獄寺の背中を追いかけて、とぼとぼと歩を進める。
不安げな表情のまま、自分の爪先を見つめて歩くみちるは、獄寺がみちるの歩幅に合わせていることに気が付かなかった。
一緒にいるのに、こんなに不安だなんて――。そんなことを考えながら、みちるは吐き出しかけた溜め息を飲み込んだ。

「大丈夫か?」
「…………うん……」

振り返った獄寺がみちるに問うた。
全然大丈夫じゃない、そういう顔だった。だが、その胸中は獄寺も同じだ。

「不安になってても仕方ねえだろ」

それはその通りだと、頭ではきちんと理解している。
考えたところで変わらないのなら、やはり行動するしかない。

「…うん。そうだね」

顔を上げたみちるに、獄寺は内心でほっと胸を撫で下ろした。
自分の存在がみちるの気持ちを上向かせることができるのなら、いくらだって隣にいるのに。

「……なんか騒がしいな。10代目が部屋に帰ってんのか?」

沢田邸の前で立ち止まり、ツナの部屋の窓を見上げながら、獄寺が眉根を下げた。
ランボが騒ぐとろくなことがない。だが敬愛する沢田綱吉の存在がそこにあるのなら悪い気はしない。

とにかく彼らを訪ね、話を聞いて前進すべきだ。
みちるがインターホンに手を伸ばそうと、獄寺の一歩先へ足を踏み出した、その時だった。

「コンビニ強盗だー!誰か!誰か来てくれ!!」

切羽詰まった様子の男の声が、どこからか聞こえてきた。
みちると獄寺が同時に顔を見合わせた。

「えっ…、ご、強盗……?」
「…チッ。千崎、先に部屋に上がらせてもらっておけ。外は危ないかもしれねえ」
「獄寺くんは?」

様子を見に行く――といらえが返ってくるのだろう。
己の正義に目をぎらつかせた獄寺の表情を見て、みちるは唇を噛んだ。

「聞いただろ。行ってくる」
「危ないよ!ここから通報するだけで良いと思う」

顔を青くしながらも冷静なみちるの言葉に、獄寺は踏み出しかけた足を止めた。
獄寺は、男の声のした方向を見て、次にみちるを見て、彼女の肩にぽんと軽く触れた。

「わかった。現場を見たらその場で通報する。すぐ戻ってくる」

言うが早いか、獄寺はみちるに背を向けた。
触れられた肩が、熱をもった気がした。
今までの獄寺じゃないみたいだ。みちるはまるで心臓が一度音を立てて鳴ったような心地がした。
ヴァリアー戦の特訓で見た獄寺は、向こう見ずで無謀だった。
自身のダイナマイトの爆発の中に倒れ込んだ獄寺の姿に冷えた心臓の温度を、みちるは忘れることができない。

だが、みちるがそれ以上何かを考えることは不可能だった。
ツナの部屋の窓から、シュルルル…と音を立てて飛来物が飛び出してきたのを見てしまったから。

(え?あれって……)

みちるがその正体に思い当たったのは、物体が獄寺の背中に命中し彼の姿が白い煙に包まれた――その瞬間のことだった。

「獄寺くん!!」

――あれはきっと、10年バズーカだ。
煙が晴れるまで、みちるはそこから目が離せないでいた。
被弾したのは獄寺だ。ならば、煙が晴れた後この場所に現れるのは、10年後の獄寺隼人のはず。
みちるは息を呑んで、じっと煙を見つめていた。僅かに足が震えた。

「……………」

誰も、いなかった。
あれは10年バズーカではなかったのか。否、そんなことはないはずだ。みちるは考えを巡らせた。
もし仮に違うとして、単なる別の武器だったとしたら、獄寺の姿が消えてしまう説明がつかない。

「さっき、強盗がどうとか聞こえてきたけど」
「誰かのイタズラみたいよ。このあたりにコンビニなんかないもの、おかしいと思ったのよね」

みちるの脇を歩き通り過ぎていった主婦と思しき二人組が、そんな会話をしている。
みちるはハッとして顔を上げた。さっき自分は確かに、若い男の声を聞いたはずだ。
あれがイタズラだったとしたら――誰が、何のためにそんなことを?

煙が晴れクリアになった視界には、誰の姿もない。
10年後の獄寺も、現代の獄寺も、はたまたイタズラ犯の姿も。
みちるの心臓の鼓動が速さを増していく。
こんなのまるで、獄寺から聞いた、リボーンが消えた時の話と同じだ。
信じたくない、というよりは、そんなことあるわけがない、そう思った。
二人とも、10年後には死んでいるなんて。
マフィアの世界のことは、みちるは詳しくはわからない。
ボンゴレファミリーが権力ある巨大マフィアであったとしても、10年後の未来のことなど誰にとっても不確定だ。
何か、想像を絶するような恐ろしい未来が、今後彼らを待ち受けているということなのか。

5分経っても、獄寺がその場所に現れることはなかった。



* * *



「ツナくんと獄寺くん、お休みなんだね」

翌日、登校してきたみちるに、京子がそう声をかけてきた。
みちるは弱々しく微笑むと、うん、と小さな声で答えた。

「お兄ちゃんは、心配いらないって言ってたけど……」

ぽっかりと空いた、主人不在の二つの席を、みちるはぼんやりと見つめた。
何事もなかったかのように登校してきてはくれないかと抱いていた期待は、みちるの中で泡となって消えた。

「笹川、みちる!おはよ」
「あ、おはよう山本くん」

言葉と共にみちるの頭の上に降ってきたのは、大きな山本の手のひらだ。
みちるは驚いて山本の顔を振り返りながら、おはようと返事をした。

「ん?二人とも元気なくね?」

いつも通りの笑顔を浮かべる山本に、京子は取り繕うように笑顔を浮かべた。

「山本くんはいつも通りだね。なんだか安心しちゃった」
「ツナたちのことか?まあまあ、案外ひょっこり顔を出すかもしれねえしさ」

「な、みちる」と、山本が笑顔のないみちるを励ますように言葉を続けた。
くよくよしていても何も変わらないのはわかっている。それなら、彼のように笑っているほうが良いのかもしれない。

「山本くんと……笹川先輩が大丈夫って言うなら、きっと大丈夫、だよね」

みちるのその言葉に、京子がにこりと笑った。
それでも笑顔が戻らないみちるの顔を覗き込み、山本は何も言えずにいた。

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