「決めたのよ。あなたを守るって」

スイはそう言って笑った。



わたしは、戦おうと決意して、ここに立った。
ところが目の前の女性はわたしの敵なんかではなくて。
ずっと一緒にいてくれた、わたしのご先祖様で、ボンゴレに愛された異端の姫。

「……探していました、あなたのこと……」

スイはビー玉のような大きな瞳を丸くして、いたずらっ子のように微笑んだ。

「残念でした。予想とは違ったでしょ?この世界の……並盛町の“千崎みちる”は、私じゃない」
「……はい。あなたじゃなかった。だけど……嬉しいです」
「嬉しい?」


「……千崎みちるは、いなかったんじゃない。最初から、わたし自身だったんですよね」


トラック事故で死んでしまう刹那、わたしはスイさんに守られた。
混濁する意識を掬いあげて、守って。今日まで生きろと叱咤してくれた。
この世界の美しさと楽しさを教えてくれた。


――ようこそ!千崎みちる。

ここはあなたの世界だよ。


「……そう言って、手を引いてくれたのが、スイさんだったんですね」


頬を伝う涙に、僅かに体温を感じる。
スイが笑った。

「そうよ!まったくもう、世話の焼ける子なんだから」
「……へへ、ごめんなさい」
「……覚えてないでしょ?あなた、ヴァリアーの殺し屋に路地裏に連れ込まれて殺されそうになったことがあるんだよ」

みちるは驚きに「えっ」と声を上げた。だが、すぐに合点がいった。
そうだ、あれは確か、リング争奪戦が始まる前に、ヴァリアーに拉致される直前の出来事。
路地裏でのベルフェゴールとの邂逅、ヴァリアーの城でのザンザスとの会話……その記憶の端々が、みちるにはどうしても思い出せないでいた。

「……もしかして、スイさんが、入れ替わってくれたんですか?」

入れ替わってくれた、というのも妙な表現だが、他になんと言えば良いのだろうか。
スイは特に違和感を指摘することもなく、そうだよと答えた。

「私、そんなにいつも意識がはっきりあるわけじゃなかった。自由自在に入れ替わるなんてできなかった」
「…………」
「だけど、路地裏では、あなたの『生きたい』っていう本能が……私を前に押し出したのかもね」

スイの推理に、みちるは頬の筋肉が引きつるのを感じていた。
「そ、それは……ご、ごめんなさい」というみちるの力のない謝罪に、スイは吹き出して笑った。

「あははは!私、みっともなく腰を抜かして命乞いしたよ。本当におっかないね、あの暗殺部隊」
「…………」
「暗い場所での暗殺……ってね、嫌な思い出があるから、ついね。まぁ、みちるを守れたから良いけど」

みちるの中で、申し訳ないやら恐ろしいやらホッとしたやら、様々な感情が渦巻いて、みちるはひとつも言葉にできずにいた。

「その後はザンザスとも話せたし……、言いたいことも、言えた。びっくりした、彼も、ボンゴレU世とそっくりね」

スイの笑顔にほんの少しだけ、影がさしたように見えた。

「あなた本当にすごいね。……おかげで私、会いたかった人みんなに会えたよ」
「……そんなことは……」

「ありがとう、みちる。やっと私、さよならを言える」

え、とみちるが声を零した。
さよならを。……わたしに?やっと会えた仲間たちに?それとも、自分の生きていたものとは違う、この時代に?

「うん、そう、全部にだよ。そしてこの世界に」
「……一緒に、生きていくことは、できないんですか?あなたは……わたしなんじゃ」

「私は千崎みちるじゃない」

スイがぴしゃりと、みちるの言葉を説き伏せた。

「雨月様と、ジョット様と……初代ボンゴレファミリーと共に生きた。私は、千崎スイ」

お別れ――いつかに、雲雀さんが言った。
外見がわたしであっても、中身がわたしでないと意味がないと。
彼はいつだってわたしを、他の誰でもないわたしだけを呼んだから。
雲雀さんだけではない。沢田くんも獄寺くんも山本くんも、リボーンくんも。
この世界で出会った人の全てが、いつしかわたしの手を取って、隣を歩いてくれていたこと。

忘れるはずがない。

「……わかった?あなたの宝物がこの世界のこの時代にあるように、私にもあるの、ずっと、ここに」

スイが、自分の左胸に両手をもっていった。

「……ね?あなたが欲しいものは、あなたのものなの。私のものじゃない。だから、一緒にはいられない」

スイが一歩、みちるに近付いた。
みちるの右腕にそっと触れると、小さな声で言った。

「腕のケガ、それに頭痛も……痛かったでしょう。ごめんね。もう綺麗に治っているはずだよ」
「……ッ…、スイさん…………」
「泣き虫だね。これからはたくさん笑って、生きていってね、みちる」

腕にふれる彼女の手のひらの感覚はない。
代わりに、ぼろぼろと両目から落ちる涙が熱い。
それは合図だった。みちるの身体が完全に、みちるだけのものになるという合図。
みちるの精神が、みちるの世界へ、彼女自身の身体に還る合図。

さよならの、合図だった。


「さようなら、みちる。お元気で!」


どうか怖がらないで。
あなたの進む先には、あなたを待っている人がいるから。


――そしてそれはきっと、私だってそうだって、信じているから!

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