり、じゃり、と地面を踏みしめる音が聞こえて、左近は少しずつ数馬に歩み寄ってくる。数馬は喋る気配も見せなければ、逃げる姿勢も見せやしない。
暗闇の中で、左近の髪が揺れる。
「そうやって、」
ひたり。左近の手が数馬の頬に触れた。震え冷えた手を持つ左近は、数年前よりもやはり背が伸びているようだった。視線の位置にあまり差はない。
はぁ、と聞こえた吐息は、やはり震えている。数馬は左近の目を静かに見つめた。
「そうやって、拒みもしないくせに!」
再び左近が怒鳴るのと同時に、いきおいよく数馬の少し横の辺りの地面を左近は踏みつけた。それを合図にぐらり、と視線が揺れ、数馬は目を見開いた。予想だにしなかった事態である。しかしその合間にすら、左近と数馬は、綾部が掘ったであろう穴に落ちていく。
不運−−−−−
とっさに数馬は思ったが、しかしそうではないようだった。左近はあくまで冷静に数馬の上をとる。間もなく、数馬の背中に鈍い痛みが走った。
悲鳴じみた声を上げる暇すらなかった。噛み付くような口付けが左近から与えられ、数馬はろくな反応も出来ない。しかしその唇が少し震えていることだけが、数馬を微かに安心させた。
「…いっそここに、アンタを閉じ込めたっていいんだ」
唇がほんの少しだけ離れて、間近で視線がかち合う。その視線の鋭さは変わっていないばかりか、更にきつさを増している。
「そうしたらアンタは、一生俺の」
やや興奮したように左近は口を動かすが、唐突に唇に痛みを感じそれを止めた。両手は数馬を囲うように顔の両側に置いて汚れているため、流石に唇に触れさせることはできない。仕方なく舌で痛みのした部分を舐めて確かめてみると、そこからはちりとした痛みと共に鉄の味を感じた。じんわりと広がる血の味に、元々唇が感想していたことを思い出した。それでどくんと心臓が跳ねてしまうのだから、左近の精神というものは脆い。
はっと我に返ったことは、目に見えてわかった。間近で起こるその変化を、数馬が見逃すはずがない。
それから、ついに黙り込んでしまった左近は、何事かを言おうと幾度か唇を震わせた。けれども結局一つも声に出し、伝えることはできなかった。数馬とてそれを促す気は伺えない。動くことすらしなかった。茶の髪が、やや湿った土で汚れていく。
ようやっと左近が動きを見せたかと思えば、数馬の胸板にただ額を埋めるだけであった。あまりに強く押し付けられるものだから数馬は苦しいものの、しかし抵抗する気配さえもない。確かに左近の言うとおりであった。ぐうの音も出ないくらいに。
「…どうして…」
先ほどよりか細く、左近は呻いた。数馬には見えないが、その瞳は揺れている。芯などは既に折れてしまっているようだった。
「左近」
そこで初めて、数馬は左近の名前を呼んだ。堰を切ったかのように、泣き声が響き渡る。
「応えてよ。俺の気持ちに。どうして、どうして」
そんなことを左近は言っているようであったが、数馬はどうにも聞き取ることができなかった。嗚咽交じりどころかほとんどが嗚咽であるそれを、どう聞き取ればいいのやら。
「数馬」
名前を呼ばれても数馬は応えなかった。ただ胸の湿った温かみを甘受する。抱きしめる腕があればよかったのだけれど、そんな甘いものは土の中に埋まってしまっていたようだった。
左近が何かをぽつ、ぽつ、と呟いた。しかしそのどれもを数馬は理解できぬまま、穴の中から見える月を直視し続けるのにも疲れてしまった双眸をそろり、閉じた。
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