ぱたりと扉が閉まる音を残し、みちるの両親は中山外科医院を後にした。

「ツナと獄寺は学校に行け」

沈黙が訪れるより先に、リボーンがそう言った。

「う、…うん。リボーンはどうするんだよ」
「ここに残るぞ。山本に話しておきたいことがあるんでな」

事もなげにリボーンはそう言って、ちゃっかりと山本の肩の上にその小さな身体を収めた。
ツナは一瞬何かを言いたそうに口を開いたが、言葉にならなかった。
唇をゆるく結んで、リボーンと山本を見つめた後、「…わかった」と、小さな声で言った。


「待ってくださいリボーンさん、」


ツナの言いたいことが終わるまで待っていたのだろう、が。
今にも飛び出しそうな身体をなけなしの理性で縛りつけながら、獄寺が、声を絞り出した。

「……今…どうして、山本なんですか」

ツナは、反射的に獄寺の表情を振り返った。
ツナの見た獄寺の視線はまっすぐに、リボーンと山本に向いていた。


そこに、その場所に――…千崎の傍にいる役目が、どうして。


「……獄寺」
「……ファミリーの、一員のことで……なんで、…ッいや、……」

獄寺は視線を落とした。
憎らしいと思った。
山本が――否、運命と呼ぶべきものが。あるいは、自分が。
それを直視したくないと直感した。
そして山本に見られたくないとも思った。
だから獄寺は、歪めた自分の表情を地面に向けた。


――違うんだ、そうじゃない。
ファミリーのことはボスが決めるべきだ。これはそういう話じゃない。
獄寺は、本当はちゃんとわかっていた。

どうして自分がこんなにも悔しいのか、とか。
本当はどうすべきなのか、とか。

それでも、大嫌いな山本なんかに、
大切な存在の運命を、大人しく託せるほど、大人ではなかった。

獄寺にとって千崎みちるへの感情は、そんな小さなものなどではなかった。


「それでも…山本なんすか……」

――俺じゃなくて。
喉まで出かかった、身勝手な言葉を必死に飲み込んだ。


「獄寺。ボンゴレの守護者にはそれぞれ、託されたリングの保持者として役割がある」
「……」
「それと同じだ」

リボーンがそう言った。


千崎みちるの傍にいる“役割”――。


獄寺は、ボンゴレファミリーの嵐の守護者として選出された。
10代目である沢田綱吉の右腕になるべく、これまでもこれからも生きていくのだと、心に何度も誓っている。
目標であり、夢であり、行動原理の全てだと胸を張って言える。

役割という言葉を使うのであれば、毎夜行われているボンゴレリング争奪戦は、いわば10代目ファミリーとしての役割を決する戦いだ。


「何が正解かはわからない。だって、みちるがこうして寝てるんだからな。決めるのはこいつだ」
「…………だったら」

尚更どうして。
そう思わずにはいられなかった。

千崎みちるは、役割という言葉を好ましいと思うだろうか。
運命に翻弄されて消えつつある彼女は、あるいは獄寺の知らない“みちる”は、どう思うのだろう――


「“今”は、たぶん、山本なんじゃねえかって、俺が思うだけだ。獄寺はどう思う」


リボーンのその凛とした言葉に。
獄寺は下を向いたまま、やりきれなさに表情を深く歪めた。

骸のところから帰ってきた後、眠り続けるみちるが目を覚ました時、そこにいたのは獄寺だった。
あの日ディーノが仕掛けたテスト――昇進してイタリアに戻るという指令――その話で、みちると獄寺は話の決着がつかぬまま、別れてしまった。
翌日に仲直りできると思っていた、たった数分の出来事から生まれた溝。
みちるが骸に浚われたことで、その溝が埋まるのはずっと後回しになってしまった。

……俺はもう、ちゃんと自分でわかってんだ。
もしかしたらあの時、俺が千崎の頬にキスをしてまで、目をあけてほしくて仕方がなかったのは。
ちゃんと話せなかったあの瞬間を悔やんでいたから。
もう会えないなんて、絶対にあってはならないことだったから。
……千崎も、そう思ってくれていただろうか。
あの時、俺を許そうと、戻ってきてくれたのだろうか。

山本は、みちるの手を放してしまったかもしれないと、言った。
誰よりも絶対に、千崎みちるを取り戻さねばならないと、今、覚悟を決めているのは――。

ふざけんじゃねえ。
めちゃくちゃムカつくけど、でも。
俺だってわかってるんだよ……本当は。

獄寺が拳を握りしめた。
少し伸びた爪がてのひらに食い込む。


「……おい。今夜の勝負、遅刻すんじゃねぇぞ」


獄寺は掠れた声で、そう吐き捨てるように言い残し、山本に背を向け、真っ直ぐ扉に向かっていった。
山本は何も言えず、獄寺の背中を見送った。


もし今、彼女の傍にいる役割が、山本なのであれば。

「………今しか、譲ってなんかやらねえ」

獄寺には、ひとつの確信があった。

今、千崎みちるの傍にいる役割が、仮に、山本だったとして。
もしそれが正しいのだとしても。


「……千崎は、役割なんて言葉、ゼッテェ、嫌いだろ」


忌々しげなその声と、獄寺の咥えた煙草の煙が、秋晴れの空にのぼり消えていった。



掟、運命、家族。東洋人の血で差別された過去。
あらかじめ決まっているものなど大嫌いだ。
千崎みちるもそれを恐れて、抗っていた。
獄寺はみちるのそういう気持ちを、よく知っていた。
汚い自分と同列に感じることを、少しだけ後ろめたく思いながら。

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