みちるの両親が、みちるの部屋に揃って現れた。
みちるの母が先に彼女へ駆け寄ると、ベッドの中のみちるの両肩を掴み、言った。

「みちる……?私たちがわかる?」

みちるは、両目から透明な涙をぼろぼろと流しながら、震える声で答えた。

「…お母さん……お父さん…………ッ」

みちるの母が、背後の父を振り返り、そしてみちるを見た。
みちるの父も、みちるのベッドの横に膝をつくと、みちるの頬にふれた。

「……おかえり……、生きていて、よかった……」

それは、みちるがトラック事故に遭った後に出会った、記憶を取り違えた彼女のことを、言いたかったのか。
それとも、みちるが倒れた霧戦からの三日間の空白を指すのか。


家族の再会を一歩下がって見守る山本には、わからないことだった。



* * *



「血の繋がった家族だから、きっと大丈夫」

にこりと笑ったみちるの笑顔に、確信めいたものを感じた山本は、一度みちるの家を後にすることにした。



両親との再会を見届けた山本に、みちるの両親は感謝を述べ、何かお礼をしなくてはと息巻いた。

「いやっ、俺本当に、何もしてないんで、」と慌てた様子で言って、山本は両手を胸の前で振った。
それよりも、案じるのはみちるの体調と、記憶が混乱してはしないかということで。

「……今晩、ウチで祝勝会をやるんです。みちる…さんにも、来てもらえたら嬉しい、それで十分です」

ぺこりとさわやかにひとつ礼をすると、顔を上げて、未だ困惑した様子のみちるの両親に笑いかけた。

「……三日間寝て、起きたばっかで、体力落ちてると思うし……家族で食事して……いっぱい話して。元気になってもらえたら」

顔を見合わせるみちるの父と母は、何と答えたら良いか考えている様子だった。
そんな時、着替えを済ませたみちるが、「山本くん、」と、両親の後ろから顔を出した。

「祝勝会、絶対に行く。すぐ元気になるから」
「はは、無理すんなよ」
「みんなに会えると思ったら、元気にもなるよ」
「ん。じゃあ、夕方迎えに来るな」

和やかに話すみちると山本を見て、みちるの両親も穏やかな笑顔を浮かべた。



「お母さんのご飯を食べながら、三人で話がしたい」――目覚めたみちるの、最初の願いはそれだった。

今までのことを、両親に話す。
あの時――トラック事故の後、病院で目覚めた日――みちるは、彼らのことを知らなかった。
きみは自分たちの娘だと言われ動揺した。
知らない人たちだ。そんなはずはないと、思っていた。
だが、それが違った。
みちるはもうわからないことだが、あの瞬間のみちるは「漫画の中の並盛町」に自分が転がり落ちたのだと、錯覚をしたのだ。
それはスイが仕組んだ、みちるの人格に干渉する手段としての、ひとつの作り物の記憶だった。

自分は外から見ていた違う世界に来てしまった――と、みちるに勘違いをさせるために。

全ては、みちるを守るために。
先回りの記憶をみちるに与え、成長させ、ボンゴレファミリーの輪の中へ、みちるを導くために。

今のみちるには、スイの存在の記憶はあっても、スイが与えた記憶はない。
即ち、みちるは「元いた異世界」のことや「未来の記憶」を、すっぽりと忘れてしまった。
トラック事故の後悩んでいた根幹とも言える全てが、もうみちるの中にはない。

しかし、みちるは覚えている。
「自分の両親ではない」と言い放ち、目の前で泣き大きく動揺した、両親の姿を。
自分の身勝手な孤独感で被害者のような感覚になって、心の中で何度も両親を恨んでいた、自分自身の弱さを。
みちるは、ちゃんと覚えている。だからこそ。

「全部話して、話し合って、ちゃんと親子になる。……仕事が忙しいのに、数日つきっきりでいてくれた二人にちゃんと、ありがとうって言いたいから」

みちるは続けた。「それから、たくさんのごめんなさいと……大好きを」
山本は、みちるの頭をくしゃりと撫でつけると、頷いて見せた。

「うん。みちるらしくて良いな」
「ほんと?……大丈夫かな?」
「大丈夫だろ。みちるが大丈夫だって思うならさ」

山本が、宙を一瞬泳いだ自身の右手で、もう一度みちるの頭を撫でようとした。
するとみちるがハッとしたように、わあと声を上げて上半身を仰け反らせ、山本の手から逃れようと動いた。

「へっ?」

ぽかんと口を開けて手を止めた山本に、みちるは顔を赤くしながら、掛布を鼻まで上げた。

「わ、わたし汚いから」
「……うん?」
「……だって……何日寝てたの……?」

シャワーを浴びていないから、と言いたいのだろう。
みちるはやってしまったと言わんばかりに盛大な溜め息をついて、掛布の下に潜り込もうとした。
山本は軽快に笑いながら、掛布の上からみちるの頭を強めに撫でた。

「もうめっちゃ抱き締めちまったけどなぁ」
「わああ、もう、山本くんっ」

汚くなんかないけど、みちるが気にするなら、もう言わないほうが良いんだろう。
ちゃんと身支度をして、両親とも気が済むまで話をして。それから後で、かわいいきみのいる幸せを堪能しよう。


いつもの笑顔を見せてくれるみちるを思い浮かべながら、山本は、みちるの家を出て、自宅へと歩を進めていった。

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