みちるがあくあと並んで眠りにつく、数時間前。
ボンゴレアジトの作戦室では、フゥ太とリボーン、ジャンニーニの三人が神妙な顔をしてデスクを囲んでいた。

「明日の午前九時に白蘭からの通信……」
「何の話だろうな」
「わかりません……」

フゥ太とジャンニーニの声は沈んでいる。
リボーンは至って冷静な態度を崩さないが、内心ではイライラを募らせていた。

「まだ正一とスパナには連絡がつかねーのか?」
「はい……」
「ディーノ兄もだよ、リボーン。ヒバリさんとの修行に出た今朝から。草壁さんとロマーリオさんにも」
「どちらも外部からの妨害であることは間違いないのですが、その発信元が追えず……」
「白蘭の仕業だろうな」

リボーンの一言で、フゥ太とジャンニーニは冷や汗を流す。

みちるがいない。
もっと正確に言えば、この前日――正一とスパナの元を出発し、アジトに戻って来る予定のみちるが、姿を見せない。
「みちるちゃん、今日帰って来るんですよね?」というハルの疑問は、前日の昼食後にリボーンに投げられた言葉だ。
その後すぐに正一に連絡を試みるも、何者かの妨害工作により、繋がることはなかった。

「みちる姉は、やっぱりもう一日、入江さんのところにいることにしたんだって」

フゥ太のその言葉に、ハルと京子は顔を見合わせたが、とりあえずは納得を示した。
夕食の時間には、一日ぶりに京子たちの手作りの温かい食事を囲んだ。違う場所で修行に励む山本と雲雀、そしてみちるを除いて。
みちるの不在を怪しまれぬよう、フゥ太はツナや獄寺たちにはハルに伝えた内容と同じことを再度伝えた。
皆一様に寂しそうな表情を浮かべはするが、ちょうど修行が軌道に乗ってきたタイミングでもあり、深く追求することなくその場を後にした。

フゥ太の言い分が、真相かそうでないかが確認できない状況に陥っていた。
みちるの所在が確認できない現状。実際、正一と一緒にいる可能性も残っている。
もしそうでないとしても、世話好きなディーノが偶然居合わせてピックアップしている可能性もゼロではない。
だが、不可解なことに彼らと連絡が取れず、それを第三者――リボーンの言うように、白蘭――が通信妨害をしているとしたら、雲行きは一気に怪しくなる。

「もし白蘭が関係しているとしたら、明日にはわかることだが……」
「“スペシャルゲスト”って言ってた。……まさかそれって、みちる姉を拉致して……」
「ありえない話じゃねえ。だが一体なんのために……」

フゥ太が重い溜め息を吐く。ジャンニーニはその横顔を心配そうに見つめた。

フゥ太にとってみちるは、近所に住む優しいお姉さんの一人だ。
十年前に出会った日から、仲良く遊び慕ってきた相手。
みちるの少々特殊な身の上は、九歳だったフゥ太には難解なところもあった。
それらを重く受け止め、みちるの心身を案じ、そしていつしかみちるに恋情を抱くに至った“お兄さん”たちを、フゥ太は何人も知っている。
何年も一緒にいたからこそ理解できる。
彼らにとって、みちるが何者であるかなど、どうだって良いことなのだ。
ただの学友で、普通の女の子。そんな千崎みちるを、彼らは常に大切に思っている。

白蘭やミルフィオーレにみちるを理由があるとして、それをボンゴレ陣営の人間は誰も知らない。
打つ手のない今、白蘭の指定した日時の通信を待つほかはない。

「フゥ太。心配だろうが、今日はもう休め。今、俺たちにできることはない」
「……リボーン……」
「覚えてるか?十年前、おまえとみちるが黒曜に攫われて監禁されたな。みちるはおまえが心配で泣いた」
「覚えてるけど……なんで今そんな話を?」

ジャンニーニは一足先に席を外していた。リボーンの休めという指示を聞いてのことだった。
椅子にちょこんと座る小さなヒットマンを、フゥ太は首を傾げて見下ろす。

「みちるは自分より、他人を優先して泣くんだ。今、フゥ太は怪我もせずにここにいるって、みちるは知ってるはずだ」
「…………」
「おまえが元気でいることも大事ってことだ。みちるが帰ってくる時に備えてな」

