「お、みちるも来てたのか。おはよ!」
「んだよ、なんでいんだよ、千崎」
「千崎さん!?なんでリボーンとディーノさんと一緒に…」

扉の向こうには獄寺くんと山本くん、そして沢田くんが来ていた。
わたしに思い思いの挨拶を、明るく投げかけてはくれたけれど。

リボーンくんがマフィアやボンゴレリングやヴァリアーの話をした途端、獄寺くんと山本くんは修行する気満々になって、出て行った。
沢田くんは、ちょっと違うみたいだったけど。

しばらくすると了平先輩が飛び込んできて、家庭教師を務めることになったコロネロくんと一緒に、勢いよく外へ飛び出していった。

「すっごい、なぁ…」

わたしは呆然と呟いた。
これから始まることが流血沙汰のマフィアの戦闘だなんて、全然想像もつかない。
リアリティが、ない。それはつまり、やっぱりこの世界はわたしにとって、漫画でしかないってことなのだろうか…

ボンゴレボスの右腕として、マフィアとしての威信にかけて修行に燃える獄寺くん。
スクアーロに一度負けて、負けず嫌いの闘争心に火がついてしまった山本くん。
彼らは、いずれマフィアになっていくのだ。他の守護者だってそう。ボスだって、そうなのだ。

ここを飛び出していく三人の背中を見ていたら、自分がいかに蚊帳の外だっていうことを感じてしまった。


やっぱり、わたしは、

この世界でずっと生きていくことを、彼らの傍にいつまでもいられる未来を――想像できない。



「そんじゃ行くか、みちる」
「え?あ、学校にですか?」
「そうだ。行き先一緒だからな、着くまではまた護衛な」
「うぅ…」

ディーノさんがわたしの肩に手を置いて促した。
沢田くんが反射的に「護衛?」と呟いた。護衛なんて物騒な響き、反応したくなるのは当然だ。

「ああ、いつ話せるかわかんねーから言っとくぞ、みちる」
「え?うん」
「お前をヴァリアーが狙ってくるかもしれねぇ。気をつけろよ」

「ああ、はい… って、え、ええええ!!?」

ええええ!?の部分は沢田くんとハモってしまった。
リボーンくんの表情は変わらない。それがどうした、くらいの顔である。

「どどっ、どういうこと…!?」
「おっと、時間がねぇな。あとは歩きながらディーノに聞いてくれ」
「リボーン!お、俺にも説明しろよ!」
「いいぞ。とりあえず行くぞツナ。みちるもさっさと外出ろ、遅刻するぞ」

呆然と立ち尽くすみちるの背中を、ディーノが押した。「ほーら、行くぞみちる」

え、え、ちょっ、な、「なにそれえええ…」

一難去ってないのにまた一難。もう、泣きたい。


「なに泣きそうな顔してんだよー」
「ヴァリアーに狙われてるってそれ…とんだ死亡フラグじゃないですか…」
「(死亡フラグ?)だから俺がついててやるんだろう?」
「そうなんですけど… あの、…理由は訊いてもいいんでしょうか?」

「ああ、」ディーノさんは説明を始めた。


――もう何百年も昔、千崎という姓の女性がいたんだ。

彼女は、ボンゴレU世候補の日本人だった。
しかし彼女は当時まだ幼く…五歳とかだったんだ。だからU世になれなかった。

「…どうして候補だったんですか?血筋?」
「“超直感”ってやつが、他の候補に比べてダントツ冴えていたらしい。彼女にはボンゴレの血筋はなかった」
「…超直感。沢田くんと同じですね…」

もちろん沢田くんは、れっきとしたボンゴレの血を継いでいるのだろうけど。
…ボンゴレの、血?…を、その女性は、持っていなかったって…

「それって、ザンザスと…(同じ……理由…?)」
「ん?何か言ったか?」
「い、いいえ。で、続きは…?」

「今更言い訳がましいんだけど、俺も詳しくは知らないんだけどさ」

前振りを言い残した後、ディーノさんは続けた。

「ツナが10代目候補に上がってるのは、他の候補者が暗殺されたからっていうのは知ってるよな?」
「はい」
「その千崎って人も同じだ。暗殺の危機に何度もさらされて、最終的に、ボンゴレT世が保護したんだ」
「へぇ…」

「終わりだ」
「…終わりですか!?」
「どした?腑に落ちないって顔してんな」
「…っていうか、消化不良です…」

「それでなんでわたしがヴァリアーに狙われるんですか?」みちるの問いに、ディーノは「やっぱりそこだよな」と言いながら苦笑した。

「リボーンにはこの話をしろって言われたんだ。俺にも理由はよくわからん」
「そんな…」
「けど、みちるがスクアーロに姿を見られたとき、奴はお前の名字に反応したそうだ」
「千崎に、ですか… こんなのただの同姓に決まってますよ…」
「けど、みちるが少し不思議な能力を持ってるのは俺たちも知ってるからな。もしかしたら、みちるはその人とか、ボンゴレの血とかを継いでるとか」
「そっ、そんなのありえませんよ。だってわたしは、別世界の人間で…」

「それだって憶測だろう?お前がどういう人間かは、実際は誰も知らない」

心臓が早鐘のようで、時々ひどく痛んだ。
わたしは何者なのだろう。
今まで散々、自分に問い質してきたことだ。
だけど、記憶を失ったり、ヴァリアーに狙われてるかもしれなかったり、
ここ最近になって全てがグラグラし出した。こういうときは、少しの棘が、大ダメージになってしまう。

「…ごめんな、みちる。動揺させたいんじゃないよ」
「…え?」

「お前がどういう人間かなんて、正直、俺はどうでもいい」

冷や汗が背中を伝う。無意識のうちに、わたしの顔は青くなってしまっていたようで。
ディーノさんの意味深な言葉に、わたしは20センチ以上も背の高い、彼の顔を恐る恐る見上げた。

「ツナたちの傍で、あいつらを確かに笑顔にしてやってる。あいつらの心の支えになってる。みちるがどこの世界の住人だろうと、それは確かなんだ」

わたしの不安を拭うように、優しい声色で、彼は言う。

「だからもっと自信持て!みんなお前のことが大好きなんだ。お前が何者だろうと、あいつらは受け入れるはずだ」

「もちろん、俺もな」ディーノさんは、眩しい笑顔で、迷いのない声で、わたしにそう言った。

――ありがとうございます。わたしは弱々しく呟いた。
同時に、さっき消化し切れなかった情報が、脳内でやっと、結びつこうとしていた。

「……ディーノさん…あの、頭が、痛いんです」
「え!?だ、大丈夫か!?」
「…多分、わたしの知ってるヴァリアーのボスの情報を話すなって、また、押し込まれてる…」
「だったら無理して話さなくていいぞ」
「……ごめんなさい。けど、繋がったような気がするんです」

もう、大丈夫。
わたしはきっと、近いうちに、ザンザスと話す機会がある。
というか、彼に伝えなくちゃいけないことが、ある。
先代の大空候補の女性は、きっと、わたしと… 無関係じゃない。
もうほとんど未来は見えない。けれど思考を止めちゃいけない。

「ありがとうございます。全部終わったとき、みんなの元に、胸を張って帰れます」

伝えることができない以上、
わたしも、戦うんだ。

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