「……とまぁ、そんな感じだ。連絡できずすまなかったな」
「いえいえ、正しい判断だと思います」
そんな言い方で言葉を結んだディーノに、ジャンニーニがゆるりと微笑んでかぶりを振った。
この一か月程、イタリアでの戦況やキャバッローネの動きも、情報共有はほとんどなされてこなかった。
言うまでもなく、敵に対する情報漏えいの危険を避けるためだ。
みちるが10年バズーカに被弾し、イタリアに現れそこで過ごした期間も、丸ごとその中に含まれる。
そのため日本のボンゴレアジトは、みちるの所在を含め、何も情報を掴んではいなかった。
まずはキャバッローネファミリーへの影響について、ディーノが話すことになったのだった。
どうしてこのタイミングで日本へ来ることになったのか、みちるはようやく知ることになる。
「ミルフィオーレは10日後まで手を出してこない。並盛も今は敵の影もリングの反応もなく、平和なもんだ」
「皆さんがここへ来たことは、ディーノ様のリングの反応でわかったんですよ」
そわそわと、目の前の湯呑みに手を伸ばしたり引っ込めたりしながら、みちるは緊張感のある話し合いの場で所在なさげにしていた。
わざとみちるの隣の席を選んで座ったフゥ太が、ふふふと上品に笑いながら、そんなみちるの肘あたりを小突いた。
「ツナ兄たち、みんな元気だよ。怪我もほとんどしてない」
みちるは成長したフゥ太の顔を見上げた。
10年前と変わらない、穏やかで整った顔立ちだ。
みちるのよく知る9歳の彼は、ランボやイーピンのお兄さん役として、いつも多くのことを我慢しながらも、自分やツナには甘えん坊な一面もあった。
「フゥ太くんは、ボンゴレで沢田くんたちを手伝ってるの?」
「まぁ、そんな感じ。ランボのお世話係もやってたんだよ」
「……すごいね」
みちるにとっては自然と出た相槌でしかなかったのだが、フゥ太は目をまるくして、そして笑った。
「ありがとう。この時代のみちる姉だってすごいんだよ。いつまで経っても、今でも、僕の憧れなんだ」
「………そうなんだね……」
たくさんの人が千崎みちるという女性を褒めてくれる。優しくして、支えてくれる。
14歳のみちるは、それが自分の話だとは、まだ思えないでいる。
「それじゃあ、こっからはこっちの話をするぞ。みちるも退屈そうだしな」
「えっ!?ごっ、ごめんなさい!」
「冗談だ。まぁ、京子もハルも落ち込む暇なんてないってくらい、元気に頑張ってるからな。お前らはそれでいい」
リボーンはいつもと変わらず笑顔だ。
いつもいまいち表情が読めないリボーンだが、その言葉に嘘はないだろう。彼の美学に沿うならば、女性には常に優しい男だ。
みちるはしゃっきりと背筋を伸ばし、リボーンの言葉に耳を傾ける体勢に入った。
リボーンが未来へ飛ばされた日のこと。
ツナと獄寺がラル・ミルチと出会い、ミルフィオーレと交戦中、山本たちが現れたこと。
電光のγとの交戦。
各々の修行の時間を経て、日本のミルフィオーレ基地への殴り込み――。
そして、入江正一の計画と、その正体について。
「――…!!」
ひとり静かに、みちるはわずかに表情を強張らせた。
心臓が止まるかと思った。安堵に辿り着くには、少々時間が足りない。
「この後、正一と連絡を取る。修行の前に、奴の知ってる“チョイス”について情報を持っておきたいからな」
目まぐるしい毎日を、今後の戦いのことを、顔色一つ変えず淡々と回想するリボーン。
この最強の家庭教師は、自分の生徒たちには決して甘くはない。
褒めることも、心配することも、そういった言葉はない。説明は不要だということなのかもしれない。
「10日後の戦いまで時間がねえ。すぐにでも準備しないとな」
「そうだな。ツナたちは?今どうしてるんだ?」
「ツナ兄たちなら、京子姉とハル姉の家に出かけてるよ。今は外は平和なはずだから」
ディーノが疑問を口にしながら、ちらりとみちるの表情を伺い見た。
みちるは混乱のさなかで、唇を震わせながらその場に視線を落としていた。
深い呼吸を繰り返しながら、心臓を落ち着けようとしていた。
「……みちる、平気か?」
はあ、と息を吐いたみちるが顔を上げると、席を立ったディーノがみちるの顔を覗き込んでいた。
冷や汗を浮かべた青い顔のみちるに、フゥ太も心配そうな表情を浮かべている。
「みちる、どうする?ツナたちに会いたければ、俺も行くが」
みちるを気遣ってのその誘いに、みちるはなんと答えようか考えを巡らせた。
もうずっと、彼らと顔を合わせた時になんと言えば良いのか考えていた。
良い考えが見つかる前に、何も考えられないような心地に変わってしまった。心を支配するのは、優しかった幼なじみの顔だけ。
「みちる姉」
フゥ太がみちるの腕を、とんとんと優しく叩いた。
悪戯っ子のような無邪気な表情で、フゥ太は問いかけた。
「長旅の後で疲れてるでしょう。僕が少しアジトを案内しようか?みちる姉の部屋も用意するから」
みちるは導かれるように、こくんと頷いて答えた。
じゃあ決まり!と元気よく答えたフゥ太は、みちるの手を握って、彼女の腰かけていた椅子を引いた。
王子様みたいだと、みちるはぼんやりと思った。
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