翌朝、ツナは中山外科医院に走って向かっていた。
雲雀が、ヴァリアー側の雲の守護者であるゴーラ・モスカと戦い、負ける悪夢を見たからだ。
雲雀の調子を聞き出そうと、ディーノに会うために向かったのだが、もうひとつ。

千崎みちるが、昨晩の勝負の後、気を失ってこの場所に運ばれたからだ。

(千崎さん…大丈夫だよな?ひどい幻覚に酔っただけ、なんだよな…?)

ツナは、速度を増す心臓の鼓動に動揺しながらも、なんとか平静を保とうとした。
どうしてか、ひっかかる。何が、と言われても、明瞭な答えをツナは用意できないでいた。



* * *



「ツナか!早ぇじゃねーか!」

何かを隠すように、後ろ手で扉を閉めてディーノはツナを迎えた。
「どーせ俺から恭弥の調子でも聞き出そうってんだろ?」屈託のない笑顔で核心を言い当てられ、ツナは言葉を喉に詰まらせた。

ディーノは、雲雀の調子は完璧だと言い切った。
家庭教師としての贔屓目なしにも、彼は「強い」、だから心配はないと。

「よかった…」

かつてこの中山外科医院の待合室であったのであろう部屋で、獄寺・山本・了平の三人が、椅子に身体を預けて寝こけていた。
聞くと、彼らもまた、雲雀の修行の出来栄えが気になり、ディーノを訪ねてきたらしい。

「お前と同じこと聞きにきたのと、…昨日倒れたみちるの様子を見に来たんだと」
「えっ」
「けど、恭弥とみちるの様子を聞いて、安心して寝ちまいやがった」

「ってことは…!」

ツナの声が、もうひとつの期待に踊った。
ディーノの答えを聞いて「安心した」ということは、みちるの調子も良いようだ。

「ツナも見ていくだろ?みちるの奴、よっぽど疲れてたんだろーな、ちっとも起きやしねぇ」
「あ、でもそれなら…」

みちるが起きているならともかく、寝顔を拝見するために病室を訪ねるのは些か申し訳ない。
ツナが迷っていると、話し声に気付いて、聴覚の鋭い獄寺が一足先に目を覚ました。

「…あっ、10代目!おはようございます!!」
「えっ、あ、獄寺くん!おはよう」

10代目の目の前で惰眠を貪るなんて右腕としてうんたらかんたら。
いつもの調子の獄寺に、ツナは安心したように苦笑を浮かべた。
一気に騒がしくなった待合室で、次に目を覚ましたのは山本だった。ほとんど同じタイミングで、了平も目を擦って覚醒した。

「おー、ツナ。おはよ」
「沢田!来たか!おはよう!」
「あぁっ、二人とも!おはようございます!」

みちるが寝ているのがもったいない。ツナは、真っ先にそう思った。
この空間に彼女がいたら、全員を安心させてくれるあの笑顔で、嬉しそうに「おはよう」と言ってくれるのだろう。


和やかな雰囲気に包まれる中、バタバタと騒がしく部屋に入ってきた人物がいた。
慌てたような様子は、足音だけではない、その青い顔色からも窺えた。

「あっ…く、クローム…、さん」

ツナのその呼びかけに、クロームが振り返った。
その場の全員が、彼女を見ていた。

「!…ボス、」
「え、えっと、…体調、よさそうだね…よかった」

ツナが優しい視線で彼女を見つめ、気遣いの言葉をかけた。
しかしクロームは、その言葉に喜びを表すでもなく、おろおろとツナに駆け寄ってきた。
喜んでいないのではなかった。ただ、余裕がなかったのだ。

「…ボス、みちるは…?」
「え?みちるって…」
「どこにいるの?」

「慌ててどうしたんだ?みちるならそこの部屋だぜ」

ディーノが口を挟んだ。
クロームがすかさずディーノに視線を向けると、ディーノは穏やかな表情のまま人差し指でみちるのいる病室を指し示した。

クロームはディーノにお礼を言う間もなく、早足で病室に入っていった。

「何を焦ってるんだ?あの娘…」
「もしかして、千崎さんの体調を心配して……」

「おいクローム!心配いらねーぜ。みちるは外傷はまったくねーし、脈も脳も異常なしだ」

「な、ロマーリオ」最も信頼する腹心の名を呼び、ディーノは微笑む。
部屋の隅に控えていたロマーリオはしっかりと頷いた。
ツナはその姿を、動作を見て、安心しながらクロームの後に続いた。

「クローム、さん?どうした…」

ツナは、ベッドの上のみちるの穏やかな寝顔を一目見た後、クロームの隣に並んで、彼女の表情を窺い見た。
どうしたの?そう続くはずだった言葉は、全てを言い切る前に、止まってしまった。

クロームが、真っ青な顔に、冷や汗を浮かべて、みちるの顔を見つめていたからだ。

ただごとではない様子に、ツナの心臓もドクンと大きく跳ねた。


「10代目?どーしたんすか?」

獄寺が後ろからツナに声をかけた。
ツナは、何も答える余裕を持っていなかった。

ごくりと息を飲み込んで、クロームの言葉を待った。


「……千崎さんが…どうか、したの…?」


ツナの、そう尋ねた声が、震えていたから。
しん、とその場に緊張が走った。

「…ボス…」

クロームの声もまた、張りをなくして、震えていた。


「みちるは、“ここ”には、いない……」


きみに初めて出会った日から、まだ、一年も経っていない。

だから、まだまだ足りないよ。おはようって言うその声も、笑顔も、触れる手のあたたかさも。
懐かしく思うその日は、まだずっと先のはず。

そうでしょ、…ねぇ。

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