リボーンが口角を上げて笑って見せる。
その表情を見て、フゥ太は逆にむっと眉間にしわを寄せた。

「ねえリボーン……十年後のみちる姉を、“きみ”は知らないでしょ?」
「ん?十年後でも、泣き虫なのはどうせ変わってないだろ?」
「……そうだけどさあ」

フゥ太は溜め息をついた。先刻よりも軽い調子で。

「ずるいよ。タケシ兄もハヤト兄も、ヒバリさんだって、今の僕よりずっと年下なのに、僕は全然、そんな人たちにも未だに敵わないんだ」
「みちるは別にそんな風に思わねーと思うけどな」
「……それ、ハヤト兄にも言われたけど。嘘だ、敵いっこない」
「まだまともに戦ってないくせに何言ってんだ。でも大したもんだな、男どもの気持ちは正確にわかってんじゃねーか」
「…………見てればわかるよ、それくらい……」

フゥ太は両手をデスクについてその場に立ち上がった。もう寝るよ、と会話を切り上げながら、リボーンを一瞥した。

「みんなすごく強い人たちだ。僕じゃ駄目だよ、守ってあげられない。自信がないんだ」

作戦室の扉が音を立てて閉まる。
フゥ太の足音は遠ざかり、すぐに聞こえなくなった。



* * *



翌朝、時刻は八時五〇分。
作戦室にはツナ、リボーン、獄寺、ビアンキ、ジャンニーニ、そしてフゥ太の姿があった。

「沢田!みんな!」
「あっ……お兄さん!ランボ……それにバジルくんとクローム!」
「沢田殿。皆さんもお揃いで」
「ボス……」

ツナやフゥ太が口許を緩めながら振り返る。
獄寺だけは相変わらず眉間にしわを寄せ、硬い表情のままだ。

「ディーノさんは……来ないね、リボーン……」
「ヒバリの修行も佳境だろう。あいつらは心配いらねえ。それに山本もな」
「……うん。だけど……」

ツナの表情が曇る。
二日前、白蘭の通信が入った時、ディーノと山本はこの場に居合わせていたのだ。
みちるの不在が決定的なものになったのは前日のことだが、彼らはそれを知らない。
余計な心配はかけない方が、彼らのためなのかもしれない。ツナはそう思い直す。

「よし、これで戦闘に関わるメンバーは全員揃ってるな。ツナと獄寺、ビアンキには伝えたが、もう一度言う。みちるが行方不明だ」

ツナの心臓が跳ねる。本日二度目だ。
了平とバジルが目を見開いた。ランボは言葉の意味がわからないのか、そんな彼らの顔を不思議そうに見上げている。
クロームはその一歩後ろで動かない。顔がたちまち青くなっていく。

「なっ……何故だ!?」
「入江殿と連絡がつかないのですか?」
「その通りだ、バジル。状況から考えて、白蘭の手の者に拉致された可能性がある。これから奴が予告した通信だ、どの道はっきりするだろう」

しん、とその場が静まり返る。
今この場で、全員が自分にできることのベストを尽くしている。修行の成果が出始め、それが確信になりつつあるタイミングだった。
それでも足りないのか。
それでも手の中から零れ落ちるのかと、全員が悔しさに歯を食いしばっていた。

「まだ希望が消えたわけじゃない。この後わかることだ、その後で対策を練るぞ」

リボーンの指示に対し、誰も何も言わなかった。
リボーンはまん丸の目でぐるりと全員の表情を見回し、ニッと微笑んだ。

「思ったよりみんな冷静じゃねーか。なあツナ」
「……もちろん心配だけど、焦ったって仕方がないよ。それに、俺たちがやることは変わらない……」

そう口に出しながら、ツナは右側に控える獄寺の表情を窺い見た。

「……獄寺くん、大丈夫?」
「……はい……」

獄寺は表情を変えないまま短く答えた。

怒り、後悔、自己嫌悪。
みちるの姿が見えないのはいつものことだと、己を納得させる言い訳。
獄寺はその全てを胸中でかき混ぜているような心地だった。
常に誰かの手に引かれて、みちるは案外と無事でいる。

敬愛するツナが未来に来たばかりの時、「こんなところにいたらみんな殺されてしまう」と大声を上げて狼狽した。
あの時のツナの気持ちが、本当の意味で今、自分事になった気分だった。

誰よりも守りたい存在がいる。他でもない自分の手で。
ツナが抱く「仲間を守りたい」という思いとは、少々違う形をした感情。
もう絶対に、手遅れになんかさせない。
そう決意をしてみても、みちるはいつだって隣にはいない。

(クソ……なんで俺はいつもこんなぐずぐずしてんだ、馬鹿野郎……)

獄寺は拳を固く握りしめた。

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