「よーし!!次はあっちのとうもろこしだ!!」

「お…大木先生…少し休みませんか…?」

「なんだもうへばったのか?滝夜叉丸は軟弱だなはっはっはっ」

「先生の体力が異常なだけです!!」

「よーし行くぞーはははは!!!」

「ま、待って下さいぃ」

大木と滝夜叉丸は現在大木の栽培している作物の収穫中である。
今は夏休み、ほとんどの生徒達は生まれ故郷へ帰省しているのだが、若干名は学園に残り各々で過ごしている。四年い組の滝夜叉丸もその一人だった。そのようなとき、杭瀬村から元・忍術学園教師、現・らっきょう農家の大木雅之助が学園へ「野菜の収穫、販売するための人手を貸してくれ」との申し出にやって来た。滝夜叉丸は勉強の小休憩がてら中庭を散歩していたところだったのだが大木に発見され半ば強制的に駆り出されてしまったのである。

大木ははらっきょう農家だがそればかりではなく季節の野菜も若干栽培しているらしい。先程はらっきょうは勿論茄子やトマトを収穫し終え、今はこうしてとうもろこしの収穫に取り掛かっている。滝夜叉丸は大木の強引なペースに翻弄されてはいるが、まだ大木が学園にいたころのような確かな懐かしさを感じていた。






「よーしそれじゃあ野菜を積んであの山の先にある町まで行くぞー!!」

野菜は必要な分を全て収穫し終え、町へ売りにいくことになった。荷車には新鮮な野菜がバランス良く積まれてゆく。

相変わらず強引だな、と滝夜叉丸は思う。大木は何をするにも常に唐突で何に対しても底抜けに明るい、そのような気質を持った男であった。
しかし滝夜叉丸を酷使したことに対する大木なりの気遣いだろうか。先程出発してから今まで滝夜叉丸を荷車に触らせておらず、大木一人が荷車を引いている状態だ。割りと急な登り坂を通るときも、大木は滝夜叉丸の申し出を断った。滝夜叉丸自身も大人しくそれを受け入れた。






「すまんなー滝夜叉丸」

「え?」

「勉強しいてたところ連れ出してしまって」

「そんなの…今更ですよ」

滝夜叉丸自身野菜の販売に夢中になり、勉強のことなどとうに忘れていた。大木の育てた野菜は状態が良く、大木も滝夜叉丸の返事にそれもそうだな、と大声を上げて笑う。

「何年ぶりだろうなあ」

大木は染々とした様子でぽつりと呟いた。

「お前とこうして話すのは」


今では考えられないことだが、滝夜叉丸は低学年の頃は学業・実技共に優秀であったのだが内気というか少々引っ込み思案なところがあった。級友達は優秀な滝夜叉丸をやっかみ、大人しい性質である滝夜叉丸をことある毎に仲間外れにした。
滝夜叉丸が一人ぼっちで学園の中庭で泣いていたところに、大木が偶然そこを通り掛かった。大木は滝夜叉丸の担任ではなかったが、やられるばかりで級友に反撃もしない滝夜叉丸を何かと気に掛けていたのである。

『何も悪いことをしていないのならどうどうとしていろ』

『得意なことはどんどん伸ばせ、いずれお前の財産になる』

『自信を持て、お前に一番必要なのはそれだ』

大木によるこの三つの言葉のお陰で滝夜叉丸は立ち直れた。もっとも現在となっては周囲からは自惚れ屋の烙印を押されてしまっているが、その姿は自信に満ち溢れている。苛められっ子の滝夜叉丸の影はもうどこにもいない。滝夜叉丸自身、大木の存在に自分がどれだけ助けられたか感謝したくともしきれないほどであると感じている。





野菜が全て売り切れた頃には既に日が暮れていた。大木の家までの道中で見た橙色に輝く西の空が滝夜叉丸の目にとても美しく映った。

「疲れてるだろ、そこへ乗ってけ」

大木は空になった荷車を指差した。

「そういうわけには」

滝夜叉丸は行きも帰りも自分一人だけが楽をするなどと、さすがに憚る。

「子供は遠慮すんなはっはっはっ」

「ちょっ先生!いいですってば!!」


滝夜叉丸は荷車に無理やり座らされ、大木はさっさと荷車を握り締め前へ前へと進んで行ってしまう。山はもう越えた。暫くは平坦な田舎道が続く。


がたんがたん、
荷車が地面を蹴ることで生まれる揺れと音の律動が心地好い。

「疲れたなら眠っていいぞー」

うとうととしていたことを感付かれてしまったらしい。背を向けているのにも関わらず勘の鋭さは現役の頃より衰えは見られない。


がたんがたん、
荷車は大木の手に引かれ先へ先へと平坦な道を進む。荷車を引く大木の背中を見た滝夜叉丸は、胸が締め付けられるような心地がした。


もっと一緒にいたかった。

もっと甘えていたかった。

一緒にいれた期間が短すぎた。

もう少し長くあなたが学園にいたならば、私がこんなに焦がれることも無かっただろうに。


滝夜叉丸の視界は霞んでゆき、ひぐらしの鳴き声に耳を突かれた。


嘘でも良いから、

憐れみでも良いから、

私のこの気持ちに、

私の一番欲しい言葉をくれまいか、


がたんがたん、
荷車は相も変わらず一定の律動を刻む。夕陽が目に染みるので、滝夜叉丸は顔を背けて目を閉じた。


「先生……好きです」


絞り出された小さな告白はひぐらしの声に掻き消された。





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