付き合うって何?
放課後、ショッピングに付き合うとかそういう意味?

それとも、「…彼女になるってこと?」

あたしが大真面目に問い返すと、榛名は耐え切れなくなったらしく視線をずらした。

「他に何があんだよ!」
「え、えぇ〜…」

あたしの反応がものすごく不本意だったらしく、榛名は真っ赤になりながら振り返った。

「お前なぁ!どっちなんだよ!それ!!」
「だ、だって…」

榛名の、耳まで赤い顔を見てしまった瞬間、あたしも顔が熱くなってくるのを感じた。
いつもみたいに言い返したい。だって言いたいことたくさんある。なのに、言えない。わかってしまった。
榛名が真剣だって、わかってしまったから。

榛名も、赤くなったあたしを見て急に弱気になった。

「駄目か…?」
「だ、だめ?って…」

彼女にはなれない、あたしがそう言うと思ってるということだろうか。
だけど、「なんでもいうこと、聞くんでしょ…?」
あたしがそう言うと、榛名は苦虫を噛み潰したような表情を浮かべた。

「……や、それは…」
「…どうして?そういう約束でしょ?榛名が言い出したんだよ」
「そうだけど!」

榛名は気まずそうに視線を泳がせて、頭をがしがしと掻いた。

「……ふふっ、変なの」
「…月丘?」
「榛名、変だよ。榛名って恋するとこんなかわいーんだ」

あたしが笑って見せると、榛名は苦々しい表情を少し緩めた。

「か、かわいーってなんだよ」
「…だって、あんなに強気で言ってきたくせに」
「そりゃあっ、お、お前のこと…」
「ん?」
「どうしても、…彼女に……」

榛名の語尾がどんどん弱くなる。
なにこれ。この人本当にあの榛名元希?

どうしても彼女にしたかった。
多分、榛名はそう言いたいんだろう。
あたしは俯いた。きっと真っ赤になってしまっただろうから。

「榛名のゆーこと、聞くよ?」
「え?」
「だから、…彼女になるんでしょ?」

あたしがそう言うと、榛名はいきなり元気になって「駄目だ!」と言った。
…え?駄目?駄目って言った?

「な…なんでよ」
「そーだよ、俺が言い出したことだよ!けどやっぱ無し!」
「なんでよ!」
「月丘のこと、無理やり彼女にしたってなんも嬉しくねぇ!」
「ちょっ、なにそれどういう意味!?」
「だ、だから…その、ちゃっ、ちゃんと彼女になってもらわねぇと意味ねえんだよ!!」

…ちゃんと?
それって、ちゃんと好きになって、告白して、そういうんじゃないと駄目ってこと、だろうか。

「…あたしが…こんなに頑張って言ってやってんのに」
「あ?」

榛名は不機嫌そうな表情だった。
そんなんだからわかんないんだよ。榛名はわかりやすいけど、あたしに対しては皮肉ばっかりで、好きだなんてわかるわけない。


「あたしだって、榛名のこと好きでもなんでもないんだったら、彼女になるなんて言わないよ!」


なんであたしが言ってやらなきゃいけないの、この馬鹿。
でも、あたしが榛名にとって「賭けに負けたから彼女になる」、その程度の存在じゃないってことは、さっきわかった。

「榛名、あたしのこと好きなんでしょ!?」

「げほっ」榛名が思いっきりむせた。喉に言葉を詰まらせたらしい。何も言わなくてもばればれだ。

「だったら、あたしのことちゃんと彼女にしたいんだったら、ちゃんとそう言ってよ!」

榛名は気まずそうにソッポを向いた。「…言えたら、賭けになんかしねぇよ」
だから、あたしに委ねたんだ。
彼女になるかならないか、あたしに言わせたくて、賭けにしたんだ。

「榛名の馬鹿」
「ばっ…!?」
「榛名はずるい。榛名があたしのこと好きなくせに。あたしに言わせるなんてずるい」

そのくせ、あたしが彼女になるって言っても、駄目だなんて。
全然気持ちが伝わってない。ずるいよ、榛名は。

「月丘…」
「でも、賭けに負けたのはあたしだから、言ってあげる」
「え?」


「…榛名が好きだよ。ほんとだよ」


ほんとは、言うつもりなんてなかった。
榛名と仲良くなって嬉しかったけど、あまりの“友達”というポジションへのはまり具合を自覚したときから、「好き」なんて気持ちは容易に押し込められるようになっていた。
平気なうちに諦められたからよかったのだ。なのに榛名は、あたしのこと好きだっただって?そんなの、ずるすぎる。

榛名は、また微妙な表情を浮かべていた。

「……あんた信じらんない。人が…こんだけ…」

こんだけ恥ずかしい思いして、言ってるのに!!
あたしは耐え切れなくて、その場に立ち上がった。
榛名は驚いたように、一瞬身を引いた。
どうせ追っかけてこないんだろうな!榛名はずるいから!

「ちょっ…月丘っ!!」
「ついてこないで!」

こう言えばついてこないと思った。
榛名が、マネージャーの先輩に片思いしてるとき、榛名の奥手っぷりを散々聞かされたから。
あたしに対してはずけずけなんでも言うもんだから、まさか好きだと思われていたとは、本当に思ってなかった。

けど榛名は、あたしの肩を後ろから掴んだ。
その手を振り払おうとしたけど、それは敵わなかった。
榛名はあたしを自分のほうへ向かせた。

「なによ」

ジト目で榛名を見つめる。
今日からしばらく、あたしに嫌われたと思ってうじうじしやがれ。
そんな思いを込めて見ていたのに、榛名は困ったような表情で、あたしの目から視線を外さない。
ずるい。…かっこいい。

放してよ、そう言ってやろうと思ったら、

榛名は覚悟を決めたように目を光らせて、あたしの頬っぺたに唇を落とした。


「…え」

色々と予想外で、あたしは赤くなるのも忘れた。
榛名は、そんなあたしと対照的に、一気に真っ赤になった。

「俺にも言わせろ」
「…なに」


「好きだ、月丘」


頭が真っ白になったみたいだった。
目の奥が熱くなった。
榛名はあたしの肩から手を放すと、もう一回言った。「好きなんだよ」

「…ごめん、もういい」
「は?」
「ちゃんと聞こえたよ、もう…」

「ありがとう」あたしがそう言うと、榛名は優しく笑った。「俺のほうこそ」
赤い顔を見られたくなくて、榛名の胸元に頭を押し付けた。榛名の心臓の音が聞こえた。どきどきしてた。


榛名が、あたしの彼氏かぁ。なんだかものすごく新鮮だ。
榛名がおずおずとあたしの背中に手を回したのがわかった。
思わず笑ってしまいそうになった。素直じゃない上に奥手だ。こりゃ彼女ができないのもわかる気がする。

賭けなんていらないよ。
ちゃんと好きだから、傍にいてあげる。

ううん。好きだから、傍に、いてください。

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