今日からしばらく、登下校時はディーノの護衛がつくらしい。
みちるはため息をついた。

(どうしよう〜…逃げちゃおうかなぁ…ああでも学校行ったところで何も変わらないし…)

まるでツナのような思考回路。みちるは弱々しく笑った。
今まで、覚悟を決めることは得意だった…と思うのだが。
今の自分の体調を考えると、次元が違うのだ。

ピンポーン!と、ひとりきりの家にインターホンが鳴り響く。
みちるはわたわたと慌てながら、玄関に走った。


「おはよう、みちる」
「おおっおはようございます!」
「どうした?なんか緊張してんのか?」
「だ…だって…」

今日は、ハーフボンゴレリングが、ツナのファミリー候補たちに託される日だ。
現時点では、みちるだけが、それを知っている。目の前のディーノはまだ知らない。
未来を話せないという点は、今までと変わらないというのに。
骸たちの相対したとき、未来を知っていながら何もできなかった自分を悔やみながらも、それでいいと確信したのに。

今は、不安で仕方がない。

以前は、話すことが可能でありながら黙っていた。
今は、話すことすらできないから。
…それは、なんと自分勝手な理由だろうか。みちるは唇をかみ締めた。

だが、理由はおそらくそれだけではない。
骸たちと戦ったときより、桁違いに「命のやりとり」となることを、みちるが知っているからだ。

「話したいのに…話せないなんて…」
「それでいいんだよ。未来を知っちまうほうが、ツナたちにとっては悪影響かもしれねぇだろ」
「……」

そうかもしれない――と、みちるは思った。
なんだかんだで、この戦いが終わった後、彼らは全員…無事…

(…だったっけ…?)

泣きたくなった。
みちるはまた、肝心なところの記憶を失っていた。
これは気のせいではない。押し込められるだけじゃない。

みちるの脳内から、最新の記憶から順に、徐々に、消えていっている。


ずず、とみちるは鼻をすすった。涙の代わりに鼻水が出てきてしまったようだ。
だがみちるは歩く速度を落とさない。落ち込んではいるが、全てに絶望したわけではないようだ。
ディーノはぽんぽんと優しくみちるの頭を撫でた後、彼女の歩幅に会わせて、ゆっくりと歩き始めた。



到着した場所は中山外科医院。
みちるの頭の中はクエスチョンマークでいっぱいである。どうしてここに?
さすがに漫画の中の全てを余すことなく覚えているわけではない。
だが思い出した。確かここに、この朝、ハーフボンゴレリングを持って、獄寺と山本がやってくるのだ。

「えっと、ディーノさん…学校…」
「まあまあ」

バジルのいる病室の前に連れてこられたかと思うと、ディーノは「ロマーリオ、入るぞ」と言いながら扉をノックした。
ロマーリオの短い返事の後、ディーノは扉を開き、みちるを病室の中に入れた。

「おはよう、みちる嬢」
「お、おはようございます!」
「今日、ボスにあんたを連れてきてもらったのは、リボーンさんが話をしたいからだそうだ」

みちるがキョロキョロと周りを見回した。リボーンの姿はない。
ロマーリオはかっかと笑って、「リボーンさんの到着はもう少し後だぜ」と言った。

「…と、その前に、」ディーノがちょいっと親指を背後に向ける。
みちるがそちらを見ると、ベッドの上のバジルが、みちるに笑顔を向けていた。

「おはようございます、そしてはじめまして、千崎殿」
「あ、えっと、おはよう…ございます」
「お会いできて光栄です」
「は、ハイ…っ?」

バジルはベッドから降りると、みちるに右手を差し出した。握手の合図。みちるは慌ててその手を握った。

「拙者はバジルと申します」
「あ、はは。…千崎殿なんて初めて呼ばれました…」
「そうですか?拙者のことは気軽にバジルと呼んでください!」
「じゃあ、バジルくんで(ほんとに拙者呼びだ…)」

「バジル、かたいぞ。みちるって呼んでやればいいじゃねぇか」

ディーノが突っ込みを入れる。
バジルがディーノを見て、そしてみちるの顔を見た。みちるは「あ、えっと、好きなように…」とたどたどしく答えた。

「…では、みちる殿!」

へへへ、と嬉しそうにバジルは笑った。少々照れているようだ。
みちるはバジルの可愛らしい笑顔に面食らい、しかし眩しいそれに一瞬見とれた。

「しかし、千崎という名字はやはり拙者には恐れ多いです」
「…え?」
「ボンゴレの至宝とうたわれた、先代の大空であり、異端の姫…」
「ほう。バジル、よく知ってるな。師匠から聞いたのか?」
「はい!」
「え、あのあの、え?何?何ですか?」
「どうせ後でする話だ。気にするな」

本当は聞き流してはいけない話題のような気がする。みちるは思った。
だが、この和気藹々トーンで軽く流されてしまった。

「ところで、なんでみちるに会えて光栄なんだ?バジル」ディーノが話題を振った。

「リボーンさんが、昨日みっちり、みちる嬢の魅力をバジルに吹き込んでおいたからな」
「ちょっ!いらんことを!!」
「みちる殿みたいな女性を大和撫子と言うのだと、リボーンさんに教わりました」
「そ、それ絶対違います!」

こんな常時アタフタしてる自分のような人間は、大和撫子とは対極にいる存在だ、とみちるは思った。

「あの…、わたし本当にそんなんじゃないですから(そんなキラキラした瞳で見ないでクダサイ…)」
「いや、みちるの奥ゆかしさは大和撫子を感じるぜ」
「わかってるじゃねーか、ディーノ」

「(何を納得してるんだろうこの二人は!)…ってえええリボーンくん、いつの間に…!」


みちるが焦りと嬉しさで顔を赤くしたり青くしたりしていると、いつの間にか現れたリボーンが、窓枠にちょこんと腰掛けていた。
これにはディーノも面食らったらしく、苦笑を浮かべた。

リボーンの登場とほぼ同時に、病室の外から声が聞こえてきた。

「…?」
「お、ツナだな」
「ツナだけじゃねぇ。この声は獄寺と山本だな」
「わ、わ」

みちるの肩が、緊張で一瞬固まった。
これから彼らは修行を始めるのか。
――わたしはどうすれば、いいのだろうか。

「よし来い、みちる」
「ええっ、わたしも!?」
「あいつら、お前がいると元気になるからな」
「あ、リボーン、みちるに話があるって言ってなかったか?」
「今日はタイムアップだ。みちる、追々話すぞ」
「…ボンゴレのシホウがなんとかって話…?」

リボーンはにやりと微笑んだだけで、何も言わなかった。
ディーノが病室のドアを開く。みちるは慌ててその後を追った。

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